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低線量放射線影響に関する公開シンポジウム

「放射線と健康」参加記

 平成11421日、新宿京王プラザホテルにおいて800人余りを集めて表記の公開シンポジウムが行われた。内容は早くから議論されてきた問題に対する回答にあたるもので、国内外の研究者から大変興味深い多くの講演を聞くことが出来たので要約して報告する。

 この低線量放射線影響に関する問題の中心的な話題は「放射線影響のしきい値なし直線仮説」を誤りとする多くの調査•研究成果の発表である。このことは、極めて不愉快ではあるが結果的には世界で初めての多数の人間に対する「原爆の人体実験」の様相を呈した広島•長崎の被災者に対する追跡調査及び、大量に行われた高い放射線量を被曝した生体で白血病等のがん発生確率が増加する動物実験結果からもその相関が明らかになっている。

 国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告では、放射線被曝影響について、高い放射線量の範囲における被曝量と白血病等がん発生確率の関係を被曝線量ゼロにまで直線状に外挿し、どれほど少ない被曝量であっても、その蓄積によってがん発生率は上昇するとしたいわゆる「放射線影響のしきい値なし直線仮説」を提案し、わが国の法規制などの基準となった。

 この直線仮説は「より安全に、念のために」とする方針から採用した仮説であって、実状にそぐわない。場合によっては法規制の弊害ともいえる状況もあることが分かってきた。弊害の第一は一般市民に放射線に対する異常なまでの恐怖を与えたことである。その恐怖を取り除くための膨大な労力と経費の浪費である。このことは、世界で唯一の核兵器被爆国であるわが国の国民感情と共鳴増幅しあって原子力に対しても極度の危険意識を誘発している。

この極度の放射線への危険意識はエネルギーを確保するためのエースと考えられている原子力発電所新設方針への大きな障壁となり、地球温暖化を加速させ、二酸化炭酸ガス大量発生の元凶である化石燃料の使用比率を上げている。二酸化炭酸ガス・Co2排出の面からも大いに問題である。

もとより、原発に対する一般人の危険意識は、国及び電力業界がそれを取り除くための万全の安全対策や情報公開に全力をあげていくための起動力になっている点では極めて貴重であり、利用と安全対策の完璧なバランスが、原子力の将来を発展させるための基本であることを認識し評価するべきである。そのためにも、人々の放射線•放射能に対する一層の理解が必要と言えよう。

 この「しきい値なし直線仮説」については早くから異論が多く、反証となる研究結果が数多く得られている。環境放射線の高い地域での低いがん発生率や、全身照射によるがん治療効果、更に低線量放射線被曝、むしろ人体の健康には良い結果をもたらしている等の報告がそれである。今回は世界各国の研究者からこの「しきい値なし直線仮説」を否定し、逆に積極的に放射線を健康向上に利用すべきだとする研究結果が報告された。以下に各講演を要約して報告する。

 

講演目次

1.少しの放射線では”がん”にならない。  国立がんセンター研究所 田ノ岡宏

2.ラドンと健康「ヨ-ロッパでの研究」。 前ドイツ原子力基準委員長 Klaus Becker

3.生物になくてはならない放射線。 ミズリー大学名誉教授 Thomas D. Luckey

4.低線量全身照射併用”ガン”放射線療法。 東北大学名誉教授 坂本澄彦

5.少しの放射線は免疫を活性化させる。 中国白求恩医科大学元学長Shu-Zheng Liu

6.放射線ホルミシス研究の紹介。   電力中央研究所特別顧問 服部禎男

7.少しの放射線は健康に有益。  米国原子力規制委員会医学顧問 Myron Pollycove

8.放射線「悪玉が善玉になる場合」。 カナダ原子力公社 Ronald Mitchel

9.放射線はどんなに少なくても有害なのか。 世界原子力発電事業者協会 Eike Roth

10.少しの放射線にはびくともしない人体。   大阪大学名誉教授 近藤宗平

 

 

1.少しの放射線では”がん”にならない

国立がんセンター研究所 田ノ岡 宏

 放射線はがんを発生させることはよく知られているが、時にはそれが誇張されて伝えられる。低い線量域の放射線量とがん発生の頻度の関係は複雑である。これまで、高い線量でのがん発生率をそのまま低い線量の場合にも仮定しているが、それでは微量の被曝でもそれに応じて発がん率が上昇することになる。

 実際には、放射線量と発がん率の関係は放射線の受け方によって異なる。このメカニズムとして、生体ではDNAの損傷を修復したり、損傷細胞を排除したりする機構が低線量被曝の時ほど効率よく働くことが分かってきた。人の場合、生体分子の損傷の量とがん発生率との関係は比例しない。人が放射線を受けるのは、表1のような場合が考えられる。

 一度に放射線を浴びた原爆の全身被曝例では放射線リスク評価は白血病が対象となるが、高い線量域では被曝量と白血病死亡者数はほぼ比例しているように見える。しかし、ガンマ線の多い長崎で40ラド以下の場合、白血病が揩ヲているとは言えない。ICRPの「直線仮説」を急いで法規制に取り入れた日本と異なり、米•英•仏などでは独自の見解で対処している。

1 人が放射線を受けるケース

照射回数

線量率

人の場合

1

原爆•事故

医療診断 高放射線作業

反復

(分割・連続)

宇宙飛行、高自然放射線地帯

 

放射能、自然界の放射線

 

 低線量放射線被曝の場合の問題を未解決のまま、高線領域の原爆デ一タで日常の放射線リスクを推定するには大きな無理がある。表1に示したように、放射線の当たり方として、少しずつ被曝した場合と瞬間被曝とは合計量が同じでも大変効果が異なる。例えば、骨に沈着したラジウムによる骨肉腫の発生率は、組織の蓄積線量が1OGy近くになるまではゼロで、これを超えると増え出すという「しきい値型」を示す。即ち、少しずつ被曝する場合やある部分に限られた場合、発がん率は低い。

また、自然放射線の強さが3倍(中国)、あるいは10倍(インド)という強さの地域に住む人たちのがん死亡率は高くないことがよく知られている。注意するべきことは、人間は常に宇宙、大地、食物、空気などからの放射線で多量の遺伝子損傷を受けながら正常に生活しているということである。

 動物実験(マウス)では、週3回のベータ線照射の場合、1回の照射量が0.5Gy以下では発がん率はゼロで、これを超えると増大する「しきい値」型を示す。またアルファ線でも、うすめたラドンをラットに吸入させても肺がんは出来ないという線量率効果がある。

 このような「しきい値」型がん発生の分子機構としては、DNA損傷の修復機構が低線量率でより効率よく働くこと、及び損傷細胞の自己破壊(アポトーシス)機構が考えられる。このほか低線量放射線に対する生体の適応応答、がん抑制免疫の活性化などが分かっている。

 

 

2.ラドンと健康 ヨーロッパでの研究

前ドイツ原子力基準委員長 Klaus Becker

 人々は古くから多くの国で、痛みを伴う関節リュウマチなどの治療にラドン濃度の高い温泉での湯治が行われてきたが、最近、ラドンとその娘核腫が健康によい影響を与えることが確認された。その後、1997年には、75,000人が公認ラドン温泉へ湯治に訪れている。

  ラドン吸入健康法は人気が高く、165,OOOBq/m3という高い濃度で知られているオ一ストリアのBad Gastein抗での10時間呼吸する料金は550USドルである(ref.1)

 米国民全体を対象とした調査からは、住宅のラドンレベルが高いほど肺ガンが減少することが分かっている(ref.2)。カナダと中国でも同様の結果が得られている。一方、ラドンは最も危険な有害因子で、米国では年間157,000236,000人の肺がん死を住宅のラドンが原因であると推定している。まだ推定の域を出ないラドンの害に対し世界中で数 10億ドルの費用が対策に費やされ、儲かるラドン産業を生み出している(ref.5)

 ドイツの南部サクソ二一地方オア山脈の銀山坑夫に肺疾患が多発していろという観察は、約460年前に遡り、120年前に肺がんと確認され、その後この鉱山地域の高いラドン濃度と関連づけられるようになった。この地域は、一般住居でもその12%15,000Bq/m3を超え、最大は115,000Bq/m3である。この鉱山で旧ソ連の核兵器のために220,000トンのウランが採掘され、坑夫のラドン被曝は時には5mSv/yを越えることがあった。

 しかし、この被曝は、高濃度のダスト、ディーゼルの排気ガス、有毒鉱物、亜硝酸ガス等の吸入及び坑夫の多量の喫煙と組合わさって過剰な肺がん発生の原因となった。このがん発生は、坑夫達の住宅のラドン濃度と直接結びつけられ直線外挿のデータとされた。しかしながら、この推定は非常に疑わしい。例えば、ラドン濃度の高い地域と低い地域における喫煙しない女性のグループを対象とした調査では、高ラドン地域での肺がん発生は実質的には少なくなっていることが分かった(ref.4)。さらに、高バックグラウンド地域の白血病は減少しているという詳細な調査が報告された(ref.5)

 現況をまとめて次に示す。

1)坑夫について、坑内の高レベルから住居の低レベルへ直線外挿は、異なる生物学的反応機構と同様に、適切ではない。

2)広く刊行されている疫学調査の中には、肺がん患者の喫煙習慣の過小評価やラドン測定の不正確のように大きな誤差を受けやすいものがある。

3)被曝量と影響の関係で最小値を持つU字型曲線が得られており、生物にとって良い影響を意味する被曝量のあることの証拠が存在する。これはラドン温泉療法の効果に対応している。

4)非常に高いラドンレベルの住宅と多量の喫煙者というわずかの例外を除けば、住宅のラドン低減のために資金を投じることは無意味である。

5)人為的に生み出された、統計的に明確に証明できない疾病に高額な治療法を要求してはならない。このことは、原子力や廃棄物管理、放射性物質の輸送、その他の放射線の平和利用にも当てはまることである。

 

 

3.生物になくては困る放射線

ミズリー大学名誉教授 Thomas D. Luckey

 生物には放射線が必要であることの証拠が得られつつある。生体に対する放射線効果を見るときには、放射線レベルに2つのしきい値を考えると理解しやすい。

 一つを自然環境の放射線レベルA、もう一つを放射線障害の現れるレベルZEPである。いろいろな研究から、興味深い事実が分かってきた。放射線を遮蔽してレベルA以下にした環境、いわゆる放射線が欠乏した場合に現れる症状には次のものがある。

 ◊成長速度、神経筋の発達、神経の鋭敏性、生殖、免疫能、平均寿命の低下

 ◊不妊、感染、新生児死亡、呼吸器系疾患、循環器疾患、がん死亡率の増加

 

 無脊椎動物に対する研究においても、自然レベルA10%以下の放射線環境では増殖能力や生存率の低下の起こり、電離放射線の環境がそれらの生活にとって必要であることが分かった。哺乳類についても同様の詳細な研究が必要である。

 ウラン粉末を与えたラットの実験では、繁殖と平均寿命の増加が報告されている。

 Brownの報告によれば、20mGy/d(編集者注釈、ガンマ線では20mSv/dに同じ)のガンマ線を12世代にわたって照射されたラットでは、繁殖の増加即ち妊娠(117)1腹あたりの胎児数(152%)、離乳時期の短縮(147%)1腹当たりの全重量の増加(172%)、が見られた。また、原爆被災者の両親から生まれた日本の子供は、対照群より突然変異が30%少なく、染色体異常が33%少ないことや表現型の異常が少ないこと報告されている。明らかに低線量放射線は繁殖機能を促進させることが分かる。

 さらに、一生涯に55mSvの被曝をした14万人の原子力労働者の全がん死亡率は、同一プラントの被曝していない13.6万人の労働者の51%に過ぎなかった。このような結果は動物集団においても十分に確認されている。予測では、安全な量の放射線を与えることにより、小児がんの死亡率の約半分を防ぐことができるものと思われる。

 統計的に優位な、低線量放射線照射による平均寿命の延長効果は、20以上の動物実験の報告で確かめられている。人についても、原爆によって低線量の放射線被曝をした日本人は、対照よりも平均寿命が長いことが報告され、免疫能の増加はがんや循環器系、呼吸器系の疾患による死亡率を減少させていることが示されている。これらの結果から、安全な量の電離放射線が与えられれば、安定した健康状態を保持させることができるであろうと結論できる。

 

 

4.低線量全身照射併用がん放射線療法

東北大学名誉教授 坂本澄彦

 放射線療法は、外科療法と並んで世界的にがん治療法として大きな役割を果たしている。従来の放射線療法では、できる限り正常細胞には少なく、がん細胞にだけ放射線を集めることに改良を重ねてきた。ここでは、治療成績をさらに向上させるために、照射によって正常及びがん組織に起こる生物学的現象を利用した低線量全身照射併用によるがん治療法について述べる。

 この研究は、文部省のがん特別研究から12年にわたって研究費を受け、基礎から臨床まで一貫して行ったものである。マウスに対する基礎研究の結果を要約し以下に示す。

1) 0.1Gy(編集者注釈、ガンマ線では0.1Svに同じ)の全身照射はマウスのがんに対する抵抗力を高める。

2) 0.1Gyの全身照射では組織細胞の死は検出できず、その後12時間後の局所照射によって、がん細胞の致死効果の相乗的作用が見られ、表1に示すようにがんの治癒率が向上する。

3) 0.1Gyの全身照射によりがんの遠隔転移が抑制される。

4) 0.1Gyの全身照射の効果は、脾臓だけの局所効果でも見られる。

5) 0.1Gyの全身照射では、がん発生によって低下していたがんに対する免疫を賦活させる作用が認められた。

 

1 併用照射効果  観察期間=30日間

照射方法

治癒腫瘍数/照射数

腫瘍制御率

0.1Gy(全身)35Gy(局所)

7/18

39.9%

0.1Gy(全身)X535Gy(局所)

7/14

50.0%

35Gy(局所)

3/13

23.1%

 

 この研究成果は臨床研究にて行った。臨床研究は、発見されたとき既に他の部位へ転移の可能性の高い悪性リンパ腫について行った。臨床ではO.lGyの全身照射を原則とし、1週間に3回、総線量は1.5Gy以下とし、全身照射の数時間後に局所照射する方法(併用療法)を用いた。結果を要約すると、

1)悪性リンパ腫に対し、局所のみより併用照射の方が5年生存率は高くなり、従来の局所照射と化学寮法の併用を上回る成績を示した。

2)O.lGyの全身照射は、がんに対して低下していた免疫能を高める。

3)併用療法は、新鮮例で早期のがんに効果が大きく、高年齢の患者に効果が低い。

4)組織学的に未分化のがんに高い効果がある。

以上であるが、他のがんについても併用効果を研究中である。

 

 

5.少しの放射線は免疫を活性化させる

中国白求恩医科大学元学長Shu-Zheng Liu

「しきい値なし直線仮説」によれば、どんなに少量の放射線でもヒト集団の発がんリスクを増加させると考えられている。しかしながら、この考えが放射線生物学や疫学の研究から十分な証拠が得られている訳ではない。逆に、低線量放射線が全身の防御ならびに適応機構の活性化を助けるというデータが蓄積されつつあり、免疫反応の活性化がその良い例である。本報告では、免疫活性化の結果現れる現象とその意義について論ずる。

 中国の高自然放射線地域の住民調査で、住民の末梢血中リンパ球の免疫反応とDNA修復•合成が、隣接する対照地域の住民に比べて高いことが示された。高い地域での線量率は対照地域の3.6倍、集積線量では7lmGy12.4mGy多い。がん発生率は、高放射線地域において対照地域より低い。これは、がん発生の高い4070歳代の住民について有意差が認められた。

  動物実験により、マウスへの200mGy以内の低線量エックス(X)線•ガンマ線の全身照射で免疫系の活性化が起こっていることが示された。これはDNARNA及びタンパク質合成の増加として発現する。低線量照射による免疫系の変化の機構は部分的にしか解明されていないが、

次の3つの見方がある。

@免疫系におけるリンパ球と付属細胞の相互作用の活性化。

Aこれらの細胞における多経路のシグナル伝達の上昇。

B全身被曝による全身調整機能の変化が免疫反応を高める作用を持つ可能性。

 高等動物では、感染や腫瘍成長と闘う体内の重要な防御因子として免疫系は機能している。従って低線量放射線による免疫系変化の意義は明白である。

 移植腫瘍細胞の成長速度と転移が低線量放射線により、著しく抑制されることが観測された。X線による通常の局部放射線照射に先立って低線量の前照射を行うと、X線分割照射で誘発されるマウス胸腺リンパ腫の発生率が劇的に減少することは特に注目に値する。がん形成に対する低線量放射線の抑制効果の重要なメ力ニズムの一つとして照射後の免疫反応の調整促進が既存のデ一夕により示されている。

 

 

6.放射線ホルミシス研究成果の紹介

電力中央研究所特別顧問 服部禎男

 1982年、ミズリ一大学のラッキー教授は、米国保険物理学会誌に、200以上の参考文献を添えて、低レベル放射線の生物学的なプラス効果の論文を発表し、この効果を「放射線ホルミシス」と名付けた。ホルミシスとはホルモンの効果として起こる現象を指す言葉である。彼はその著書の中で、低い線量率のX線やガンマ線を自然放射線の100倍程度受け続けることが健康上最適と主張している。これが事実なら常識は間違っていることになるが、この問題に関する電力中央研究所での10年間にわたる研究によって、興味ある結果が得られつつある。以下に10以上の大学との動物実験や疫学調査などの共同研究から、いくつかのトピックスを紹介する。これらは次の5つに分類できる。

1)がんの抑制効果

遺伝子活性による免疫系の高揚

2)若返りや老化防止

老化防止の酵素合成や細胞膜透過性の増大

3)環境適応応答

DNA修復や細胞アポ卜一シスに関する遺伝子の活性化

4)痛みの鎮静化とストレス緩和

脳や神経中枢系におけるホルモン形成

5)難病の回避と治療

DNA障害抑制機構の活性化と対応ホルモン形成

 最近の分子生物学や核医学、そこで用いられる最新の技術のお陰で、これらの効果についての理解がかなりの段階まで進んでいる。ここで、低レベル放射線の研究からいくつかのトピックスを取り上げる。

1.悪性リンパ腫への、通常の局所への放射線照射に併せて10ラドの低線量X線全身照射を数回繰り返すことにより、高い治癒効果と再発の抑制(東北大•坂本)。

2.原爆被災者のうち、570ラド程度の被曝した人の方が、受けなかった人より障害リスクが低い(長崎大•奥村)。

3.地域別のがん死亡率調査によると、三朝のラドン温泉村は他の地域の人たちよりも明らかに低い(岡山大•御船ほか。

4.宇宙旅行その他の低線量率被曝では、がん抑制遺伝子p53の活性化とDNA修復、アポトーシス活動が高揚する(奈良医大•大西)。

5.致死量の高線量照射に対し、510ラドを2ヶ月前、または3050ラドを2週間前に照射することによって、生残率が増加する明確な適応応答がある(大阪府大•米沢)。

6.低線量放射線照射によって、ストレスの緩和や痛みの鎮静効果がある(東邦大•山田他)。

7.細胞膜の透過性向上、活性酸素害抑制酵素等の増加によって示された若返りと老化抑制の効果(電中研•山岡)。

8.インシュリン、エンドルフィン、エンケファリン、ヒスタミン、アドレナリンなどのホルモンが増加し、ラドン温泉の治療効果が確認された(電中研•山岡)。

 オ一ストリアのBad Gastein坑における専門病院のラドン治療成果について、長年の研究から、低線量率の放射線は体内のあらゆる生化学反応の活性化をもたらすものと考えられている。ここのような低線量放射線と健康に関する研究は21世紀において優れた人間生活を構築していくための投資効率の高い研究課題の一つと考えられる。

 

 

7.少しの放射線は健康に有益。では何故か

米国原子力規制委員会医学顧問 Myron Pollycove

 高い放射線量を浴びた原爆被爆者の生存者について、50年間にわたって観察されたがん発生の増加とDNA損傷は、いずれも浴びた放射線の線量と比例関係にあることが分かっている。DNA損傷で突然変異の中には、細胞変化を引き起こして、がんを誘発するものがあるため、高線量域での直線仮説を仮定することは合理的である。

 早くから、アメリカやブラジル、インド、カナダ等における疫学調査で、低い自然放射線地域の人々よりも高い自然放射線地域の人々の方が死亡率やがん発生率が低いと言うことは一貫して観察されてきたが、さまざまな条件の信頼性の問題から無視され続けてきた。

 しかし、最近になって、日米合同原爆放射線影響研究者(RERF)、東ウラル地区の調査、アメリカ原子力船造船所従業員の調査、ビッツバ一グ大がアクの住宅ラドン調査、カナダの乳がんX線透視調査等の結果から、低レベル放射線に被曝した人々の死亡率とがん発生率が統計的にも有意に減少しているという有益な健康影響が観察され報告されている。

 放射線に関係のない自己癸生的なフリーラジカルによるDNA損傷は非常に高いバックグラクンドで普通に存在していることに注目しなければならない。毎日、酸素の代謝により、われわれの身体の部では各細胞で平均100万のDNA損傷が起こっている。若い年齢ではこの効果が効率的に阻害されたり、修復されたり、取り除かれるなどして、一生涯で、11細胞当たり平均1個の突然変異が積算されるだけで、がんはそれほど多くは発生しない。

 このように酸素の代謝によってDNAが多量に変化を受けているが、これに比べると通常の自然環境の放射線量による変化は遙かに少なく、その比はほぼ10001である。自然環境での標準被曝量をlmGy(編集者注釈、ガンマ線では1mSvに同じ)として、その10倍のl0mGy被曝してDNA変化が10倍になっても、その比は100:1であり自然のDMA変化よりはかなり少ない。一方、この被曝量の増加によって、抗酸化的予防や酵素修復、DNA損傷のアポトーシスや免疫学的な除去効果といったDNA損傷の制御システムは約20%活性化する。このために11細胞当たりの損傷は0.8となり、むしろ突然変異は減少することになってがん発生率は減少し寿命の延長にも関連する。

 

 

8.放射線 悪玉が善玉になる場合

カナダ原子力公社 Ronald Mitchel

 リスク評価や放射線防護の基準は「しきい値なし直線仮説」に基づいている。しかしながら、この仮説は低線量に対する生物応答を感度よく測定する方法がなかったため、十分な検証ができなかった。高線量率•大線量被曝で発がんのリスクのあることは確かであるが、職業被曝や公衆被曝などの低線量被曝では、この仮説を支持するデータは存在しない。本研究は、全ての被曝が常に有害であるとする「しきい値なし直線仮説」について検討しようとするもので、細胞と動物個体の低線量•低線量率照射に対する生物学的応答を細胞生物学手法により調べたものである。

 全てのがんは単一の細胞の遺伝子変化から起ころので、放射線の単一細胞への影響を考察することが適切である。DNAが放射線により損傷を受けたとき、細胞がそれを修復しようとする過程と結果には図に示すように3つの可能性がある。

1)DNA損傷の修復がうまくいけば、細胞は復元されて何の影響も残さないしリスクもない。

2)修復が不適切な堤合は、遺伝子にプログラムされた細胞死のプロセスが活性化されるので、この場合も発がんリスクは生じない。

3)時として、DNA損傷がエラ一を残したまま修復され、細胞死も起きないで、突然変異が生じることがある。突然変異ががんを引き起こす可能性はごくわずかであるが、まさにこのわずかの可能性が最終結果としてがんのリスクが生ずるのである。

 

 放射線被曝によってもこの3つの生物学的反応の割合は変化しないとするのが「しきい値なし直線仮説」である。我々の実験ではこの起こり得る3つの結果の相対的な確率と放射線被曝によってその確率がどのように変化するかを検討した。

 一本の放射線が通り抜けるの細胞受ける最も低い線量であるが、実験では平均一本があたった低線量照射の晡乳類の細胞では、さらなる照射で生ずる染色体切断に対する修復能力が増大することが分かった。この2本鎖が切断されたDNAの修復能力増大は一部の染色体に選択的に生じていた。このことは、前照射によってある種の遺伝子の損傷未修復リスクを低減できることを意味している。さらに、自分のゲノムを適切に修復できない細胞はアポトーシスで細胞死する感受性が高められ、がん細胞に転換する可能性を低減する。このような前照射への細胞の「適応応答」が放射線被曝によるがん化を防いでいる。また、それらの細胞は自然発がんのリスクに対しても34倍の防護効果を備えている。

マウスの実験においては、皮膚のベータ線照射によって、発がん性化学物質による皮膚腫瘍の発生頻度が1/5に減り、前照射が細胞のがん化に対する予防効果を示すことが知られている。

  放射線は有害な影響のみがあると考えるしきい値なし直線仮説(LNT仮説)は線量に応じて変化する細胞の応答を考慮していない。低線量に対する細跑の応答は線量により異なり、従ってリスクも異なるのである。

 

 

9.放射線はどんなに少なくても有害なのか

世界原子力発電事業者協会 Eike Roth

 放射線による発がん影響に関連する「しきい値なし直線仮説」については、仮説が正当である論拠として次の3点がある。

1)細胞への放射線ヒットは確率的に起こる。

2)がんはモノクローナル的に、つまり1個の形質転換した細胞から発達する。

3)DNA損傷の修復はエラ一を起こしやすい。

 これらの論拠は一見正しいように見えるが、論理的に考えれば、これらのことから直線性を結論することは許されない。それは論理上、次の例と同じ問題点を持っているからである。

「犬はネズミより大きい」という観察結果から「犬は最も大きい動物だ」と結論してはならない。即ち、より大きな動物が存在する可能性を無視している点に欠陥がある。放射線とがんについての直線性を結論する場合、次の2つの影響が誤って無視されている。

1)がん発生には他の原因もあり、放射線とこれらの原因によって引き起こされたがんとのありそうな相互作用。

2)個々の細胞への放射線ヒッ卜の影響が相互作用する可能性。

 放射線がない場合でもDNA分子には多くの損傷が発生するが、その殆どはうまく修復される。この修復なしには我々は生き残ることができないが、それでも修復できなかった場合にがんが発達する。

 DNA損傷を引き起こす多くの異なる原因があるが、電離放射線によっても損傷が起こる。しかしながら、放射線は同時に細胞と臓器のがん化に対する防御的応答を刺激し活性化するということも引き起こす。数多くの実験により、細胞又は動物が発がん物質にさらされる前に低線量の放射線被曝を受けると、がん発生は減少することが示されている。

この適応応答は事実であり、その存在は証明されていて、その程度が議論されている。即ち、放射線刺激により、総てのがん発生を抑制でき、放射線はがんを生み出す一方で同時にがんを減らしている。この相反する影響のバランスによって全体としての影響が現れるわけで、結果としてはがんの発生頻度を減少させうると考えられる。数多くの実験では、少なくとも適切な条件下では確実に適応応答の起こることが示されている。

 これらの結果と議論から仮説にある直線性という結論は許されないことが分かる。さらに、細胞への放射線のヒット独立に起こる場合もヒッ卜の影響は独立である必要はなく、影響間での相互作用が起こりうるので、この結果は非直線性を示す。例えば、照射によって刺激を受けた細胞から近隣の細胞に適応応答の効果を伝達したり、ヒットを受けた複数の細胞が引き金となって組織や個体の応答、即ち免疫系の刺激などによって相互作用を引き起こすことが可能であり、これらは何れも直線仮説を否定している。

 これらの議論の妥当性を判断するためには、他のがんの原因と放射線との相互作用又は放射線の影響同士の相互作用が存在することが分かればよい。相互作用のあることが分かれば直線性の結論は許されない。これは大変重要なことであり更に実験が必要となろう。

 そのほかにも直線仮説に対する付加的な議論があるが、これらの全てに未だ実際の証明が得られていないとしても直線仮説に反する証拠を提供している。従って、科学的に厳密にいえば「しきい値なし直線仮説」の妥当性はまだ議論の段階であり、これを低線量放射線によるがん死亡などの実際の影響の予測に用いるべきではない。

 

 

10.少しの放射線にはびくともしない人体

大阪大学名誉教授 近藤宗平

1)胎児は放射線に弱い、弱いが少しなら何ともない

 母親の胎内で原爆の放射線をあびた人に、一目で分かるような発生以上の増加は見られなかった。しかし、815週の妊婦での胎内被曝児は、重い精神遅滞症が60%の高い頻度で発生した。しかし、この時期でも20ラド(ラドは被曝の単位)以下であれば精神障害の増加は見られなかった。この問題は大事であり、動物実験での確認が必要である。幸いマウス実験はたくさんある。胎内死亡率は被曝量20ラドで10%200ラドで80%と放射線に弱いが被曝による異常発生は起こらない。胎児は放射線に強くて100ラドでは死なない。しかし、被曝が200ラドを超えると異常発生が急増する。

 

2)p53遺伝子によるアポトーシス

放射線の毒性を排除する仕組みー

 p53と名付けられたがん抑制遺伝子の研究が進み、p53遺伝子を持たないマウスが作られるようになった。このp53遺伝子を持たないマウスは普通のマウスに比べて放射線に強く 200ラドでも胎内で死ぬものは殆どいなかった。しかし、生まれた仔は大部分が発生異常を持っていた。これに比べて、p53を持つ普通のマウスでは、傷ついた細胞がp53遺伝子の作るタンパク質によって大部分が自爆(アポ卜一シス)を起こして組織から消えるため発生異常は殆ど起こらない。即ち、p53タンパク質を持たないマウスでは自爆死がなく、不良細胞が生き残って異常組織を造り誕生期の個体に異常が発生する。換言すれば、p53遺伝子は胎児を放射線の悪影響から守ってくれる遺伝子である。

 

 

 p53遺伝子を欠くp53(-/-)マウスと正常な p53(+/+)マウスの胎児期(妊娠9.5日目)にX200ラド照射した場合の体内死又は奇形の頻度。

 (T.Norimura. et al.(1996)の実験結果を模式的に示したもの)

 

3)チェルノブイリの死の灰による白血病の危険に負けなかった子供達

 チェルノブイリ事故で放出された放射性降下物(死の灰)による高濃度汚染地区ベラルーシのゴメリでの被曝量は4年間で5ラドと推定される。

 放射線防護観点から、原爆被曝後の年間白血病死亡率は被曝量Dに比例すると主張されており、その相対リスクR/Aはリスク算定公式として、R/A=1+0.09Dで表される。

これにゴメリ地区の子供の被曝量D=5ラドを入れると、R/A=1.45が得られる。

 実際に40万人の子供について、チェルノブイリの事故の前と後の毎年の白血病発生率が厳密に調査された。その結果、死の灰による被曝後の8年間に白血病の増加は見られなかった。上記の算定公式に当てはめて得られたR/A=1.45が何故ウソであるのか?。

放射線防護の専門家の推定はどこが間違っているのか?。

 その第1は、白血病の危険率が被曝量直線比例する考えであり、これは低線量のところでウソである。実際の原爆資料では、被曝量が20ラド以下ではリスクが激減し、安全領域である可能性が示唆されている。第2の間違いは、原爆は急激な被曝であり、死の灰は毎日少しずつの長期間緩慢被曝であり、後者(長期間緩慢被曝)の場合は発がんリスクがゼロ近くまで減少する事実を無視した点である。

 

4) 「放射線の遺伝的影響」に対する偏った思いこみ

象牙の塔から市民の中への転機

 1927年、Mullerはショウジョウバエの生殖細胞の突然変異頻度FF=a/BDの関係でX線の量Dに直線比例することを発見し、1946年ノーベル賞を受賞した。

 1958年、第1回の国連科学委員会は「放射線はどんなに微量でも毒だ」という仮説を全員一致で採用した。

各国政府はこの仮説に従って、放射線管理規制を強化し続け、一般人の放射線恐怖を助長してきた。私も、大腸菌、カイコ、ハエの実験でこの直線関係を確認した。

 Russellは、マウスの精原細胞でもこの関係が成立することを100万匹のマウスで証明した。突然変異の研究が専門の私は、この関係がヒトにも当てはまると思い込んでいた。大阪大学を退官後近畿大学に移って、高校の先生の集まりでの講演した際に「ラドン温泉は毒か?」の質問を受け、自然界の程度のラドン放射線が毒かどうか知らなかったので、5年間勉強をしてから答えると返事した。

 実際に原爆放射線(平均被曝量は約50ラド)を生き抜いた人の二世に関する40年間の調査では、遺伝病頻度は増加していない。マウスと同じリスクが当てはまるのは、被曝二世の遺伝病頻度は約2倍に増加するはずである。大阪大学時代の私は偏った思いこみであったと反省している。

 

5)生体の放射線防護機能

 DNA修復とアポ卜一シス ー

 人体は 60兆個の細胞からできている。各細胞は一定量のDNAを持っていて、分裂の度に同じ量のDNA(全量をゲノムと呼ぶ)を超精密に複製する。しかし、この際に自然の内因•外因によって各ゲノムに毎日数千から数万個の傷ができる。しかし、DNAの永久変化(突然変異)は各ゲノム当たり、1年間にわずか数個と推定されている。これは、傷のほとんど全部が修復タンパク質の絶妙な作業で修復されるからである。わずかに残る未修復DNAは放射線によって増加し蓄積すると考えられてきたが、最近、アポトーシス機能が発見され、タンパク質の活性型が高い場合には不良細胞内の自爆装置がスイッチオンになって作動し、廃棄されることが判ってきた。

 従って、自然界の数十倍程度の強さの放射線は、毎日浴びてもそれによるDNAの傷は「DNA修復とアポ卜一シス」によって完全に排除され、放射線リスクの蓄積はないものと思われる。各種の条件下の実験によって、この考えの当否を検証してもらいたいと願っている。

 

 最後に、この公開シンポジウムの続編が国際シンポジウム「低線量防護の科学的根拠を求めて」放射線と健康2として開催され本誌に参加記を掲載しているので、是非併せてご参照下さい。

 

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