1. 文化財保存科学の世界 〜考古学に果たす自然科学の役割〜(会員ページ)
奈良県立橿原考古学研究所 奥山誠義
奥山先生の講演を聞くのは2度目である。平成23年度のONSA見学会で橿考研を訪問した時に三次元形状計測の成果として、津堂城山古墳で出土した宮内庁所蔵の破損した斜縁二神四獣鏡と関西大学博物館の本山コレクションの鏡の破片が同一の鏡であることをご紹介いただいたのを思い出す(ONSAニュースNo.21-1参照)。今回はどんな話をしていただけるのかと胸を躍らせながら拝聴した。
明治維新後の慶応4年(1868年)に神仏分離令が発せられ、廃仏毀釈運動により仏教寺院、仏像、経巻などが多数破棄された。東京大学の教授として来日していた米国人フェノロサと門弟の岡倉天心の努力によって、明治30年(1897年)古社寺保存法が制定され、昭和25年(1950年)には埋蔵文化財も対象にした文化財保護法が制定されている。
埋蔵文化財の中でも、木製品と金属製品は土器や石器と違い発掘後の保存処理が大変難しいそうである。木製品は土中で細菌類によって食べられるため、原型をとどめるのは湿った土地に埋まっていた場合に限られる。しかし、木質中のセルロースやヘミセルロースが腐食し水で満たされている。乾燥すると縮んで原型をとどめなくなり、現在のところ元に戻す技術は見つかっていない。出土した木製品を保存したり展示するには常に水に浸しておかなければならないということになる。金属製品の場合にも比較的に乾燥した場所から出土した直後では海老のてんぷらの衣のように錆びついており、錆を落として金属を露出させても放置すると再度錆びてくるので、空気や湿気を遮断した状態で保存しなければならない。
考古学は遺跡や遺物を調査研究し、当時の生活・文化を研究する学問である。文字で残されたものは作者の都合の良いように書かれている場合もあり、すべて正しいとは言い切れないので、埋蔵文化財を後世の研究者が再調査できるよう保存処理することが重要である。木製品の場合は水をポリエチレングリコールや糖アルコールなどで置き換えたり、フリーズドライさせて保存する。金属製品の場合は錆を落とした後も錆びる原因になる部分を除去し、最終的には無色透明の薄いプラスチックで被覆して保存したものが展示される。保管、展示においても温度環境、湿度環境に注意し、照明も紫外線が強すぎるものを避けるなどの注意が必要である。
1979年に奈良市近郊で太安萬侶の墓が見つかった。銅板の墓誌が残っていたため、古事記編纂者である太安萬侶の墓と特定された。発見時にも遺物の調査が行われて詳しい報告書が残されているが、2012年は古事記編纂1300年にあたるため、再調査が行われた。墓誌と真珠4粒は国の重要文化財に指定されているため、非破壊的な調査研究だけが認められる。年代測定もすることになっているが、まだ結果は発表されていない。太安萬侶については実在していないと唱える人も多いと聞くが、年代測定でその時代の墓であることがわかれば実在していた証拠となるであろう。
墓誌について透過X線写真撮影と三次元形状計測が行われた。X線写真からは銅板の厚さの不均一性や彫った文字の深さなどが明らかになった。筆順は推定できていない。三次元形状計測はレーザー方式の計測装置を使って、三角測量の原理を使って凹凸を数値化している。この装置は非接触で1センチまでの距離を最小30ミクロンのスポットで計測できる。墓誌のサイズは約30p×6pあるので、一度にスキャンすることができず3分割して延べ36時間かけてスキャンし、786万点の点群を測定し、コンピューターグラフィック化している。大きな成果としては、発掘当初から確認されていた細隆線についての知見が得られたことである。発掘当初の報告書では銅板を鋳造するときに付いた傷であろうとされていた。ところが、8月に付属博物館の学芸員が細隆線の規則性を見つけて、文字であることが確認された。10月に報道発表するまでの間、そうではない可能性について種々検討されたそうである。細隆線を顕微鏡で観察すると山脈状の細隆線が途切れたところで、中が空洞であることから錆の痕跡だとわかり、文字であると確信されたそうです。彫られた文字と同じ文字を毛筆で左下に書いたものが一部残っています。
この墓誌は付属博物館の特別展で展示されていることを紹介していただきましたので、後日、実物を見に行きましたが老眼と乱視が進んだ私の眼には細隆線を認識することもできませんでした。
2. テラヘルツ波による非破壊検査技術(会員ページ)
情報通信研究機構 電磁波計測研究所 福永 香
テラヘルツ波は図2に示すように赤外線とミリ波の間の領域(およそ周波数0.1〜10THz)にあり、近年光源や検出器の技術が進み、非破壊検査に利用できるようになった。講演者の研究を中心に紹介された。
図2 電磁波の性質
東日本大震災の被害調査にテラヘ ルツ波が利用できるかどうかを検討されている。イメージングは反射スペクトルをもとに行われ、同じ電波の中でもミリ波は木造構築物の見えないところがはっきりと見え、見えないところの損傷を発見できる。マイクロ波では鉄筋コンクリートの鉄筋が見えるので、クラックの走り方と鉄筋配置の関係がよく分かるのに対して、テラヘルツ波では壁紙の下のベニヤ板しか見えないため被害調査にはあまり役に立たない。
しかし、美術品のように表面部分の検査が大事なものがある。講演者は通信制ではあるが現役の美大生ということもあり、美術品には造詣が深く世界を股にかけて測定されている。イタリア、フィレンツェのウフィツィ美術館でジョットが描いたテンペラ画(バディアの祭壇画)をテラヘルツ波で調査し、現在の技法とは異なり、支持体である木の上に石膏を塗り、その上に布を貼って、さらに石膏の下地を塗ってから下絵を描き、その上から実際に見える絵が描かれていることを明らかにした。調査後に出版された本には福永先生の調査についての記述がある。(図3)
図3 ジョットの祭壇画 amazon HPから
日本の美術品では東京国立博物館蔵の「柳橋水車図屏風」の修復作業の前に絵の下がどうなっているかを調査している。絵の下にある胡粉(炭酸カルシウム)の傷み具合や金箔の損傷等を明らかにし、その結果から修復の手順が決まったそうである。博物館では修復を記念した展示会のポスターにテラヘルツ波を使ったという記述をしてくれたので、講演者は非常にうれしかったと話しておられた。(図4)
図4 東京国立博物館のポスター
この業績が見込まれ、メトロポリタン美術館が所蔵している尾形光琳の「八橋図屏風」を日本に輸送する前に調査を依頼されている。この調査では橋が描いてある下にも金箔が貼られていることを明らかにし、マスコミ界を賑わせた。メトロポリタンではエジプト考古学関係の所蔵品が多く、ミイラや副葬品についても調査を頼まれたそうであるが、ミイラについては包帯の巻き方が明らかになるだけで、本体はCTなど別の方法が適していると説明したそうである。
その他工業製品への応用例として、食品産業におけるプラスチックなどの異物混入を見つけたり、タービンの翼にコーティングしているセラミックスが剥がれかけていないかという検査にも利用できる。NASAではスペースシャトルの耐熱タイルの検査をテラヘルツ波でやっていたということである。
3. 光硬化樹脂収縮率、応力測定装置について(会員ページ)
株式会社センテック 中宗 憲一
光硬化樹脂は携帯電話の防水加工、液晶画面の無反射フィルム、自動車の内装、光学レンズの接着等多くの工業製品で使用されている。硬化が完了したかどうかは蛍光分析によって確認できるが、接着加工の場合硬化しているのに剥がれることがある。これは樹脂が硬化した結果収縮したり応力が発生して接着界面が剥がれるためである。
センテックは創業して30年ほどの若い会社であるが、高分子の分子量測定に欠かせない毛細管式自動粘度計やJR東海の軌道検測車(ドクター東海)に非接触な光切断法による建築限界測定装置を搭載するなど、自社独自開発製品を作っている。ほとんどの部品も社内で設計し市販品はほとんど使わないという研究開発型の企業であるため、標記の装置について開発依頼があって、2年後には製品化に成功したという話をご紹介いただいた。
収縮率を測定する方法はJISに記載があり、密度を測定して収縮率を計算によって求めている。しかしこの方法では一定温度での変化しか見られない、測定前後の1ポイントしか測定できない、水置換法で溶液に溶け出す可能性があるなどの問題がある。低収縮率を謳った樹脂であっても硬化途中の収縮・膨張のため、接着に不具合がでる可能性があるため光硬化の全工程で収縮膨張を測定できる装置を目標とされた。測定はスライドガラスの上に厚さが1mmあるいは0.1mmのテフロンリング(内径10mm)を置き、リング内に樹脂を入れてスライドグラスの下からUVを照射できるもので、硬化に伴う樹脂表面の高さ変化をレーザーによって測定する。テフロンを使用するのは親和性がないためメニスカス現象がおきにくく測定を非常に精度よくできるためである。測定条件はタッチパネルで設定し、1ミリ秒とかナノ秒オーダーでダイレクトに直接取り込んだデータをパソコンの表計算ソフト・エクセルを使って解析する。装置外観を図5に示す。
装置は温度コントロールが可能で、熱硬化樹脂についても測定できる。発生装置を取り付ければEB硬化樹脂も測定できるとのことである。試作段階で測定データが学会で発表されたため、大反響がおきユーザー側の研究者が多数開発にかかわるようになり、どんな条件での測定でもできるようになった。図6にUV硬化アクリル樹脂と低収縮アクリル樹脂の比較を示す。明らかに低収縮処理したアクリル樹脂が収縮率が小さいことが測定結果から分かる。
図5 装置全体図
図6 UV硬化アクリル樹脂と低収縮アクリル樹脂の収縮率比較
携帯電話やデジタルカメラなどの生産工程で不良品がでたときの原因究明は困難であるが、樹脂と材料の界面で接着力、収縮率、収縮応力の間で均衡が崩れることを考えると、樹脂にとって過酷な状況に置かれた場合での状態把握のために、シミュレーションすることで樹脂の性能評価が予測でき、信頼性の向上に役立つと締めくくられた。応力測定装置は歯科材料の接着に使われている。
会社の方針として、自社の製品を長く使っていただきたいということで、20年前の製品でも修理依頼がくれば応じるという今時めずらしい会社で、製品に対してものすごい情熱というか愛着を持たれていると感心した。
4. マイクロ波検出技術を用いた高分子材料への熱・放射線照射による経年劣化測定技術の開発(会員ページ)
福井工業大学工学部原子力技術応用工学科 教授 砂川 武義
福井県には商業用の原子力プラントが13基と研究用の高速増殖炉もんじゅがある。関西圏で消費される電力の半分を賄ってきた。現在は関西電力の大飯3,4号機だけが動いている。原子力プラントのうち3基が稼働年数40年をこえ、35年以上40年未満が6基となり、5年後には高経年化プラントは70%になる。経年化事象として1)低サイクル疲労、2)中性子照射脆化、3)照射誘起型応力腐食割れ、4)2相ステンレスの熱時効、5)電気・計装品の絶縁低下、6)コンクリートの強度低下が問題になっている。電気・計装品の絶縁低下の非破壊による新計測法についてご紹介いただいた。
原子力プラント1基に使われている600V以下の低圧ケーブルは総延長2000kmに及ぶ。現在採用されている劣化試験法は絶縁体の硬さ変化を調べるため、引っ張り破断時の伸びを測定している。絶縁材料として使われているポリエチレン(PE)やエチレンプロピレンゴム(EPゴム)の劣化は主に酸化によっておこる。酸化されれば高分子の極性がわずかに変化する。このわずかな極性変化を測定するため、マイクロ波空洞共振器を開発した。
図7 共振周波数と加熱時間(左図)および破断時伸びと加熱時間(右図)
X-band(9GHz)挿入型空洞共振器を用いて導体無し難燃EPゴムの熱劣化試料を測定した結果、共振周波数と破断時伸びの間に図7に示すように高い相関があった。(赤、白、黒合計90本、加熱温度:120℃、0〜427日)ただし、挿入型空洞共振器では測定試料を切り出す必要があるため、金属導体を含むケーブルの測定は困難である。
導体を含むケーブルを測定するため、空洞共振器の壁面に穴をあけ漏れだすマイクロ波を利用したピンホール型マイクロ空洞共振器を開発して導体無し難燃EPゴムの熱劣化試料の出力電圧−2を測定したところ破断時伸びとの間に白で0.90、赤で0.97、黒で0.90と1に近い相関関係を得た。ピンホールの穴については形、大きさ、位置、向きなどについて試行錯誤されたそうである。
導体の付いたケーブルの測定はQ-band(43GHz)が適しているが、絶縁体の厚みによって出力電圧が変化してしまう。ケーブルの上と下の両面を測ることにより厚みの影響をなくするというアイデアがすばらしい。図8に熱劣化難燃EPゴムケーブル(導体あり)の測定結果を示す。
図8 熱劣化難燃EPゴムケーブル(導体あり)のQ-bandマイクロ波による測定結果
これらの測定法は原子力安全基盤機構(JNES)から提供された試料においても破断時伸びの測定結果とよい相関が得られている。また、廃炉になった「ふげん」のケーブルについても炉の中に入って非破壊で測定されていて、本講演のあとも「ふげん」での計測を行うということであった。ケーブルだけでなく、高分子のシートにも応用できることを確認済みで、プラスチック、繊維、航空宇宙産業において使用されている高機能複合材料についても測定可能である。
(阿部 記)