第47回UV/EB研究会より(聴講記)
表記研究会は平成23年6月3日(金)14:00から18:30まで住友クラブ(大阪市西区江戸堀)において開催された。今回の講師は幕内恵三氏(イービーシステムコンサルタント事務所)、久田研次氏(福井大学大学院)、および溝手範人氏(株式会社ミツバ)であった。
1. 高分子材料の放射線加工(会員ページ)
イービーシステムコンサルタント事務所 幕内恵三
幕内講師は2000年にラバーダイジェスト社から「ポリマーの放射線加工」を出版されたが、この研究会ではその後の10年間の放射線加工(架橋、分解、グラフト重合)について詳しく紹介された。
架橋の分野では電線・ケーブル、熱収縮材およびラジアルタイヤ部材などは技術的に完成されているため、新しい展開は見られなかったが、温水パイプ、PTC製品(自己温度制御ヒーターケーブル)、人工関節などで放射線加工による大きな進展が見られた。
温水パイプは従来、過酸化物架橋法とシラン架橋法によって作られているが、シラン架橋法で用いられる有機スズ化合物やビニルシランがヨーロッパで化合物規制されようとしている。放射線架橋はポリエチレン(PE)のパイプに10MeVの電子線を照射するものであるが、両面照射法と回転照射法が提案されている。照射の均一性を考えると回転照射法が有利である。また、架橋度が上がると過酸化物法あるいはシラン法で作った温水パイプの長期耐久性が下がるのに対して、放射線架橋法による温水パイプは長期耐久性に優れているので、放射線架橋が増加すると予想される。
PTC(Positive Temperature Coefficient)製品は温度が上がると電気抵抗が増え、電流を遮断できるので、自動車、コンピューター、携帯電話の部品として多く使われている。PEに一定量のカーボンブラック(CB)を混ぜると導電性になる。温度が上がると膨脹してCBの粒子が離れることにより、電流を遮断できる。ところが温度が上がったためにPEが溶融すると繋がってしまい、温度が上がると電流が増え、負の温度特性(NTC)が現れる。架橋によりアモルファス部分を固定させると、高い温度でも高い抵抗が得られる。過酸化物架橋やシラン架橋でもNTCを除去できるが、PTC製品には薄物(0.3mm程度)が多く、ガンマ線や電子線による室温架橋が適している。
関節に疾患を抱えている人は日本国内で3,000万人を超えると推定されている。一昔前までは痛いのを我慢するしかなかったのだが、平成21年の統計では股関節、膝関節、肩関節および肘関節の4種類で年間75万個を超える人工関節が使われた(表1)。人工関節研究の歴史は古く、1951年に金属製のものが作られた。その後、軟骨に相当する部分がプラスチックになり、実用的なものが製作されるようになった。このプラスチックの性能が人工関節の開発に重要な影響を与えている。プラスチックに求められるのは優れた生体適合性と機械的性質である。
表1 人工関節の市場規模
超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)が素材として適している。しかし、磨耗粉による炎症のため骨組織が溶解して人工関節に緩みが生じてしまう。磨耗粉を如何にして少なくするかが問題である。使用中の繰返し応力による分子配向によってできた配向軸と直角方向の脆弱性による表面層破断が問題になる。1997年にUHMWPEに200Mrad(2MGy)照射すると繰返し応力による分子配向を抑制でき耐摩耗性が向上することが見つけられ、1999年には100kGyの低線量でも耐摩耗性が向上することが分かった。しかし、照射中に生成するラジカルが残存し、経年劣化するのが問題であった。残存ラジカルを消去する方法が種々試されたが、熱処理による消去は疲労破壊の増加を招いた。これは結晶化度の低下が原因である。
そこで結晶化度が低下しないラジカル消去法が開発された。一つは照射後高温圧縮するもので、高温でラジカルを消去しながら、圧縮配向で分子配向と結晶化度を上げようとするものである。もう一つはビタミンEを添加することによって、熱処理なしでラジカルを消去し、酸化を防止するとともにビタミンEが可塑剤の効果もあり、耐摩耗性が著しく向上した。また、ビタミンEを添加後照射しても結晶化度が増加し、疲労破壊が減少している。人工関節の寿命は15年とされているが、20年以上に延びるのは確実であろう。人工関節の多くは輸入品であり、国産のものは割高なため、使われないということである。国内メーカーに頑張って欲しいところである。ポリアセタールや架橋テフロンも耐摩耗性が良いということであるので、今後の発展が期待される。架橋テフロンの製造法には溶融状態で放射線架橋するものと、室温でのアセチレン増感放射線架橋がある。
放射線グラフト重合の実用化例として、第44回UV/EB研究会で発表された「電子線グラフト重合による繊維機能化技術の開発」と第38回の「温度応答性高分子のグラフト重合による培養皿の開発と再生医療への応用」が紹介された。いろいろとアイデアがあるのだが、実験できる環境にいないのが残念だと嘆いておられた。
2. 電子線グラフト重合における高圧印加技術の 利用と繊維吸着剤の高機能化(会員ページ)
福井大学大学院工学研究科
ファイバーアメニティ工学専攻 准教授 久田 研次
染色廃液から、イオン性の物質はイオン交換法で、金属はキレート化によって除去できるので多くの研究があり、また実用化製品が発売されている。しかし、イオン基や金属を持たない中性の染料などを除去できるフィルターは多くない。中性物質を迅速に除去できるフィルターに使うための高分子の分子設計法とその成果についてご紹介いただいた。
高分子に放射線を当てたとき、架橋するか崩壊するかは、線状高分子の重合熱で決まることを始めて知った。三級炭素を持ったものが崩壊型だと教えられていたが、その原因が重合熱にあったのだ。重合熱が15kJ/mol以上あれば架橋型高分子であり、13kJ/mol以下だと崩壊型に分類できる。
グラフト重合させるために、高分子に電子線を当てるが、その際に電子から原子核に移される最大エネルギーと共有結合の結合エネルギーを表2に示す。100keV以上の電子線で共有結合が切れることが分かる。
表2 電子から核に移されうる最大エネルギーと共有結合の結合エネルギー
フィルターは繊維径約16μmのポリプロピレン不織布を基材としてグラフト重合で吸着能を持たせる。図1に示すように、線量が高いほど、モノマー濃度が高いほどグラフト率があがる。
グラフト率が小さい場合、グラフト鎖は希薄でランダムコイル状であるため、吸着量は少なく、グラフト率が大きくてもグラフト鎖の密度が高くなりすぎて、ブラシ状に伸びたグラフト鎖の端末部分にだけ吸着するため、吸着量が少なくなる。吸着量を増やすためには適度な間隔を保ったグラフト鎖を作る必要がある。
電子線照射の線量を変えることによって活性ポイントを調節し、長いグラフト鎖を作らなければならない。化学反応において反応物から生成物ができるとき活性化複合体が存在する。反応物の分子体積と活性化複合体の分子体積の差を活性化体積と呼ぶが、活性化複合体の体積が小さくなるような反応では高圧をかけることによって反応速度が増大する。
図1 繊維への電子線グラフト重合
グラフト重合で低分子量のグラフト鎖しかできない線量であっても、高圧重合することによって高分子量のグラフト鎖を作れるということだ。照射線量が40−200kGyではアクリル酸メチルのモノマー濃度が70%のとき、高圧下での重合でグラフト率が増大し、グラフト鎖の平均分子量も増大している。ただし、モノマー濃度が50%では500MPaが300MPaよりもグラフト率が低下し、30%では加圧の効果が低下した。原因はモノマーの拡散が遅くなるためと考えられる。
赤色の分散染料で吸着特性を評価した結果、メチルメタアクリレートよりもメチルアクリレートが吸着能に優れていた。重合圧力が大きい吸着材が平衡吸着量が大きいもののグラフト率の向上ほどは増加していない。詳しい検討の結果、グラフト鎖の平均分子量が30万以下では初期吸着速度定数が単調に増加していたが、30万を超えると分子量によらず一定であるのが原因であった。
3. 電子線照射グラフト重合によるゴム表面改質技術の開発(会員ページ)
株式会社ミツバ 技術開発部 溝手 範人
自動車のワイパーの機能はガラス面上の雨・汚れを払拭して視界を確保することにある。ワイパーゴムに要求される性能は静粛性、払拭性、摩擦特性に加えて持続性(耐劣化性)である。ワイパーゴムとガラスの摩擦が高いと、異常摩擦、異音の発生、払拭負荷の増大や拭き取り不良の原因となるため、表面改質で摩擦を低減する必要がある。
多くのワイパーゴムは、塩素処理によりジエン系ゴムの主鎖二重結合に塩素を付加させ、ゴム表面に塩素化層を作っている。ただしこの処理には湯洗や乾燥の工程で熱エネルギーを消費すること、危険な塩素ガスが発生すること、酸廃液が出ること、有機塩素化物が生成する問題がある。
従来と同等の性能を保ちながら、表面改質プロセスの高効率化と脱塩素化ができる代替技術として高密度エネルギーを直接付与する電子線照射グラフト重合法による表面改質についてご紹介いただいた。
カーボンブラックを配合した加硫天然ゴム(NR基材)に2-ヒドロキシエチルメタクリレート(HEMA)の水溶液を同時照射法によってグラフトした。赤外線吸収スペクトル法によってHEMAの濃度が高いほど、また線量が高いほどHEMAとNR基材の組成比が増加してグラフト率が高くなり、グラフト深さも深くなることが明らかになった。
図2 組成比と表面硬度および摩擦係数の関係
HEMAをグラフトしたワイパーの性能を塩素処理したものと比較したところ、払拭性に優れ耐摩耗性も向上していた。
ワイパーゴムの摩擦で問題になるのはガラスが乾く瞬間に水の界面張力によってゴムがガラスに引っ張られて摩擦が発生することである。これをセミドライ摩擦という(図3)。HEMAをグラフトしたゴムはHEMAの組成が大きくなると水に対する接触角が小さくなりセミドライ摩擦は大きくなる。MPTS(3-(メタクロイルオキシ)プロピルトリス(トリメチルシロキサン)シラン)をグラフトしたゴムの接触角は大きくなり、セミドライ摩擦は小さくなるが、ドライ摩擦は低減しない。
図3 ウェットからドライに移行する際のワイパーの摩擦挙動
安定した摩擦を得るため、ゴム表面にHEMAとMPTSを共グラフトして、疎水性と親水性の両方の性質を持たせた。MPTS単独ではゴムの表面よりも奥深く分布していたグラフト層がHEMAを10%加えることによって、表面付近に分布するHEMAグラフト層にMPTSが多く留まり、疎水性硬化層である高密度なMPTSグラフト層を表面近傍に形成できた。疎水性硬化層形成により、低摩擦とセミドライ摩擦抑制を両立でき、耐ウェットチッピング摩擦も向上したということである。
(阿部 記)