第46回UV/EB研究会より(聴講記)
表記研究会は平成22年12月3日(金)13:30から住友クラブ(大阪市西区)において開催された。今回の講師は安永秀計氏(京都工芸繊維大学)、長澤尚胤氏(日本原子力研究開発機構)、および田川精一氏(大阪大学)であった。
1.バイオベースマテリアルを用いた紫外線照射染色(会員ページ)
京都工芸繊維大学 大学院工芸科学研究科バイオベースマテリアル学部門 准教授 安永 秀計
繊維の染色の話に入る前に人間の体の染色である化粧の話から始まった。中でも髪の染色である毛染めは紀元前2000年から始まっていたそうで、すでに4000年以上の歴史がある。古くから白髪を隠すための毛染めが行われていたが、十数年前からはおしゃれのために毛を染めるようになり、2002年には20代の女性の9割が髪を染めていた。その後も老齢人口の増加とともに白髪染めをする人も増え、おしゃれ染めは定着している。
染毛剤には劇薬に相当する成分も含まれ、これによって頭皮や髪を傷め、稀にかぶれなどの皮膚のトラブルが発生する。なるべくダメージを与えないような染毛剤として、日常的に摂取している食品に注目された。食品でも短時間に大量に摂取すると障害があり、絶対安全とは言えないが、ダメージは少ないであろうということでいろいろとスクリーニングした結果、カテキンで染毛できるのがわかり、研究中とのことです。カテキンは無色に近いのですが、酸化するとカテキノンに変化し、これが薄茶色に発色する。食物系の天然色素で別の色に発色させることができれば体にも環境にも優しい染毛剤が開発できるであろう。
英国のパーキンが1850年代に石炭のタール成分から合成色素モーブを合成するまでは、繊維の染色に天然色素を利用していた。天然色素による染色物は光によって褪色するものが多いことと高価であったため、瞬く間に合成色素にとって代られ、現在は色とりどりの染料が合成されている。
染色に使う合成染料は主に石油から作っているので、石油の枯渇に備えて同等の高機能を有した天然物由来の原料(バイオベースマテリアル)から作ろうという機運が高まっています。もう一つ重要なのは染色で使われた染料の多くは繊維に吸着されず、染色廃液に残るため、有害な染色廃液の処理にコストがかかることです。そこで再び天然色素が注目され始めています。
一般的に天然色素は耐光堅牢度が悪く、特に紫外線が当たると分解して色が薄れる。カテキンは酸化されてエネルギー的に安定な状態で発色しているため、さらなる酸化は抑えられて分解しにくいと考えられるので、染料としての検討が始まった。
染毛剤として利用できることから毛髪と似た性質をもつ羊毛での染色試験が行われた。カテキンの水溶液に布帛を浸漬し、絞ってから高圧水銀ランプで照射すると、図1に示すように時間とともに濃く染まっていく。縦軸のK/Sはクベルカ-ムンクの関数で色の濃さを表している。Kは染色物の吸収係数で、Sは染色物の散乱係数である。
着色を数値化する測色計があるのに驚いた。色の名前はアナログ的な呼び名しか知らなかったが、3刺激値というのがあり、表色系というパラメーターが2種と明度を表すパラメーターで色を定義している。まるでAdobe社のPhotoshopの世界です。さらに長時間照射すると、濃さが増し、色があせるという現象は観測されません。温度を100℃に加熱しながら照射すると着色が早くなります。羊毛以外の布帛では綿など水に親和性のある繊維が染まりやすく、ポリエステルのような親水性のない繊維は染まりにくい。
一般的に使われている青の染料Reactive
Blue 49の場合は10時間で色が変わり、160時間程度で色が失われてしまいます。それからは繊維の劣化が起こるのですが、カテキンの場合は色も褪せませんし、繊維の劣化も起こらず堅牢度はよいのですが、色のバリエーションがないのが問題です。色を変えるには古くから金属を利用する媒染という方法が使われています。カテキンで染色する際に乳酸鉄を利用すると色が濃く染まるので、他の金属ではどうか研究中とのことでした。カテキンによる着色のメカニズムが解明されれば、環境に優しいバイオベースマテリアルを用いた染色が一般的に用いられると期待される。
2.
放射線加工による環境に優しい高分子材料の開発(会員ページ)
(独)日本原子力研究開発機構 量子ビーム応用
研究部門 環境・産業応用研究開発ユニット
環境材料プロセシング研究グループ 長澤 尚胤
天然物由来の高分子を使って汎用の高分子材料を作る研究をご紹介いただいた。これは光合成によってできた高分子は二酸化炭素を自然界から取り込んでいるので、それを燃やしても二酸化炭素の量が増えないというカーボンニュートラルな材料であるから、地球環境を悪くしないということで注目されている。
多糖類に放射線を当てると分解するというイメージがあるのですが、これは粉末のままとか10%以下の水溶液の場合に分解するのであり、条件を変えれば分解せずに架橋することを見出されている。多糖類はそれ自身が水に溶けないため、カルボキシメチル基を導入して水溶化したものが食品添加剤に用いられているとのことであり、カルボキシメチルセルロース(CMC)を用いた研究を中心に応用研究をされている。
CMCに水を加えてよく練り、ペースト状のものをフィルム状に成形してγ線を50kGy照射すると架橋する。照射後のフィルムを水で洗い、未架橋のものを洗い流してゲル分率をもとめた。CMC濃度とゲル分率の関係を図2に示す。10%〜60%のペースト状の試料だけが架橋することが分かる。乾燥したゲルは吸水性があり、水だと400〜500倍を吸収するが、人間の尿を模した0.9%食塩水や家畜の尿を模した水溶液は100倍程度に落ちる。これはCMCがNa塩であるため、イオン間の反発のため吸収量が悪くなると考えられている。しかし市販の紙おむつなどに使われているアクリル系の吸水材と変わりがないそうである。また、吸水性はゲル分率が高くなると悪くなる傾向があり、最適なゲル分率があるとのことであった。
畜産廃棄物の処理が問題になったことがあるが、コンポスト化するためには水分量を70%以下にするためオガ屑を同量加える。そのため、量が倍に増えるとのことであった。オガ屑の入手も困難であるため、乾燥したCMCゲルを0.2%加えるとオガ屑の量を6分の1に減らすことができるのでコンポストの量も減らせる。しかし諸般の事情で実用化できていないということで、残念なことである。
ゲルを乾燥させずにウェットな状態で利用することも研究されていて、医用では創傷被覆材や床ずれ防止材に使われている。創傷被覆材を使うと傷口がきれいに、早く治るので良く売れているそうです。その他の利用としては保冷材や和紙の改良剤に使われている。
キチン/キトサンの放射線分解生成物が植物成長促進に寄与することが知られているが、キトサンのカルボキシメチル誘導体(CMキトサン)ゲルはアミノ基とカルボキシル基を持っているため、金属とキレート(錯化)したり、イオン結合して金属吸着ゲルを生成する。例えば6400ppmの硫酸銅水溶液に30%のゲルを加えて放置すると銅を吸着したゲルが沈殿し銅を除去できることが分かったが、CMキトサンはCMCの価格の100倍高価であるため、ブレンドして使用することも研究されている。これによって金属イオンの分別沈殿も可能になると面白い。
放射線橋架けがどのように起きるのかは現在研究中とのことであるが、ラジカル種が特定されているのでもうすぐ解明されることであろう。
デンプンやセルロースから作られているポリ乳酸の放射線橋架けについてもお話しいただいた。ポリ乳酸はカーボンニュートラルな生分解性の高分子で、透明性に優れ強靭であるため医療への応用が期待されたが、60℃で軟化し強度が落ちるのが欠点である。これを架橋助剤を用いて放射線架橋すると150℃で軟化するようになる。耐熱性を改良した汎用樹脂としての加工性については第45回のUV/EB研究会で講演があった。
福井県鯖江市の特産品にメガネフレームがある。メガネフレームを出荷する際はデモレンズという素通しのレンズをつけているが、これにはPMMAが使われていて、環境に優しいポリ乳酸を試験的に使ったところ、海外へ輸出する際コンテナで輸送されるため、予想外の高温で変形することがあったということです。これに放射線架橋したポリ乳酸のレンズを用いることが考えられている。
3. 放射線プロセス及びリソグラフィ関係国際会議報告と実用化直前のEUVリソグラフィ及びレジストの現状(会員ページ)
大阪大学産業科学研究所ビ−ム応用フロンティア
研究分野・分野長 特任教授 田川精一
米国メリーランド大学で10月25日〜29日に開催された9th Meeting of Ionizing Radiation and
Polymers Symposium (IRAP2010)で座長と招待講演をされた田川先生から、IRAP2010について詳しい報告をしていただいた。この国際会議はヨーロッパ発祥で2年に1回開催されていて、今回初めて米国で開催されたということです。13のトピックスに分かれて、放射線重合の基礎研究、重合のプロセス、新しい放射線発生装置、バイオテクノロジーにおける放射線、ナノ加工、グラフト重合、穿孔膜、電荷移動、表面処理、バイオ燃料、中性子線結晶回折などと共にEUVリソグラフィが取り上げられ、他のトピックスは1会場であったのに、EUVは2会場で開催するという熱の入れようだった。
半導体の製造にはデバイスメーカーはもちろん、露光機メーカーとレジストメーカーがかかわっている。デバイスメーカーは現在のところ台湾と韓国が優位にあり、露光機メーカーもかつてはニコンとキャノンで世界中のシェアを握っていた時期があったのが、日本のデバイスメーカーの衰退とともに元気がなくなり、最近はオランダのASML社がひとり勝ちしているそうで将来は独占禁止法の問題になりそうだとか、非常に残念です。レジストに関してはトップを走る5社がすべて日本の企業ということで、今は大丈夫だけれど、政府が梃入れしなければ露光機メーカーと同じ運命になる可能性があるとのことでした。
半導体デバイスに求められるのは集積機能と演算速度で、これを経済的に成り立たせるためには寸法を小さくしなければいけない。そのためにはパターンの幅を小さくすれば良いということで、現在はパターン幅が45nmの半導体が量産されている。それをさらに22nmまで縮小するためには、マスクや光源の開発が必要であるが、さらに11nmのパターンを得るためにはレジストの改良が一番の課題であると考えられている。現在のレジストの問題点は感度を良くするとパターンの精度LWR (Line Width Roughness)や解像度が悪くなるというトレードオフの関係にある。現在使われているレジストは光源の開発を楽にするため、化学増幅によって感度をあげている。放射線化学反応によって酸が遊離し、酸触媒反応によってレジストを感光させる方式である。
UV光までは吸収係数は分子の構造によって決まっていたが、EUV光は電離放射線であるため、構成されている原子によって決まる。EUV光に対する原子の吸収係数1)を図3に示す。ナトリウムとかネオンとかカルシウムでは有機物はできませんからフッ素を使えばよいことが分かります。フッ素含有量を上げれば感度が上がることをパルスラジオリシスで実験した結果を図4に示す。
上段はパーフルオロナフタレンアニオンラジカルの吸収スペクトルの経時変化で、下段は1-フルオロナフタレンのそれである。フッ素含有量が多ければアニオンラジカルの量が増え、寿命も長いことが分かる。
このようにして、LWRと解像度の良いレジストにフッ素を付加することによって、感度を上げることができるので、トレードオフの問題は解決できるであろうということであった。10年後にはものすごい発展をして驚異的なプロセッサが発売されることが期待されます。
1)B. L. Henke et al., At. Data Nucl. Data Tables 54,
181(1993).
(阿部記)