第40回UV/EB研究会報告(聴講記)
今回の研究会では、まず高分子の放射線加工における基礎技術について、ご講演いただき、架橋、分解、グラフト重合などについて説明された。さらに環境関連で問題になっている水処理技術にグラフト重合を利用する新規吸着剤の開発について最新の話題を提供していただきました。(平成20年11月14日 於:住友クラブ)
1.高分子の放射線加工における基礎技術(会員ページ)
ラジエ工業(梶j技術顧問 貴家 恒男
工業利用における放射線の特徴は多岐にわたっており、金属・無機物質では結晶格子欠陥を利用しているのに対し、有機物の照射では共有結合の切断による分子構造の変化を利用している。C-C結合やH-C結合の解離エネルギーは約350〜400kJ/mol(3.6〜4.2eV)であるが、実際に利用する放射線のエネルギーはそれらの値よりもはるかに大きく、数100keV〜数MeVである。これを「ナタで豆腐を叩きつぶす」と形容されていた。
電子線やガンマ線と有機物との相互作用を、イオン化や活性種の生成メカニズムとして説明していただいた。放射線を吸収すると断熱系では温度の上昇がおこる。比熱1(水)の場合100 kGy(1Gy=100rad)の照射をすると24℃の温度上昇を伴う、比熱0.5のポリエチレンの場合48℃の上昇、比熱0.25のポリプロピレンの場合は96℃の温度上昇があるので注意しなければならない。放射線のフルエンスが同じであれば、吸収線量は入射電子のエネルギー(速度)と被照射物の平均励起エネルギーに依存する値(質量阻止能)に比例する。
高分子鎖が放射線を受けると分子鎖に活性種が生成し、再結合により橋架け・キュアリング、主鎖の切断、あるいは不飽和結合を生成する。このとき系に酸素があれば放射線酸化がおこり、モノマーが存在するとグラフト重合がおこる。
高分子の放射線改質は主に主鎖切断と架橋を利用している。主鎖を切断すると低分子量化がおこり、高分子らしさが減少することを利用して、成形性や溶解性を改善できる。また、架橋は高分子らしさを保存したまま網目構造を生成し、引っ張り強度などの物性を改善できる。
高分子には放射線を当てると架橋する高分子と主鎖が切断する崩壊型の高分子がある。架橋型高分子にはポリエチレン、ポリスチレン、ポリフッ化ビニリデン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリビニルアルコール、ポリブタジエン、天然ゴムやポリアミドがあり、崩壊型高分子としてはポリイソブチレン、ポリαメチルスチレン、PTFE(テフロン)、ポリメチルメタクリレート、ポリアクリロアミド、ポリオキシメチレン、セルロース、ポリアラニン、DNAなどが知られている。化学構造式を書いてみるとわかるように、C-C結合のα位に少なくとも一つの水素原子が結合しているものが架橋型であり、水素原子が無いものが崩壊型である。また、主鎖にC-C結合以外のものを含む天然高分子も崩壊型である。
放射線分解を利用した工業化は少なく、テフロンの微粉末化、ブチルゴムの放射線分解、木材チップの分解が知られている。テフロンは溶融成型できない高分子で、特殊な方法で焼き固める「焼成」によって作られている。テフロンの削り屑や使用後の製品はゴミとして処分されていたが、低い線量で分子切断すると結晶化が進み、硬くなって粉砕しやすくなるので、固体潤滑剤、耐磨耗添加剤として利用されている。身近な例ではインクジェットプリンターのヘッド部分に使われている。
海草類に含まれるアルギン酸や甲殻類に含まれるキトサンを有効利用するため、放射線による低分子量化が研究されていて、植物の成長促進効果がみられた。アルギン酸からのオリゴ糖を添加するとイネの根の成長が良くなるので、東南アジアでの水稲栽培に試験的に実施されている。
過酸化物を利用する化学架橋は温度を上げなければならないが、放射線架橋は室温で出来るのが特徴である。架橋した高分子の融解温度は未照射のものと変わらないが、一旦溶融した後再結晶化すると架橋したものは融解温度が下がり、架橋後の熱履歴で物性が変わることに注意しなければならない。
ポリエチレン(PE)には分子量が200万の超高分子量PE、チグラー反応で作った分子量が10万〜20万の高密度PE、高圧法で作った分子量が4万の低密度PE、ブテンと共重合した低密度PE、4-メチルペンテンと共重合した低密度PEなどの種類がある。これらの放射線架橋反応を調べた結果、密度が同じであれば分子量が大きいほどゲル化し易い。分子量が同じであれば密度が小さいほどゲル化し易い。この傾向は殆どの高分子に当てはまる。放射線照射によるヤング率、降伏点強度、破断強度、伸びなどを多面的に検証され、架橋による力学特性の変化を説明していただいた。
工業化の例としては、電線被覆材料の耐熱化、放射線架橋ナイロンがハンダ加工できるほど耐熱性であること、タイヤ製造へ応用し寸法精度・作業性が改善されたこと、熱伸縮チューブがパイプライン建設にまで使えること、クーラー保温材や自動車の内装につかわれる発泡プラスチックに応用され温度コントロールが楽になったこと、水溶性高分子の架橋で作ったハイドロゲルが創傷保護フィルムや床ずれ防止マットに利用されていること、生分解性ポリ乳酸を架橋して透明な熱収縮チューブが作れること、崩壊型高分子であるテフロンを融点近傍の温度で放射線照射すると架橋することなどが紹介された。
薄い試料、繊維・粉体では放射線酸化反応に注意しなければならない。架橋する高分子でも架橋が起こらず酸化切断のみが起こる。放射線酸化反応層の厚さは線量率と密接に関係し、線量率が高いと高分子鎖と酸素の反応速度が大になり、表面で酸素が消費され内部は無酸素状態になるので、内部の酸化はおこらない。一方、線量率が低いと高分子鎖と酸素の反応速度は緩やかで空気中の酸素は表面で消費尽くされず内部に拡散して内部まで酸化反応が起こる。線量率と酸化層の厚さの関係を図1に示す。通常の電子線照射での酸化層の厚さは数μmである。
2.電子線グラフト重合による吸着材の開発(会員ページ)
日新電機株式会社 材料研究所
機能材料研究センター 奥村 康之
電子線照射装置の工業的利用の用途拡大を目的として、電子線照射装置のソフトアプリケーションの研究開発を行っている。イオン交換膜と吸着材に着目し、環境問題で大きく騒がれている水環境で上水、下水、排水の処理に使う吸着材をグラフト重合の技術を用いて開発しているとのことである。
上水道の料金は使えば使うほど高くなる累進課税方式になっているため、利用量の多い機関では地下水の利用を考えている。しかし、地下水には上水の水質基準を超えるNa+、Ca2+、Mg2+や水を濁らせる鉄やマンガンを含んでいることが多いので、地下水を利用するためにはこれらの陽イオンを除去しなければならない。現状は除鉄、除マンガンの後、活性炭や砂ろ過による処理をし、最終的に精密ろ過、限外ろ過、逆浸透膜(RO膜)などの膜処理をし、それでも処理しきれない場合は吸着材を用いて低濃度にし、次亜塩素酸ナトリウムを入れて消毒して上水に利用している。アンモニウムイオンのように交換係数の低い陽イオンの場合、他の陽イオンが優先的に除去されて残留しやすい。吸着速度を速くすれば、陽イオン全般を安定して除去できるので、吸着速度の速い吸着材を開発した。
高分子基材としてエチレンとビニルアルコールの共重合体(EVOH)の0.1〜1mmの粒子状樹脂を用い、p-スチレンスルホン酸ナトリウムの水溶液で100%のグラフト率を得た。官能基密度は3mmol/gである。0.5gの吸着材を試験水(NH4+ 10ppm;Na+
40ppm;Ca2+ 5ppm;Mg2+
5ppm;Mn2+ 5ppmの混合液)100ml中において、室温で所定時間撹拌した後、それぞれの陽イオン濃度を測定した。図2に代表例としてマグネシウム濃度の変化を市販イオン交換樹脂での結果とともに示す。
市販イオン交換樹脂が吸着完了まで10分以上を要しているのに対し、グラフト吸着材はわずか3分ほどで完了し、吸着速度が速いことが証明された。通水実験でもアンモニウムイオンの除去が出来ることが確かめられている。
ホウ素や砒素などの半金属類は人体にとって有害であり、上水はもちろん排水にも厳しい水質基準が設けられているが、ホウ素の除去技術が確立していないということで、温泉宿泊施設等には2010年3月まで猶予期間が設けられ、暫定基準が適用されている。
1,2-ジオールがホウ素イオンとキレートを作りホウ素を吸着することが知られているので、基材としてセルロースの球状微粒子を用いて窒素雰囲気中で低線量の照射を行った後、疎水性モノマーと界面活性剤を含む水エマルションと接触させ、エポキシ基を有するグラフト重合物を効率よく得た。その後、N-メチル-D-グルカミンと反応させ、残存するエポキシ基をジオールかすることによって、ホウ素等半金属に対して優れた吸着性能を有する吸着材を得ている。
100ppmのホウ素溶液100ml中に0.1gの吸着材を入れ、24時間撹拌後に吸着量を調べると、市販の吸着材に比べ1.6倍の吸着性能が確認された。これは親水性の基材を用いているため水に馴染みやすいことが原因と考えられる。通水性能試験の結果を市販キレート樹脂の結果とともに図3に示す。
吸着材を0.5ℓの通水モジュールに詰めホウ素濃度20ppmで通水すると、市販のキレート樹脂では4時間ほどでホウ素がリークし始めるのに対し、12時間ほどリークすることなく捕まえることが出来た。20時間程度で排水基準である10ppmを超え、処理効率が大変高いことが確認できた。
これらの吸着材の実用性について、実水(地下水・温泉排水)を用いたフィールド検証を進め、早期の製品化につなげていきたいとのことであった。
株式会社ミツヤの概要と事業内容についてご説明いただいた。染色加工と製織を主たる事業内容としておられ、ポリエステル生地の染色の際に排出されるアンチモン(Sb)を除去するための吸着材の研究についてご講演いただいた。ポリエステル繊維はテレフタル酸とエチレングリコールを重合させながら紡糸する。重合触媒としてアンチモンを用いているため、繊維中には350ppmのアンチモンが含まれている。ポリエステル繊維の風合いを良くするため染色工程で苛性ソーダを用いて10%程度の繊維を溶かしているので、染色液にアンチモンが溶け出している。
アンチモンは有害ということで上水道の要監視物質に指定され、河川の指針値が0.02ppm、工場排水基準として0.2ppmが予想されている。アンチモンの効果的処理法がないため、高効率かつ安価な有害金属捕集材の開発を始められた。基材としてはレーヨンとPVAを混合したものを使い通水性を良くするため、立体織編構造体の布地(幅1.5m、長さ150m)に電子線を100kGy照射した。布地は2mmと厚いので表1回、裏1回巻取りながら照射した。この布地を自社工場に持ち帰り、メタクリル酸グリシジルのエマルションと1時間反応させグラフト重合させた。側鎖のエポキシ基をOH基とSH基に変換し、アンチモンとキレートを作る吸着材を合成した。
反応条件を種々検討した結果、電子線照射の温度、放置温度、グラフト温度は低いほうがグラフト率が高くなることが分かったので、グラフト率を向上させ金属捕集基を増加させ金属捕集能力を向上させるため、布帛を冷却しながら電子線照射できる搬送機能付き照射容器を開発されている。容器は幅2m、長さ3.3m、高さが1.6mある。この中で布地を巻き取りながら照射するのであるが、冷却装置として冷媒を配管で流すのでなく、300kgのドライアイスを詰めて気化させその冷気をファンを用いて循環させることによって布地を冷却されている。
EB加工中の布は通常60℃まで上昇し、巻き取るまでに冷やされ巻き取るときには30℃になっている。この容器内の温度を測定すると、照射前は‐15℃で時間がたつにつれて上昇し、30分後には巻き取り部の温度は3℃になった。布地の温度は残念ながら測定されていない。冷却なしのグラフト率は10〜25wt%であったのが搬送機能付き照射容器で冷却した場合、50〜90wt%に増加した。搬送機能付き照射容器の効果は大きい。グラフトされた布地をロール状に巻いたカートリッジを使った通水試験の結果を図4に示す。
Sbのイオン化するpHの幅は狭く、硫酸でpH3に調整した。Sbの初期濃度は0.38ppmで2回循環させると0.09ppmになり、工場排水の基準はクリアできる。15回の循環処理により、河川の指針値まで濃度を下げることができた。
吸着したSbの脱着は困難でpH1にしても溶離しないことからSbは吸着材との間でイオン結合でなく、共有結合している可能性がある。還元剤を使うことにより脱着でき、吸着材再利用の可能性が見出された。
Sb以外にも有害金属であるHg、Cd、Crや貴金属のAu、Agに対しても捕集能力があるので、これらの吸着・回収についても応用できるとのことであった。 (阿部記)