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第32回UV/EB研究会聴講記

1.放電による負イオン、オゾン発生特性とそれらの混合ガスによる殺菌特性(会員ページ)

三菱電機株式会社 先端技術総合研究所

環境システム技術部 放電応用グループ  谷村泰宏

研究の背景は、最近多発する食中毒への対策や、安全指向からの脱農薬傾向に加え、世界的には人口増加などの要因からも食品の殺菌、消毒の問題は重要などにあるとのことで、講演は、保存技術の向上を通して、世界に貢献したいと格調高く始まりました。

従来の加熱法は生野菜や生鮮食品には向かないし、薬剤による殺菌法は残留性の問題がある。しばしば使用されるオゾン(O3)や紫外線にもそれぞれに長短がある。すなわち、オゾンは殺菌、消臭効果などは高いが、濃度が高いと食品自身を酸化して変質させるし、労働環境での規制値もかなり厳しい。一方、紫外線は影の部分が問題である。

これに対し、負イオンは還元型で、食品に影響を与えない点が注目される。体内で老化などの原因になっているとされ、最近、医療の分野でも注目されているスーパーオキサイドイオン(O2-、一般に活性酸素と言われるものの一つ)はその代表的な例である。

負イオンの発生方法としては@宇宙線、紫外線、A放射線、B放電、C熱電子放射、D光電効果、E水滴の破砕(いわゆるレナード効果)などの利用がある。このうちBがもっとも頻繁に使用されるが、その場合、同時にオゾンが発生するため、それを制御する方法を検討することが必要である。演者らは、負電極の周りに発生させたプラズマから電界によって電子を引き出す方法を用いたが、かける電界をパルス状にすることで、空気中の物質に効率よく電子付加させることが出来た。

実際にどのような負イオンが生成し、消長しているかを調べるために四重極型の質量分析器を使用し、発生源と測定位置との距離を変えることによって大気中での滞空時間を変化させて調べたところ発生直後は-が一番多く、続いてO2-、O3-、NO2-、NO3-などが観測された。しばらく後の状態は水の影響が大きく、その存在によってO3-が増加する様子が見られた。しかし、滞空時間がさらに長くなると、結局、電子親和力の大きい分子に電荷が移って行き、いずれの場合にも最終的にはNO3-が主な負イオンになることが分かった。途中、炭酸ガス起源のC3-も現れるがあまり多くはない。

最初にO-が現れ、2-などが二次的に生じていることから、O分子が関わる初期反応は直接の電子付加ではなく、電子の衝突エネルギーによるイオンと原子への解離(O+e- → O O)であると結論できる。ここで生じたO原子は酸素分子と反応してオゾンを発生させる。一般的な電極を用いた放電法ではこのオゾンの発生が多い。

負イオンを制菌作用に用いるにはオゾンを抑え、安定した高い濃度の負イオンを得ることが必要である。そのために、負極に針電極を用い、対電極の金属部分を絶縁体で被覆して用いたところ、印加電圧が10kV以下で負イオンのみを取り出せることが分かった。また、電圧をパルス化し、その周波数を変化させることによってオゾン量を制御することも出来た。取り出した負イオンは輸送するダクトとの接触によって消滅するため、効果的な取出しには、さらにその直径や風速などを考慮する必要があるが、精度はともかく空間的なシミュレーションは可能であった。

実際に制菌効果を調べた結果では、負イオン処理は低温で行うのがより有効で、オゾンのみを使用する場合、0.1ppm必要なところ、負イオンを共存させることによって0.02ppm程度まで下げることが出来た。これを空間濃度に換算すると必要な負イオンの数は1ccあたり10個でオゾン1011個に相当する計算になる。ただ、負イオン単独では細菌の増殖形態によって温度効果が逆だったりすることがあり、両者を共存させて利用するのが理想的な殺菌システムと考えられる。菌糸であるカビなどにも同様の抑制効果が認められたが、種によってばらつきもあった。

制菌作用のメカニズムとしてはラジカル捕捉剤であるマニトールやO2-の捕捉剤であるSODの添加によって効果が落ちることから、O2-やある種のラジカルが関与するメカニズムが利いているものと考えられる。

実用例として巨峰、桃などについて、ほぼ初期の糖度を維持したまま、8ヶ月ほどの保存が可能なことが実証された。玉ねぎなどの野菜を6ヶ月以上保存出来る「クリーンな保冷庫」も設計し製品化している。

今後の課題としては、大型化した場合、イオン分布の均一性を保つために、どのような改善をして行くか、低価格化の要望への対処などがあるが、なにより、殺菌のメカニズムがまだ良く分かっていないところがあり、解明して行きたい

なお、最初の発生法のところでEに挙げられた水滴の破砕時に生成するのが、一般によく言われるマイナスイオンで、他に比べてこれだけは化学反応ではなく静電気の現象との説明があった。なるほど、その点をはっきり抑えておけば、制菌、殺菌の効果が期待出来ないことも分かり、民間伝承心理の領域で話に花を咲かせるのも、ほどほどに楽しめばよいと納得させられた。

 

 

 

 

 

2.架橋PTFEの固体潤滑への応用とその摺動機構について(会員ページ)

日立電線株式会社 研究開発本部 材料技術開発センター

 機能性有機材料ユニット 山本 康彰

デュポン社が開発したフッ素樹脂(PTFE)、いわゆるテフロンは高い耐熱性、耐薬品性を持ち、非粘着性で摩擦係数が小さいなど多くの優れた特性を持つ材料であるが、一方、単独では耐摩耗性が高くなく、クリープしやすい、放射線で分解するなどの欠点もある。放射線で分解することは、すなわち、架橋しないということであるが、10数年前に、日本原子力研究所(当時)はレイテック社との共同研究の結果、特定の条件で放射線が照射されると架橋することを発見した。当社もこれに参加してさらに調べたところ、架橋させたPTFEは耐摩耗性が優れていることがわかったので、これに着目し、材料としての量産技術を開発、製品化して来た。

酸素を含まない不活性ガスの中で温度を上げながら放射線を照射すると、テフロンの融点328℃より少し高いところで引っ張り強さと、そして、特に伸び率の急峻な変化が起きる。これはその温度付近で架橋が起こり、テフロン分子の主鎖に枝別れ構造が生成した結果と考えられる。これによって耐摩耗性は架橋の前の10倍以上に達するが、他にも、クリープ、すなわち永久変形の度合いが200℃で3分の1となり、ばね弾性が4倍、耐放射線性は約100倍と多くの性質において向上が見られた。さらに光透過率が650nmにおいて30%向上し、透明度が良くなっている。

耐摩耗性の具体的なテスト法はリングオンディスク法といってリングをすり合わせて回転し、相手を傷つける度合いを見ることによって摺動特性をしらべるもので、そのテスト結果によれば、被磨耗量が大幅に低減し、同時に相手の表面に薄い転移膜の形成が見られた。摩擦係数の減少はそのためと考えられるが、これは架橋によって結晶形が変化して、磨耗粉が小さくなると共に、溶着が起こり難くなったためと思われる。実際、結晶解析によれば結晶のサイズが小さくなり、結晶化度は低くなっていた。この耐磨耗性は温度上昇と共に向上するという、通常とは逆の現象も見られた。図○にアルミとステンレスに対する耐摩耗性向上の様子を示した。充填剤入りのPTFEに比べてもより向上している様子が分かる。一方、ばね弾性は繰り返し引っ張り試験後の残留伸びによって測定し、耐放射線性は初期伸びの1/2になる照射線量で評価している。

このようなさまざまな性質が良くなった架橋PTFEはクロスリンクフルオロポリマーの意味をこめたXFと言う材料名で商標申請中で、厚さ0.2〜0.8mmのシートと平均粒径24ミクロンのパウダーを製造している。シートの方はまだあまり需要が無いので、パウダーの方が主となっているが、これを普通のPTFEに混和して、用途に合わせて併合成型し、一般的なものとして、ロット状や角板状の素形材、シールやコート用のものなどを品揃えしている。残念ながら需要はまだ多いとは言えないが、具体的な用途の最大のものは自動車関係の摺動部品、シール部品であり、その他、OA関係、産業機械では真空用リップシール、金型コートなどに提供されている。一つの用途として、従来はカーボン繊維が使われて来た水中用の摺動材がある。カーボンでは金属を削り、最終的には自身を削るなどの他、色が着くといった問題点もあったが架橋PTFEを使用するとそれらが改善されると共に、耐摩耗性はカーボン並みで摩擦係数はむしろ良くなっている。

テフロンと言えば今や日常生活にも身近な材料となった印象があり、それが放射線によってさらに性質が向上したのは嬉しい話だが、今のところはやはりまだ、コストがネックになっているとのことであった。この材料の放射線架橋の可能性については、DuPont社が1962年に検討しており、その時は、融点付近を上限温度としたため、架橋の発見が30年遅れたという興味深い話もあるようだ。

 

 

3.放射線を利用した固体高分子型燃料電池膜の開発(会員ページ)

独立行政法人日本原子力研究開発機構

量子ビーム応用研究部門

高導電性高分子膜材料研究グループ 吉田 勝

これからの新しいエネルギー源の一端を担うと期待されている燃料電池にはいくつかのタイプがあるが、その一つである固体高分子型に使用される代表的な電解質膜はDupont社製のNafionである。これは疎水性のテフロン(PTFE)骨格に親水性のスルホン酸基を持つフッ素化ビニルエーテルを枝状に共重合させたものであるが、前の講演でも触れられた通常のテフロンと同様、架橋構造を持たないため、水やアルコールによって膨潤し、膜特性の低下を起こしやすい。また、製造プロセスの複雑さから、低コスト化も課題の一つである。

1990年代の初め、PTFEの放射線架橋の可能性が確認され、その実用化技術も進んで来たので、演者らは架橋構造を付与したPTFE膜を作成し、これにスチレンをグラフトしてスルホン化したところ、Nafionを超えるイオン交換能や膨潤特性を付与することが出来た。すなわち、架橋PTFEはグラフト反応に必要な放射線再照射に対して分解し難い(耐放射線性)だけでなく、生成するラジカルが膜の内部にまで均一に分散し、かつ広い温度範囲において安定であり、結晶サイズが減少することによってグラフト反応の場が著しく増大する、などの特徴があって、高分子電解質膜作製の高性能化に最適なことが分かった。これが世界初の“架橋”フッ素高分子電解質膜であるが、その作製プロセスが驚くほど簡便なことも特筆に値する。

スチレンのグラフト率とイオン交換容量との関係(図3)を見ると、スチレンの各ユニットに一個ずつスルホン酸基が導入されたと仮定したときの交換容量(計算値:破線)との比較から、グラフトされたポリスチレン鎖がほぼ100%スルホン化されていることが分かる。このようにスルホン化が定量的に進行するため、グラフト率を制御することでイオン交換容量0.7〜3meq/gの電解質膜が容易に得られる。この交換能はNafionの0.9〜1.1meq/gよりはるかに高く、しかも従来に比べて広範囲で変化させることが可能である。また、各種アルコール−水混合液中での膨潤特性について検討した結果でも、Nafionに比べて膨潤し難く、安定であることが確認出来た。ただ、耐酸化性試験に少し難が見られ、改善の見通しも得てはいるが、現在は、その向上のために、グラフト用スチレンに代わるスルホン化が可能なフッ素化モノマーの分子設計と合成を試みている段階である。

これらの技術はNafionの1/10まで低コスト化が可能との試算もあり、総じてNafionより良いものが出来た点を評価されて、改組を前にした平成17年度に原研時代最後の有功賞特賞を受け、ROLEXの時計をもらった。後でしっかり税金を取られたが、ここで強調したいことは、この技術は放射線(γ線、電子線)照射でのみ実現可能であり、その特異性を活用して、他の方法では困難な材料が作成出来たことである。

この研究はその後、企業の開発努力にバトンタッチしたと言うことで、一段落した現在、吉田氏は新しく、「イオン穿孔技術」の開発に取り組まれており、続いて、その一端が紹介された。

その骨子は有機材料中にイオンを照射した時に出来るlatent track潜像を利用して膜を貫通する穴を開け、その中に電導性基を充填、固定して電解質膜に要求される多様な性能を実現し、直接メタノール型燃料電池用電解質膜の開発・設計へ応用しようと言うのである。細孔内への充填密度を変化させて、電気伝導性やメタノール透過性を制御する他、通常の多孔性膜と違って細孔密度の調節も出来るので機械的強度環境も制御することが可能と言う。

その他、性能向上のための可能性をあれこれと論じる、ものづくり研究へのひたむきな姿勢とエネルギーには強いインパクトを受ける講演であった。

(藤田記)


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