第30回UV/EB研究会聴講記
平成17年9月30日 於住友クラブ
今回は最近ますます進んでいると言われるEBの応用・利用の最近事情について現場からの新鮮で多彩な報告と、最近、新しく開発された円筒型照射装置の紹介、併せて食品照射の最近動向などのお話を伺いました。
1.EB硬化技術の特徴とその課題(会員ページ)
(株)NHVコーポレーション
EB加工事業部
金子博実
最初はEB装置のメーカーサイドからの話で、まず、会社の紹介から始まり、ハード面の詳細、今後の問題点などを話して頂いた。
NHV社はもともと日新電機の一部署として電子線照射装置の開発が始められ、それが米企業と合弁会社を作って独立し、発展して来た。その間、1989年には5MeV、30mAの装置が完成し、照射会社の設立などが続いたが、2003年にそれらが統合されて現在の会社となった。事業内容としては工業用電子線照射装置の製造販売、中・低エネルギー電子線の照射サービス、高電圧・電離システム電源、高電圧電源装置などの製造販売を行っている。電子線装置のこれまでの納入実績は300台あり、内容はタイヤ、ポリスチレンフォーム、ワイヤ・電線被覆の合計がその約2/3を占める。
電子線照射装置には走査型とカーテン型の二種類があり(図1)、前者はTVのブラウン管とまったく相似の構造で、前面部分を薄い膜にし、水平にのみ振らしたビームをそこから取り出して使うと考えれば分かり易い。もっとも電圧はその10〜100倍位高く、最大では10MVまである。一方、エリアビーム方式といわれるカーテン型は電子を出すフィラメントが層状または板状のものでこれに比較的低い電圧をかけて取り出すもので、300kVが上限である。
用途としては納入台数で述べたように@高分子材料の架橋技術を応用するもの:タイヤ・電線・フィルム・発泡ポリオレフィン、が最も多く、続いて、Aグラフト重合技術の応用:機能性フィルム・その他、Bキュアリング(硬化)技術の応用:塗料・印刷・接着剤、C環境保全への応用:大気・水質中の有害物質の除去、D殺菌・滅菌への応用:医療用具・食品容器などがある。
UV/EB法は熱によるプロセスと比較してエネルギー消費が少なく、有機溶媒が不要で環境へのダメージも小さいなどの長所があり、また、UVに対してもEBは、触媒が不要なため原料費や経時劣化の点で長所がある。(表1)
ただ、EBには規模が小さいと相対的に設備費の割合が増大する問題がある。その意味で照射サービス会社が果たす役割は大きいと考えられ、開始剤不要による無毒性に依拠した食品関連のパッケージ、光開始剤を含まないため耐候性の大きい屋外材料、その他、高架橋性によるハードコートを利用した耐磨耗性塗膜、基材への浸透が少ない高速瞬間硬化性の利用、熱に弱い製品へのコーティング、ベースフィルムや金属箔越しのラミネート加工、磁気媒体を代表例とする不透明塗装剤コーティング、架橋とグラフト重合を併用した高機能皮膜など、多数の事例がある。
課題としてはコストの他、基材への影響として@架橋と崩壊のバランスAガス発生と臭気B着色C温度上昇の問題があり材料に対応した工夫が求められる。
将来に向けて、ユーザーサイドからはさまざまな環境関連の法案が施行・改正されるなど、環境保護省資源に対する重要性が増しており、環境保護を目的として「無溶剤・省エネ」プロセスが求められるため、電子線による硬化方法が改めて注目される。これに対しメーカーサイドではEB硬化装置の普及・拡大に向けて小型化・低価格化を進める一方、150kVより更に加速電圧の低い超低エネルギー硬化装置の開発・販売が行なわれており、今後さらに電子線による硬化方法の普及が進むと考えている。
2.電子線照射利用事例と照射設備利用の現状(会員ページ)
日本電子照射サービス株式会社 上野浩二
先の講演でも話されたようにEB施設は規模が小さいほど設備費の比率が増大します。次はそんな比較的小規模な需要業界に望まれる照射サービス会社からの実情報告です。
当社は住友重機械(株)がつくばに加速器のデモ施設をオープンし、併せて行っていた電子線照射サービスの需要が高まって来たので、さらに関西にも加速器を設置して、二ヶ所を拠点に照射サービスをしている会社である。関西の主な事業は医療機器・容器や医薬品、化粧品、食品容器、理化学機器などの滅菌・殺菌と高分子材料や半導体ウエハーの改質などである。新しい材料の開発研究や微生物の試験はつくばで行っている。
加速器は走査型でエネルギーは、改質・開発などには300keV程度の低いものも使われているが、滅菌などには5MeVが使われる。ビームは上から下へ垂直に、横幅約1〜1.5mの振幅で照射される。電子線自体は透過性が小さいが被写体などからX線が出るので、これを遮るために照射室は最大で2.5mのコンクリートで囲われている。
滅菌・殺菌用の線量は5〜25kGy、材料などの改質には25〜1000kGyが適用されるが、極めて線量率の高い電子線はコバルトガンマ線に比べて能率的である。線量の測定には日本原子力研究所で開発されたCTA(酢酸セルローズ)フィルム線量計(10〜100kGy)と、もう少し低い領域にはRCD(1〜70kGy)の二種類が、これまで実績があると言う理由で使われている。
電子線殺菌・滅菌の事例を表2に示した。従来、その都度、熱殺菌して繰り返し使われたり、ガスで滅菌されて来た医療・衛生用品などは、最近ほとんど包装した後に電子線処理され、使い捨てで使われるようになっている。点眼薬容器など、全国シェアの8割くらいは電子線殺菌である。ドリンク剤のキャップにはアルミが使われているが、35cm位の深さの段ボール箱に詰めて外から照射しても十分均一にあてることが出来る。そのほか化粧用のフェイスマスクや防塵用のHEPAフィルターなどもあり、特に後者ではグラフト技術を適用して、さらに機能性を付加する試みもある。
工業用としては一般的な紹介になるが、良く知られているように、ラジアルタイヤや耐熱電線、半導体の特性改善などに多用されている。表3に実用化されている例の原理分類と線量を示した。テフロンの分解は関西支社でも行っており、生成した粉体は潤滑オイルなどに加えて再利用されている。この他、ダイヤモンドの着色などもあるが線量は極めて高い。海外では無色のトパーズを照射してブルーにし、100円の素材が1万円に変身する話も聞く。
最後に、これらのいくつかはサイエンスチャンネルのホームページ(http://sc-smn.jst.go.jp/)で動画で紹介されているので、ぜひ一度、ご覧頂きたい。
3. アイリングビーム─円筒型EB装置─(会員ページ)
岩崎電気株式会社
光応用事業部EB開発課
武井太郎
EB装置としてはユニークな円筒型が開発されたと聞き、メーカーのホームページから、直接、講演をお願いして、遠路、ご足労を願いました。
当社は300keV以下のいわゆる低エネルギー領域のEB装置を製作している。表題のアイリングビームもその一つであるが、折角の機会なので当社の製品全般についての説明をお聞き頂きたい。
まず、通常の装置はすべてビームがカーテン型でX線が遮蔽されたセルフシールドとなっており、トレイ寸法がわずか15cm×20cmの実験機ライトビームL(加速電圧:110kVまで)、米国ESI社製の中型機EZCureT、U(同:70〜110kV、処理幅1650mmまで)およびカスタム機(70〜300keV、処理幅2m以上)などを扱っている。これらはいずれも障害防止法では放射線の定義に入らない低エネルギーのため主任者が不要である。
これらを用いて印刷、ラミネーション、コンバーティング、特殊紙・フィルムなどの処理が行われており、最近では中型機により、ごみ燃焼炉の排煙中からダイオキシンを削減する実験を行い、90%以上の結果を得ている。
一方、標題のアイリングビームは図2のように、照射空間が円筒形で、電子は外側から中心に向かって走る構造である。その中心部を通過する製品に対しては、非接触で影が無く、ワンパスで全表面照射が可能である。仕様としては円筒状三方照射方式、加速電圧:80〜180kV、ビーム電流:最大40mA(150kV時)などで、照射部内径は50mmφであるが、これは照射の目的や対象に合わせて変更が可能である。実は、このアイデア自身はすでに30年も前にアメリカで特許が出されており、後には日本でも類似のものが見られるのだが、実用の装置として実現したのは弊社が初めてである。
用途としてはケーブルや小粒状物が適しており、図3のような配置で電線の被服を能率的に硬化させることが出来る。粒状物の例としては種子の殺菌が考えられている。γ線と違って低エネルギーの電子線は深部まで透過しないので、胚のダメージによる発芽率の低下を最小限に抑えることが出来る。また、UVのように皮膜のひだによる影も生じない。薬品を使わないことも利点であり、理想的な殺菌・滅菌方法と考えられる。
その他のEB装置であるが、最近はエネルギーがより低く、また、規模も小さい装置が求められる傾向にある。超低エネルギーとも云える100kV以下になると、電子の取り出し効率を向上させるなど、新しい技術が必要となるが、弊社ではそれらの需要に応え、実験用小型EB装置ビームサットとEZ−V型機を開発した。
ビームサットは長さ30cm程度の円筒形の照射ヘッドから直径約20cmのスポット状ビームが取り出せる卓上型で、電源部を含めても車で運べる程度の装置である。また、EZ-Vの仕様は加速電圧 50〜90kV、ビーム電流 100mA、処理能力 3,000kGy・mpmで処理幅600mmの試作機がある。
エネルギーが低いことで薄膜コーティングや基材フィルムの劣化抑制が求められるニーズによく対応出来、無溶剤インキによるWet-on-wet多色刷りをし、最後にEB乾燥するようなことが実現している。
これらの装置はいずれもレンタル出来るので、EBを利用した製品の研究開発に、ぜひご利用頂きたい。
4.食品照射の世界の状況と日本(会員ページ)
大阪府立大学大学院 理学研究科 古田雅一
日本は1987年に世界に先駆け、ジャガイモの芽止めに照射が許可された食品照射のパイオニアである。しかし、その後の進展が無く今では全くの後進国になってしまった。その間、世界のパブリックアクセプタンスは随分進み、実際に中国などからの乾燥食品などはかなり照射したものが入って来ている可能性もあるようで、厚生省は未照射の証明書がないと輸入してはいけないとしているが、その意味で最近、少しは関心が高まって来たのかなあと言う感じがする。
食品照射は放射線の生体に及ぼす性質を利用して農産物の損耗防止(殺虫、殺菌、成熟遅延)、食品の安全性確保(病原菌、寄生虫の殺滅)、植物検疫(検疫害虫の殺虫・不妊化、外来雑草の進入防止)、薬剤処理の代替(EO、MB)などを実現する極めて多能な手段である。
これは乾燥、冷凍食品に適した非加熱処理であり、透過力があるので包装状態で大量処理が可能、物理処理のため薬剤残留がなく、成分への影響は極めて少ない、など多くの特長がある。そのため、早くも1950年には利用法の研究が始まり、その後の膨大なデータを基に健全性評価の世界的なプロジェクトがスタートし、1980年にFAO/IAEA/WHO合同専門家委員会で「10kGyまでの照射食品の健全性」が宣言されたことは周知の通りである。
1992年にはそれが再確認されたが、さらに1997年に、10kGy以上でも「毒性学的に危険は無く、微生物による食中毒のリスクが低減され、しかも、栄養学的危険性は無い」と結論された。
その根拠には米国で鶏肉に59kGy当てられた実績などがあり、健全性においての上限は不要とまで述べるに至っている。その場合、品質の観点での上限は述べず、市場性に任せるとしている。
図4 は最近の照射商品が流通している世界の状況である。90年代に入って米国での進展が著しいが、そのきっかけは1993年のハンバーガー挽肉事件で、汚染した病原性大腸菌O157:H7によって4人の死者が出た。その後、1977年には、同様の問題でクリントン大統領の非常事態宣言にまで発展した結果、放射線で子供の健康が守れるというパブリックアクセプタンスが進み、鶏肉、牛肉、香辛料と、つぎつぎに実用化して行ったのである。今年一杯で臭化メチルの使用が100%出来なくなる事情もあって、穀物の照射も始まっている。
アジア・太平洋諸国では、比較的この問題に保守的だったオーストラリア・ニュージーランドで香辛料が許可されたし、アセアン諸国でも統一規格が制定され、温度差はあっても香辛料くらいはと言う情勢である。特に中国からの乾燥野菜など、規制は厳しくされてはいるが疑われる製品が入って来ている。わが国でも香辛料への許可申請が出されており、まだ、動きは緩慢だが、こうした外圧に対処すべきとの機運が少しは出て来ているのではないか。
香辛料は特に放射線に強い細菌芽胞がグラム当たり100万個と多いが、それでも5kGyもあてれば規制値の同約1000個に出来る。図5は各方法による処理後の香気成分の比較だが、特に熱殺菌で低沸点成分の減少の著しいことが良く分かる。
今後の問題として、先ほどから述べられているソフトエレクトロン利用での線量測定法や消費者対策として正しく表示するための検知法の確立などがあるが、その他、実用化に向けて克服すべき点を整理すると、まず、消費者にこの手段の有用性をどのように理解してもらうかがあり、その上でさらにどんなニーズがあるかであろう。