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第28回UV/EB研究会聴講記

平成16年11月26日 於 住友クラブ

 

1.固体高分子型燃料電池の開発状況(会員ページ)

三菱電機株式会社先端技術総合研究所 三谷徹男

最初は今エネルギー問題でもっとも期待されている燃料電池の最近事情を、実用化研究の最先端で関わっておられる三谷氏に話して頂きました。

燃料電池は水素と酸素が水になる化学反応の電位差を利用する発電システムで、発電効率が高く環境に優しいなど、いろいろな長所がある。主として5種類ほどある方式の中、ここでは、出力密度が高く、小型・軽量化が可能なため、車や家庭用定置電源などを目的に開発されている固体高分子(PEFC)型について紹介する。

このタイプは図1のような構造で、高分子の電解質膜を2枚の多孔質電極で挟み、両極の外側から水素と酸素を送り込む。水素ガスは陰極側の多孔質膜と電解質膜との接触部分に置かれた触媒の働きでイオン化されて電解質の中を陽極側に移動し、そこで電子を取り込みながら酸素と反応して水分子になる(燃料にメタノール水を利用する方式もある)。開放時の理論電圧は1.23Vだが固有の反応抵抗や物質の拡散・対流律速による抵抗のため通常使われる0.2A程度の作動時電圧は0.8V弱というところ。これをMEA(Membrane Electrode Accembly)と呼ばれる一組の単位にして、間に導電性の膜(セパレーター)を挟みながら何組かを直列に組み上げて適当な電圧の電源にする。(図2)

 

 

心臓部の電解質膜は図のようなテフロン様高分子の一部をスルホン化したもので、いくつかのメーカーでそれぞれ独自の構造比を持った製品が発売されている。(実はこのスルホン化に放射線のグラフト技術が使えると聞いていたのですが、講演では実用化はまだまだという話でした。しかし・・・。後述参照)

これらの原理と構造によって燃料電池はすでに現実化されてはいるが、実用的な普及の意味では、まだ、耐久性と価格の面で大きな問題がある。定置型用の場合で、それぞれの目標値が4万時間、50万円/システムとして、現在は数千時間、2000万円以上とかなり開きがあるのが実情である。ただし、前者のチャンピオンデータとして15,000時間という数字もあり、事情は刻々変化していると言える。

耐久性を落とす主因は運転中に発生する過酸化水素やフッ素イオンによる膜の劣化で、電解質膜の他、触媒やセパレーターについても多くの試験データが取られているが、いずれも耐久性を伸ばし価格を下げると共に品質を向上させる努力が続けられている。

ちなみに実用化の時期について演者は控えめでしたが、今年(2005年)に入ってから、メタノール燃料電池用の高分子膜について、放射線グラフト技術で、従来品の6倍の耐久性と2倍近くの出力を達成し、量産化の目処をつけた旨の新聞報道がありました。

 

2.放射線加工の線量トレーサビリティ、ISO規格の現状について(会員ページ)

(株)イービーシステム顧問 田中隆―

放射線の産業利用は当研究会第21回の経済規模報告でもわかるように、現在、かなりの規模に達していますが、国民的な忌避感情が土台にあって、積極的には顕在化されない傾向にあります。そのような環境下でも、品質マネジメントや線量のトレーサビリテイは重要ですが、JIS規格化も、計測技術の普及も進んでいないということです。しかし、放射線滅菌や線量計測についてはISO規格があり、また、トレーサビリテイの方も技術は確立して制度化への準備もほぼ終わっているということですので、そのあたりの事情を解説して頂きました。

@)放射線加工の品質保証技術とISO規格の現状

放射線加工や大線量照射の品質管理技術は、計測技術の開発と並行して1970年代頃から欧米を中心に進み、80年代には滅菌医療機器や照射食品の国際的な取引において品質保証の手段として広まった。90年代には、アラニン線量計の開発で精度が向上し、線量計測の国際基準作りが急速に進んだ。

わが国はアラニン線量計素子の実用化をはじめとする線量計測技術の開発とともに、ASTM(米国材料試験協会)及びISO(国際標準機構)の放射線量計測規格の作成にも貢献している。国際規格は、現在ほとんどISOの2つの技術委員会(TC198へルスケア製品の滅菌・無菌性保証、及びTC85原子力)に託されていて、医療機器滅菌などの規格はISO11137で規定されている。

これらの規格への国内対応は、組織、人材、費用等、いずれもボランティア活動に依存するなど、製造現場に密着した状況になっていない。これは技術継承や人材育成への公的な対応が著しく停滞している最近の国内事情とも相応しており、それらの改善なくしては、安全、安心が特に重視される食品照射の普及拡大は難しい。これに較べると、エネルギー事業の方は、安全・安心への社会的要求の高まりに呼応して、標準化や基準作りが活発化している。

A)線量トレーサビリテイの現状について

トレーサビリティとは企業等が持つ標準器と国家計量標準(or国際標準)とのつながりを明確にする体系である。医療機器の滅菌や食品加工では吸収線量へのトレーサビリテイが製品の品質保証の拠り所となる。

わが国の場合、放射線防護の分野では、すでに認定事業として広がりつつあるが、それよりずっと線量の高い工業レベルでは制度化が遅れ、欧米の標準に依存しているのが現状である。しかし、国内消費量が世界第2位の使い捨て医療用具の約60%が放射線滅菌であることや、照射食品の事業化が間近い点などを考慮すると、これは放置出来ない。特に、食生活がらみで消費者の健康や安全への志向が高まる中、計量標準の情報を要請に応じて開示できる仕組み作りが急がれる。

日本原子力研究所は産業技術総合研究所等の協力を得て、工業レベルの高い線量での計測標準化を研究し、電離箱やアラニン線量計による60Coガンマ線のトレーサビリテイを欧米と同等レベルの技術基盤で確立している。

そのような状況下、()放射線利用振興協会に、放射線利用事業関係機関と放射線計量の専門家で構成される検討委員会が設置され、現状の把握や、制度化の要件、およびその実施を前提とした具体的技術内容が検討された結果、平成13年に、まず、アラニン線量計について明確な性能の規定と工業規格が制定された。さらに、計量法改正によるトレーサビリティ認定事業の規制緩和を受けて、同線量計が標準器として位置付けられ、残る課題も解決の見通しが得られた。制度実施の技術的課題もより深く検討され、60Coガンマ線については、認定事業者の申請があれば、トレーサビリティの制度化が可能となった。

このように環境が整う中、事態進展のためには企業側からの積極的なプッシュがもっとも効果的だが、そのあたりの低調さがネックになっている、とのことでした。そこは技術者サイドがその科学的薀蓄に自信を持って社会をリードする姿勢が望まれますが、社会の感情的な、‘故なき制裁’が企業の経済基盤にまで影響を及ぼす惧れが根底にあるとすれば、なかなか難しい問題です。

 

3.食品照射の有用性と実用化の現状(会員ページ)

岡山大学農学部 多田幹郎

最後に、有用性が叫ばれる中、我が国では遅々として進まない食品照射の推進に、永年、熱い思いを持って努力されている多田先生に、その有用性と実用化の現状を話して頂きました。

食品照射とは放射線照射によって食品に生じる生物学的・物理学的効果を利用する技術で食品の@保蔵A改質B衛生化を目的とする。具体的に期待されるのは殺虫、殺菌、代謝撹乱、熟度の調整、発芽・醗酵の阻止、昆虫の不妊化などである(表1)。他にも乾燥野菜では復水性が良くなる物理効果やスパイスでは香りが良くなるなどの効果もある。

食品照射の利点はいろいろあるが、常温処理なので熱による変化がないことや密封、包装などを済ませた後に処理が出来る点が特筆される。電子線なら包装の表面に限定して処理することも可能である。

問題は安全性だが、1943年に軍用目的で研究が開始されて以来、これまで世界中で研究され、日本でも1955年から公的機関で研究が進められて来た。その間、積み重ねられた数多くのデータをもとにFAO/IAEA/WHO合同の委員会は、1980年に、“10kGy以下なら毒性の問題がないので今後試験は不要、栄養学的にも問題がない”との宣言を行った。爾来、各国で数多くの食品が許可され実用化の動きが加速した結果、2003年現在では、53ヵ国で230品目が照射されるまでに至っている。

欧米では、フランスがほとんど無規制なのに対し、ドイツは外国に売るのは良いが国内は駄目などと温度差がある。米国はとくに食中毒の犠牲者が多い事情があって最近マスコミが受け入れたため食肉の照射が始まっている。ハワイでは殺虫に加え果物の熟度調整にも使われている。中国は大陸事情から保蔵の問題が大きく、さまざまな食品に照射が進んでいる。にんにくなどは発芽しないため、非照射より高価に売れるとか。韓国でもキムチ用唐辛子の照射が目立っている。

そうした世界情勢の中、日本では3〜5kGyの電子線照射によって、10℃での貯蔵期間が3〜5倍延びる点に着目し、ジャガイモの芽止めが世界に先駆けて1973年から実用化された。それは現在も続いているのだが、続いて玉ねぎに移ろうとした時、消費者の抵抗運動が高まり・・・。結局、座り込みなどで行政が麻痺する事態に負けた形で完全降伏状態となり、以後、厚生省は動きを止めてしまった。現在は、食品輸入大国の日本が照射食品の増加する世界市場の中でどこまで非照射品にこだわり続けられるか、もし、すでに照射品が混じっていたら法的に大問題になる、などの心配があり、その面から一種の外圧に対応を迫られつつある。また、現在多用されているメチルブロマイドが発がん性のため、まもなく使用禁止となる事態にどんな対応がありうるかということもある。

2000年12月には、特に雑菌が多いスパイスについて、業界から旧厚生省に正式に許可申請が出されたが、進展が見られない中、事態の深刻さを考慮してか、食品安全委員会が食品照射を独自に取り上げるという新しい動きがあり、明るい状況も見えて来たように思える。

一方で悩みも付け加えるとすれば、後継者難がある。原子力や放射線にアゲインストな世情を受けて講座の人気が無いため、腰を入れて研究する学生が集まらない。これでは将来が思いやられる。

学生の不人気は原子力学科などでも聞きます。照射食品の問題では、ちなみに化学専攻の筆者からすると、殺虫・殺菌などで働く放射線由来の活性種は、最近、老化の話などでおなじみの活性酸素だと言うことと、それがDNAに直接働きかける効果は細胞の生理機構を化学物質で狂わせる効果に較べて何万倍も効率的なので、農薬などを使うより環境に与える影響も遥かに小さいことなどを簡単な算術をする感覚で理解して欲しいものです。また、放射線は放射能ではないので反応は照射中だけのことなのに較べ、農薬の場合、それが分解するまで長期にわたって影響が残ることもよく考えて欲しいところです。

             (藤田記)

 

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