(ONSA賞受賞講演)
大阪ニュークリアサイエンス協会賞(略称:オンサ賞)は、協会の重要な事業として1985年から1996年まで12年間にわたって、放射線・放射性同位元素関連の分野で功績のあった満50歳以下の研究者・技術者の顕彰を行っておりましたが、資金難で中断せざるを得なくなっておりました。平成10年に会員関係者からオンサ賞復活のためのご寄附をいただき、平成11年度からの再開後第一回授賞者に京都大学原子炉実験所の瀬戸誠教授が推挙されました。
5.[22年度オンサ賞受賞]
放射光メスバウアー吸収分光法の研究(会員ページ )
京都大学原子炉実験所 瀬戸 誠
講演者は、線源としてRIでなく放射光を用いて、すべてのメスバウアー核種に対するエネルギー領域における吸収スペクトルを測定する方法を開発した。本講演では、メスバウアー分光の基礎から、最近のSPring-8における研究成果までのわかりやすい解説が行われた。以下、その概要を示す。まず、一般的なメスバウアー効果の説明から講演は始まった。メスバウアー効果とは、γ線が、固体内の原子核によって無反跳で共鳴吸収される現象のことで、ドイツの物理学者メスバウアーが発見した。その後、固体内の電子状態や磁気的状態を詳細に測定する手段として広く利用されている。通常のメスバウアー分光法では、放射性同位体(RI)をガンマ線源として用いる。RI線源からのガンマ線を、エネルギーをドップラーシフトによって変化させながら測定試料に照射する。測定試料の原子核における共鳴エネルギーが照射ガンマ線のエネルギーと一致した場合にのみ吸収が生ずる。この吸収スペクトルを測定することにより、試料原子核の内部磁場による分裂準位が特定されることから、固体内の元素選択的な磁性や電子状態の詳細を評価できる。
これまでに、45種類の元素でメスバウアー効果が観測されているが、Fe-57以外の核種では線源の寿命が短いことなど、実際に実験に使用するのは困難であることから、元素選択性というメスバウアー分光法の特徴を十分活かし切れていなかった。そこで、高輝度性、高指向性、集光性、およびエネルギー可変といった優れた特徴を持つ放射光X線をRI線源の代わりに使用することが考えられた。この方法の概略が、図式などを用いてわかりやすく示された。
図7に放射光吸収メスバウアー分光法測定概念を示す。速度トランスデューサーによってドップラー駆動させた基準試料のエネルギーが測定試料のエネルギーと異なる場合(上)、一致した場合(下)。それぞれの場合に対応した検出器からのカウントを反映した吸収スペクトル(右)。共鳴エネルギーの違いを小枠のスペクトルで示す。測定試料を通過させた放射光を基準試料に照射し、この基準試料において共鳴吸収された原子核が基底状態へと脱励起する過程で放出されるガンマ線を、基準試料の速度の関数として測定する。基準試料におけるエネルギーをドップラーシフトで変えながら測定することによって得られる吸収スペクトルがRI線源を用いた場合に得られるメスバウアースペクトルに相当するものである。
図7放射光吸収メスバウアー分光法測定概念
この方法を用いることによって、まず、メスバウアー測定用のRI線源の作製が困難であったGe-73の吸収スペクトルの測定に成功したことが示された。放射光メスバウアー法は、すでに様々な分野においての利用が開始されている。その1つの例として、水素貯蔵合金に関する研究成果が示された。希土類は大量の水素を吸蔵することから、水素燃料を基軸とするクリーンエネルギー社会において重要な役割を果たすと考えられる。そこで、Euの水素化物の高圧下におけるふるまいに関して、放射光メスバウアー分光を用いて調べた。高圧にするためにダイアモンドアンビルを使用しての実験では、試料のサイズが100μm程度に限られるが、このようなサイズでの実験は通常のメスバウアー測定では困難である。放射光メスバウアー分光測定の結果、Eu水素化物の価数が2GPa付近までの圧力では2価であったが、14GPaという高圧下になると、3価に変化することが初めて明らかとなった。
以上のような研究成果が示されたあと、以下のようなコメントを持って、本講演を終えられた。「本方法は、まだ開発されて間がないが、メスバウアー分光の元素選択性という特徴を十分に活かした方法であり、超高圧、超高温、超低温、超強磁場といった複合極限環境下での測定、さらには、きわめて小さい試料の測定も可能になることから、今後様々な研究分野で有効に利用されることを願っている」 (岩瀬 記)
6.高コントラストX線CTの利用(会員ページ )
京都工芸繊維大学 西川幸宏
X線CTは病院など医療機関で広く利用され、得られた人体の輪切り像による診断および治療用ツールとして馴染みのある装置であるが、今回の西川講師の講演はずっとコンパクトで価格も安く産業用としての開発を念頭においたものである。
現在のように実用化が急速に進んだのはコンピューターの性能が飛躍的にあがったことにより、元画像データから計算機による再構成が短時間で行えるようになったことが大きいことを指摘した。
まず、X線CTの開発の歴史についていくつかの興味ある話題を紹介した。X線CTの基本原理は1917年に数学者のラドンによって示された「二次元あるいは三次元の物体はその投影像の無限データから一義的に再生できる」に基づいているが、難解であったために長らく理解されずにいた。1960年代になってラドンの論文と内容は同じであるが米国の物理学者コーマックが発表した論文が基となり、英国EMI社中央研究所のコンピューター技師であったハウンズフィールドが1968年に製品化に着手し1972年に最初の製品が完成した。
製品化には大量の計算機データ処理が必要であったが、EMI社ではそれが可能であった。EMI社はレコード会社で、当時ビートルズが所属していたおかげで、ビートルズによる多額の収益の多くがX線CTの開発にあてられたとの話があるそうである。この功績によりハウンズフィールドとコーマックはノーベル生理学・医学賞を受賞することになるが、両者とも医学関係者でなく、新しい製品が世に出るには分野横断型が必要であることの一例である。受賞には至らなかったが、CT技術に欠かせない画像フィルタリング技術でインドの物理学者ラマチャンドラン氏もノーベル賞に値する多大の功績がある。現在の画像再構成には同氏の理論が役立っているそうである。
X線CTが世に出てから、短期間の間に計算機の性能が飛躍的に上昇し、価格はそれに伴って著しく下降したことから、従来は病院等での病理診断に主として使用されていたX線CTが2000年頃から産業用にも次第に使われるようになってきた。診断用のX線CTでは被験者はベッドに寝た状態でX線発生装置とその検出器がその周りを回転する構造で装置も大型であり、分解能も1mm程度である。一方、産業用は検査試料が回転するタイプで小型化が可能であり、その分価格も安くなり、分解能も3μm程度にまであがってきて、従来の走査型電子顕微鏡に肩を並べることが出来るレベルになっている。分解能は線源の構造などの改良によりさらに向上できる可能性がある。
講師は自らの研究歴紹介で最初は異なる樹脂を混合した際の相分離などの現象を共焦点顕微鏡で観察していたことを述べた。共焦点顕微鏡は光学顕微鏡であるが、焦点深度が極めて浅く、まさに焦点の合った位置の情報しか得られない。この弱点とも思える特徴を活かして、異なる焦点位置画像を重ねることにより三次元情報を再構成により得ることが出来る。この技術を進化させたのが、現在のX線CTである。講演では研究室レベルでの画像再構成の例を動画で示しながら、自らの専門である高分子物理への応用やその他の分野への応用について丁寧に紹介した。もともとX線CTは物質のX線の吸収コントラストを利用するものであるから、軽い元素で構成されている高分子の場合は、高エネルギーのX線ではコントラストがつかない。しかしながら、吸収係数はX線エネルギーの関数であるから、材料の構成元素に適したエネルギーを選択することにより、正確な情報を抽出できる。ただし、低エネルギーでは吸収が大きすぎて、うまくコントラストがつかないことになるが、適当なエネルギーの選択により例えば酸素の含有量に依存した高分子の情報が得られる。
講演では本来混合しにくい二種類あるいは三種類の樹脂をブレンドした場合に形成されるネットワーク構造の知見から相分離や配向の情報を示す鮮明な画像の例を示した。スポンジの空隙が圧縮によりつぶれていく様子は直観的で興味深い。最近は炭素繊維強化材も重要な検査対象となっている(図8)。
さらに、講演者自身も製品情報を知らされていない電子部品への応用例や一般の人々にアピールするようなだんご虫や桜の小枝、節分の豆などの多くの興味ある画像を見せていただいた。桜の小枝に観察される多くの白いコントラストの本
図8 高分子材料中に分散した炭素繊維のX線CT像
性はまだ明らかになっていないようである。昨年夏のオンサの見学会では奈良の橿原考古学研究所を訪問したが、たまたま縄文時代のクワガタが発掘されて、そのCT画像がマスコミで話題になっていた時期であった。見学時にその実物は展示されておらず、大変残念であったが、その画像は講師らによって撮影されたそうである。
近年、携帯電話などの電子部品は小型化や多層化が進み、このような製品検査には三次元構造の知見が得られるX線CTの適用は欠かせないそうである。走査型電子顕微鏡に比して内部構造まで視覚化出来るという点で将来はインライン用検査装置として、一般的になる予感を抱かせる講演であった。なお、本講演のハード面で重要なサポートをしている馬場末喜博士((株)ビームセンス)は協会の放射線科学研究会で講演していただいたことがあったので大変興味深く聞くことが出来た。
7.加速器による放射線/量子ビーム利用研究の現状と将来展望(会員ページ )
(独)日本原子力研究開発機構 南波秀樹
日本が昭和31年に原子力の研究開発を開始した当時から原子力開発利用長期計画の方針として、原子力の研究開発及び利用を進めるにあたり、動力(エネルギー)としての利用面と放射線の利用面を平行的に促進すると明記されていた。放射線の利用は原子力利用よりもはるかに早く、レントゲンのX線の発見直後から始まり、その後、自然界に存在する放射性物質からα線、β線、γ線が出ていることが明らかになり、さらに中性子、陽電子が発見された。現在では放射線利用はこれらの天然の放射性物質からではなく、多くの場合、加速器からの人工の放射線源を利用するようになっている。これらに加えて核破砕中性子源からのミューオンやニュートリノを含め、「量子ビームテクノロジー」という新規の技術領域が形成されている。
南波講師はまず簡単に放射線の性質を概観したあと、一般的な利用の原理と応用例の例示から講演を始め、身近なところに放射線の技術が多用されていることを示した。
内閣府が平成19年に発表した平成17年度の放射線利用の経済規模は4兆1千億円であり、これはエネルギー利用の4兆7千億円と肩を並べており、総額は当時の国内GDPの2%に近い。その詳細に関してはすでに第19回の当シンポジウムでとりあげている。
続いて講師の所属する日本原子力研究開発機構の最近の研究開発の成果について紹介した。同機構は全国に多くの施設を有しており、これらを複合的に活用すべく量子ビームプラットフォームを構築し、供用施設として大学、民間との産学連携による研究開発を推進している。放射線利用は端的に言えば「視る・創る・治す」の機能を活用することにある。「視る」の好例として、まずタンパク質の構造解析をあげた。タンパク質は生命活動に欠かせない物質であり、世界中でその構造解析にしのぎがけずられている。現在、世界で構造解析がなされた48個のタンパク質のうち三分の一の16個が我が国のJRR-3の中性子回折とSPring-8のX線を使って決められた。最近ではHIVウイルスの構造知見から、治療薬の開発を目指した研究が進んでいる。また、宇宙空間を模擬した研究として、中性子回折より水素原子が特定の方向に配列した強誘電性氷の存在を明らかにし、太陽系のなかで-200℃以下の天王星などの惑星の表面はそのような氷で覆われている可能性を提案した。この構造はメモリー効果を有し、木星あたりの温度の高い所でも見つかる可能性がある。
これらの成果は宇宙の起源においてなぜ宇宙塵がそれほど早く凝集できたかについての疑問を解く鍵になるかもしれない。自動車の排気ガス処理に必須の触媒では機能が劣化しにくい触媒機構を解明してインテリジェント触媒の開発に多大な貢献をした。さらに以前から社会問題となっている肺中のアスベストの検査に数mgの試料で検査可能な陽子線を用いたマイクロピクシーの技術を開発した。グラフト技術では、傷を治す医療機関用絆創膏として、傷口を湿潤に保つビューゲルの開発に寄与し、国内の医療機関で広く使用されている。一般の人には靴擦れなどに効果のある同種の小型絆創膏が市販されている。その他、群馬・草津温泉からScを回収する技術や、1ppbレベルの浄化が要求される半導体製造用の水の精製に欠かせない材料も開発した。
イオンビームの応用では菊やカーネーションの新品種の開発を挙げた。ヨーロッパではカーネーションやバラが人気であるが、我が国では冠婚葬祭用として一輪咲の白菊が欠かせない。無駄な枝葉を除くために栽培農家はこれまでに多くの労働力を要したが、イオンビーム照射により新種の開発に成功し、さらに低温開花性の高い新品種の開発も行った(図9)。この技術は環境浄化用樹木や清酒醸造用酵母の開発にも適用されている。
医療関係としては従来からガン早期発見に使用されているフッ素18を使用するPET薬品では検査出来ない腫瘍について効果の高いBrを含むPET薬剤を開発し、マウスでその有用性が確認された。脳腫瘍治療に有効な中性子捕捉療法では、現在原子炉などの大型中性子源が必要なため、小型の中性子源の開発を行っている。ガン治療には
図9 イオンビーム照射によって開発された新種のキクの変遷
粒子線治療の効果が高いことから、これまでに陽子線施設として6か所、重粒子線施設として3か所が開所しているが、さらに装置を小型化してテーブルトップに近いサイズのレーザーを使用した新規の線源を開発する研究も進んでいる。加速した高エネルギー電子にレーザーを照射し、任意のエネルギーのγ線を得るための研究も行われており、近い将来非破壊検査に応用可能であろう。講演の最後には先の東日本大震災で大きな被害を受けたJ-PARCについて触れ、宇宙起源を探るニュートリノなどの素粒子研究と多様な中性子源としての活用について将来展望を行った。
今回の東日本大震災で南波講師が紹介された多くの先端的な施設も大きな被害を受け、研究自体も中断せざるを得なくなったテーマも多々あるように伺った。一日も早い復旧を祈念したい。
8.地磁気の逆転−生命・環境への影響はなかったのか(会員ページ )
神戸大学自然科学系先端融合研究環 兵頭政幸
昨年のシンポジウムでは宮原ひろ子氏(東京大学・宇宙線研究所)に太陽活動(黒点数)と太陽磁場の変動について講演していただいたが、今回は地磁気の変動に関する話題を取り上げた。地磁気は宇宙からの強力な放射線の地球への侵入を防ぐ重要なバリアであり、その挙動は生命活動と密接に関係すると考えられるが、その実態に関して兵頭講師から興味深いまさにグローバルな話題を提供していただいた。
講演ではまず地磁気の基本に関して、ベクトルである地磁気のパラメータは、真北からのずれを示す偏角、地球中心を向く伏角、磁力の大きさで表せ、地磁気の向きは絶えず変動していることを示した。伊能忠敬が日本地図の測量を行っていた1800年当時の江戸の偏角は0度であったが、現在は西に7度近く偏っており、200年の間に7度ほど反時計回りに変化したことになるが、強さも絶えず変動しており併せて永年変化と呼ぶ。ただし40度をこえるような大きな変化はexcursionと呼ぶ。過去の地磁気の向きは堆積物中に閉じ込められた微細なミクロンオーダーの磁性物質の磁化の方向や、火山噴火で噴出した溶岩の凝固時の磁鉄鉱などに記録されており、その調査から過去には30度近く偏角した時期のみならず、磁化の逆転もあったことが示される。
関連性は定かでないが、旧法隆寺の若草伽藍の発掘調査では、建物の向きが当時の偏角に極めて近い現在の北から20度近く西へ偏り、磁石の存在を知っていた可能性を示唆している。ハイキングなどに用いるコンパスは指針が水平になるように伏角補正の重りがとりつけてあり、北半球用は南半球では使用出来ないそうである。
過去に地磁気の逆転があったことを示したのはフランスのBrunhes(1906)と日本の松山基範(1929)である。松山は兵庫県北部の玄武洞と近くの京都府福知山の夜久野溶岩の磁気が逆向きであることに気づき、日本から東アジアまでの広範囲の岩石磁化の方向の調査から、古地磁気には二つの極性があり、第四期前期の地磁気は現在とは逆向きであったことを提唱した。これらの学説は長らく認められなかったが、1960年代になってようやく認められ、地磁気極性表の中にBrunhes期、Matuyama期としてその名が刻まれた。地磁気の逆転の機構として双極子が強さを保持したまま逆転するのか、徐々に強度が落ちた後に逆向きに成長するかは解明されていない。
一つとして地球中心の主双極子の強度が大幅に減少した際に、外核対流による副双極子が頻繁に反転を繰り返す折に、主双極子が反対方向に成長するモデルが提唱されている。講師らは大阪湾の深さ1700mまでの堆積土壌中の調査から、Brunhes期とMatuyama期における地磁気の向きの逆転を確認したのみならず、期間数百年の短期間の磁場反転が4回繰り返されたことも明らかにしたが、このデータはそのモデルを支持している。逆転は数千年前から20から30%までの地磁気の減少という形で現れ、中間極性は観測されずに逆転が起こり、数千年で回復していた。逆転期に火山の噴火があれば、当時の事象が記録されている可能性があるが、それはハワイ、タヒチ、カナリー島、チリーに限られている。
講師らの調査で、78万年前のジャワ島ギランの岩石から採取した試料に逆転時の地磁気が記録されていることが明らかになり、同様の箇所はハワイのマウイ島とカナリーのラパルマ島だけに観察される。地磁気の逆転の確証後、その生命現象との関わりに関する議論が盛んとなり、この分野の研究が進んだ。逆転直前には地磁気の大きさは1/5程度まで下がり、宇宙線量は80%程度増大したと見積もられるが、年間被ばく線量は0.38mSvから0.84mSvに増大した程度で直接の影響はなかったであろう。しかし、この時期には地球寒冷化の証拠が見つかっている。温暖な地域に生育するアカガシ亜属と冷涼な気候で生育するブナの植生に着目した大阪湾堆積土壌の花粉の分析から、神戸周辺でもブナが数千年に亘って繁茂した証拠があり、当時の気候が冷涼であったことを示しているが、南極の氷床などに異常はなく、冷涼化は低緯度に限定していたようである。注目すべきは間氷期の当時の海面は高かったにも関わらず寒冷化していたことである。他の間氷期ではそのような寒冷化は見られない。
図10 スベンスマルク効果の説明
その説明としてSvensmarkらは銀河宇宙線の増大により大気圏高層のイオン化が大きくなり、下層雲を発達させて、太陽光の地上への到達量が減少するというスベンスマルク効果を提唱した(1997年)(図10)。この効果は日傘効果による低温化で、-9.5W/m2と見積もられ、二酸化炭素による温暖化の+1.7W/m2よりも遥かに大きな値である。この低温化は中・低緯度では大きく作用するが、高緯度地域は元来低温のため、むしろ雲は温暖効果に作用したと思われる。地磁気逆転時には生物の絶滅があったのではないかとの研究が多々なされているが、最も影響を受けたであろう走磁性バクテリアやハト、サケ、ウミガメなどの種族は現存しているので、大きな変化はなかったであろうと考えている。
講演の締めくくりには、人類の祖先について興味あるお話しを伺った。ジャワ島サンギラン地区は原人ピテカントロプスの化石が出土した所で、これまでに100個をこえる人類化石が見つかっており、世界遺産としても登録されている。アフリカで誕生した最初の人類がいつ頃ジャワに辿り着いたかについてはAr-40/Ar-39の同位体分析年代法による150〜170万年前という説とそれに古地磁気層序法を加えて約110万年前を唱える説と激しい論争になっている。講師らは古い年代説はサンプリングに問題があるとの結果を得ている。興味あるのは最も新しい原人(6号)の出土した層は丁度地磁気逆転の時代と合致しており、それ以降の層では化石が見つかっていないことである。ジャワ島でサンギランよりも東部で次の原人化石が見つかったのは50万年も後の地層である。この間、アジア地区ではインドシナ半島に天体衝突イベントがあった証拠が残されていて、何らかの環境影響があったものと考えられている。
(大嶋 記)
シンポジウム開催風景