第19回放射線利用総合シンポジウムより
(平成22年1月22日 於:大阪大学中ノ島センター)
1.
宇宙用太陽電池の耐放射線性
豊田工業大学物質工学分野 教授 山口 真史
山口講師は宇宙用太陽電池の開発の歴史について簡潔に紹介された後、当面の解決すべき課題と新規の太陽電池について紹介した。太陽光を利用して発電するシリコン太陽電池の開発は米国で1950年台に始まり、1958年にはすでにバンガード1号人工衛星にバックアップ用電源として搭載され、宇宙へ打ち上げられた。太陽電池は宇宙用飛翔体の制御機器・観測機器などの動力源として、最も重要な部品であるが、宇宙空間で使用する際の大きな課題の一つが耐放射線性の確保である。宇宙空間では地上と異なり、大気による遮蔽効果が期待されないため、宇宙放射線による被ばく効果は地上に較べて数百倍以上も大きくなる。現実に1994年に我が国が打ち上げた技術試験衛星「きく6号」は姿勢制御エンジンの不調で当初の予定軌道への投入に失敗し、放射線の強いバンアレンタイ帯を横断する楕円軌道に入ったために、搭載していた太陽電池の出力が次第に低下して、太陽電池の放射線劣化問題が顕在化した。時の科学技術庁長官田中真紀子氏からは強いお叱りがあったとのことである。この時使用されていたのはSi太陽電池であり、その後宇宙開発事業団を中心として、Si太陽電池の放射線劣化機構の解明が進められた。Si結晶中には単結晶育成過程で入ってくる酸素、炭素の不純物原子をはじめ、半導体特性を制御するためのホウ素などの添加元素(ドーパント)が含まれている。これらの原子は宇宙空間での陽子線、電子線などの高エネルギー放射線照射により生成される結晶中の原子空孔や格子間原子と相互作用して様々な型の結晶構造の乱れ(格子欠陥)を形成し、半導体特性に大きな効果を及ぼし、時にはその伝導型すら変えることが明らかとなった。山口講師らは特に過渡容量分光法(DLTS法)を用いて放射線誘起欠陥の起源とその挙動について詳細な調査を行った。関連する因子が多種多様にわたるため完全な解明には至っていないとのことであるが、系統的な調査の結果、欠陥中心の起源は格子間ホウ素(BI)と格子間酸素(OI)からなる(BI-OI)複合体と考えられ、さらに格子間炭素(CI)が関与する(CI-OI)複合体があり、これらは互いに競合反応するために複雑な挙動をとる。耐放射線性を高めるにはGaドープが有効であるとの報告があり、調査したところでは確かにGaドープ結晶では欠陥導入率はB濃度のものに比べて低いが、少数キャリア寿命についてはGaドープ結晶のBドープ結晶に対する優位性は確認されなかった。耐放射線性に優れた太陽電池材料として従来からGaAs化合物半導体が知られていたが、それを上回る性能を有する材料として山口講師らはInPを1984年に開発した。この太陽電池は1990年に我が国のMUSESA-Aに搭載されたが、高性能であったものの、高コストのこともあり搭載された衛星は1個にとどまったそうである。
講演の後半では、現在開発中のInGaP/ GaAs/Geの3接合タンデム太陽電池について詳細に紹介した。太陽光は可視光以外の広いスペクトルを有している。この光のエネルギーを効率良く利用することを目的としたのが、3接合タンデム電池である。この系では各構成体のバンドギャップを適切に設計・製作して太陽光の赤外、可視、紫外成分の光を巧みに利用する3つの層の積層構造により効率よく発電するのが特徴である。Si太陽電池に比してはるかに高性能であり、耐放射線性も優れているが分子線エピタキシー法による製造を要するために生産コストが極めて高いのが最大の難点である。そのため用途を宇宙用に限らずに、地上用として更なる技術革新を目指しているとのことである。地球温暖化対策の一環として太陽電池は多くの国々で注目され、大規模の発電所も建設が進んでいる。講演ではさらに集光型セルを採用することにより理論効率60%に達する太陽電池の期待もあるとのことで、従来型の発電所に匹敵する発電能力を有する地上用発電所建設の可能性を示唆された。立地箇所にもよるであろうが、産業用を目的とする施設では、太陽電池の場合には天候の変化の影響を大きく受けやすいため、常に同等のバックアップ設備が必要であり、それをどのように解決していくのかが今後の大きな課題であるように感じた。 (大嶋記)
図1 化合物半導体積層太陽電池の構造
2. レーザーと加速器を用いた単色ガンマ線源とその応用 −宇宙での元素合成過程解明と放射性廃棄物処理への応用−
兵庫県立大学高度産業科学技術研究所 教授
宮本 修治
宮本講師は兵庫県西播磨地区にある大型放射光施設(SPring-8)に隣接する兵庫県立大学ニュースバル放射光施設で放射光ビームラインの一つにレーザー・コンプトン散乱ガンマ線ビームラインを設置して、様々な研究を展開している。今回の講演はその中で、高速の電子ビームと強力なレーザー光とを正面衝突させた際に発生する放射線についてお話いただいた。放射線教育では通常原子核から発生する電磁波をガンマ線と称しているが、ここでは上記の放射線をレーザー・コンプトン散乱ガンマ線と呼んでいる。講演ではその発生機構について詳細に説明された後、ご自身が使っておられる施設の紹介及びその応用として宇宙空間における元素の合成過程の解明の研究と、原子力発電の弱点とも言える高レベル放射性廃棄物の処理への応用に関して講演された。
高速で走る相対論的エネルギーの電子による光子の散乱過程は図のように説明出来る。今、(1)の実験室系で左からほぼ光の速度の電子(エネルギー Ee=γm0c2
)、右からレーザー光子(エネルギー EL)が正面衝突する場合を考える。ここでγはローレンツ係数、m0, cはそれぞれ電子の静止質量、光速を示す。これを電子が静止していると見做した電子静止系で見た場合にはドップラーシフトによりエネルギーが2γ倍の光子が静止電子に衝突することになる。この光子が電子によってコンプトン散乱されて後方散乱として観測される光子をレーザー・コンプトン散乱ガンマ線と呼ぶ。この状況を再度実験室系に戻すと(4)のように電子の進行方向に集中した散乱光子強度となる。ニュースバル放射光施設では電子エネルギーが1GeVで運転されており、このときのγはおよそ2000である。従って散乱光子のエネルギーは4γ2=1600万倍となり、Ndレーザーの1eV程度の光子エネルギーを使用した場合はガンマ線のエネルギー領域に達することになる。通常の運転ではコリメーターを用いない場合には6-16.7MeVのエネルギーのビームを生成率が7×106y/s、6mm径のコリメーター使用時には14.5-16.7MeVのビームが1×106y/s、3mm径コリメーターの場合には15-16.7MeVのビームを3×105y/sの生成率で得られる。また中性子に関してはエネルギーが1-8MeV範囲で1×104n/s以上の生成率で得ることが可能である。なお、我が国ではニュースバル以外につくばの産業技術総合研究所他佐賀県の鳥栖、愛知県岡崎の放射光施設でもガンマ線の研究が行われているなど世界で4箇所の施設がある国は珍しいそうである。
この施設の応用例として代表的な研究について二つ紹介された。一つは光核反応による核物理/宇宙核物理研究であり、宇宙の始まりから現在までの140億年の間に元素がいかなるプロセスを経て作られてきたかの解明である。宇宙論ではビッグバン後の核融合反応によってFe56までの元素が生成され、それ以上の高Z原子核は中性子捕獲反応とベータ崩壊によって形成されたと考えられていて、s-processと呼ばれている。さらに超新星爆発の結果、ウラン238以上の重たい核種が宇宙にばらまかれたと考えられている(r-process)。その中で特異な元素がp-原子核と呼ばれる中性子欠損型の原子核で太陽系には0.1〜1%程度しか存在していない。この原子核の生成には様々な説が提案されているが、最近になってp-原子核とs-原子核との間に相関のあることが明らかになり、p-原子核は超新星爆発時のγ線によって出来た可能性が提案されている。そのことを確認する研究として原子力機構と協同研究により22核種に対して、γ線による核反応断面積を正確に決定しようとしているとのことである。
二つ目は原子力発電の泣き所というべき高レベル廃棄物処理への応用である。検討されているのはヨウ素129である。その半減期は1000万年以上で、気化しやすく地中処理用ガラス固体化が困難で、水溶性でもあるため埋設処理後の漏洩も心配されている。ヨウ素129はガンマ線照射によりヨウ素128に変換され、これは半減期25分という短時間で安定なキセノン128に崩壊する。現在その基礎試験を行っているとのことである。会場からは他の核種についての質問もでたが、この手法は万能ではなく、場合によっては中性子照射の方が優れているので、それらを使い分ける必要があるそうである。 (大嶋記)
3.私たちの食生活と放射線
日本原燃株式会社 安全技術室放射線管理部 部長 田邊 裕
ここ数年来、主に青森県内の一般市民を対象として、放射線利用について身近な例を引きながら、さまざまな角度から講演活動をしています(これらの一部は単行本「悪魔の放射線I、文芸社 刊」として出版されています)。本講演では、青森の名産物を交えながら農作物や食品に関係する放射線の話をいたします。放射線になじみのない一般の聴衆に対しては、いきなり放射線の話に入ってもなかなか興味もってもらえないので、身近なことに添いながら話を進めるように心がけています。本日は食事をする場合を想定して、メニューは、米、大豆、冷凍寿司、ジャガイモ、ゴーヤ、日本酒、デザート(リンゴ、ナシ)などで、食卓を飾る花を添えるという話の流れになっています。
私たちは宇宙(0.4ミリシーベルト/年)や大地(0.5ミリシーベルト/年)から、そして食べ物(0.3ミリシーベルト/年)や呼吸(1.2ミリシーベルト/年)から放射線を受けています。食物や空気の中には14Cや40Kが含まれているため、当然人体にもこれらの放射性物質が含まれている。さらに大分以前に放射線被曝による殺人事件として話題になったポロニウムでさえもごく微量ですが正常な人体に含まれています。また1960年代の大気圏核実験によって生成した人工放射性核種である137Csでさえ、人体に微量含まれています。従って放射線の危険性は体内の存在量の大小に依存し、自然界に存在する程度の量は人体に含まれていても心配する必要はありません。
さて、講演者の職場がある青森では若い[津軽乙女]が有名ですが、「つがるおとめ」と名づけられた米もあります。この品種は新潟産の「コシヒカリ」と比べると少し味が落ちる印象がありましたが、平成9年に出た「つがるロマン」は「つがるおとめ」に比べて格段に味が良くなりました。この品種は放射線育種で初めて育成された寒冷地向けの「レイメイ」という品種の血筋を引いています。また低アミロース米「ゆきのはな」も青森県で開発され、これにも「レイメイ」はじめ「ニホンマサリ」をガンマ線育種した「NM391」が祖先となっています。「ゆきのはな」で炊いた御飯は冷めても硬くなりにくいことから、おにぎり、弁当、冷凍寿司などに利用されています。また耐寒性と耐病性に優れた酒造好適米として開発された「華吹雪」、「華思い」にも「レイメイ」が用いられています。放射線育種を行う農場としては茨城県常陸大宮市に「ガンマフィールド」があり、ここで苗木などに放射線が照射されています。有名な青森産のリンゴ「ふじ」はガンマフィールドにおいて照射された苗木から生まれたものです。またさまざまな菊の品種もガンマフィールドを用いて育種されています。
ジャガイモにはガンマ線による芽止めが北海道士幌農協にて行われています。またゴーヤの害虫のミバエはガンマ線照射により不妊化したオスを放し、子孫が生じないようにさせる「不妊虫放餌法」により駆除されました。そのおかげで本州にも出荷できるようになり、われわれの口にも入るようになったわけです。(古田記)
図3 つがるロマンの系統図
4.医療における放射線利用の歴史
―放射線診断と放射線治療の歩み―
大阪府立呼吸器・アレルギー医療センター放射線科 主任部長 福田晴行
レントゲン博士がX線を発見したのは1895年。その翌年には、骨折の診断や癌の治療にX線の使用がはじまっています。その後、X線を初めとする各種の放射線は次々と医療で用いられるようになり、新しい利用方法や新しい装置の開発によって医療の進歩に大きく貢献してきました。まずはX線を使用することによって、ヒトの体内の様子をうかがい知ることができるようになりました。これは、X線の人体に対する透過度が人体組織の構造によって異なることを利用しています。例えば人体の中の骨はX線が通りにくいのでX線写真に骨が白く写ります。その結果、骨折の有無や、骨の病気の有無が、診断できるようになりました。また肺には空気がたくさん含まれているためにX線が透過しやすく、その結果X線写真には黒く写ります。
さらにエックス線写真に写りにくい体内の臓器を観察するために造影剤の利用が考えられました。ひとつは体内にガス(空気など)を入れてX線の通りやすい部分をつくり、体の中の空洞や、胃・腸の内腔を見ようとするものです。実際には腸管の空気造影や、脳室にガスを入れる気脳造影が以前に行われておりました。もうひとつはX線に写る薬剤を体内に入れるという方法で、最もポピュラーなものは胃や大腸の透視検査に用いられているバリウム製剤です。そのほかに血管内に高濃度のヨードを含む造影剤が血管造影や腎臓や胆管・胆のうの検査に用いられています。
一方、1972年にX線CTが発明され、X線照射とコンピューターによる計算を組み合わせることにより、人体の断面の観察が可能になりました。これにより、直接には見えなかった体内の臓器の状態や病気の様子がわかるようになりました。CTはその後連続して何枚もの撮影ができるヘリカルCTや一回の回転で何枚もの断層画像が撮れるMDCTに発展し、現在では1 mm以下の解像度が得られるまでになっています。さらにコンピューターによる画像処理により、造影剤注入後の画像から注入前の画像を差し引き、画像の鮮明度を高める(DSA)、ことやPACSという技術で画像のデジタル化が進み、コンピュータネットワークを通じてレントゲンフィルムを使わずテレビモニターで画像を病院の内外に限らず、チェックすることができるようになりました。
放射性同位元素の医療利用に移りましょう。X線の発見の翌年にベクレルがウランからX線に類似した放射線が出ていることを発見したのが「放射能」という概念の始まりで、その後、放射性同位元素の概念が物理学的に確立するに伴い、医学利用も広まってきました。核医学検査は(ラジオアイソトープ検査)は体内の特定の組織に集まる性質を持つ放射性同位元素を含む化合物を体内に投与し、そこから放出される放射線を測定することにより臓器の形態や機能を調べることです。例えばヨードは甲状腺に集積するためにヨードの放射性同位元素を用いることで甲状腺の機能や形態を調べることができます。人工の放射性同位元素の製造が可能となりテクネチウム-99mという使いやすい放射性同位元素が出現したことやきれいな画像が得られるガンマカメラの開発に伴い、核医学検査はさらに普及していきました。
PETは陽電子を放出する放射性同位元素を使用した核医学検査であり、放出された陽電子が電子と出会うと消滅し、180°反対方向に2個の光子が放出されるため、これを測定することにより従来の核医学検査よりも精度の高い画像が得られます。また陽電子を放出する炭素-11やフッ素-18などは、従来核医学検査に用いられてきたテクネチウム-99mよりも多くの薬品を合成することができ、特にフッ素-18を含むFDG(18Fフルオロデオキシグルコース)は生体内のグルコースと同様の代謝を受けるため、がんの診断に広く用いられています。さらにPETとCTスキャンを同時に行うことにより、PETで示された体内の異常部位の正確な特定が可能になっています。
次に放射線治療に目を向けてみましょう。X線に電離作用があることがわかると、すぐにこれを癌の治療に利用する試みが始まりました。X線発見の2年後には放射線治療の成功例が報告されています。またキュリー博士のラジウム-226の発見により、針やカプセルにラジウム-226や他の放射性同位元素を封入し、癌患者の患部に直接挿入する小線源治療が生み出されました。この方法の利点は、他の正常部位の被曝を最小限に減らせることであり、古くは子宮頸癌に始まり、現在でも前立腺癌などで広く利用されています。体外からの放射線治療においては体内の奥深くまで放射線が届くようにエネルギーの高いコバルト-60やリニアックからの高エネルギーX線の利用が進み、照射部位を正確に定めるためのCTスキャンの利用、また正常部位の被曝を最低限にするためにコンピューター制御によるIMRT(強度変調放射線治療)という高度な放射線治療法も行われています。またコンピューターで動きを制御する工業用ロボットとリニアックを組み合わせたサイバーナイフも開発され、精密な照射に寄与しています。
X線以外に、陽子線や重粒子線(炭素イオン線、アルゴンイオン線等)を加速して、体外から癌組織に照射することも以前から行われています。この方法はイオンの持つ大きなエネルギーを癌組織に狙い撃ちでき、正常組織の被曝を防げること、エックス線では聞きにくい癌に効果があるなど優れた方法です。しかし、装置が大型で設備費用も高価であるためまだ多くは設置されていません。
以上放射線は現代の医療に不可欠であり、これらを扱うプロとして放射線科医、放射線治療科医、放射線技師が医療に携わっています。 (古田記)
5.X線暗視野法(X-Ray Dark-Field
Imaging)による乳腺病変の観察
国立病院機構名古屋医療センター 市原 周
乳癌は乳房内の乳腺組織を構成している小葉と導管(乳管)を覆っている上皮細胞に発生する。発生したばかりの乳癌は乳管内孔(より厳密には基底膜で囲まれた空間)で増殖する。癌細胞の増殖が基底膜を超えず、上皮内でとどまっており、間質浸潤を欠く状態の乳癌を非浸潤性乳管癌という。この段階の癌は、リンパ管や血管に進入しないので予後が非常に良いことが知られている。乳癌検診の実施により非浸潤性乳管癌の早期発見が増えるにつれ、これらの生物学的意義の解明、適切な治療法の開発が関心の的になっている。これらの病巣をX線によるマンモグラフイにより観察すると鋳型状あるいは線状分枝状の石灰化を呈するが、このような病変が乳管内で実際にどのような状態であるのかについては明確な情報が得られていなかった。乳管内における癌組織を詳細に観察するには内視鏡の利用が理想であるが、実際に内視鏡を挿入できるのは、直径1mm程度の乳管までであるため、これより細い乳管の観察は不可能であった。これを改善することを目的として、講演者らは従来のCT装置では困難であった軟部組織の構造を識別できる新しい原理のCT装置を用いて、鋳型状石灰化と非浸潤性乳管癌を同時に立体再構築することに成功した。さらに仮想内視鏡技術により非浸潤性乳管癌をあたかも乳管内視鏡で探索するような視点で撮影することに成功した。
マンモグラフイから得られた鋳型状石灰化の画像に直接対応する部位を従来の病理組織標本観察により見出すことは困難である。なぜなら、マンモグラフイはある方向から投影したX線による一種の影絵であり、病理組織標本は約4ミクロンの厚みで切られたスライスである。つまり病理組織標本はマンモグラフイで得られた画像の一断面を表しているに過ぎないためである。このギャップを埋めるためにCTによるX線画像の三次元再構築と同様、一定の間隔で切り出した切片で連続的に作成した病理組織像を計算機に取り込み、三次元再構築した研究例はある。しかし、このような検討は経験を積んだ病理医のみ可能であり、計算機による汎用的な自動処理は実現していない。講演者らは、我が国で最近開発されたX線屈折原理に基づいた、よりコントラストに優れた撮影システムを用い、CTに従来用いられているエックス線の透過力の差を利用した病理組織の画像化に代わるより高感度な非浸潤性乳管癌の三次元再構築と仮想乳管内視鏡観察に成功した。マンモグラフイで典型的な線状・分枝状(鋳型状)石灰化を呈した50代女性の乳房切除標本を用いてつくば市にある高エネルギー加速器研究機構(KEK)で屈折X線撮影と画像処理が行われた。これらのCT画像を同じ資料を薄く輪切りにして作成した病理組織標本から得られる情報により比較解析することにより、乳管内の状態をあたかも内視鏡で観察されたような画像が得られた。これにより,壊死を伴う非浸潤性乳管癌は二分枝性の乳管内に存在することにより、マンモグラフイで非浸潤性乳管癌に特異的とされる線状、分枝上石灰化が生じることが明らかになった。講演者らが扱った乳管の直径は大部分が1 mm以下で実内視鏡による観察は不可能であり、屈折X線による仮想内視鏡は、抹消乳管内の3次元的観察の可能性を開いたことになる。高悪性度非浸潤癌における乳管内壊死は、図5のように、ロープ状に連続した乳管内の紐状構造物として認められた。構造物の径は一定ではなく、ある周期でサイズが太くなったり細くなったりを繰り返していた。このような所見は、従来の二元的な組織学的観察では得られなかったものである。 (古田記)
図5DCISの仮想乳管内視鏡像
6.原子力発電所の高経年化対策
−いつまでも安全であり続けるために−
三菱電機株式会社(元原子力安全・保安院)
路次 安憲
我が国の原子力発電所は、2009年12月に稼働した泊原発3号機を含めると、現在計54基となるが、その約3分の1が運転開始後30年を超え、3分の2が20年を超える、いわゆる高経年化状況を迎えている。これは特定の地域ではなく、日本全国でみられる状況である。なかでも、日本原電の敦賀1号機、関電の美浜1号機は、運転年数が39年に達している。このような高経年化時代を迎えた原子力発電所には、その安全性に問題があるのだろうか、国や業界は、高経年化に対してどのような対策を探っているのか、という観点から講演をいただいた。その概略を紹介する。
原子力発電は、発電コストのもっとも安い電源であり、稼働中にCO2を排出しないことから、地球環境問題、エネルギー問題を解決できる有力手段であるので、安全を確保できる限り、永く使うことが国民の利益にかなう、というのが国や産業界の考えである。そのための取り組みが高経年化対策である。「高経年化」という言葉は広辞苑などには載っていないが、「より多くの年数を経ている」ことを意味する言葉として使っている。プラント全体の経年は進み「高経年化」するが、それを構成する機器は更新された結果、新品に近いものとなっている場合が多い。したがって、多くの年数を経ているプラントを「老朽化」と呼ぶことは間違った印象を与えるため、「高経年化」という言葉を使っている。主な高経年化対策としては、たとえば美浜3号炉の、応力腐食割れ・疲労対策としての蒸気発生器取り換え工事(平成8年度)、腐食対策としての2次系配管取り換え(平成16年度)などがある。原子力発電所の経年別トラブル発生率を見てみると、稼働初期トラブルが見られた1970年ごろは多少多いものの、その後30年経って高経年化した発電所が増加してきた2000年ごろまでトラブル発生率はほとんど一定である。このことは、計画的に検査や機器の取り換えを行えば、長期間運転しても原子炉の安全性は損なわれないことを意味している。
図6 高経年化技術評価のフロー
さて、高経年化技術評価のフローは非常に重要なもので、図6に示すとおりである。重要な点は、発電所を構成する安全上重要な機器をすべて抜き出し、たとえばポンプ全体でなく、軸、軸受などの部位に分割して使用材料、環境を同定し、経年劣化現象を抽出する。そして、経年劣化に対する評価を行い、長期保守管理方針の策定を行う。次に、発電所部位・材料の経年劣化事象の例をいくつか挙げる。まず、原子炉圧力容器鋼(低合金鋼)の中性子照射脆化があげられる。これは、中性子照射を受けた低合金鋼では延性脆性転移温度が高温側にシフトするためにおこる現象であり、圧力容器内側に取り付けた監視試験片を定期的に取り出して中性子照射効果をモニターしている。これまでに運転開始後30年を経たプラントにおいても特異な脆化は認められていない。さらに、ケーブルの絶縁劣化の例を挙げる。これは、絶縁性の高い高分子材料が熱や放射線などのために絶縁性が劣化する現象である。この劣化に関しては、熱および放射線による劣化挙動をより実機に近い適切なものにするため、国のプロジェクトとして、「原子力発電所のケーブル経年変化評価技術調査研究」が2002年度から実施されている。また、最近、再認識された高経年化プラントにおける耐震安全性について述べる。耐震安全性はプラント建設時に評価されているが、想定される地震強度が大きくなるなど評価基準が見直された場合、高経年化プラントも新しい基準で評価されるのはもちろんである。高経年化対策の範疇ではないが、信頼性の一層の向上を目的に、中央計装システム、制御保護システムのデジタル化更新の計画・実施が、たとえば泊3号機、伊方1、2号機などで行われている。原子力発電所の安全性確保のためには、技術情報基盤の整備も重要である。保安院主導のもとに、技術的な知見の蓄積や安全研究の推進、海外との情報交換など、高経年化対策のための技術情報基板の整備が進められている。
以上が、本講演の概略であるが、講演の最後にあたって、演者から若い方々への次のようなメッセージが示された。「高経年化対策を含めた原子力発電所の保守・保全は、国民の豊かな生活を支えるエネルギーを安全に供給するための使命を果たし、そのための広範な技術・研究開発を対象とする知的でチャレンジャブルな仕事である、日本の未来のために若い力をぶつけて取り組んでほしい」 (岩瀬記)
7.原子力・放射線利用の新たな展開に向けて
鞄本ネットワークサポート 社長 岸田哲二
世界的なエネルギー需要の増加や地球温暖化対策の観点から、原子力発電を再認識し、発展させようという動きが高まっている。またそれに併せて、各種放射線の工業利用もさらなる広がりを見せている。このような「原子力ルネサンス」といわれる時代における原子力発電、放射線利用について講演いただいた。以下にその概略を記す。
地球規模の気候変動(温暖化)や化石燃料枯渇に対する最も有力な選択肢として原子力発電が世界的に見直されている。原子力発電を運転中の国は30カ国、検討中は43カ国となっており、さらに25カ国が関心を示している。世界全体の商用原子炉数は、1970年から1990年にかけて、脱石油の機運から大幅に増加したが、その後、スリーマイル島やチェルノブイリでの事故の影響で、原子力モラトリアム時代に入り、日本では原子力発電所の建設は続いたものの、他の国は新規建設なしの状態が続いた。しかし、上に述べた状況から、2010年以降、原子力発電プラント数は大きく延びるものと予想される。さて、世界の原子力プラント・機器メーカーは国際的な再編・集約化の動きが著しくなっている。原子力モラトリアム時代でもそのポテンシャルを維持し続け、新規プラントを建設してきた日本のメーカーを中心に寡占化が進み、東芝、三菱重工、日立といった日本のメーカーが世界において主導権を握る状況になってきている。
図7 世界の原子炉数及び設備容量
次に放射線利用の発展について述べる。工業、農業、医学治療などにおける放射線利用の経済規模は近年大きく成長しており、平成17年度の内閣府調査によれば、4兆1117億円となり、原子力エネルギー利用の4兆7410億円と比べてもほぼ同じ規模となってきている。なかでも工業利用が2兆1952億円、医学治療利用が1兆5379億円と、この2分野でその大半を占めている。放射線利用の拡大傾向は、放射性同位元素または放射線発生装置の使用許可・届出事業者数が1960年代から50年間にわたって大きく増加傾向にあることからも見て取れる。
さて、放射線利用の主要な分野である工業分野と医療分野における放射線利用においては、前者では、非破壊検査、放射線滅菌、高分子加工、半導体加工など多岐にわたって発展している。また後者においては、粒子線、X線(ガンマ線)によるガン治療、X線CTなどの診断法が普及しているが、近年、PET(陽電子断層撮像法)によるガンの早期発見も急速に普及しつつある。我が国の放射線治療患者数は急増しているが、その実施割合は2001年において18%と、米国の60%に比べてまだまだ少ない。さて、原子力発電、放射線利用においては、それに伴う被ばくが重要な問題の1つである。米国では、被曝量はNCRP160データとしてきちんとデータ蓄積がされているが、日本にはこのような詳細なデータは未だ無い。この一因として、縦割り行政のためデータが集めにくいことが挙げられる。
原子力発電・放射線利用は、今後さらに大きく伸びると予想されるが、放射線(放射能)を扱う点で他の産業と根本的に異なるということを認識すべきである。放射線(放射能)を安全に扱う根幹は放射線防護体系であるので、それの合理的な確立が今後の課題である。なぜ「合理的な防護体系の確立」というか、その理由は、放射線被ばくに対して、しきい値のない直線仮説が極端な形で、たとえば東京高裁判決などで使われているからである。直線仮説をとことん追求すると、「放射線がDNAに1つの損傷を作った場合でも障害が起こる可能性がある」といった、医学的に間違った解釈に至る。また、現状では、広島・長崎の原爆被爆者疫学調査結果に基づき、そこに直線仮説を入れて防護体系を構築するために、非常に小さな放射線被ばくに対してもリスクを強調する結果となる。こういった状況をただすためにも、合理的な防護体系確立が必要なのである。
放射線防護体系の国際ルールづくりは重要であるが、国際的動きは、ある国/専門家コミュニティーの目的・利害に基づく方向性が検討され、限られた使用専門家の間での合意が多数派形成の末、基本的枠組みが成立し、他国をそれに巻き込むという構図になっている。これに対して、日本は世界の専門家コミュニティーに対する発言力が非常に小さく、そこで決まった方向性は微修正しかできず、結局は決められたことに苦情を言いつつ合意するというのが実態である。これは、オリンピックのスキージャンプやバレー、柔道などのルールが日本に不利なように決まっていくのと似ている。
今後は、しっかりした日本国内の検討体制を確立したうえで、専門家コミュニティーにおける検討の段階で日本の見解をきちんと反映していくことが肝要である。そのためにはトップの関与が不可欠である。このような動きとして、世界原子力協会(WNA),放射線防護WG(RPWG)における最近の日本の海外での活動例が挙げられる。
結語として、以下の点を挙げて、講演を終えられた。原子力発電、放射線利用規模が大きく増大する見通しを踏まえて、安全性確保を前提のもとに、利用を不必要に拘束しない、地球規模での国際的な合理的放射線防護体系の確立が必要である。そのために、世界で原子力発電・放射線利用の先頭に立つ日本のリーダシップが強く求められる。 (岩瀬記)