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第18回放射線利用総合シンポジウムより

1.大強度陽子加速器施設J-PARC

日本原子力研究開発機構J-PARCセンター

 大山 幸夫

大強度陽子加速器施設J-PARCJapan Proton Accelerator Research Complex)について副センター長の大山講師から紹介していただきました。茨城県東海村に日本原子力研究開発機構(JAEA)と高エネルギー加速器研究機構(KEK)が共同で建設、運営を行うもので、平成13年度に建設が始まり、平成20年度には第1期工事がすべて終了し、214月にはすべての実験施設が供用開始されます。J-PARCでは加速した陽子を原子核に衝突させて出る中性子、K中間子、ミュオン、ニュートリノなどの二次粒子を使って、物性や原子核・素粒子の研究をします。そのためには、大量の二次粒子を作る必要があり、したがって陽子数が多数いることになりますので、大強度の陽子加速器が必要とされます。図1に施設の概観を示します。

陽子は最初リニアックで加速され、1350mのシンクロトロンに導かれるのですが、軽い電子と違い陽子はなかなか高速に加速されないので、構造を作り直すなどご苦労があったようです。1段目のシンクロトロンで3GeVのエネルギーに加速した陽子はミュオンとか中性子を使った実験に利用し、さらに偏向磁石だけで96台ある、直径500m、周長1600m のシンクロトロンで50GeVに加速した陽子はハドロンの研究やニュートリノの研究に利用します。

 中性子は透過力が強く、エネルギーの低い中性子は波の性質を持ち、結晶に照射すると回折パターンを作るため分子の構造を調べることができます。さらに磁石の性質を持っているので磁性構造を調べることができます。X線も回折パターンを作ることができ、X線結晶回折で構造決定できますが、原子番号の小さい水素の回折パターンを得ることができません。中性子では軽い元素である水素の回折パターンが得られます。J-PARCでは陽子を水銀のターゲットに当てて、世界最高の空間分解能をもったパルス中性子を得ています。開発中の燃料電池自動車などで必要とされる水素吸蔵合金において水素がどのように吸蔵されるのか、吸蔵している水素の出し入れによってできる合金の脆化を調べるなど、水素吸蔵材の開発研究への利用が期待されます。室温超伝導物質の開発にも中性子の磁性による計測が有効であると考えられています。材料や機械に応用すると残留応力を評価できるので、溶接の不備や長時間使用による金属疲労を的確に測定できます。酵素の異状による病気の薬を開発するのに、水分子の関与を的確に把握できれば創薬において重要な情報源となります。中性子線のビームラインは23本あり、超高分解能粉末回折装置、生命物質構造解析装置、核反応測定装置、基礎物理実験装置、ナノ構造解析装置など9本のビームラインが供用されます。平成20年度の公募では99件が採択され、平均競争率は1.5倍だったそうです。

 ミュオンは電子の約百倍の重さ、正負の電荷とスピンを持って、進行方向に向かってスピンが偏極しています。材料中に入射して磁場をかけると材料内部の局所的な磁場を観察できるので、高温超伝導物質などの磁性研究に利用できます。

 3GeVのシンクロトロンで加速した後、さらに50GeVのシンクロトロンで加速した陽子ビームから生成する2次粒子は素粒子に関わるもので、2008年のノーベル物理学賞を受賞された南部陽一郎氏、小林誠氏、益川敏英氏の理論を発展させる実験を行うことができます。クォークに3世代あるようにニュートリノにも3世代あるということを証明するため、東海村からミューニュートリノを発射して岐阜県神岡村にあるスーパーカミオカンデで別のニュートリノとして観測しようとしています。

J-PARCは国際的に開かれた施設であり、中性子については産業界へも開放することをきめています。今年4月からフル稼動ですので成果を最大に出していくことを目標にしているとのことでした。また、これからの課題として中性子を利用した核変換技術の開発も計画しているそうです。

図1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テキスト ボックス: 図1 J-PARCの概観

 

 

2.        JMTRを用いた新たな軽水炉材料・燃料照射研究の展開

日本原子力研究開発機構安全研究センター

鈴木 雅秀

 日本原子力研究開発機構安全研究センターでは原子力の安全を守るという立場の研究を推進しています。JMTR(Japan Materials Testing Reactor、材料試験炉)は「原子炉を作るための原子炉」といわれ、軽水炉とか材料、燃料などに関わるものについて研究しています。

JMTRは昭和43年(1968)に初臨界になり、RI製造、燃料・材料試験を行ってきました。その間、大学を中心とする基礎研究にも広く利用されてきました。平成18年、38年間動いた炉の運転を一旦停止して平成19年度から4年間かけて高経年化した機器を更新して、同時に新たな照射設備等の整備を進めて、平成23年度から新JMTRが稼動する計画です。今回その中の原子炉材料、燃料研究に焦点をあてて安全研究体制としてJMTRが果たすべき役割を紹介していただきました。JMTRの概要を図2に示します。

高度燃料利用分野とか高経年化技術分野に対して戦略的に重要な安全基盤研究施設としてJMTRが位置づけられています。JMTRは熱出力50MWで周りに9箇所程度の照射孔があります。特徴的なのJMTR水路で照射後試験施設とつながっていて、照射済み試料をホットラボへ搬入して試験をするとか、再照射試験をすることが容易になっている研究施設です。

図2

2 JMTRの概要

 

 安全研究の中で、中性子照射脆化と照射誘起応力割れ(IASCC)が経年脆化事象として放射線との関係で特に重要なものになってきます。中性子照射脆化に対しては50年あるいはそれ以上の供用期間に対応して高照射領域での脆化を精度よく予測するための方法を開発することが最大の目的です。IASCCに対してはシュラウド等の炉内構造材について、中性子照射のみならずガンマ線も考慮した照射環境、水化学環境とか力学的条件などの複合条件の中で、評価手法を確立することが目的になっています。IASCCBWRの場合、シュラウド、上部格子板、炉心支持板で、PWRでは炉心槽、バッフル、バレルフォーマボルトなどで観測される事象で、炉心とか燃料領域に近く中性子を多く受ける部分の脆化です。

 中性子照射脆化は鋼材中に不純物である銅が極微細な析出物として形成されるなど照射欠陥が関与して材料の破壊靱性が弱くなるためで、破壊靱性を評価する方法として小型の試験片を用い、シャルピー試験によって間接的に評価しています。しかし、寸法効果とか統計的評価方法が確立されていないため、経験式を作っていました。これからは機構的に高精度で信頼できる予測式を作るのをJMTRの目的としています。そのためには大きな試験片で試験しなければならないので、それを挿入するため110ミリの照射孔を設置し、照射温度の制御装置も整備しました。

 原子炉の高経年化によって、積算の中性子照射量が増加していくと、IASCCの発生とか進展の可能性が増加します。応力腐食割れは材料、環境、応力の要素で起こります。照射下では照射硬化、脆化、照射偏析などの要素も加わり複雑になります。JMTRでは炉内水質の効果にも注目し、照射しながらデータをとれるよう、BWRだけでなくPWR用のデータがとれるような水質調整装置を整備しています。

 異常な制御棒の引抜による出力急上昇による燃料破損限界を測定するため、燃料異常過渡試験を計画しています。制御棒に使用されているハフニウムの中性子による劣化については基本的データが少ないので、研究していきたいとのことでした。産業利用では、シリコン半導体の製造、医療診断薬のテクネチウムの製造、核融合炉用材料開発、原子力人材育成に貢献することが新JMTRの役割であると紹介されました。

 

3.  月周回衛星「かぐや」搭載の高性能γ線分光計による月資源探査

早稲田大学理工学術院 教授 長谷部 信行

月周回衛星「かぐや」は20079月に打ち上げられ、その後、中国とインドが打ち上げ現在は3機が月を回っています。今年中にはアメリカも月周回衛星を打ち上げる予定です。いずれの衛星も月の資源探査が目的で、現在は月の周りをぐるぐる回りながら遠隔操作によって測定する無人探査ですが、将来的には月に着陸して月の表面を動き回り、細かく探査したり、採取したサンプルを持ち帰る計画や、さらには人が月に行き、大規模な基地を建設して天文観測をしたり、資源を採取しようという計画があります。「かぐや」は次の2号機がどこに着陸したらよいかを調べるためガンマ線分光計を使って月面付近の元素を測定しています。 すでにアメリカではアポロがNaIあるいはCsIシンチレーターを使って、ルナープロスペクターがBGOを使ったガンマ線分光でUThKFeTiといった元素マップを作っています。

月を科学することは資源探査だけでなく、月の進化に関する議論を行うデータを与えますので、月の起源は地球が生まれた当時火星ぐらいの大きさのものとぶつかって、地球の一部が飛び出したものが固まって月になったことが分かってきました。さらに詳しいデータが得られれば、月だけでなく地球の起源や進化についても議論できるようになると考えられます。そのため、「かぐや」に搭載された9台の科学観測機器が14種類の観測装置として利用されています。

「かぐや」の元素分析はX線分光計とガンマ線分光計で行っています。月の表面は散乱X線が多いため、X線分光法で測定できる元素はAlSiMgCaだけで、太陽フレアがあればFeNiも観測できるだけです。月には磁場がありませんので、宇宙線(プロトン)が直接月の表面にぶつかって中性子が出来、中性子が衝突することによって原子核からガンマ線を放出します。もちろん、天然に存在する放射性物質からもガンマ線が出ていますので上空からガンマ線分光計で元素の測定をしています。

「かぐや」の主検出器はゲルマニウム検出器で、その外側にBGO検出器とプラスチックシンチレーターをウィンドウ側に入れ反同時計数用に使い、精度のよい元素マップを作ろうとしています。実際、得られたスペクトルは反同時計数しない場合はノイズが大きく、反同時計数した場合には、スペクトルが鮮明に得られています。10年ほど前にルナープロスペクターで探査した場所を「かぐや」で測定したところ、スペクトルが非常に鮮明になり、多数の元素を同定できました。主検出器のGeの冷却はスターリング冷凍機を使って、常時90K以下にしています。従来、Ge検出器の冷却はコンプレッサーを使う冷凍機によって行われていたので、振動が人工衛星に悪影響を与える可能性があるため、あまり搭載されていませんでしたが、無振動のスターリング冷凍機を採用すること図3によって月探査衛星への搭載が可能になりました。図3に「かぐや」に搭載されたガンマ線検出器を示します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図3 かぐやのガンマ線検出器

「かぐや」は100kmの高度で飛んでいるのですが、場所によって上がったり下がったりしていますので、強度を補正しています。たとえばイオン半径が大きく、液相濃縮元素といわれるUThK3元素の強度分布を見ると、月の海の部分に凝集していることが分かりました。現在のところ13元素の強度分布を作成できています。さらには、周りの元素から出るコンプトンの補正も行い、元素分布を精度の高い絶対値で出そうとしています。     

   図4

4 月面着陸衛星の予想図

 

着陸して探査できる2号機をどこに下ろすかが問題で、「かぐや」のデータをもとに慎重に検討しています。着陸機(ランダー)から動き回るためのローバ−を下ろすのですが、ローバー3キロ以下の重量にしなければならないので、Ge検出器は使えません。CdTeの小さいものと、LaBr3の検出器を使う予定です。図4に月着陸衛星の予想図を示します。ローバーで簡単な分析をして、ランダーに持ち帰るべき試料を選択し、ランダーでもっと詳しい分析をする計画です。 

月の資源としては、He-3、希土類元素などがあり、早い者勝ちということで熾烈な競争が始まりそうです。

 

4.経済規模から見た放射線利用の動向

 日本原子力研究開発機構 久米 民和

平成19年度に内閣府からの委託調査で実施された、経済規模から見た放射線利用の動向について調査に携わった委員の先生から紹介していただきました。実際のデータが揃うのは2年前のデータですので、2005年度のデータに基づいた結果になっています。放射線利用の部分とエネルギー利用部分の両方をあわせた原子力利用全体での経済規模を算出しています。放射線利用に関しては工業、医学、農業利用の3つの分野について調査しました。エネルギー利用と放射線利用の規模がほぼ同じという傾向は、前回8年前の調査と似ています。放射線利用の内訳は工業利用が全体の56%、農業利用が7%、医学・医療利用が37%になり、農業利用の規模はアメリカなどに比べると小さいといえます。図5に原子力利用の経済規模を示します。

工業利用22950億円の中で、半導体が圧倒的に多く60%、照射設備が20%、計測機器が4%、非破壊検査5%、滅菌が7%、放射線加工が4%になっています。ラジアルタイヤと半導体の計算には製品価格に製造時の放射線寄与率を考慮しています。寄与率を考慮しない場合、工業利用合計額は63638億円に膨らみます。半導体加工の場合には25%の寄与率、ラジアルタイヤでは4.1%の寄与率としています。寄与率の算定に関しては今後再検討される可能性があるとのことでした。

照射設備は4647億円の規模で、大半が医療関係の設備です。医療用具の滅菌は1703億円ですが、他の滅菌方法である高圧蒸気が282億円、酸化エチレン(EO)ガスが1774億円でした。放射線に対して材料が弱いとか、放射線の影響の出るようなものはEOガスで滅菌しているのでしょう。ガンマ線滅菌の割合は37.4%で前回調査から落ちていますが、電子線滅菌は7.9%で前回より増えています。期待していたほど放射線滅菌が増えていないのは海外に工場を作って現地で滅菌しているためであると考えられます。輸入したものは前回の調査では計算に入れていましたが、今回の調査では除外しています。

図5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テキスト ボックス: 図5 原子力利用の経済規模

 

放射線計測機器等は1010億円、非破壊検査は1100億円で、非破壊検査が前回の調査よりも大きく伸びました。放射線加工処理は999億円で内訳はラジアルタイヤが377億円、ワイヤー・ケーブル類が219億円、発泡体が176億円、熱収縮チューブが165億円、キュアリングが30億円、グラフトが25億円、これらは放射線による橋かけを利用しています。放射線分解を利用したものとして粉末テフロンの製造が5億円でした。

紙や鉄板などの厚さ計に放射線が使われています。今回は経済規模の計算に入れていませんが、これを計算に入れますと生活の回りにある、あらゆる物に放射線が関わってくることになります。紙の場合、売上高が3兆円ありますので、そのうち3分の1に使われているとして、1兆円になります。鉄板、ペットボトルや缶にまで適用するとものすごい金額になります。直接製品には関わっていませんが、放射線の寄与がないとコントロールできない物への評価をどうするかは今後の課題として残されています。

図6

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6 イオンビーム育種された花卉出荷額の推移

 

放射線農業利用の経済規模はイネその他の突然変異育種が91%を占め、RI研究、分析、年代測定などのRI・放射能分析が5%、食品照射、害虫駆除、滅菌などの照射利用が4%です。食品照射は唯一認められている馬鈴薯の芽止めが増えていません。これは品種改良によって端境期がなくなったことが影響しているようです。現在申請中のコショウの照射が認められれば大きく増えることが予想されます。放射線不妊虫放飼法によるウリミバエの根絶はNHKのプロジェクトXで取り上げられたため有名になりました。これにより県外出荷が可能になったことと被害の軽減が経済規模として算出されました。近年高価なマンゴーの出荷が盛んになり、耕地面積が減少しているにもかかわらず、経済規模に変動はありません。

突然変異育種ではイネが99品種作られているのを筆頭に他の穀物類、果樹、きのこ、花卉など多くの植物に利用しています。従来はガンマーフィールドと呼ばれる農水省の実験圃場でガンマ線をあてていました。黒斑病に弱い20世紀梨をガンマーフィールドで育てたところ、黒斑病に耐性のある枝が見つかり、これがゴールド20世紀梨として栽培されています。最近は突然変異を起こしやすいということで、イオンビームが花卉に応用され、珍しい色の花や脇芽につぼみのつかない菊などが栽培されるようになっています。図6にイオンビーム育種されたカーネーションとキクの出荷額の推移を示します。

 医学・医療分野の経済規模は15350億円でその大部分は、図7に示すように、X線診断、CT、核医学診断などの画像診断で、放射線治療は1000億円程度です。MRIは放射線でないので計上していません。特にPETCT、乳がん検診、粒子線治療が前回と比べて100倍近い大きい伸びを示し

て、日本もアメリカと同じように、医学の分野では放射線を受け容れるようになってきた感じがします。

図7

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7 医学・医療分野の経済規模

 

5.最近の医療における放射線利用

京都医療科学大学 教授 大野 和子

医療現場での放射線利用について最新の話題を放射線科医の立場から、単純X線、CT検査、PETを含む核医学検査について分かりやすくお話していただきました。最近のX線画像は患者さんが1枚だけ撮られただけと思っても、後から薄い断層に変えることが出来、病変を細かく見つけることが出来るようになっています。たとえば肺に病変がある場合、小さいものでも深さ情報も含めて認知でき、骨のX線画像でも軟骨の部分や骨の内部までも鮮明に見ることが出来ますので、治療に役立っています。図8に胸部X線画像を示します。

図8 

8 最近の胸部X線画像 資料提供:島津製作所

 

CTの場合、昔から脳出血の診断に役立ってきましたが、最近はもう少し鮮明な画像が撮れるようになり、

インフルエンザで脳に変化があっても分かるようになっています。肺の細かい構造が分かるため、タバコを吸いすぎて肺に穴があく、COPD(慢性閉塞性肺疾患)の診断にも貢献しています。狭心症の診断で、心臓冠動脈の異常を検査するのに、昔は動脈に造影剤を入れなければならなかったのが、造影剤を静脈から簡単に点滴してCTを撮ることにより精密検査が可能になりました。この診断は開業医では無理かもしれませんが、市民病院クラスであれば、簡単に出来るそうです。

気管支鏡による検査は患者にとって苦しく危険なものだそうですが、コンピューターの進歩により、CTを撮るだけで内視鏡を使った検査と同じ画像を得ることができるようになりました。動画で見せていただきましたが、凄い技術です。内視鏡検査では器具が器官に刺さってしまうという事故がまれにあります。CTでそれを回避することが可能になったというのが、驚異的にCTが伸びた理由だと考えられます。

X線検査は患者さんの外側から放射線を当てるのですが、核医学検査では患者さんの体内に放射性アイソトープをトレーサーとして投与し生理機能を調べます。体内から放射されているガンマ線をBGO(ビスマス ゲルマニウム オキシド検出器)で測定しています。フルオロデオキシグルコースは糖と同じく、がん細胞に取り込まれますので、病変の部分からガンマ線が放出されることになり、がんの部位が特定されますが、正確な位置を決めるためには同時にCTも撮ってコンピューター処理によって画像を重ね合わせていますのでPET-CT画像とよばれています。

放射線を利用した治療で件数の多いのはIVRInterventional Radiology放射線診断技術の治療的応用)です。動脈からカテーテルを入れてX線透視で見ながら操作するというもので、心筋梗塞の治療や悪性腫瘍につながる血管を塞いで栄養分や酸素を供給できなくする治療に用いられます。カテーテルが細いためお医者さんの視力が弱るとX線を強くしなければならないということになりますので、年齢制限があるそうです。 強度を変調させるという放射線治療法が開発され、腫瘍部に限定した照射がおこなえるようになりましたが、放射線分布を厳密に計算しなければならず、医学物理士の養成が急がれています。

放射性物質を患部に入れ、放出されるベータ線を利用して治療する方法はすでに知られていましたが、バセドウ氏病、甲状腺がん、骨腫瘍の疼痛緩和、悪性リンパ腫の一部に健康保険が使えるようになりました。図9に治療用RIの物理的性質を示します。

図9

9 治療用RIの物理的性質

 

患者さんの側から見ると、肺が悪いのに腹部や脳の検査までされるという不満があります。しかし、がんの場合には転移を考えなければなりませんし、体の状態を把握できなければ治療計画も立てられません。すべて患者さんに納得していただかないと医者は何もできません。勝手に放射線をあてると刑事事件になってしまいますので、患者さんが理解できるまで繰り返し話し合うのが一番大切だと締めくくられました。

 

6.線質の異なる放射線による細胞応答(バイスタンダー効果)の違い

 放射線医学総合研究所 主任研究員 鈴木雅雄

放射線の生物影響は従来、放射線が直接ヒットした細胞あるいは間接的にラジカルが反応した細胞だけに起こり、放射線がヒットしていない細胞は生物影響には寄与しないという大前提の下に解釈されてきました。しかし、最近の研究ではヒットした細胞の情報がヒットしていない細胞に伝達され、ヒットしていない細胞にも影響が出ることが分かっています。これを細胞応答(バイスタンダー効果)といいます。詳しいメカニズムを解明するため実験した、線質の異なる放射線による細胞応答の研究を紹介していただきました。

 原子力利用や放射性廃棄物を源とする環境放射線、宇宙空間や高高度を飛行する場合での宇宙線影響、医療被ばくに係わる低線量・低線量率放射線影響が大きな関心事となっていますので、低線量、低線量率(低フルエンス)の放射線被ばくの効果、長期間に亘る慢性的な被ばくの効果、重粒子線を含んだ様々な線質の放射線の混合の場の効果を調べるのを目的とした研究です。

 培養器を通常の実験室に置いたものをコントロールとして使い、Cs-137線源のある部屋、Am-Be中性子線源のある部屋に培養器を設置しています。HIMACの実験室ではビームラインから45度の角度に培養器を置いています。HIMAC実験室内で培養された細胞に当たる放射線は90%がγ線で10%が中性子を含んだ粒子線成分であることが分かっています。

それ自体では急性効果が現れないような非常に微量の放射線を当てた場合にどのような生物影響が現れるかを明らかにするため、ヒト正常細胞にガンマ線、中性子線、Heイオン粒子線、Cイオン重粒子線、Feイオン粒子線を1mGy照射し、その後1.5Gy X線を急性照射したときの細胞致死率と突然変異誘発を観察しています。

 実験条件は、@前処理せず200kVX線を1.5Gy照射(コントロール)、ACs-137のγ線を1mGy/8h照射後X1.5Gy照射、BAm-Beの中性子線を1mSv/8h照射後X1.5Gy照射、CHIMACによるHeイオンを1mGy/6,8-7,4h照射後X1.5Gy照射、DHIMACによるCイオンを1mGy/7,1-7,5h照射後X1.5Gy照射、E HIMACによるFeイオンを1mGy/7,1-7,3h照射後X1.5Gy照射です。細胞致死効果(生存率)と突然変異誘発頻度を図10に示します。

図10-1図10-2

10 γ線・中性子線・HeCFeイオンを低線量で前処理し、引き続きX線を照射したときの生存率と突然変異誘発頻度

 左が細胞致死効果で、放射線の種類を変えても変化がありませんが、右の突然変異誘発頻度はγ線とFeイオンでは変化がなく、中性子では抑制され、Heイオンでは1.9倍に、Cイオンでは約4倍に突然変異の増強が起こっています。粒子線の場合線量が同じでも、ヒットするイオンの数が違います。Heでは61%、C15%、Feでは2%の細胞しかヒットしていません。低フルエンスでイオン数を一定にした実験の結果、細胞致死効果は変わらず、突然変異誘発頻度はCイオンだけが増強され、HeFeイオンはコントロールと変わらないことが分かりました。

 ギャップジャンクション阻害剤を用いた実験では、すべての前処理照射条件での抑制や増強が見られなくなり、中性子線、Heイオン、Cイオンで見られたX線誘発突然変異の変化がバイスタンダー効果によることが証明されました。

 マイクロビーム照射実験によって個々の細胞の核あるいは細胞質にピンポイントで照射できますので、バイスタンダー効果のメカニズムが解明されようとしています。従来低線量の影響を高線量の生物効果から外挿していますが、γ線と粒子線で別の放射線影響が出ることが分かりました。

 

7.放射線治療、粒子線治療を革新する物理と工学−医学物理士の役割−

京都大学名誉教授 丸橋 晃

現在の放射線診断で、安全性を追求するために革新的な課題となっているのは、正常部位に対して低線量がどう影響するのかということと、如何に正常部位の低線量化を図るかというということです。MRIや超音波以外に、電離性放射線で無いもので画像診断が出来ないか。画像融合において画像の歪み、誤謬を生じるところがあり、それらに対して物理的あるいは工学的課題が必要となっています。放射線治療においても、XCTが登場してから原体性(治療体積とがん形状の一致度、線量集中性の意味)を如何に追求していくかということが課題となっています。原体性を追及する古くからの方法は小線源を体に埋め込む方法です。重荷電粒子線はブラッグカーブを持っていますので、特徴的に原体性を持っています。熱中性子と薬剤を使う方法は、細胞をピンポイントで照射出来るという点で物理的特性として優れた治療法です。コンピューターが非常に発達して、たとえば強度変調放射線治療(IMRT)のように、徹底的に機器をコントロールすることによって原体性を確保するという方法があります。

配向性の良い放射光を用いると位相シフトを使うことにより、10μm単位の分解能が得られ、非常に鮮明な画像が得られます。また、非常に小さい焦点を使う屈折コントラスト法で位相の状況や減衰率を測定し、辺縁強調を持つ画像装置が開発されました。これらの技術が実用化されれば診断の低線量化が実現できるでしょう。組織によって散乱されたX線の利用も大きい課題です。

治療の面では、正確な腫瘍の位置、あるいは周辺の臓器の形状を捉えられなければいけないということで、PETMRICT等の重ねあわせがどうしても必要で、現状ではMRIの画像が周辺で少し拡大して、画像が歪みます。これを解決できれば、重ねあわせをもっと簡単に出来るはずです。体内埋め込み型小線源で使われるベータ核種のエネルギーは数ミリですので原体性治療法といえます。粒子線の場合、陽子線は深さ15cmで、精度は5mmですが、炭素イオンの重粒子線では精度が1mmから2mmですので原体性治療に適しているため、難治性がんの治療に有効であるといえます。Co-60で治療した患者さんは疲れたと訴える人が多かったのですが、陽子線治療を受けた700人の患者さんは、誰も疲れたと言わなかったそうで、正常組織がダメージを受けない治療法が如何に大事であるかということがわかります。

ピンポイントの領域を選択できるということで、中性子捕獲療法(BNCT)が注目されています。がん細胞にホウ素製剤を取り込ませ、中性子を照射する方法です。熱中性子がB-10に吸収されるとLi-7He-4、すなわちアルファ粒子に変わります。両者の飛程を合わせて、大体1314μmで細胞を円形としますと、丁度細胞の直径程度の大きさになります。ですから、細胞の中で発生したLi、αは他の細胞には影響しないという特徴があり、細胞特異性になります。この場合発生するαとLiのエネルギーはトータル2.3MeVで、最も細胞殺傷の効率がよい放射線が発生するという特徴があります。脳腫瘍の4分の1を占めるグリオーマ(神経膠腫)にはBSHという脳血管関門を通過するホウ素製剤を使い、メラノーマ(悪性黒色腫と呼ばれる皮膚がん)にはBPAというフェニルアラニン系のホウ素製剤が使われています。BPAがほかの腫瘍にも集積するのが分かり、F-18をラベルしたBPAを使うとPETBPAががん組織にどれだけ集積されたかが分かるようになり、BNCTによる治療が適切かどうか判断できるようになりました。図11に中性子捕捉療法に使う原子炉施設を示します。

 

図丸橋講師

テキスト ボックス: 図11中性子捕捉療法に使う原子炉施設

 

BNCTの問題点は、原子炉の中性子を利用する場合、治療可能な深さが6cmまでは確実なのですが、6.5cmはちょっと難しいということです。陽子線をBeターゲットに当てると中性子が発生しますので、加速器による中性子線を利用して、治療可能な深さを長くすることが検討されています。

他にもX線によってがんの部位をその場で探しながら、ガンマ線を照射する四次元放射線治療装置のほか、スリット幅可変型コリメーターで制御した放射光を照射すると、移植した腫瘍細胞だけが消え、正常細胞は全然影響がないという微小ビーム放射線治療法についても紹介され、医学物理士がますます必要になるということでした。

(阿部記)


 

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