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第16回放射線利用総合シンポジウム聴講記

1.エネルギー弁別型フォトンカウンテイング放射線ラインセンサ   浜松ホトニクス株式会社

電子管技術部 専任部員 富田 康弘

講演のトップはスーパーカミオカンデで一躍有名になった、通称、浜ホトの富田さんにエネルギー解析も出来るX線センサーについて話して頂いた。

1895年にレントゲン博士がX線を使って夫人の手の透視画像を撮影して以来、百数十年の間に画像化の技術はより精細化、デジタル化など大きな進化をして来たが、それらはX線の影を見る技術、強度情報を処理する技術であった。しかし、X線は光の一種なので色(波長)、すなわちエネルギーの情報も持っている。それが分かれば内部の材質や状態が解析出来ると期待される。NaI(Tl)は結晶内で発する光子の数がエネルギーに依存するシンチレーターであるが、エネルギー、位置共に分解能は高くない。一方、半導体検出器は一次電子が作る電子・正孔対を直接計測するもので、エネルギーに依存するその数は光子より多く、分解能が高い。半導体の中でもCdTeは原子番号が大きく、放射線の吸収効率が高い(5mm厚で82%)ので、素子のサイズを小さくし、1mm程度までの位置分解能を実現出来る。また、光電変換特性がゲルマニウムの45倍、エネルギー分解能が122keVで1〜2%などと、いずれも高い上に、バンドギャップが1.4eVと大きいので室温で使えるなどの有利さがある。

今回発売したのは検出部に0.8mm×0.5mm×5mm(厚さ)のCdTe素子を64並べたもので、エネルギーに比例した個々の出力電圧を回路的に処理して5つのレベルに振り分けている。各レベルの信号を異なる色で表示すると、たとえば137Cs、60Co、241Amを埋め込んだ線源をスキャンした場合、ガンマ線がその波高の順に弁別され、それぞれの位置がカラー表示される。振り分ける電圧の閾値はパソコンで自由に設定できるので、X線の透過画像についても、含まれる材料の減弱係数に依存した色分けが容易である。これに位置の情報も加わるので、外から見た内部の構造や部品の形とそれを構成する材料の種類がある程度判定できることになる。

閾値の自在な変更を利用すれば線源のエネルギースペクトルやその空間分布も測定出来るので、とりわけ、X線については、画期的な技術である。

エネルギー弁別能の応用はいろいろ考えられるが、その一つに、金属の厚さ測定がある。透過するX線のエネルギーが低いと散乱のために直線性が低下するので、閾値を上げ、高いレベルの値だけで較正すれば測定精度は一桁向上する。また、あらかじめX線のエネルギー別吸収情報を取得すれば、2種類の材質の厚さも同時定量出来る。こうしたことは骨密度の測定にも応用が可能で、図1で見られる様に、骨と肉、それぞれの部分から別々のデータを取り出すことが出来、従来法に比べて精度の向上が期待される。

その他、影絵では分からない物質情報を得ることで、危険物・爆発物探知技術の向上、医療分野における生体内部の質的異常検出、コンクリートや金属の異常検出能向上による災害・事故対策への寄与など、ここでも新しい技術による可能性が広がって見えた。

 

2.見えない放射線の飛跡を見る

固体飛跡検出器の最近の進歩について─

 近畿大学原子力研究所 教授 鶴田 隆雄

放射線は見えないので怖いとよく言われるがその飛跡を見ることは難しいことではない。たとえば霧箱の場合、温度勾配のあるところに気体を拡散させるタイプは簡単に作れ、アルファ線の飛跡や核の衝突の様子も見ることが出来る。もっと本格的な液体水素による泡箱なら、さまざまな放射線の飛跡や核反応を詳細に研究することが出来る。それはかなり巨大な装置であるが、反対にフィルムバッジとして使われている乳剤の場合は顕微鏡オーダーで、中性子の飛跡が調べられる。ただ、エネルギーが低いと感度が悪く、耐候性も良くない。

一方、固体飛跡検出器は核分裂片などの飛跡を適切な溶液でエッチングして拡大し、顕微鏡で観察する。歴史的にはLiFに始まり、雲母、ガラス、プラスチックなどが使われて来たが、光子やβ線の影響が無く、それらによるBGノイズを除ける特長がある。

現在、その目的でよく使われるのはCR-39(Allyl Diglycol Carbonate)である。メガネのレンズなどに使われているプラスチックで、陽子やアルファ粒子の飛跡に高感度、ピットが明瞭で計数が容易、などのため、反跳核による中性子線量測定の実用化が加速した。

これにアルファ粒子が当たると微小な傷が入るが、高温の苛性カリ(KOH)水に浸すと傷口が拡大して顕微鏡で数えられるほどに成長する。粒子が通過した線上では、まず電子が飛ばされ、残ったカチオンがクーロン反発することで、高分子鎖が切断し、化学的に不安定なラジカルが生成する。そのような部分は反応性が高く、アルカリに溶け出すと考えられる。これがいわゆる食刻(エッチング)であるが、その時、飛跡に沿ったトラックエッチングに対して表面が削れて行くバルクエッチチングの比率が大きいとよい結果が得られる。

CR-39による中性子モニターは、高速中性子をプロトン、熱中性子をアルファ線に変換することで、それぞれを分別定量出来るように工夫されている。また、宇宙船内の環境測定システムPADLESではガンマ線や電子など、低LET放射線の検出に適した熱蛍光線量計と組み合わせ、一次および二次宇宙線の全LET領域に対応した、いわゆるパッシヴ線量計として開発され、国際協力実験で成果を上げている。ラドン濃度測定(娘核種のアルファを利用)にも範囲が拡大している。

CR-39は直鎖状の分子構造を持つが、分子内に芳香環を持ち、ほぼ同じカーボネート構造のDAP(Diallyl Phthalate)という樹脂も有用である。その分子構造はオルト、メタ、パラの三通りあり、詳しい研究によるとオルト型が材料の脆性、飛跡の耐熱性、耐ガンマ線性など多くの点で優れていた。このDAPとCR−39、それぞれのモノマーをさまざまな割合で混合して重合させると、合成される共重合体は、DAPの割合が増えるほど飛跡に対するエッチングの速度が遅くなることが分かった。この性質を利用して、その比を調整することにより、核分裂片とプロトンやアルファ線を弁別出来るようになった。また、エッチング溶液として単なるKOH水溶液(PW)ではなく、65%の同エタノール水溶液(PEW-65)を使用するとエッチピットの形成が飛躍的に加速され、かつ、カウントの容易な形状になる効果も見出された。

これらの結果を基に、DAPをフィッショントラック年代測定法の検出器として応用することを検討した。この手法は鉱石に含まれるウランの量を測定するために原子炉内で中性子を照射する必要があるが、これまでの常法で使用される白雲母に比べ、照射後の放射能が2桁少なく、その上、ピット像の改善とバックグラウンドの低減で自動計数が可能になるなどにより、飛躍的に測定の精度を高めることが出来た。

計数精度が向上したので、これまで未確定であった238Uの核分裂定数の再測定に挑戦し、λ(8.51±0.18)×10-17-1を得た。この値はそれぞれ別の値を採用する二つのグループのうちの一つであり、最近の収束値に一致している。

講演を聴いていると、鮮やかなピット像の写真と共に一歩一歩階段を昇るように成果が積み上がって行く様子が伝わり、研究の醍醐味が感じられた。

 

3.プラズマ応用技術の現状と展望

京都大学大学院工学研究科・電子工学専攻 橘 邦英

プラズマとは、正負等量の電荷がクーロン相互作用によって集団的挙動をしながら、全体として中性の状態で、固・液・気体に次ぐ第4の状態とも言われる。人工的には気体の放電によって作り出される。

物質に数十eV以上の電場がかかれば、容易に電子が飛び出して加速され、別の分子に衝突してそれをイオン化する。この時、生成する新しい電子はさらに別のイオン生成に寄与するため、次々にイオン対を増やし、プラズマ状態に至る。通常、電離度は核融合を目指す100%を別にして、0.001位から高々1%程度までである。

電子と重粒子間の運動量授受の効率は悪いので、衝突頻度の少ない低いガス圧領域では電子系にエネルギーが貯まり、その温度はイオンやガスに比べて極めて高い(1万度のオーダー)非平衡状態になっている。ガス圧が上昇すると衝突頻度が増加し、互いに近づいて熱平衡状態になる。しかし、パルス放電や、微小空間では過渡性が残る。

プラズマは材料合成、微細加工、表面処理、照明や表示用光源、環境技術など、多岐にわたる分野で応用されているが、そのサイズとガス圧の間には、よく知られたパッシェンの法則があり、図3に示すように、pd = 103104 Pammのあたりで放電開始電圧が最低値となるため、通常はその条件に沿った領域で動作させることが多い。一方、応用分野にもそれぞれに特有のサイズ領域があり、図3のように、対応するガス圧の範囲で分類することが出来る。

低圧(0.1〜10Pa)におけるプラズマの応用はほとんどが材料の加工プロセスで、表1に示されるようにエッチング、薄膜形成、表面改質などがある。

エッチングは材料に依存するラジカルの反応性とイオンの相乗効果で目標周辺の原子集団を跳ね飛ばしながら進行すると考えられており、超LSIにおけるゲートやコンタクトホール、配線のパターン形成、マイクロマシーンの加工などで、対象の材料は金属、半導体、誘電体など多岐にわたり、加工の寸法はナノオーダーである。最適ガスやその混合比、プロセス条件などはその都度、検討が必要である。

薄膜形成法はPVD(Physical Vapor Deposition)とCVD(Chemical 〃〃)に大別される。

PVDはスパッタリングした分子を堆積させるもので、金属や半導体、磁性体、誘電体、更には超伝導体などがあり、磁性と導電性の複合材料、印加電圧によって導電性が変化するものなど、新材料の創製が注目される。

CVDは気体の分解と分解成分の表面反応に基づくもので、代表的にはシランガスによる非晶シリコン薄膜があり、LCDなどに用いられている。他にメタンガスからのDLCやガスバリヤ膜(ぺットボトル内面)などがある。原料がガス化出来れば良いので可能性は広い。

表面改質はイオン注入、親水化、撥水化などによって固体表面の性質を電気的、機械的、化学的、光学的に変化させ、所望の性質を発現させるものである。

一方、高圧プラズマ(大気圧付近)は真空系が不要なため簡便に使えれば、従来からあるローテク産業をハイテク産業へ引き上げられるという意味で最近盛んに研究されており、ポリマーフィルムや紙表面の接着性や印刷性能の向上などに利用されている。

 

表1 プラズマプロセスの種類と要件

プロセス

対象/材料

求められる要件

エッチング

超LSI

マイクロマシーン

ナノメータ加工

異方性(形状制御性)

材料選択性

大面積化、高速性

薄膜形成

半導体

誘電体

磁性体

超伝導体

有機薄膜

均一性(等方性)

材料物性制御

界面制御

基板に対する選択性

表面改質

機械的性質

光学的性質

化学的性質

任意形状対応性

大面積長尺化

局所加工性

 

このシステムでは電子の走行距離が短く、平均エネルギーが下がるので電離度は低いが、持続的な放電は可能である。非熱平衡グロー様放電を行うために、高電圧のパルス化や電極表面を誘電体で被覆した誘電体バリヤ放電の形態が採用されるが、電流経路が収縮しやすく、大きな面積に均一なプロセスを確保するための工夫が必要である。

気体の圧力がより高くなると図3で見られるように空間的スケールがmmからμに移行するが、微小性に伴って原料ガスの滞在時間もμ秒オーダーと短くなる。この領域はマイクロプラズマと言われるもので、応用の方向も変わって来る。プラズマは本来、高い反応性、高い効率の発光性、可変な誘電・導電性という3つの優れた性質がある。これに微小空間性を組み合わせた応用の展開が考えられ、単体使用ではマイクロジェットによるナノ加工用のツールがあり、また、集積使用のポピュラーな例がプラズマディスプレイである。最近では殺菌や滅菌、歯科治療への応用など、医療や生体物質のプロセスに広がる兆しが見えている。

圧力と空間的な大きさの関係で整理されたこの講演で、プラズマの世界がよく展望出来た。最後に紹介された集積化によるいくつかの新しい機能の創製に今後の夢が膨らむ思いが伝わった。

 

 

4.放射線安全管理と有事対応 −医療分野を中心にセキュリティから緊急被ばく医療まで−

 自治医科大学 管理主任者 菊地  透

ここでは@放射線安全管理とは、A核ではなく放射線テロ、Bわが国の緊急被曝医療対策、の三つについて話して頂いた。

@:放射線安全管理はその利用を不当に制限することなく、安全に安心して利用出来るようにすることで、安全を切り口にしたコミュケ−ションを介して、利用者や関係者、そして市民の間の信頼関係を築く役割を持つものである。

現在、先進国では、被曝の99%が患者であるが、X線の発見以来、便利さのみで使われ、放射線の影響が未知であった間に、医療に携わった多くの医者や技術者が放射線障害によって亡くなっている。現在の安全管理の道はその犠牲の上に拓かれたと言える。いずれにしても、それまで恩恵のみで、有難い存在であった放射線は、原爆によって不安をもたらすものとなった。その際、報道は、あのひどい火傷の写真を沢山の人々に見せ、すべて放射線のせいであるとしてしまった。熱風によると言うよりその方が、核廃絶のためにはインパクトがあるが、その結果、誤解と不安・不信が創り出され、加えて、その後に起きたいくつかの原子炉事故と、そして、教科書・専門家の誤ったコメントがそれを増幅した。今はその誤解をどう解いて行くかであるが、わたしは放射線のレベルと影響の関係について、専門家と一般人の間で共通の認識を持ち、信頼関係を育てた上で、なぜ使うかの理解を進めることだと思う。

世界で220万人と言われる医療従事者の間で読まれているLancetという雑誌に「ある仮定を用いると診断用CTによる被爆でがんが3.2%増加する」との記事が出たことがある。その仮定とは「しきい値なしの直線影響(LNT)仮説」のことだが、これは防護のためのツールであって、実害評価や疫学的考察に使用してはいけないものである。

影響と言う意味では、以前、IVR(カテーテル治療などの総称)の間に、皮膚に丸い穴が開くと言うような顕著な障害の残ることもあったが、そうした経験の積み重ねの結果、現在では格段に改善されている。いまは、妊婦の場合でも「100mGy以下なら胎児に影響なし」となっているが、以前から、その1/10でも問題とインプットされている人が多いため、妊娠に気付かずにX線検査を受けた人が深刻に悩むのが実情である。医療行為は常に臨床上の利益と副作用のリスクを天秤に掛けて決定されるが、発ガンがもっとも重大な関心事である低線量の場合、リスクはあくまでも仮説による計算によるもので、実害に基づくものでは無いことを知って欲しい。

A:これまで主として核テロ(Nテロ)が問題とされて来たセキュリティだが、1995年にモスクワの公園でチェチェン系のテログループがセシウム137を隠したコンテナを爆発させようとした事件があり、未遂に終わったものの、それがきっかけで放射能テロ(Rテロ)への危惧が具体化して来た。9.11以後にはアルカイダの計画が未然に発覚したこともあって、IAEAでRテロへの対応が検討され、日本でも2004年から国民保護法に入った。最近でも、ポロニウムによる殺人事件があり、死因が放射能に関係するのか疑わしいが、Rテロへの可能性を助長したことは確かである。

Nテロに比べると、Rテロは、わずかでも放射性物質を入手しさえすれば容易にばら撒けると言う意味で敷居が低く、また、先に述べた放射線への誤解があるので、人体への影響がまったく無い場合でも、心理的・社会的影響の大きいことが問題である。

2002年にIAEAは「放射線源と安全のセキュリティ確保に関する行動規範」を定め、その後、暫定指針として『TECDOC-1355』を報告した。わが国も、文部科学省に「放射線源の安全とセキュリティに関する検討についてのWG」が設置され、2006年6月に中間報告書がまとめられた。

Rテロの場合、急性の組織障害を引き起こす数千mSvを超える被曝者はテロリストも含めて少数で、これには緊急被ばく医療で対応するが、数十mSv以下と考えられる大半の人の場合は、深刻と考えられる心理的・精神的な影響、また、全体として問題な風評被害などへの対処が必要である。

対策として、既存施設の線源を強さによって1〜5のカテゴリーに分類し、特に危険な部類の1,2については登録制度にして存在を把握することになった。日本での該当施設は500を超えるが、その8割が病院にあり、ガンマナイフ(国内46施設)や血液照射装置などが対象となる。

Rテロではないがブラジルのゴイアニア事故はひとつの教訓となった。これは廃院になった病院の癌治療装置からセシウム137がスクラップ回収業者によって持ち出され、11万人が放射線被曝による受診の対象となり、49人が250mSv以上、4人が急性放射線障害により死亡したもので、10年以上たっても、住民に不安神経症などが残った。

B:以前、放医研のみで対応していた緊急被曝医療は、JCO事故を教訓に、全国の原子力施設が置かれている県の関係者を対象として、最近5年間で5,000人に講習・演習を実施した。それぞれ所轄病院での体制確立を期待している。

同じ放射線「ひばく」でも、善意の医療被曝、悪意のテロや事故による被曝、原爆被爆など漢字は別でも発音は同じだから、わたしは誤解を与える「ひばく」を使わず、「あなたが受けた線量は」と言うことにしているとの言葉から誠実な人柄を感じるとともに、なるほどと納得させられた。

 

 

5.古文化財や考古学資料の年代測定に関する最近の話題 −加速器質量分析による14C年代測定の信頼度をめぐって−

 名古屋大学年代測定総合研究センター教授  中村 俊夫

中村先生には最近ますます性能が上がって、古代の歴史に画期的な進展を与えている加速器質量分析法(AMS、Accelerator Mass Spectrometry)による年代測定法について話して頂いた。先生は第1回の本シンポジウムで話された中井信之先生のお弟子さんで、今回はそれ以後の進歩による新しい話題である。

宇宙線に含まれる中性子と空気中の窒素原子14Nの衝突で生成する14Cは約5,700年の半減期で壊変する放射性元素である。そのため、その生成と壊変のバランスによって地球上に一定の割合で存在しており、安定な同位体を含めた炭素の存在比、12C:13C:14Cは、およそ1:0.01:10−12である。食物として炭素を体内に取り込んだ生物が死ぬと、以後、14は補給されること無く壊れて行くので、刻々変化するその存在比から、死後の経過時間を数万年のオーダーまで計算出来る。シカゴ大学のLibby博士は、この原理を基に、14Cのβ線観測による古代遺跡の年代測定法を確立し(1949年)ノーベル化学賞を授与された(1960年)。

β線測定法では単位の試料が必要だが、その後1977年に開発されたAMS法によれば、壊れて来る数少ないβ粒子ではなく、存在する14Cを直接イオン化して測定するため、遥かに少量の1mg以下の試料から、より精度の高い値が得られることがわかり、数年後には早くも専用機が作られた。名古屋大学ではその第1号機から使って来たが、以後、コンピューター等を完備した第2世代を経て、2,000年頃からは第3世代とも言える小型化、低価格化が実現し、測定を営業とする会社も現れた。現在世界で60台、国内では8施設あり、そのうちの2施設がサービス会社である。

最近では愛知万博で展示されたマンモスの体毛について18,340年と言う値を得ている。末尾40年の確度はともかく、古くなるほど値が小さくなるので、当然、統計誤差が増えるが、それでも5,000年なら±(17〜30)年の精度で求められる。具体的な試料は穀物の炭化物や人骨、土壌、貝殻など多様で、一旦、酸化してCOガスに変え、精製した後、さらに固体のグラファイトにして測定する。再現性は出土した遺物のいくつかを別々に処理して得た値の比較に基づくが、さらに確度を上げるために、出来るだけ多くの施設に試料を送って測定を依頼し、得られた数値の平均値や中央値を採用している。

この新しい測定法による最近の大きな話題は、,003年の歴史民族博物館による発表で、九州の弥生土器付着物の値が従来の値より古かったことである。土器編年による順序はよく合うので弥生時代の始まりは従来の定説より550年も早まることになった。

これほど精度が良くなると、さまざまな細かい考察も必要で、たとえば、試料が木材の場合、年輪のどの辺りを材料にしているかが問題となる。また、14C年代を、直接、歴史年代に置き換えられるかも問題である。さらに、海では14Cの存在比が大気より小さいことが分かっているので、海産物の影響が大きい地方では年代が古く出る可能性もある。

九州の場合には、こうした問題は解決しているが、炭素法の信頼性を高めるため、現在からの時間が直接分かる古木の年輪年や珊瑚などの年功堆積物からの年代と14Cによる測定年との間で較正曲線が作成された。得られた曲線の範囲は2万5千年にわたるが、その結果、図5で見られるように14Cによる測定値は理論値より常に低く出ていることがわかった。その理由は過去の地磁気や太陽活動に変動があって宇宙線の強さが変わり、14Cの生成が一定しなかったことによると考えられており、そのため14C測定年代が,000年と出た場合、歴史年代は7,000年と言う程度に若く見積もられていることになる。

 

年輪が判別出来る試料の場合は、その1年の精度で決められるメリットと、14Cの測定法を組み合わせて、高い精度の結果が得られることがある。14Cウイグルマッチングと言われる手法で、試料の年輪からえられる数十年間の細かい変動のパターンを既存の較正曲線に求め、合致するところがあれば、表皮部分の年代から倒木した時期が精度良く決定出来る。中国・北朝鮮国境に位置する白頭山山麓の火砕流堆積物から採取した樹齢100年の樹皮がついた炭化材がこの方法で935+8−5年と得られた。これによって、渤海国が926年に滅亡した原因は白頭山の噴火ではないかとされていた説が否定された。

最近は核実験や化石燃料の燃焼による影響がでているため、それを基にワインの製造年を推定したり、犯罪がらみの死体について、誕生年や死亡年を推定するなど、法医学的な応用も研究の対象になりつつあるとのことで、精度が高くなると意外な方向に応用が広がることのある点が印象深かった。

 

 

6.放射光を利用した微細加工技術の現状とその展開

兵庫県立大学高度産業科学技術研究所

教授 服部  正

次は、ギネスブックにも載り、記念切手にまで登場した実寸の1/1000のマイクロカーを作成して、受賞もされている服部先生にマイクロマシン作成の最新技術について話して頂いた。

産業界のあらゆる分野で部品の微細化が求められるようになり、これまでは、今も進化しつつある半導体プロセスを応用した平面的な二次元加工技術(MEMS、最厚10μm程度)が使われて来た。しかし、現在は三次元、かつ、シリコン以外の材料で・・・が求められている。実際、ディスプレイでさえ三次元の要望がある時代だが、それほどの面積を加工するのは容易ではない。センサー、アクチュエーターも同様である。

そこでわれわれは今、平行性と高い透過力が特長の放射光によるリソグラフィーパターンに鍍金して作った金型で、射出成型やナノインプリンティングなどをして形作りをする、いわゆるLIGA(Lithographie Galvanoformung Abformung)プロセスを目指している。これは一番費用のかかる部分を金型製作に注力し、量産を可能にする方法である。最近では、より簡便なUV露光でも、かなりのレベルに達してはいるが、放射光露光は1〜2ミリの深彫りが出来、表面ならナノオーダーのパターン化も可能な幅広い加工手段である。

使用している光源はSPring8のそばにある兵庫県立大学所属の中型放射光施設New SUBARUで、エネルギーは加工用に最適な および1.5GeVの二つのモードで運転しており、可能な露光サイズはA4という世界最大の面積で、しかも、高いアスペクト比のシャープな仕上がりが得られる。

現在、射出成型の段階では超音波ホットエンボッシング法を種々検討している。これは金型と樹脂シートをガラス転移温度以上に昇温して押し付け、超音波のアシスト効果によって、大気中でも成形時間を真空中と同程度まで縮めることが出来る。

具体的なデバイスとしては多くの会社からの要請もあり、さまざまな製作例がある。たとえば電磁型マイクロアクチュエーターのために1mm×0.7mmΦのボビンに50巻きのコイルを作成した。(図6また、入出力共に8本の光スイッチではそれぞれの光路に組み込むミラーを精度良く成型出来た。

放射線利用の観点ではX線タルボ干渉計がある。X線の物質による吸収性はレントゲン写真や非破壊検査に利用されるが、生体の軟部組織や有機物に関しては感度が良くない。一方、波が物体中を伝わる時、速さが変わるために位相が変化するが、そのシフト量からもイメージングは可能である。この相互作用の強さはほとんど原子量によらないので、生体組織では3桁も感度が上がる。画像化には透過して来た光を一定の間隔に置いた二つの回折格子に通して現れるモアレ縞を利用する。投影方向を変化させながら、位相像の計測を繰り返せば、三次元観察(XCT)も可能になる。

この装置では、回折格子が製作対象で、目標を、金を材料とした20mm×20mmの平面上に、ラインとスペースそれぞれの幅を4μ、厚み20μのパターンを作成することに置き、ほぼその目的を達成した。図7は完成した装置による有機材料の画像である。断面はもちろんCPU操作によるものである。

1mmに50巻きのコイルはいかにもマイクロデバイスらしい分かりやすい例だと思った。位相差の画像化には新しい時代が感じられた。

 

 

7.高バックグラウンド放射線地域住民の染色体調査で判った低線量放射線の健康影響

放射線医学総合研究所

名誉研究員 早田  勇

早田先生には環境放射線が通常の5倍ほど高い地域に住む人の染色体を調べ、極めて低い線量での観測結果をもとにして、分かって来た放射線の生物影響について話して頂いた。

染色体異常はマウスの白血病細胞の95%にあり、人の場合でも、異常が多いほど後にガンで死ぬ人が多いなど、病気と深い関連性が見られる。一方、人のリンパ球は、放射線があたった場合、体に何の兆候も現れない低い線量でも染色体異常が現れ、しかも、そのほとんどが細胞分裂をしないG期にあるため、その異常は、寿命とされる20年位はそのまま蓄積されるので、環境放射線の影響を見るのに便利な細胞である。

香港に近い中国広東省の陽江市に自然放射線が通常の3〜5倍の地域(HDRA,High Dose Radition Area)がある。大家族が多く、人の移動がほとんど無いところで、年齢と線量の依存性がはっきりすると期待される。ここに遠心分離器やインキュベーターなど一切の装置を持ち込んで採血からリンパ球の抽出、培養、固定までを行い、日本に持ち帰って標本化し、染色体異常を計測した。採血は高線量域で8家族、対照地域で5家族から行い、1人当たり2600細胞(染色体数ではその46倍)について調べた。

放射線は「転座」と「二動原体」と名づけられた特有の染色体異常を1:1の比率で与えることが知られているが、前者は新陳代謝や化学物質など、日常的な変異原によっても作られる。それらは現在の技術を用いれば顕微鏡ではっきり区別出来、2年がかりで開発した制度の高い装置で計測した。

図8から、放射線に特有な染色体異常の数は線量の異なる地域の差をはっきりと表すと共に、年齢に直線的な比例関係を示しており、低線量での閾値は見られないことが分かる。

一方、図9は生活上のすべての変異原の影響による結果で、子供に比べて高齢者の変動幅は大きく、コントロール地域との差はほとんど認められない。したがって、通常より5倍くらい高い環境放射線の影響は他の環境変異原の影に隠れてしまって検出出来ないと結論される。

鹿児島大学による同地域での医学調査でも、先天異常やガン、白血病についてコントロールとの差は無く、結局、極低線量では、放射線による染色体異常と病気との関連性は見られないことが明らかとなった。

 

一枚の図を作成するのにそれぞれ3年がかりと言う、膨大な時間がかかった仕事だと言われたが、本来、統計的な推論になりがちの環境放射線と人間との接点からこれほどの緻密な結論が引き出せる研究があることに驚いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8.古典放射線生物学を分子生物学で解く −恩師エルカインド博士を偲んで−

京都大学名誉教授・

(財)体質研究会主任研究員 内海 博司

内海先生は細胞に修復能があることを発見したエルカインド博士のお弟子さんで、その現象を分子レベルで説明することに挑戦し、見事な成果を収められた。ここではその薀蓄の一端を語って頂いた。

細胞に放射線を照射する時、二度に分けて照射すると、一度に全量照射した場合に比べて生存率の上昇が見られる。これは細胞に放射線の損傷を修復する能力があることを意味し、発見者の名前に因んでエルカインド回復と呼ばれる。また、増殖期にある細胞に照射後、すぐに等張液に漬けると言う一種のストレスを与えると、ほとんどが死ぬ場合でも、数分遅れて漬けると多くが生き残る現象も見られ、修復は非常に速いことも分かった。一般に、片対数表示の生存率曲線は直線的だが、ほとんどの細胞では初期に肩のある小さい傾斜で始まる。これはエルカインド回復が見られない細胞では現れないので肩の回復とも言われる。

肩のある生存曲線は、理論的には標的が複数あるとする、いわゆる標的論で説明されるが、そこに修復の概念は入っていない。発見以後40年間、致死の原因は対合するDNAの両方が切れる二重鎖切断(DSB,Double Strand Break)が原因との推論はあるが、エルカインド回復について、分子レベルの理解はほとんど進まなかった。それはDNA分子があまりにも大きく、生死に関わるわずかな切断を検知する手段も無く、しかも、多数のDSBが生成するような大線量を照射しても、そのほとんどが短時間に修復されてしまうからである。

今回説明する分子レベルの機構解明に至った背景には、この10年ほどの間に、DSB修復には2種類の酵素が関与していると分かって来たことがある。その一つは修復に当たって、とりあえず切れた部分を正否の判断無く繋いでしまう非相同タイプのもの(NHEJ,Non Homologous End Joining)で修復確率は低い。他の一つは、傷の無い自分と同じDNA情法を見つけ出し、それを参照しながら修復する相同組換(HR,Homologous Recombination)で、修復効率は100%に近いと考えられており、それぞれに関与する遺伝子群は前者がKU70、KU80、DNAPKcsなど、後者はRAD51、RAD52、RAD53などと複数見つけられている。

さらに、解明実験の端緒となったのはニワトリのBリンパ細胞に、特定の遺伝子を高い確率で置き換えられる変り種の株が存在するとの報告(武田俊一教授ら、京大医)に接したことである。そこで共同実験を提案し、その親株DT40をもとに、上述した2種類の修復系DNAに関与する遺伝子をそれぞれ欠損させた変異株(KU70/、RAD54/)とその両方を欠損させた二重欠損株を樹立することに成功した。

図10はそれらを使って行った典型的な実験のデータである。期待通りRAD54/と二重欠損株は親株に比べてその順序で抵抗性が低くなっている。それに対してKU70/は特異な形で、線量が低いところでは感受性が高く、線量が増加するにつれて、親株より生存率が良くなっている。問題はこの二つの原因だが、細胞の対放射線感受性は分裂周期の時期によって大きく変わることが良く知られているので、ここで周期を揃えた実験をおこなった。その結果、修復確率の低いKUは全期を通して存在するが、それがほぼ100%に近いRADは二重鎖の対合が出来上がる時期にのみ存在することが分かり、図10を説明することが出来た。つまり、親株は修復率の高い二重鎖対合の時期でもKUがRADと競合するため、かえって修復率が下がるのに対し、KU70/ではRAD株の独壇場になり、全体として抵抗性が高まるのである。低線量では極端に感受性の高い分裂期にある細胞の死が目立つ2相性が現れていると考えられる。図の実線はこの考えに基づき、各分裂期の存在比率とそれぞれの酵素の修復効率などを仮定して計算したもので、これほどのフィッティングに成功したのは世界で始めてである。

この理解をもとに約1Gy/day程度の低い線量率で見られる回復能を調べたところ、親株とRAD54/はいずれも高線量率の場合より良くなっているのに対し、KU70/では二重欠損株と同等の悪い結果となり、低線量率ではNHEJ修復系が重要であることが分かった。なお、このレベルでも、さらに線量率を下げて行くと少しずつ回復能が上がって行き、一桁くらい低いところで不連続な回復能の上昇が見られ、さらに別の修復系の存在が示唆された。それについては53BP1と名付けられた酵素についての報告がある。

その他、重粒子などでLETの増加と共に大きくなる生物効果についての考え方なども紹介されたが、修復酵素と生物活性の関係が分子レベルでここまでわかれば、ガンの放射線治療時に有効な薬の設計にもすぐに手が届きそうな印象を受けた。昔、Elkind博士の論文に接して細胞に回復能があることをはじめて知り、強い印象を受けた筆者だが、その遺伝子レベルのメカニズムがここまで分かったことに感動を覚え、この成果を博士に報告するのが1ヶ月の差で間に合わなかったというエピソードによって現実の世界に引き戻される思いがした。

(藤田記)


 

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