第44回放射線科学研究会聴講記
研究会は平成23年4月23日(金)13:30から17:30まで住友クラブ(大阪市西区江戸堀)で開催した。今回の講師は三澤 毅氏(京都大学原子炉実験所)、吉井文男氏((独)日本原子力研究開発機構)、久保喜平氏(大阪府立大学大学大学院)、井上善雄氏(日本メジフィジックス(株))の4名の方々であった。
1. 臨界実験装置を用いた加速器駆動型未臨界システム実験と原子力人材育成
京都大学原子炉実験所 原子力基礎工学研究 部門 教授 三澤 毅
京大原子炉実験所は1963年に全国共同利用研究所として設置され、主要施設として研究用原子炉(KUR)、臨界集合体実験装置(KUCA)、各種加速器、ガンマ線照射施設、ホットラボなど原子力研究大型施設を多く有した、日本でも有数の原子力研究施設である。講演では、まず、京大原子炉実験所の概略を紹介された。次にKURを用いた放射化分析や中性子捕捉治療法などについて説明があった。原子炉の法律的定義を確認した後、京大臨界集合体実験装置(KUCA)について解説があった。KUCAは、1974年に初臨界になった原子炉研究を行うための出力100Wの小型原子炉であり、軽水減速炉心および固体減速炉心の複数の炉心を持つユニークな施設である(図1)。2009年から、本施設を用いて世界初の加速器駆動未臨界炉の実験を開始した。この実験の詳細について解説があった。通常の原子炉では、核分裂連鎖反応を利用している。中性子をウラン235にぶつけると核分裂反応が起こり、そのときに発生する中性子がさらなる核分裂を起こし臨界に達する。これに対し、核分裂時に発生する中性子の数が不十分だと臨界にはならない。この未臨界状態に、外から中性子を補うことにより連鎖反応を持続させることができる。加速器からの高エネルギー陽子ビームを重金属などのターゲットに当てて核破砕反応で出てきた中性子を利用して連鎖反応を維持するシステムを加速器駆動未臨界システムという。
これは、加速器技術と原子炉技術の発展により実現できたハイブリッド技術であり、中性子の補給を止めることにより臨界状態を停止できるため安全性に優れていること、優れた燃料増幅特性を持つなど多くの利点を有する。ただし、核分裂反応によって核分裂生成物が生成すること、また臨界停止後の崩壊熱による発熱については、通常の原子炉燃料と同様なので、本講演が福島原発事故の1か月後だったこともあって、「止めるのは簡単だが、冷やしたり、閉じ込めたりすることに関しては、通常の原子炉システムと同様である」ということを強調されていた。このシステムの応用分野として、電力供給のほか、核変換処理、基礎科学研究における中性子源などがあげられる。核変換処理に関しては、未臨界のため暴走の危険性がなく、マイナーアクチノイドを大量に装荷できるなど多様な燃料の装荷が可能である。
また、マイナーアクチノイドを捕獲反応ではなく核分裂反応で核変換処理できるために高速中性子を効率的に利用できるという利点もあり、マイナーアクチノイドの大量処分に向いているシステムといえる。さらに、中性子源としての利用に関しては、現状の研究炉と同様な形態での中性子利用が可能であり、加速器を止めれば連鎖反応が停止するという安全性を有し、また、法的に原子炉としての取り扱いを免れるなど、利点が多い。KUCAにおける加速器駆動未臨界システムの基礎実験としては、2009年3月に世界初の陽子加速器による実験成功を機会に、炉内での反応率分布測定、外乱に対する運転制御性などの実験が行われてきていることが紹介された。
さて、KUCAにおけるもう1つの大きな使命は原子力分野における人材育成である。多くの大学で原子力専攻の名称変更が行われるようになってから10年以上経過した現在、「狭義の意味での原子力」人材の育成不足が顕著である。KUCAでは、これまでに国内の12大学から参加した学生が京大原子炉実験所に一週間滞在して行う実験スケジュールが紹介された。まず事前講義受講の後、学生自ら実際の核燃料を扱って炉心を構成し、臨界近接、制御棒校正、中性子束測定という最も基礎的な実験を行い、さらには、原子炉の運転実習にいたるまでの基礎技術と原子力安全文化を体得できる内容になっている(図2)。
2003年からは韓国の大学から、2006年からはスエーデンからも学生が参加するようになり、原子力分野における人材育成に大きく貢献してきた。
講演の最後には、福島原発事故に関連したコメントがあった。10年前に一度底をついた原子力分野であったが、この数年、原子力ルネッサンスということでレベルが向上する傾向にあった。この事故で人材が枯渇し、現在の原子炉の維持や廃炉まで耐えることができるか、10年後、20年後、そして30年後が大変心配である、と述べられて講演を締めくくられた。
2. 放射線加工ゲルによる和紙の改質
(独)日本原子力研究開発機構 高崎量子応用研究所 産学連携推進部 吉井
文男
原子力機構高崎研究所では、ガンマ線や電子線を利用した高分子材料の研究が長年行われてきており、非常に多くの成果を出してきている。またその一部はベンチャーとしても発展させている。講演では、まずはじめに、放射線による高分子改質技術の歴史について述べられた。その発端は、チャルスビー博士によるポリエチレンの架橋による耐熱性の改善である。そのあと、タイヤの加工、電線被覆材耐熱性改善、傷治療用ハイドロゲル創傷被覆材への応用などに発展してきている。講演者は、ここ数年、ハイドロゲルに着目し、放射線の特徴を活かした改質研究開発を行ってきた。その中から、本講演では、傷医療用ハイドロゲル創傷被覆材、セルロース誘導体のハイドロゲル合成、放射線加工ゲルによる伝統的和紙製品、についての解説があった。まず、傷を治療するハイドロゲル創傷被覆材に関する説明があった。ハイドロゲルとは、もともと水を多量に含む材料であるが、放射線で合成したハイドロゲルでは、架橋反応によって水に不溶となり、自重の100−200倍もの水を含むことができる。高崎研とニチバンでは、電子線照射したハイドロゲルを、傷を覆い湿潤環境で治療できる創傷被覆材を医療用として製品化した。これを傷口に貼ると、水を80%含んでいることにより、傷に固着しないのではがす時に痛みがなく、ガーゼのような乾燥環境で治癒する製剤と比べて、治りが早いという利点がある。ゲルシートは透明であるため、はがさずに治癒の状況が観察できる(図3)。最近では、傷の治療では、以上のような湿潤環境のモイストヒーリングが医療分野で浸透しつつある。また本製剤を利用したものとして、靴擦れを防止する製品(ジェルプロテクター)が市販されている。
次に、セルロース誘導体の放射線照射改質の説明があった。天然高分子であるでんぷんなどの多糖類では放射線照射により分解は起こっても、架橋反応は起こらないとされてきた。そこで、水に溶解する多糖類誘導体のペースト状試料の照射を行った結果、水を多量に吸収するハイドロゲルが生成することを見出した。これは、セルロース誘導体(CMC)ペースト状試料では、水により適度の分子運動性があり、高分子鎖が密に生成したラジカルが接近しているため、再結合による架橋反応が起きやすくなるもの、と説明できる。講演の最後には、講演タイトルにもなっている、「放射線加工CMCゲルによる和紙の改質」について述べられた。日本の家屋に多く使われてきた和紙は、強度において洋紙に劣るため、生産量が減少していたが、それに危機感を感じた業界が、高崎研で開発した放射線改質CMCゲルに注目し、それを和紙に添加して改質する試みを行った。その結果、ゲルを添加することにより、湿度変化による伸縮が抑えられることがわかった。開発された低収縮性和紙は屏風加工企業への本格供給が開始されている。さらに低収縮性和紙は、化粧箱などに用いる場合、のりが乾いたときに起こる隙間や箱のそりが起こらないため、紙加工メーカーへの試験出荷も行われている。本研究は、平成19年度の経済産業省・地域資源活用型研究開発事業に採択され、越前和紙加工企業、福井高専なども参加したプロジェクトが推進された。また、放射線照射により強度の増した和紙をコーティングすることにより、床材、建築資材における応用も始まっている(図4)。野外展示の恐竜モニュメントの製作にも応用されているそうである。
我々の生活の身近なところで放射線が活用されているという事実を、もっと国民の多くに知らせていくべきであるという思いをより強くさせた講演であった。
図4 ゲルで改質した和紙の珪藻土ボードへの吹き付けコーティング
(岩瀬 記)
3. 大阪府立大学付属獣医臨床センターにおける放射線治療につい
大阪府立大学大学院生命環境科学研究科 獣医放射線学教室 教授 久保 喜平
平成21年4月に大阪府立大学生命環境科学部獣医学科が、新設されたりんくうキャンパスに移転し、付属獣医臨床センターがオープンした。講演に先立ち、久保講師より新しい獣医臨床センターの設備について紹介があった(図5)。
図5 獣医臨床センターの外観(点線枠の1階 〜3階部分)
獣医療法施行規則は、平成4年と13年に改正が行われ、最近は平成20年の一部改正により、1MeV以上の高エネルギー治療装置、並びに核医学導入が盛り込まれた。この改正の社会的背景には、ヒト社会の高齢化と少子化が進み、伴侶動物が家族の重要な一員になってきたこと、したがって、飼主は伴侶動物の病気に関して高度に専門化した治療と検診による疾病予防を求めていること等が挙げられる。
飼主は伴侶動物の長命を望んでおり、実際に動物の高齢化に伴う腫瘍や糖尿病等の疾病が増加傾向にある。驚いたことに、我国のイヌ・ネコの合計数は、15歳未満の子供の数を上回っているのが現状である。このような背景もあり、獣医学科では移転に際して、高電圧放射線照射装置(リニアック)の導入を決定した。リニアックは、4MeVのX線、又は3〜7MeVの電子線が出力可能であり、CTと組み合わせることにより、高精度の放射線治療が期待される照射装置である(図6)。一方、放射性医薬品に関しては、これまで獣医師の裁量に任されてきた経緯がある。診断用放射性同位元素、あるいはPET診療用放射性同位元素は極めて限定されており、ウマ、あるいはイヌ・ネコに用いるテクネシウム-99m (Tc-99m)、及びイヌ・ネコに用いるフッ素-18(F-18)が使えるだけである。また、これらの放射性医薬品を投与された動物の退出基準に関する告示が平成21年に示され、投与後24時間以上あるいは48時間以上と決められた。この数値に落ち着くのに大部議論があったとのことである。今後は診断薬としての使用核種のさらなる拡大が期待されるところである。
獣医臨床センターでは、平成21年7月から放射線治療を開始したが、現在まだ治療開始から2年間を経ていないのが現状である。ヒトでは治療後5年間の生存率で成績を評価するが、動物の場合には2年間であり、したがって、現状ではまだ治療成績については評価できる段階に達していない
放射線施設は、獣医臨床センター1階フロアーに集中しており、CT、MRI、常電圧X線照射装置等が手術室と共に配備され、リニアックは1階の中庭に配備されている。獣医療でリニアックを用いた診療を行う大学施設は全国でも5施設しかなく、国公立大学では大阪府立大学が唯一である。これまで東京方面の関連大学施設は関西地域より10年進んでいるといわれてきたが、府大獣医臨床センターの新設により同等レベルになったといえよう。リニアックはCTと組み合わせると、照射位置の精度が高く、深部治療にも適用可能な優れた放射線治療装置であるが(図6)、これを用いた治療には、獣医師免許と第1種放射線取扱主任者免許が必要になった。これは放射線教育に係わってきた大学教員にとっては歓迎すべき時代の流れといえよう。
図6 東芝PRIMUSミッドエナジー(リニアック)の外観
さて、動物腫瘍のリニアックによる放射線治療は、1.治療方針決定、並びに説明と同意、2.固定具の作成、3.CT撮影と治療計画作成、4.放射線照射、5.治療効果・放射線障害の評価、という一連の流れに沿って行われる(図7)。獣医療における実際の治療でヒトと異なることは、CT検査、MRI検査、及び放射線治療の際に全身麻酔が必要なことである。そこでセンター1階には、麻酔導入エリアがあり、ここで診察または治療に先立って、動物の全身麻酔が行われているが、実際にやってみて分かったことは、全身麻酔を施された動物の固定が意外と難しいことである。現在、頭部固定には歯形を利用した固定具を個体ごとに作成して用いている。実際の治療にかかる時間は、麻酔導入—固定—CT撮影—計画—照射—覚醒の流れで1件あたり最大で170分間であり、照射だけの場合、最短で45分間である(図7)。予想以上に時間をかけて治療している様子がうかがえる。
図7 リニアックによる放射線治療の流れ
平成21年7月から開始した治療症例数は、平成21年度で35例(208回照射)、また平成22年度は1月31日時点で40例(262回照射)であり、1症例あたりの平均照射回数は7回であった。さらに治療に用いる線量に関しては、ヒトでは2Gy×30回が標準だが、獣医臨床センターでは、イヌ・ネコに対して4〜6Gy×7〜8回で実施しており、ヒトよりも1回当たりの線量を上げて照射回数を減らしている。この治療方法は、イヌ・ネコの場合照射の際に毎回麻酔が必要であることに起因しているが、治療成績はよいという結果が得られている。最後に獣医臨床センターの放射線治療の将来展望として、まず、1.腫瘍別最適プロトコルを確立することがあげられる。ここで考慮されるべき因子としては、1)治療期間、2)麻酔法、3)経済性、4)副作用、5)化学療法や温熱療法との併用等が考えられる。また、2.定位照射法、組織内照射法などの新たな放射線治療法への取り組みも重要である。さらに、核医学を獣医療に取り入れることも将来の重要な課題となっている。
会員サロン
PET検査薬の供給について
日本メジフィジックス株式会社
PET生産部神戸ラボ 井上善雄
近年、がん検査としてのPETの普及がめざましい。欧米では、がんの検査はPETから(PET First!)という合い言葉もあるという。そこで、日本メジフィジックス株式会社の井上講師より、PET検査薬の供給と神戸ラボの現状に関する紹介があった。
日本人の死因の第1位はがんであり、およそ3人に1人はがんで死亡するといわれている。部位別がん死亡率をみると、1980年代までは胃がんが男女ともに圧倒的に第1位であったのに対し、最近は男性では肺がんによる死亡率が急激に増加して第1位となり、女性では肺がんと大腸がんが増加して胃がんによる死亡を上回るに至っている。がんによる死亡を未然に防ぐためにはがん検診が必須であり、PETの需要はこれからも伸びるものと期待される。18F-FDG(フルオロデオキシグルコース)を用いたPETによるがん検診のメリットは、まず、1)小さながんを発見できることが挙げられる。したがって、PET検診によりがんの早期発見、早期治療が可能になる。次に、2)がんの良性と悪性が判断できる。がんの形状の違いから良性と悪性を判断することは困難なことから、PETを用いることで適切な治療方針を選択できることになる。さらに、3)一度で全身の検査ができることもPETの特徴であり、転移・再発の有無、がんの拡がり具合を一度で確認することができる。ただし、18F-FDGを用いたPETががん検診として万能というわけではなく、得意とするがんと苦手とするがんがあることが知られている(図8)。
図8 FDG-PET検査によるがん検出の特徴
最も得意とするがんは肺がんであり、乳がん、頭頚部がんと続く。これに対して苦手とするがんの代表例は胃がんであり、その他前立腺がん、膀胱がん、腎がん、肝がんなどである。このような18F-FDGを用いたPETがん検診による被ばく線量は2.2
mSvと推定されており、胃のエックス線集団検診(0.6 mSv)よりは多く、全身のCT検査(7 mSv)よりは少なく、自然放射線の世界平均(2.4 mSv)に近い線量である。
図9 日本メジフィジックス株式会社神戸ラボの外観
さて、日本メジフィジックス株式会社には、医薬品としてのFDGの供給拠点が北は札幌から南は福岡まで9箇所あり、石川県には先端医学薬学研究センターがある(図9、及び図10)。このうち神戸ラボは平成17年7月から稼働し、現在の従業員数は15名の規模である。
図10 日本メジフィジックス(株)のFDG供給拠点
建物の1階エリアはほとんどが管理区域と医薬品製造区域であり、この両区域はほぼ重なっている。測定室、サイクロトロン室、ホットラボ室、品質試験室、梱包準備室、梱包室、出荷室等が、コンパクトにしかも絶妙な間取りで配置されている。2階は事務室と空調機械室、ボイラー室、また管理区域の排気設備などが配置されている。1階の医薬品製造区域は6段階(区分1〜6)の清浄度区分によって清浄度管理を行っている。その他、施設の差圧の管理、及び原料—資材—製品の動線の管理などについて独自の対策を工夫している。年間の製造実績は、「FDGスキャン注」として、2007年は735ロット、2008年は857ロット、2009年は861ロットであり、最近は安定した供給量を維持している。
FDGの安定供給のためには、供給できない地域を可能な限り少なくする必要がある。18-Fの半減期が約110分であることから、輸送時間の上限は出荷から納入まで3時間が目安となる。輸送手段として、飛行機やヘリコプターも想定されたが、結局自動車による輸送が選択された。輸送時間の短縮や危機管理(渋滞、悪天候、事故)に対する取り組みが今後の安定供給に向けた重要な課題となる。そのためには輸送業者との緊密な連携が必要であり、特に輸送業者に対する放射性医薬品の危険性や特性に関する教育、さらに接客態度や法律遵守の徹底を含めた輸送トラブル回避などに対策を施していくことが今後の重要な課題である。
(児玉 記)