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第43回放射線科学研究会より

 研究会は平成221015日(金)13:30から17:15まで住友クラブ(大阪市西区江戸堀)で開催した。今回は冨永哲雄氏(JSR(株)四日市研究センター)、高橋千太郎氏(京都大学原子炉実験所)、古田雅一氏(大阪府立大学・大学院理学系研究科)、廣庭隆行氏((株)コーガアイソトープ)の4名の方々であった。


1.放射光および中性子を応用した高分子材料の構造解析

JSR株式会社四日市研究センター 

冨永 哲雄

新幹線に乗ったことのある人なら、車内の電光掲示板にしばしばJSR(株)のコマーシャル・メッセージが流れていることに気がついておられるだろう。最近は英字やカタカナの企業名が増えて名前を聞いただけでは、何の会社か分からない場合が多くJSRもその一つである。年輩の方なら日本合成ゴムと言ったほうがとおりが良いと思う。JSRの出発はタイヤ用合成ゴムを製造する国策会社である。その後民営化されて今ではタイヤ用合成ゴムの供給以外に液晶パネル関連材料、半導体製造用レジスト他多くの高分子材料を製造する素材メーカーとして成長している。冨永講師は自社の歴史と現在の多岐にわたる製造品目ならびに製造・研究拠点となっている国内外の施設を紹介された後、主力商品の一つである液晶パネル用材料および新規の省燃費対応タイヤ材料を取り上げ、それらの開発に欠かせない放射光ならびに中性子の利用について講演した。近年、高分子材料では、ナノレベルでの分子設計が主流となり、その構造解析には市販のラボ用計測装置のみでは、対応しきれない場合が多くなり、大型装置の施設を利用せざるを得なくなっているそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1 液晶パネルの構造

 

 最近の殆どの表示素子は液晶パネルになっており、表示品位の性能向上を多くのデバイスメーカーが競っている。液晶パネルは多層構造になっており、中心の液晶は両側を100nm程度の厚みのポリイミドの配向膜で挟まれている。液晶は本来配向する性質を有するが、表面配向膜の構造にならって並ぶ性質があるため、その膜構造の微視的知見が重要である。講師らは立命館大学のSOR施設(BL8)SPring-8の放射光施設を利用して、膜構造の解析を行った。ポリイミド膜は原料のポリアミック酸溶液を基盤に塗布し、熱処理を行って目的の膜を作成するので、熱処理に伴うポリイミド膜の形成過程をCO構造のスペクトル変化に着目したX線吸収端微細構造測定法(NEXAFS)によって明らかにすることが出来た。さらにイミド化反応が進むにつれて、膜の平面性が向上し、表面に寝てくる分子の割合が増加することも明らかとなった。また、ポリイミド膜の表面を布でこするというラビング処理が液晶の配向性の制御に有効であることが知られているが、その処理によってどのような膜構造変化が生じているかは、明らかにされていなかった。測定の結果、ラビングにより糸毬状のポリアミドがラビング方向に延伸されてベンゼン環が表面に平行に配置する割合が高まることが明かとなった。さらにポリアミド膜と接する液晶数分子膜の配向状態も調査し、液晶分子のCN構造に着目して配向膜の配向にならって並んでいることが確認できた。この結果は配向膜の構造にならって液晶数分子層が配向することを明らかにした。次に回折法による調査を行った。X線を試料表面に対してスレスレの微小角で入射させた場合、入射角が全反射の臨界角よりも大きい場合には、X線は試料内部にまで入るのに対して、臨界角よりも小さい場合には全反射するが、ナノメートル程度の深さまでは入って回折現象に寄与する。これをエバネッセント波と呼んでいる。一般のX線回折装置ではその強度が弱くエバネッセント波による回折は観察困難であるが、SPring-8のX線では可能になる。ラビング処理した配向膜においては入射角の大きい場合には有意な異方性は認められなかったのに対して、エバネッセント波による回折ではラビング方向に配向した分子が多いことが確認できた。

 タイヤの製造から廃棄までのライフサイクルで二酸化炭素発生の割合が最も大きいのは使用時である。ころがり抵抗とグリップ力は二率背反の関係にあるので、省燃費タイヤ設計には両者をうまくバランスさせることが要求される。タイヤは複雑な構造をとるが、ころがり抵抗に関係するのは、地面と接するトレッドの部分であり、重要な部材がフィラーである。そこに用いられるスチレンブタジェンゴム(SBR)などには補強材として、カーボンブラックやシリカが1/4程度練り込まれているが、最近シリカが良いことが明らかにされ、省燃費タイヤとして製造されるようになってきた。ただしシリカは分散性に劣るので、シランカップリング剤をゴムに添加することにより、シリカを分散させることが図られてきた。近年、ゴム分子の末端にシリカと反応しやすい官能基をつける末端変性という手法が採用されるようになった。動的粘弾性挙動および弾性率の歪依存性の何れにおいても末端変性材のほうが優れている。

添加した補強材の分散の程度を調べるには顕微鏡を用いて一次粒子およびその一次凝集体のサイズを観察するが、カーボンブラックの場合には光学顕微鏡では、黒くて見えないため、電子顕微鏡が用いられる。ここではシランカップリング剤と官能基をつけた場合の一次粒子と一次凝集体のサイズ分布をSPring-82種類の小角散乱装置で調べ、両者で一次粒子のサイズは同等であっても、シランカップリング剤を使用した場合には一次凝集体のサイズが大きく分散もあまり良くなかったのに対して、官能基をいれた場合の一次凝集体はサイズも揃い、良く分散していた。これらの手法では試料のサイズに制約があるため、大型の試料でしかもqベクトルの範囲も大きくとれる中性子小角散乱による測定を行ないX線による測定と併せてnmからμmにわたる広いサイズの粒子の分散状態の知見を得ることが可能となった。中性子小角散乱測定は原子力研究開発機構東海の3号炉に設置されている小角散乱測定装置(SANS-JおよびPNO)を用いて調査した。末端変性材では一次凝集体のサイズが小さくさらに高次構造を作っていることが明らかに出来た。

講演の締めくくりにあたってSPring-8、フォトンファクトリー、立命館大学SRセンター、九州シンクロトロン光研究センターなどの放射光施設や日本原子力研究開発機構の中性子施設の産業利用推進によって、当該分野の研究が大きく前進したことを強調された。

 

2.医療と放射線

京都大学原子炉実験所

放射線安全管理工学研究分野 高橋千太郎

高橋講師は京都大学大学院農学研究科を修了後、放射線医学総合研究所(放医研)で長く勤務された後、京都大学原子炉実験所に移られたばかりで、現在安全管理本部長を務めておられる。今回は放医研時代のご経験を基に、放射線治療の先端的な話題と放射線の安全の課題について講演された。

講演の冒頭に研究会直前に発売された雑誌「文藝春秋」にCTを受けるとガンにかかると言わんばかりの記事が偶々掲載されたのを引き合いに出されて我が国の現状の紹介をされた。電車内のつり広告には過激な言葉が踊っているが、記事の内容はごく当たり前のことが書かれており、マスコミは売らんがために、放射線に対してしばしばこのようなセンセーショナルな扱いをして、大衆を惑わせる。1895年のX線の発見以来、体の中が見える不思議な光としてX線の利用は医学の分野でめざましい進歩を遂げてきた。胸部の撮影にしても以前は撮影時に「息をとめて」の時間が長かった。近年では、半導体フラットパネルのようなディジタル機器の性能向上が目覚ましく、撮影に伴う被ばく線量の低減化が急速に進み、胸部撮影の場合では、今や一瞬の露出で被ばく線量も0.1μSvのレベルまでに下げられていることを強調された。

続いて、放射線診断として普及の目覚ましいCT (Computer Tomography)PET (Positron Emission Tomography) についての話題を紹介された。CTは体のX線断層写真をとる手法として、英国EMI社のハウンスフィールドらによって発表され、その功績によって1979年にノーベル生理学・医学賞を授与された。しかしながら、そのようなX線撮像法が診断に有効であることを既に示していた日本人が高橋信次博士である。同氏はCTが世に出る10年以上前にX線回転横断撮影法を開発していた。しかしこの方法は回転を段階的に行ってX線フィルムに撮像するものであり、アナログトモグラフィともいうべきものであった。ハウンスフィールドらは電子計算機と検出器性能の進展にサポートされてCT法を完成し世界に普及したことによりノーベル賞につながった。ノーベル賞にはタイミングも必要であることを指摘された。日本では1975年東京女子医大にCTが導入されて以来、今では13千台ほどのCTがあり、全国どこに住んでいても即座にCT検査が受けられる環境が整っている。その後ヘリカルCTと呼ばれる装置の開発により、3次元的撮影が可能となった。放医研ではヘリカルCT装置を搭載した巡回検診車を2台作り、たまたま大阪府立成人病センターに1台を貸し出していた当時に阪神大震災に遭遇し、被災者の検診に大きな寄与をしたが、今や老朽化して廃車せざるを得なくなったそうである。昨今では線源と検出器の数を増やすことにより、短時間撮影でヘリカルCT撮影が可能になっただけでなく、4次元撮影と称して心臓の運動までを撮像する機器も開発された。一方、陽電子核種薬剤を投与して腫瘍部をラベリングするPET法は10年程前には、一般に馴染みのない診断法であったが、今では巷の普通の話題になる程定着してきた。近年はCTMRIPETを組み合わせて、より正確に患部を同定する機器が出ている。さらにオープンPETと称して、手術をしながら即座に患部の切除状況をPETで確認する手法や、粒子線によるガン治療の際、打ち込んだ炭素イオンによって生成する陽電子核種の炭素11からの信号を捉えて手順通りに炭素イオンが患部に到達しているかを確認する手法の開発が進められている。これらは何れも分子イメージングの進展によるところが大きく、認知症など脳の機能検査にも適用されるようになっている。しかしながら、CT検査における被ばく線量はずいぶん低減化されたとは言え未だ10mSv程度であり、PETと併用の場合には15mSv程度となる。このことが先の文藝春秋での記述につながっている。文藝春秋の記事ではあたかもCT検査を受けるとガンにかかるような印象を与え、一般市民にCT検査を受けないほうが良いのではないかという雰囲気を醸成されかねず、放射線診断の有用性を妨げるおそれもある。高橋講師はそのリスクの目安として1000人の集団をとりあげた場合に、その内の400人程度は様々な要因によってガンにかかるが、10mSvの被ばくを受けた場合には生涯でその中の一人程度CT検査原因でガンにかかる程度であると説明された。放射線に100200mSv以上被ばくした場合にガンにかかる割合は被ばく線量に比例することは確立されているが、100mSv以下の場合については科学的な根拠のあるデータは殆どない。現行の放射線障害防止法では低線量被ばくに対しては、100mSv以上のリスクを低線量側へ外挿しているだけである。高橋講師らは10mSvの放射線被ばくを受けた場合に体組織が如何なる反応を示すかを遺伝子の挙動に注目した実験を行った。遺伝子は温度などの因子によっても変わるので、この実験は大変だったそうである。皮膚を形成するような繊維化組織にX線照射10mSvの被ばく集団と被ばくを受けない集団の2万5千程の遺伝子について丹念に調査した結果、紫外線によるやけどのような炎症に反応する5個の遺伝子に変化は見られたものの、ガンの発生と関連する遺伝子には異常は見られなかった。

2 CTの発展に伴う各臓器の被ばく線量

 

講演の最後の部分では治療に関わる放射線について説明された。X線の発見後、早くもそれを治療に使う試みは色々なされたが、文献では1899年の皮膚ガンの治療の成功が最初のようである。当時はラジウムが多用されたが、同時に放射される電子などの知識があまりなくて被曝の影響も大きかった。現在の小線源治療は白金の容器に格納して余分な放射線は遮蔽して使用している。ラジウムは天然から抽出するので高価であまり普及しなかったが、やがて原子炉照射で製造出来るコバルト60にとってかわった。これはテレコバルトと呼ばれ、今でも停電の多い途上国で使われているが、先進国ではライナックによる治療が中心になっている。照射による治療は組織の放射線感受性の違いを利用しており、従来は分割して数十回の照射をしたが、最近では大線量を患部のみに集中して照射するガンマーナイフとかサイバーナイフなどの方法が使われるようになっており、コンピュータの発展に負うところが多い。これをラジオサージェリーと呼ぶ。現在はブラッグピークでの線量が著しく高くなることを利用した粒子線治療が主になっており、工学的な周辺技術の発展の寄与に負うところが大きい。粒子線治療は300万円くらいかかるが、いずれ保険適用になるであろう。

原子炉実験所では中性子を利用する硼素捕捉治療法が主に脳腫瘍に対して行われている。

医療行為に対しては放射線被ばくの線量規制が適用されないので、医療放射線被ばくについて関係者全体に理解促進が重要である。

 

. 食品照射の内外における動向について

大阪府立大学大学院理学系研究科    

古田 雅一

長年、食品照射の研究に携わってきた古田講師に最近の国内外の状況について講演をお願いした。

世界人口の急激な増大に伴い、必要な食糧の生産には先ず農地の確保や育種による農業生産の増大を図る必要があるが、それには限界や制約がある。一方では収穫後の滅失が様々な要因によって3割程度あるという現実もある。

放射線照射は温度が上がらない処理であり、透過力に優れて、大量処理が可能な物理殺菌であり、ポストハーベスト農薬を使わなくて済むなどの利点がある。照射線量の適切な選択により、発芽防止、殺虫、滅菌・殺菌が可能であり、幅広い食品に対する長期保存が可能で応用分野が広い。

食品に対する放射線照射は元来、軍隊用として冷蔵などを要しない食品貯蔵法として研究がなされ、1970年代にはすでに技術的研究は終わり、その後安全性研究、実用化研究と進んだ。食品照射の実用化には照射食品の健全性評価が必須である。基本的には 1.毒性学的安全性(急性毒性、発ガン性、遺伝毒性、細胞毒性、催奇毒性など)、2.微生物学安全性(突然変異による汚染毒性生物の毒性増強)、3.栄養学的適格性(栄養価の低下、アレルギー性物質の生成) の3項目について十分な検討が必要で、この3項目を担保する必要がある。これらの検討は1960年代以降に行われた膨大な試験結果について、国際食糧機関、国際原子力機関、国際保健機構の合同専門家委員会で総合的に審議されて、1981年には平均線量が10kGy以下の照射食品においてはその健全性に全く問題はないことが宣言された。それに基づいて1983年には国際食品規格委員会(Codex委員会)で「照射食品に関する国際一般規格及び改正規範」が作成され、国際間での食品照射流通の基本的規格となっている。従来、ラジオトキシン(馬鈴薯)、ポリプロイピン(小麦)などの毒性の問題が提起されて、食品照射に反対する人々の根拠になっているが、何れの場合も後の追試によって再現性が認められず、世界的には問題なしとされている。日本では食品照射は一切禁止であり、馬鈴薯の芽止め処理は例外規定である。この点は医療用具などの放射線滅菌が薬事法で滅菌処理の一方法として、認可されていることとは全く状況が異なっている。

国外の食品照射の処理量は中国を筆頭に米国、ウクライナ、ブラジル、南ア、ベトナムと続き、日本は馬鈴薯のみであるが、処理量としてはベトナムに続いている。韓国では20品目以上が許可され、ベトナムでは冷凍エビなどに照射が行われている。経済規模でみれば米国が価格の高い香辛料の照射量が多くトップである。最近は果実に対する殺虫や滅菌に対する照射が世界的に増える傾向にあり、ハワイではパパイヤの地中海ミバエ汚染防止に変換X線照射による殺虫処理が行われ、さらに米国とタイの間ではタイ産の照射果実の米国への輸入が認められるなどの例が出てきた。インド産のマンゴーは在米インド人に人気があり、インドでの照射処理済みマンゴーは米国に輸入されている。産地からの長距離移動を余儀なくされる米国では、新鮮度を保持するためにイチゴの表面の防カビに照射処理がなされ、ハンバーガー用冷蔵挽肉にも照射されている。スペースシャトルなどの機内で提供される宇宙食では防疫上、照射による殺・滅菌が欠かせず、そのおかげで搭載できる食材が増え、メニューも豊富になった。諸外国での照射食品の許可品目が増すにつれて、日本では輸入食品の中に照射の痕跡のある事例が増えつつある。日本では1967年から1981年にかけての食品照射特定総合研究の中で、馬鈴薯(芽止め)、タマネギ(芽止め)、米(殺虫)、小麦(殺虫)、ウインナーソーセージ(殺菌)、水産練り製品(殺菌)、ミカン(表面殺菌)のいわゆる7品目を対象とした健全性の検討が行われ、全ての品目について問題ないことが確認されて、1972年には世界に先駆けて馬鈴薯の芽止め照射が許可された。

 

表1 食品照射利用法

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国は上記の他の品目についても順次許可する方針であったが、馬鈴薯の許可を契機に消費者団体の強い反対運動によって、計画が頓挫して、今日に至っている。現在、馬鈴薯の芽止め照射は北海道士幌農協で8千トン程度行われている程度で、士幌農協の全取扱量に占める割合は小さく、それ以外は低温貯蔵している。米国においては日本で除草剤としてのみ使用を許可しているクロロプロファムを用いた芽止め処理も行われている。現在、香辛料の業界が国に対して香辛料の放射線照射の認可を求めているが、その背景には諸外国では香辛料への放射線照射が一般的になってきた事情がある。胡椒の実は現地で天日干しされ、土由来の汚染を受ける可能性が高い。胡椒の多くはハムなどの貯蔵食品に使用される関係から日本の食品衛生法ではグラム当たり1000個以下の菌数にすることが要求され、それをクリアするためには、日本では120℃程度の過熱水蒸気による処理が行われるが、香辛料特有の風味を損なわないためには放射線処理が優れている。諸外国での香辛料の放射線処理が増えるに従って、照射香辛料が輸入される可能性が増しているが、日本では禁止されているために、気付かずに輸入した場合には返送せざるを得ず、業界としては大きな損失となる。外国で通常行われている手法であれば日本でも許可された方が良いと考えられるため、業界では許可申請をしている。その担当部局である厚生労働省は香辛料照射に関する再調査を三菱総研に委託したが、ようやく5月に報告書が出て、その中でアルキルシクロブタノンの毒性についてさらなる調査が必要とされた。アルキルシクロブタノンは肉などの脂肪に照射した場合に生成されることが知られており、その毒性に関してもヨーロッパなどで研究が行われてきたが、通常の摂取量程度では全く問題はないとされているものの、報告書では国内での研究例が不足とされたようである。現在、国内の研究者で安全性の確認が行われている最中であるが、その経緯からその分析が食品照射検知法として使用出来ることとなり、平成223月に公定法の一つとなった。食品照射は多くの国々で実用化が進んでいるにも関わらず、我が国では相変わらず「馬鈴薯」の芽止めにしか適用が認められていない。平成17年に内閣府から出された原子力大綱のなかで、食品照射が取り上げられたのを機に、広聴会が各地で開かれ、国民の意見を聞く場が設けられたが、すでに業界から提出されている香辛料の照射認可申請について、審査は進展していないようである。

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◇食品照射検知法の最近の動き

(株)コーガアイソトープ 廣庭 隆行

 コバルト60によるガンマ線照射受託会社として著名な(株)コーガアイソトープは平成21年に(社)日本アイソトープ協会甲賀研究所の施設・スタッフの譲渡を受け、現在は3基の照射施設を有し医療用具の滅菌、高分子の改質などの業務や生物影響の研究・研修などを行っている。オンサでは平成227月に当社の見学をさせていただいたばかりである。

廣庭講師には前の古田講師の講演の後を受けて、食品照射の検知法について講演をお願いした。講演では先ず同社の現況および業務内容の紹介後、食品照射の検知法全般について紹介し、さらにご自身が携わってきたESR法についてその詳細について話された。

 すでに古田講師が述べたように日本では食品に対する照射は食品衛生法により原則禁止であり、従って食品が照射されたかどうかを検定する手段が必要である。さらに平成18年に開催された原子力委員会の食品照射に関する広聴会で食品照射を取り入れるには公定法としての検知法が必要とされた。ただし、食品に対する照射は元来食品に変化を与えないことが最大のメリットである故に、検知法も困難となる。現在海外で用いられている検知公定法のタイプにはTからVまであり、Tは確定法、Uは準確定法、Vはスクリーニング法であるが、現行ではまだ確定法はない。現在の食品照射公定法では閾値以上であれば、照射と判定するが、閾値未満の場合には「照射されたとは言えない」という判定になり、非照射とは言わない。

それは照射されていても何らかの理由で、測定時に減衰してしまった可能性を否定出来ないからである。日本の現行公定法はTL(熱ルミネッセンス)法(平成19年)に続いて平成223月にその改定法及びシクロブタノン法が導入された。TL法は食品に付着している極微量の鉱物を丹念に採取して、その熱ルミネッセンスを測定し、照射の有無を判定する方法である。元来、食品に付着している鉱物の量は少ない上に、採取した鉱物に放射線照射された場合に熱ルミネッセンスが測定できるかどうかが明かでないため、信号が得られない場合でも、再度そのサンプルに対して基準照射を行って確認をとる作業が必要となる。我が国のTL法は外国の基準からみて問題があるとされていたが、改訂PL法でMDL(Minimum Detectable TL level)の導入により同等の基準になった。シクロブタノン法は肉類などの脂肪が照射された場合にのみ生成するアルキルシクロブタノンをGC-MSで測定するが、標準物質の入手に難点がある。現在、その他の検知法の候補として光を照射してその発光を測定するPSL(光ルミネッセンス)法やESR(電子スピン共鳴)法などの検討が進められている。PSL法はTL法に比べて試料を直接測定出来るので簡便で高感度であるが、照射後に光を照射された前歴があるとシグナルが減衰するという難点がある。2008年から2009年にかけて海外ですでに採用されているESR法の国内導入検討のために厚労省の科学研究費による研究が行われ、講師もメンバーの一人として参加した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


図3 ESR法の長所・短所

 

我が国では法令で食品照射は原則禁止となっているので、検知法はその食品に対して照射がなされたかどうかを決める手段であり、法律違反かどうかの確認をとることとなる。そのため検知法は厳密で客観性のある透明性の高いものでなければならない。ESR法は放射線照射によって生成される固有で比較的安定なラジカルを同定する手法であり、サンプルの前処理も簡単で何回でも測定可能であり、測定時間も短時間という長所がある一方で、水分の多い物は乾燥する必要があることや、対象物によっては感度が低くなる弱点がある。海外でのESR法による公定法としては1.骨類、2.セルロース類(香辛料)、3.糖類(乾燥果実)の3種類がある。ESR装置の主要なメーカーは現在3社あり、その内の一つはすでに食品照射検知用として販売されている。メーカー毎に仕様が異なることや、サンプルの性状によって測定結果が異なるおそれがあるので、公定法として採用するには、一定の基準を設ける必要があり、標準物質として市販のアラニンペレットを照射したものを用いることを検討した。講師は海外での照射例を参考にして香辛料、ピスタチオの殻、イチゴの種などについて調査した。現在、ESR法による基準は出来上がっているものの、責任者であった国立衛生研究所の担当者が替わったことや、まだ知見例が少ないことなどの課題があり、さらに多くの研究者による調査が必要と考えておられるようである。現行の法律のもとでは、検知法の重要性も高まることが考えられ、さらに再照射の課題も含めて、定量的な検知が行えるようにしたいと講演を締めくくられた。

法制度や国民の認識の違いにもよるのであろうが、海外で広く受容されていることが、日本では官民ともどもなかなか受け入れられない事例が多いが、食品照射もその一例のようである。

(大嶋記)


 

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