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放射線科学研究会

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第40回放射線科学研究会聴講記

研究会は平成211016日(金)13:30から17:30まで住友クラブ(大阪市西区江戸堀)で開催した。今回の講師は河裾厚男氏((独)日本原子力研究開発機)、石森有氏((独)日本原子力研究開発機構)、白石一乗氏((公)大阪府立大学)、藤本真也氏(ポニー工業())の4名の方々であった。

 

1.陽電子ビームによる材料評価研究〜基礎科学と産業界の接点〜(会員ページ )

()日本原子力研究開発機構先端基礎研究 センター・陽電子ビーム物性研究グループ

 グループリーダー(研究主幹) 河裾 厚男

電子の反物質である陽電子は自然界には安定に存在していないが、RIあるいは加速器を利用して得ることが出来る。陽電子は自然界に大量に存在する電子と対消滅して、その際両者の状態に対応した消滅γ線を放出する。そのγ線を精査すると物質中の様々な知見が得られることから、自然科学の多様な分野で利用されてきた。河裾講師は陽電子の基本的性質から最近の先端材料への応用まで陽電子に関わる多彩なトピックスを短時間に要領よく紹介した。

 講演ではまず陽電子評価法の原理、実験方法と理論計算について概説した後、近年原子力研究開発機構やその他の施設で精力的に行われている陽電子ビームの開発について詳しく説明した。従来は陽電子源としてはNa, Ge, Cuなど陽電子エミッターであるRIを利用しているが、材料研究分野では半減期やエネルギーの観点からナトリウム22が最もよく使用されてきた。近年はRI線源からの陽電子を一旦減速材を通した後、再度加速するシステムを使ったと単色化出来るエネルギー可変ビームが利用されるようになり、またビームを絞ることも可能なことから、それらを用いた陽電子顕微鏡、全反射回折法などの新規の手法により特に表面状態の解析などの技術が進展してきた。これらの技法は特に表面状態や薄膜の評価にすぐれていることが特色である。表は陽電子ビームを利用した評価技術をまとめたものであり、多様な評価技術として応用可能であることが分る。

陽電子を利用する評価技術の実例として、講師は1.燃料電池電解質膜、2.水素吸蔵合金、3.半導体ドーピング、4.ステンレス応力腐食割れ、5.格子欠陥物性をとりあげて説明した。

燃料電池の心臓部とも言える電解質薄膜においてはプロトンのホッピング伝導による発電能力と電極などからのガスリークに伴う燃料ロスに関する知見を得ることが重要である。現在代表的電解質膜としてNafionと呼ばれる高分子膜が利用されているが、この膜は主鎖のポリテトラフルオロエチレン(PTFE)に側鎖としてスルホン酸基を持つ構造で、高い化学的安定性と適度なプロトン伝導性を有するが、製造コストが高いという短所がある。元となる架橋PTFE膜は非晶質構造中に結晶質の領域が分散して存在しており、グラフト処理により結晶質領域にスルホン基をイオン交換基としてつけたものを電解質膜としている。この膜について陽電子消滅寿命測定を行ったところ、発電効率はガスリークの原因となる非晶質自由体積の差異に関係することが分った。水素吸蔵合金は水素自動車の開発に欠かせない材料として注目されているが、開発課題としては貯蔵容量、耐久性、反応温度、放出温度の制御などが挙げられている。注目されているTiCr系合金の陽電子消滅寿命測定の結果では材料の水素吸蔵能力の低下に伴って陽電子寿命の伸長が観察され、またX線回折ピークの半値幅の増加が見られた。ここで得られた陽電子寿命値は材料の原子空孔やボイドの生成では説明出来ないことから検討の結果、水素化物の生成による体積膨張を緩和するために転位が導入され、水素化物が安定化して吸蔵量を劣化させていることが分ってきた。したがって転位密度の制御が大きなファクターであることが判明した。

透明電極膜はタッチパネルなど表示分野で広く利用されている材料である。その一つがZnOであり、Alをドープした材料について調査した。Alをイオン注入することによりZnOの非晶質化がおこるが、その後の600℃焼鈍ではマイクロボイドが生成しており、900℃焼鈍ではボイド欠陥の回復し結晶品質も向上したことが、陽電子寿命測定で明らかとなった。SiCは高温用の半導体材料として期待されている。良質の材料の育成とともに、SiC-MOSFETの実用化には界面準位の低減が必要である。そのためには酸素孤立電子対を伴う空孔型欠陥の低減が有効であることが分った。陽電子ビームを利用する装置として陽電子顕微鏡を開発した。それを用いてステンレス鋼の応力腐食割れのクラック先端部の2.7mm×1.9mmの領域について0.1mmステップでビーム走査を行い、亀裂先端部には単一空孔が形成されていることが確認された。また、高温での原子空孔の振る舞いが明らかになっていないSiについて融点までの測定を行ったところ融点直下ではSパラメータが急速に増加する傾向が観察された。陽電子ビームの応用として10100keVの全反射陽電子回折像の撮影に成功した。この手法は表面第一層の情報を得られることが特徴である。

近年はPET診断で陽電子の名前を聞く機会は多いが、長らく基礎科学の分野にとどまっていた陽電子利用が産業分野でも広く使われるようになってきたことを再認識することが出来た。

 

 

 

2.人形峠環境技術センターの現状とこれから(会員ページ )

日本原子力研究開発機構人形峠環境技術センター・安全管理課

研究副主幹 石森 

195511月に岡山県と鳥取県の県境にある人形峠でウラン鉱石が発見され、その翌年には原子燃料公社が設立され、19578月に原子燃料公社人形峠出張所が開設された。その後、動力炉・核燃料開発事業団、核燃料サイクル開発機構など組織の改変はあったが、40年以上にわたってウラン探鉱、採鉱、製錬、転換、濃縮技術という核燃料サイクルのフロントエンド技術開発を実施してきた。それらの成果は民間への技術移転が進められ、現在ではその使命をほぼ果したとされ、関連施設の廃止措置および鉱山跡措置を実施すると共に、今後核燃料サイクル確立に不可欠な核燃料施設の廃止措置技術開発のためのフロントランナーの役目を担っている。石森講師は人形峠が果たしてきたそれらの成果と現状、さらに今後の展望について簡潔に講演を行った。

センターが行ってきた技術開発成果についてはまず埋蔵ウランの性状を明らかにすると共に周辺における埋蔵量の確認を行ったことが挙げられる。ここで産出する鉱石からは「人形石」Ningyoite(組成:CaU(PO)1-2HO)が新鉱物として発見された。この地域の主要鉱物は人形石ならびに燐灰ウラン石autuniteであり、これらの鉱石の採鉱に係る試験・精錬法の確立、鉱石処理試験、湿式及び乾式ウラン製錬に関する技術開発を行った。人形峠周辺の埋蔵量はおよそ2470トンと見積もられ、日本にはその他岐阜県東部東濃地区の4600トンあまりを加えて全国ではおよそUO換算で7700トンの埋蔵量がある。しかしながら外国産に比べてウラン品位が低いため、1970年代後半からは探鉱活動の中心は海外に移ってしまった。

人形峠の施設では1956年からまず資源技術開発に始まり、続いて製錬・転換、濃縮技術開発と進み、現在は環境保全技術開発が行われている。年次から見ると1956年探鉱・採鉱からスタートし、1964年から天然ウラン製錬・転換、19799月にはウラン濃縮パイロットプラント(OP-1A)の稼動、1982年に回収ウラン転換実用化試験、1988年はウラン濃縮原型プラントがスタートした。従って2009年は我が国で初めてウラン濃縮が始まってから30年目の記念すべき年となっている。また、1979年には我が国は国際核燃料サイクル評価(INFCE)においてウラン濃縮技術保有国としての国際的地位を確立した。このことは近年の北朝鮮やイランに対する国際情勢を鑑みると、敗戦国の我が国が認知されたことは画期的であったといえる。その後遠心分離法濃縮プラントの信頼性、経済性に関するデータとプラントの設計、建設に関連するノウハウとプラントの運転に関わる技術の蓄積を行い、原型プラント(DOP-2)の建設へと進んだ。原型プラントでは1988年からの13年間にわたりほぼゼロトラブルの運転を行い、遠心分離機の実効故障率も年0.7%という目標値も達成できた。この間に製造した濃縮ウラン量は約353tで、うち53tは回収ウランを濃縮したものであった。その後の複合材料を回転胴に使用した装置の実用規模カスケード試験では、さらに効率を1.5倍まで上げることにも成功した。これらの技術は日本原燃(株)へ民間移転された。遠心分離技術は国際的に最高機密に属する技術であり、講演で示された写真からは全体像が分らないようになっており、筆者が以前に六ヶ所村で施設を見学した際にも厳重にガラスで仕切られた見学通路から一部が見えるだけであった。

安全研究においては管理区域における放射線管理、施設から放出される排気・排水管理、周辺地域内外の監視を行ってきた。成果はフッ素の測定技術、プルトニウムの監視技術、ウラン鉱山跡のラドンに関する研究である。プルトニウムに関しては人々の関心や心配があり、周辺地域のプルトニウムの分布を調査したが、ほとんどがフォールアウトによるものであることが分った。ラドンの分析は高度の技術を要するが、新しい測定機器の開発や環境測定を実施した結果、周辺環境への影響は極めて小さいことが明らかとなり、この技術を利用して国内のラドン測定に係る標準化に寄与した。

2001年までに初期に目標が達成されたことに伴い、施設の廃止措置及び廃棄物処理の技術開発が現在の主要な業務となっている。具体的には@滞留ウラン除去・回収技術開発、A遠心分離機処理技術開発、Bフッ化物系汚染物の利用技術開発、C解体エンジニアリングの確立、D鉱山跡措置である。すでに述べたようにAの場合は機密情報保持の観点も重要である。これらに加えて地域との共生を目指した事業として、旧上斎原村(現:鏡野町)におけるウランガラス事業化への協力を行い、現在同地で製造されているウランガラス製品は原子炉等規制法の対象外となり、美術品として一般に販売されている。その他岡山大学との共同研究としてラドン温泉の適応症の検証とその機構解明、ラドンの体内動態の検討なども行っている。2008年度には「三朝ラドン効果研究施設」が開所され、大規模なラドン吸入実験が開始され、統計的にも確実性の高い試験結果が得られるものとして期待されているとのことであった。

講演は現在同事業所が販売を開始したレンガの紹介で締めくくられた。このレンガは鉱山の残土から焼成されたもので一枚90円で販売中であるとのことである。現在文科省の入り口の花壇にもすでに使用されており、興味のある方はぜひ同所にお問い合わせいただきたい。

3.低線量放射線による適応応答の機構について(会員ページ )

大阪府立大学産学官連携機構先端科学イノベーションセンター

放射線生命科学研究室 助教 白石 一乗

 低線量の放射線被ばくの人体に対する影響については、様々な報告がなされている。一般人への放射線被ばく防護の観点からは、明らかに影響の見られる線量域から低線量域に対して直線仮説が採用されているが、専門家の間では多くの異論が提出されている。

 白石講師はまず表題の放射線適応応答とはいかなる現象であるかを概説した後、細胞レベルから見た場合の放射線適応応答、さらに個体レベルから見た放射線適応応答について述べ、続いて放射線適応応答における骨髄幹細胞の役割を説明し、最後に今後の課題とヒトへの応用で締めくくった。

 1982年にRusselらは雄マウスの生殖細胞に放射線照射を行い、その一遺伝子座あたりの突然変異頻度を調べると、同じ放射線量でも強い放射線を短時間に照射した場合と弱い放射線を長時間照射した場合を比較した結果、弱い放射線照射ではその突然変異頻度がはるかに減少することを報告した。それ以前にもある種の照射の場合や低温飼育された種ではマウスやラットの寿命が延びることが報告されていた。放射線障害防護の立場からは現在直線仮説が採用されているが、低線量域ではむしろ生物活性を刺激するという「放射線ホルミシス」の考えを支持する研究結果も多く報告されている。細胞レベルでは大腸菌では事前の照射に応じたSOS応答系が存在し、動物では予めトリチウム処理を施した場合には染色体異常の軽減化が生ずることも報告された。それらの結果をまとめると

1)細胞レベルでは確かに適応応答は存在する。2)初期の刺激は放射線でなくても誘導できる。3)細胞周期に依存的に起こる。4)新規のタンパク質合成が必要である。5p38MAPKPARP、およびp53遺伝子が必要である。6p53遺伝子の活性化は特に重要である

などが挙げられる。

次に個体レベルからみた場合には、元大阪府立大学先端科学研究所の米澤によるいわゆる「米澤効果」が知られているが、その後の研究結果では個体レベルと細胞レベルの放射線適応応答は異なっていることが示されている。すなわち細胞レベルの適応応答の持続期間は、照射の数時間後から、1日間、せいぜい数日間であるのに対して、マウス個体では、照射線量によって異なるが、0.30.5Gyでは照射の9日後から17日後までの9日間、0.050.1Gyでは2ヶ月後から2ヶ月半後までの半月間持続した。照射部位の特異性もあるなどの特徴が見出された。

さらに放射線適応応答における骨髄幹細胞の役割についても調べられている。照射に伴うマウスの脾臓の変化を調査した。その結果、事前照射したマウスでは造血機能の回復の指標となる内因性コロニーの回復が見られた。その理由としては 1.造血幹細胞の増殖能力を増強し、再照射後に生き残った幹細胞の回復が促進されている可能性、2.造血幹細胞の放射線抵抗性を誘導し、再照射後、幹細胞が多数生き残っている可能性、3.上記の両方を誘導している可能性があるが、これらはp53遺伝子による制御を受けている可能性が示唆された。

 さらなる実験の結果では造血幹細胞の放射線抵抗性を誘導し、再照射後、幹細胞が多数生き残っている可能性が示された。しかしながら、0.5Gyの事前照射後の8日および14日後に7Gy照射の結果、何れも脾臓コロニーの形成の上昇は見られたものの、14日後のものにのみ骨髄死抑制の効果が発現した。また骨髄死を逃れたマウスの脳には脳における出血抑制が観察された。総合的に検討の結果、適応応答にはp53遺伝子およびその下流遺伝子の応答が重要であることが分かった。

今後は骨髄幹細胞増殖機構の一端は明らかにされたが、なぜ骨髄死が抑制されるかがまだ明らかでなく、マウス適応応答のメカニズムのさらなる解明、現在、適応応答誘導に用いている0.5Gyは低線量といえないのではないかという指摘もあり、果たしてより低い線量率で適応応答は起こるのかという課題が残されている。さらなる大きな課題はこれまでの結果ははたしてヒトにもあてはまるのか、すなわちヒトに適応応答があるかということが残されている。

 自然放射線レベルよりも僅かに高い線量域で人体にどのような影響があるかについて少しずつ明らかになってきたという印象ではあったが、実験が殆ど不可能な科学分野であり今後の革新的な研究手法が不可欠ではないかと感じた。

 

会員サロン

○コンプトン散乱法による非破壊検査法(会員ページ )

ポニー工業()営業本部副本部長  藤本 真也

 中身の分からないパッケージの中を透視する手法として、X線透過法は馴染みのある検査法である。この方法は物質のX線の吸収の差異による吸収コントラストを利用しているので、吸収の大きい金属などを検知するには優れているが、軽元素で構成されている物質の検知には向いていない

プラスチック爆弾や麻薬の検出法の一つとして、ポニー工業ではコンプトン散乱を利用した新しい非破壊検査法を開発して、国際的に大きな成果を挙げている。コンプトン散乱法ではX線を対象物に照射して後方散乱してくるX線強度をスキャンして対象物の散乱コントラストを得る方法である。この手法によれば、透過吸収法ではほとんどコントラストのつかない軽元素から構成されている樹脂などの物質に対しても周囲とは明らかに判別されるコントラストを生じる。

透過式と後方散乱式の違いは、通常透過するX線を画像化するのではなく、コンプトン散乱したX線を画像化することにある。コンプトン散乱X線は主に爆発物の成分である有機物等と相互作用によって多く発生することによって画像に白く強調されて表示されるのが特徴である。

4は透過法と後方散乱法によって、同一の対象物を撮影した際の比較で、後方散乱法では軽元素で構成される物体が良く分る。従って後方散乱式X線と透過式X線を相補的に利用することにより、金属・樹脂成型品等の検査能力が大幅に高くなり、大きな成果があげられるようになったとのことである。とくに車のバンパーに大量に秘匿されて密輸されようとした麻薬の摘発像など多くの写真を駆使して、素晴らしい成果の諸例を紹介していただいた。   (大嶋記) 

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