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第34回放射線科学研究会報告

表記研究会は平成191019日(金)13:30から17:30まで住友クラブ(大阪市西区)で開催した。今回は釜江克宏氏(京都大学原子炉実験所)、山中伸介氏(大阪大学大学院工学研究科)、八木孝司氏(大阪府立大学産学官連携機構)、福西康修氏(彩都友紘会病院)の4名の方々に講師をお願いした。

 

1.東南海・南海地震に備える

−揺れの予測研究によって大都市を守る−(会員ページ )

京都大学原子炉実験所・教授 釜江 克宏

近年日本近海では地震活動が活発となり、東南海・南海地震の被害が近畿でも危惧されている。大阪には京大原子炉、近大原子炉の原子力施設以外にも多くのRI事業所があり、日頃より地震に対する備えが必要である。斯様な状況下で専門家の釜江講師にご講演をお願いしていたが、その後、中越沖地震による東電刈羽原子力発電所の緊急停止の事態となり、釜江講師には特にご多忙の中で講演をお願いすることとなってしまった。

 釜江講師はまず中越沖地震の状況にふれてから、本題に入った。兵庫県南部地震以降の日本列島の状況と地震のメカニズムを説明後、多彩なコンピュータシミュレーション画像を駆使して、東海・東南海地震が発生した際に関西にどのような影響があるかの説明を行った。

 まず地震の揺れがどのようなものかの実例として、兵庫県南部地震の際の神戸のあるコンビニエンス店の防犯ビデオの映像で、最初のp波(縦波)の段階で客が地震に気づき、続くs波(横波)によって店内の商品などが非常に大きく渦を巻くように移動する様子が映し出された。その記録は直後の停電により中断されているが、この場所の揺れは震度6程度であって、倒壊を免れているが、震度7であれば倒壊したであろうとの指摘であった。次いで記憶にまだ新しい例として2003年の十勝沖地震の際に震源地から200km以上離れていた苫小牧での石油タンクの炎上の例を示した。この被害は5秒程度の周期の長い揺れによって石油タンク上部から油が漏れて引火炎上したもので、同じような構造のタンクが周辺にあるにもかかわらず特定のタンクのみに被害が出たことが特徴的であった。これはs波、p波とは異なる長周期地震動によって引き起こされた。200495日の紀伊半島南東沖を震源とするマグニチュード7.4の地震の際にも、大阪平野では通常の揺れ以外に少しゆったりとした長周期で時間の長い揺れを感じた。この揺れは表面波で周期が長く、なかなか減衰しないのが特徴である。東南海・南海地震ではマグニチュードが各々8.0,8.4程度の規模と想定されており、より大きな長周期地震動に襲われる可能性が高いとのことである。

地震と一言で言っても、その起因には3種類がある。まず活断層のずれによるもので、現在98本の活断層が日本では知られている。兵庫県南部地震、中越地震、福岡県西方沖地震、中越沖地震は総てこのタイプであった。大阪平野は多数の活断層で囲まれており、その活動によって大阪平野が形成されたといえる。本題の東海・東南海地震はプレート境界地震とよばれるもので、日本列島が乗っているユーラシアプレートに南からのフィリピンプレート、東からの太平洋プレートが潜り込む境界付近で生ずる歪に陸地側のプレートが跳ね上がって地震となる。このタイプはプレートの動きが定まっているので、一定期間ごとに地震が繰り返しおこる。3つ目は沈み込むプレートの内部で起こるもので、震源が深いので被害を引き起こす地震はあまり多くないそうである。

大阪湾は富士山をひっくり返したような形の3000m程度の深さの岩盤上に土壌が堆積したもので、東海・東南海地震の際には最初の揺れによるものよりも長周期地震動の揺れによる被害のほうが大きくなるであろうとの予測である。講演では震源地を様々に想定した東海・東南海地震での地震波の伝播の様子のシミュレーション画像を示した。例えば紀伊半島沖を震源とする地震の場合、南東方向から伝播してきた地震波は金剛山、生駒山を越えて大阪平野に入ると長周期地震動となりほとんど減衰することなく、長時間に渡って揺れが継続している。大阪平野のような高層の建造物の多い都会ではこの長周期地震動に対する備えがもっとも重要であるように感じた(図1)。

 

図1 2003年十勝沖地震と想定南海地震の強振動の速度波形の比較

 
 

 


講演の最後に中越沖地震での原子力発電所の状況についてふれ、想定以上の揺れにみまわれたとはいえ、すべての原子炉において止める、冷やす、閉じ込めるという基本的な機能が維持されて、原子力災害などの深刻な事態に至らなかったのは、安全設計がしっかり出来ていたことの証明であると強調された。地震の発生機構については、研究者の間にまだ議論があり、今後の調査をまたなければならないようである。

今回は時間の都合であまりふれられなかったが、調査結果がまとまった段階で、再び釜江講師に原子力発電施設に的を絞った講演をお願いしたいと考えている。

質疑応答では、関西では地震が少ないと聞いていたが、兵庫県南部地震以来多いように思うがどうしてかとの質問に対しては、地震活動は活発な時期と安定な時期が繰り返されるので、関西は以前は安定期にあったが、現在は活動期に入りつつあるとの回答であった。

 

2.大阪大学における原子力教育(会員ページ )

大阪大学大学院工学研究科・教授 山中 伸介

原子力ルネッサンスという言葉が頻繁に聞かれるようになった。原油の高騰と地球温暖化対策の視点から発電においては二酸化炭素を出さないということで、原子力発電への回帰が世界的に起こっている。しかしながら、日本の大学では近年学部・学科の再編成により、主な大学から軒並み原子力の名前が消えてしまった。大阪大学では工学研究科に原子力専攻が設置されてから今年で50周年となる節目の年であるが、設立当初は最難関の一つであったが、20年くらい前から少しずつ人気がなくなり、10年前に一度改組した。その後、更に平成17年に専攻、平成18年には学部が環境・エネルギー工学専攻・同学科と改組され、純然たる原子力工学を継承している領域は4つになっている。最近の世界の趨勢の中で原子力関連の研究者、技術者の養成が急務となってきたこともあり、文部科学省・経済産業省は高等教育における原子力関連の特色ある施策に対して助成金を出す制度をつくり、大阪大学でも@チャレンジ原子力体感プログラム、A原子力教育支援プログラムの2件のプロジェクトが採択され、より充実した教育体制が整った。

大阪大学の場合、以前は原子力に夢を抱いて入学してくる者が多かったが、最近の学生は使命感を持って入ってくる学生が増え、そのレベルも確実にあがってきたそうである。平成19年度の入学試験では工学部の中では最も競争率が高く、合格者のレベルもトップクラスだったとのことである。ただ、学科名に環境がついていることもあり、入学してきた学生に対して原子力のモチベーションを高めるように、各教員の方々は大変な努力をされていて、その効果もあって専門では原子力関連への志望者が定員を超えるようになってきたとのことである。平成18年度の入学者からは個人毎のカルテを作成し、さらに平成19年度入学生からはチューターをつけるようにして、入学者に対する細やかな指導を行うようにした。このようにして2年次までをキャリアデザインの時期とし、2年次後半からは基礎教育を行うようになった。予算がついたので、見学会や講演会などの開催も可能となり、さらにメンター制、インターンシップ制の導入により学生に早い段階から国内のみならず海外も含めて原子力施設に馴染んでもらう教育プログラムが充実したようである。また、大学院では遠隔操作可能な教育用シミュレータの導入を図っているそうである。そのうえで専攻横断型研究組織として大阪大学「原子力ルネッサンス・イニシアティブ」を発足させた。この組織では環境・エネルギー工学専攻に加えて機械工学専攻、マテリアル工学専攻、ビジネスエンジニアリング専攻から成り、工学研究科の組織を横断するだけでなく、関西地区の原子力研究・教育の拠点化を目指し、原子力エネルギー学の研究、次世代を担う研究者・技術者の養成、国の政策への参画や産業界への協力などの社会貢献を目的とした活動を行っている(図2)。

 

 

 

 

 

 

 

2 大阪大学原子力ルネッサンス・イニシアティブの提供するサービス

 
 

 

 

 


講演の最後では大阪大学の核燃料取扱施設についての説明を行った。ウラン、トリウムなどは核燃料物質として国際的にその使用が厳しく規制されているが、大阪大学には豊中及び吹田地区に大量の核燃料物質の使用が可能なJ施設が1箇所と少量の取扱が可能なK施設が15施設ある。従来はそれぞれの施設で独自に管理を行っていたが、原子力の安全研究に対する必要性や重電子系化合物研究の観点から、より安全で高度なアクチニド教育・研究を行うための全学的な核燃料物質の管理、教育・研究組織の必要性が高まり、核燃料安全管理室が設置された。今後大阪大学核燃料物質安全管理センターの構築を行う予定になっているそうである。さらに研究拠点としての「阪大アクチニド教育研究機構、HandaiAct」を文部科学省の原子力人材育成プログラムの「原子力研究基盤整備プログラム」に採択されるべく準備を進めているそうである。山中講師の講演では最近の大学の教員が学生たちに対して勉学に意欲を持たせるべく大変な努力をしていることが分かった。質問でも学生にそこまで関与する必要があるかとの意見もでたが、まさに以前の大学教育とは全く異なった現在の大学の世界を垣間見た思いであった。

 

3.自然放射線は細胞の増殖に必要か(会員ページ )

大阪府立大学産学官連携機構・教授 八木 孝司

Planelらは1987年に原生動物であるゾウリムシを厚さ15cmの鉛箱中で自然放射線を通常の1/6程度まで減じた状態のもとで培養すると、遮蔽しない場合よりも増殖率が減少した、また内部にトリウムを入れて線量を自然界に近づけると増殖率は回復したと報告し、この結果は長らく多くの学術誌に引用されてきた。また、我国の滝沢らによる研究ではマウス白血病培養細胞を自然放射線を遮蔽した鉛箱内で培養すると、箱の外部で培養した場合に比べて増殖率が減少したと報告している。これらの研究は実験条件の制約などで再現実験の報告がない。八木講師らのグループは大型の自然放射線遮蔽箱を有し、さらに生物系、放射線測定関係の研究者が揃っていることから、これらの結果が再現されるかどうかの研究を行った。ここで使用した自然放射線遮蔽装置は15cm厚の鉄の箱の周囲を10cm厚のパラフィン層で覆ったもので、箱の内部は外部に比して放射線線量率はガンマ線は1/50、中性子線が1/4になっている。同一条件になるように設計した細胞培養容器を箱の内外に設置した。一方、飢餓により自家生殖を誘導した年齢ゼロのヨツヒメゾウリムシを1匹だけ単離して、好気性細菌K. pneumoniaeを餌として含む培地で培養し、増殖したゾウリムシを一匹ずつ、5mLの培地が入ったシャーレに入れて、それぞれの細胞培養容器内で25℃、10日間培養してゾウリムシの増殖率を求めて増殖曲線を描いた。しかしこの実験では自然放射線遮蔽によるゾウリムシ増殖への影響は認められなかった。生育条件を様々に変化させて実験を行ったが自然放射線遮蔽による細胞増殖抑制が起こるとは結論できず、また低線量ガンマ線源を遮蔽装置内において、バックグラウンドの放射線量を補償しても増殖に差異は見られなかった。次にゾウリムシの生涯にわたって自然放射線を遮蔽した状態で、継代培養して、累積分裂回数を比較した。この際には、シャーレにゾウリムシを一匹いれ、23日毎に細胞数を数え、そのうちの一匹をまたシャーレに植え継ぐという方法を繰り返して、約2ヶ月のゾウリムシの寿命まで培養して増殖率を求めた。その結果、自然放射線を遮蔽して継代培養した場合には、遮蔽を行わなかった場合に比べて累積分裂回数は有意に減少した(図3)。また、遮蔽装置内にガンマ線源を入れて自然放射線量を補償した場合にはこの減少は見られなかった。この結果はPlanelらの報告とは異なった結果ではあるが、自然放射線遮蔽がヨツヒメゾウリムシの増殖率の低下を起こすことを示している。

マウス白血病培養細胞L5178Yについて同様の実験を行った。1mlあたり5,000個に調整したL5178Y培養細胞をフラスコに入れ、自然放射線遮蔽装置内外で57日間培養して、細胞数を数えたところ、遮蔽装置内で培養した場合には装置外で培養した場合に比して、有意に増殖抑制が見られた。また、遮蔽装置内にガンマ線源を入れて線量を補償した場合には増殖率が回復した。この結果は滝澤らの結果と一致している。さらにXRCC4というタンパクを欠損し、DNA2本鎖切断の修復に異常があるM10細胞を用いた場合にはこのような現象は観察されなかった。

このようにゾウリムシ、マウス培養細胞共に、自然放射線遮蔽下では、増殖が抑制されることが示された。これらの機構についてはまだ研究中ではあるが、細胞分裂には自然放射線あるいはそれによって生成される活性酸素種が増殖刺激となっている可能性がある。

テキスト ボックス: 図3 ヨツヒメゾウリムシを分裂限界(寿命)まで培養した時の分裂回数に対する自然放射線遮蔽の影響

 

 

4.医療被ばくについて(会員ページ )

彩都友紘会病院 福西 康修

我国はいつでもどこでも国民の誰もが一定レベルの医療が受けられる医療制度を備え、世界有数の長寿国になっている一方で、医療被ばく線量の高い国として世界的に位置づけられている。そのことも関係してか新聞紙上でときたま患者に過剰な放射線照射を行い、症状が悪化あるいは死亡に至ったとの記事をみることがある。最近ではある週刊誌に英国の研究結果として我国のガン発生の3.2%は診療放射線によるものとの記事が掲載され、一般人のみならず、診療現場においても混乱がみられたようである。

 福西講師は最初に人体に対する放射線影響について話してから、医療被ばくに係わる様々な問題点を講演した。日本では近年急速に高度診療機器の普及率が医療施設において増大しており、とりわけ全身用CTの普及が目覚しい(図4)。世界のCT装置のうち、およそ2割が日本で使用されている。CT装置の性能の向上によって、1回あたりの撮像時間は大幅に短縮されてはいるが、それでも10mSvと他の装置による被ばくよりもはるかに大きい。したがってX線による画像診断のうちCTの件数は全体の5%程度であるにもかかわらず、集団線量からみると全体の31%に達する。また、複数の医療施設で同様の検査を受診したために被ばく線量が高くなる事例もある。このような背景から先述のように日本人の医療被ばくは世界の平均よりも数倍高く、世界人口の2.3%にすぎない日本人の医療被ばく量は世界の17%を占めているのが実情である。医療被ばくにおいては益を受ける者と害を蒙る者が一般には同一人物であるが、放射線防護の基本的原則からいえば

@医療被ばくの正当化

放射線治療を受けることによって生ずる利益が、放射線による被ばくを受ける損失を上まわらなければ行ってはならない。

A医療被ばくの最適化

放射線治療を行うにあたっては、放射線を使う正当な理由がある場合でも、患者の被ばく量を出来るだけ低くしなければならない。

それに加えて放射線を扱う職業人や一般公衆の被ばくを勧告して線量以下に抑えなければならないという大原則が守られなければならない。

図4 診断用医療機器の普及率の年次推移

 
一方ではマスコミなどによる過剰な情報が独り歩きして、医療機関が過剰防護をしてしまう危険性も指摘した。これまでも妊娠初期に妊娠を知らずに放射線検査を受けた妊婦が誤った知識で妊娠中絶にはしるケースがしばしば報道されているが、ICRPの「妊娠と医療放射線についての勧告」では100Gy以下の放射線診察に伴う胎児被ばくによる放射線リスクは妊娠中絶の正当な理由とならないと明言している。しかしながら医療機関は妊婦やその家族に対して妊娠期間から育児に至る長期的なケアにつとめなければならない。このことはインフォームドコンセントがきちんと取れていることが重要であることを示している。

近年は画像のディジタル化が進んでいるが、それに対しても福西講師は警鐘をならした。フィルム時代に比して、ディジタルでは高線量で撮影した方が画質が向上するため、医師の要望で必要以上の高線量で撮影を行う危険性がある。このことを医療従事者は十分に注意しておく必要がある。また、撮影時に患者の要望で腰周りに性腺防護シートを着用させる場合があるが、近年のデータではあまり効果はないとの報告がある。むしろデータでは被ばく線量が増大する場合もあり散乱X線による可能性がある。

最後に放射線治療は紛れも無く国民の生活の向上に多大の貢献をしてきた。現代ではそれぞれに専門分化し発展した放射線治療による社会貢献に「質」が問われるようになり、医療従事者は医療被ばくを定量的に把握し、リスクを評価しつつ利用することで、安全で質の高い放射線診察を提供することが可能となると講演を締めくくられた。

テキスト ボックス: 図3 ヨツヒメゾウリムシを分裂限界(寿命)まで培養した時の分裂回数に対する自然放射線遮蔽の影響

 

恒例の講演後の交流会では、今回は釜江講師、山中講師、福西講師の3名の方々が他の会議などの用務と重なったため、ご出席頂けず大変残念であった。それでも八木講師を囲んで、生物への低線量の放射線影響についてホットな議論の場が出来てよかったと思う。      (大嶋記)

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