第33回放射線科学研究会・<エキゾチックビームシリーズ(5)>報告
表記研究会はエキゾチックビームシリーズの第5回として平成19年7月13日(金)13:30から17:30まで住友クラブ(大阪市西区)で開催した。今回の講師は保田英洋氏(神戸大学大学院工学研究科)、鈴木基寛氏(SPring-8))、大道博行氏(日本原子力研究開発機構)、木下幹康氏(電力中央研究所)の4名の方々であった。
1.
電子励起によるナノ粒子の相生成とその評価(会員ページ )
神戸大学大学院工学研究科・教授
保田 英洋
保田講師は大阪大学在任中から電子顕微鏡(以下電顕)内に複数の蒸発源を持つ小型の蒸着装置を組み込み、様々な合金ナノ粒子を電顕内で作成し、その振舞いのその場観察を行い合金ナノ粒子の示す特異な挙動を明らかにしてきた。今回の講演ではV−X族化合物半導体の一つであるGaSbを取り上げ、欠陥形成や相転移に及ぼす電子励起効果についての系統的な研究結果について講演した。
試料は電顕の観察室に保持された非晶質カーボン膜を貼った銅マイクログリッド上に室温でGaおよびSbを蒸着してナノ粒子を作成した。非晶質カーボン上で両者は急速に反応してGaSb化合物が形成される。それらをさらに573K、3.6ksの均一化焼鈍を行ってから電子励起実験に供した。電子励起実験はエネルギー:25〜200keV、フラックス:5×1020〜5×1021e/m2s、温度:293〜573Kの範囲で行った。
励起エネルギーが75keVの場合の結果を模式的に図1に示した。
結果は次のようにまとめられた。
(1) GaSbナノ粒子は電子励起によって相分離やアモルファス化し、それらは温度やサイズに対して非線形な応答を示す。また、電子励起誘起相分離は電子線量および電子線強度の増大にともない促進され、それぞれ、潜伏期間やしきい値が存在するような協力現象としてのふるまいを示す。
図1 励起エネルギー 75keV、フラックス及び線量が各々1.5×1021e・m-2s-1,3.6×1023e・m-2
s-1の場合のGaSb粒子の相転移応答の模式図
(2)電子励起誘起相分離のプロセスとして、ナノ粒子内部にボイドが形成されるとともに、GaSbの格子定数が増大することから、電子励起によってナノ粒子内部に形成される原子空孔や格子間原子が原子移動に関与し、表面などのシンクへの消滅および再結合によって相生成が支配される。また、それらは温度によって変化するだけでなく、サイズによっても変化する。
(3)ナノ粒子における電子励起誘起相生成は、励起状態での不安定化駆動力、高密度励起状態、熱平衡、格子軟化、点欠陥移動の速度過程等のシナジェティックな効果に支配される。
講演ではGaSb合金粒子が条件により、多様な様相を顕すことが電顕像、回折像で示され、ナノサイズが示す特異な物性を実感することが出来た。
2.高輝度偏光X線を用いた磁性の研究(会員ページ )
(財)高輝度光科学研究センター・
利用研究促進部門 主幹研究員 鈴木 基寛
鈴木講師はSPring-8の特徴を十分に活用した新しい磁気分光測定を紹介した。SPring-8から得られる放射光は、通常の管球から得られるX線の10億倍の輝度があり、しかも波長可変性や偏光特性を有する優れた光源である。もともとX線は磁性の研究には向いていなかったが、ドイツの研究者によって円偏光X線に対する吸収スペクトルが試料によって異なるX線磁気円二色性(X-ray magnetic circular dichroism:XMCD)が発見され、高輝度の放射光を用いることによって、新しい磁気分光法が可能となった。この方法の大きな特徴は元素選択的な磁気測定が行えることである。
鈴木講師は初めに放射光の特徴や世界における代表的な放射光施設について紹介してから、本題の磁気分光法について講演した。
X線のエネルギーが吸収される割合は元素ごとに異なる。これは元素のエネルギーレベルと関係しており、強く吸収されるエネルギーを元素吸収端と呼んでいる。元素吸収端のエネルギーは原子番号に比例して大きくなり、硬X線領域では隣り合わせの原子で数100eVも離れていることから、目的元素の吸収端に合わせた吸収スペクトルを測定することにより、元素の電子状態を知ることが出来る。
XMCDの測定には円偏光したエネルギー可変のX線を用いて、右回り、左回りに偏光させたX線を試料に照射し、その吸収係数の違いから磁化の方向とモーメントの大きさが求められる。図2はその測定法の模式図である。SPring-8のXMCDビームラインではダイアモンド結晶を移相子に使うことにより直線偏光X線を円偏光X線に変えている。この方法で現在偏光度がほぼ100%の円偏光が得られるそうである。
測定の実例としてハードディスクなどの磁気記録薄膜に用いられているCoを主成分とするCoCrPtBのような合金についてのPtの結果をまず示した。Ptは単体では強い磁性を示さないが、強磁性のCoと合金を形成した際には、Coとの界面に存在するPtは原子あたり0.6μBという大きな誘起磁気モーメントを持つことが分かった。別の例としてナノサイズのAu微粒子に誘起される磁性について紹介した。バルクのAuは反磁性物質として知られているが、直径が数ナノメートル以下のAuナノ粒子が強磁性を示すとの結果がSQUID実験によって示唆された。しかしながらSQUIDでの信号は弱かったため、はじめはFeなど磁性不純物の試料への混入が疑われたが、XMCDによってAu吸収端を調べると明瞭な信号が確認できた。したがってナノサイズのAu微粒子は強磁性的な磁気偏極を示すことが明らかとなった。
このようにXMCDは磁性研究のツールとして今は確立しており、研究対象としてはナノ構造磁性材料、磁気記録デバイス、分子磁性の分野で卓越した成果があがっている。また、測定手法には顕微XMCD,時分割XMCD,高圧下でのXMCDなどがあり、今後の発展も期待できるので、測定を希望する場合には積極的に課題申請して欲しいそうである。
図2 X線磁気円二色性(XMCD)測定の模式図
3.高強度レーザー駆動高エネルギー陽子線源の開発とその利用研究(会員ページ )
日本原子力研究開発機構・関西光科学研究所
量子ビーム応用研究部門 研究主席 大道博行
大道講師は関西光科学研究所の紹介と同所で活発に行われているレーザー駆動陽子線の研究開発の現状とその利用研究についての講演を行った。
近年の超短パルス高強度レーザー技術の進展により、小型のレーザー駆動加速器が現実化してきた。歴史的にはこの手法は田島(現関西光科学研究所長)、ドーソンによって1979年に提案されたものであり、その後大型炭酸ガスレーザーによる高速電子・高速イオンの発生を経て1990年代には米国のローレンスリバモア研究所で60MeV陽子線の発生に成功している。
フェムト秒の極短パルスの高強度レーザーを平板ターゲットに照射すると、極めて直線性の良い高エネルギー陽子線が得られる。その発生機構は次のように説明される。まずレーザー電場により比電荷の大きい電子がターゲット内でレーザー進行方向に規則的に加速され、ターゲット表面の正電荷との間の電界強度が増していく。やがてその超高電界によりターゲット裏面に形成されている水素化物から最も軽いイオンである陽子が徐々に集団加速される。レーザー法では1ミクロンの長さあたり100万電子ボルト程度の加速電場が安定に生じるとのことである。レーザー法の特徴は陽子線の発生領域が10ミクロンと小さく、発生する時間幅が数ピコ秒以下と短く直線性の良い陽子線が広がり角10度程度で伝播する。つまり極短時間に集中した大強度陽子線を得ることが出来るというのが最大の特徴となっている。関西光科学研での研究成果として従来の加速器による方法よりもはるかに品質の高いビームが得られるようになった。現在陽子線の時間幅は1ps程度でその中に108〜1010個の陽子が詰まっていると見積もられる。図3は現在までの陽子数と得られた最高エネルギーの推移を示した。
利用研究の一つの例として陽子線ラジオグラフィの紹介があった。金属ターゲットにレーザー照射することにより拡散陽子線ビームを得ることができる。このビームを使って電子顕微鏡の試料固定に使用されるメッシュの撮像を行い、空間分解能として10μmの像を撮ることが出来た。また、レーザー駆動プラズマを利用した場合には陽子線の他にX線、テラヘルツ波に加えて中性子線などを直径が数μmから数10μm程度の狭い領域からの時間同期性が保証された多種類のビームを得ることが出来ることからマルチビーム系を活用したイメージングも可能となる。実験では最高エネルギー2.4MeVで全エネルギーバンドにおいて8×1010個/shotの陽子線と銅のKα線を含む2×1019光子/srのX線を使って上記同様電子顕微鏡用メッシュの同時撮像を行った。この時には陽子線ではメッシュにおける12μmの幅の像が鮮明に得られたが、X線ではフォトン数が不足しているためか鮮明な像は撮れなかった。今後はX線光学素子の導入によって光子を集めて鮮明な像の取得を図るとのことである。
図3 実験における陽子数と最高エネルギーの年次推移最高エネルギー:@1MeV、A0.9MeV、B1.4MeV、C2.2MeV、D3.8MeV、E4MeV
レーザー駆動陽子線発生装置では小型の装置により高強度の陽子線が得られることから、その医療用への応用が大きく期待されている。すでに「がん」などの粒子線治療をめざしたレーザー駆動装置建設の計画が仏、独、英、米、韓国で始動している。実用に至るまでにはまだ10年程度のスパンが必要とのことであったが、世界的に「がん」に対する粒子線治療は大きな流れになっているので、さらなる研究の進展を期待したいものである。
4.核分裂照射下の燃料材料ふるまいと超長寿命化への展望(会員ページ )
電力中央研究所・原子力技術研究所 上席研究員 木下 幹康
原子力発電の現場での夢の一つが、燃料の交換をすることなく、原子炉をいつまでも運転できることである。現在の原子力発電所の燃料は平均して5年間原子炉内での燃焼が可能であるが、これを2倍以上の10〜15年使用出来る超長寿命燃料の実現が待たれている。原子炉物理の立場から、それは不可能ではないが、材料に関する知見がまだ不十分である。工学的な基本要求としては@核分裂が続いても体積膨張をおこさないこと、A核分裂生成物である希ガス(主にXe)を燃料ペレット内に閉じ込めておくことの2点である。UO2がこの要求を満たしていることは分かっているが、その機構については不明で、基礎研究として残された課題となっている。
原子力委員会では2005年から5年間の「新クロスオーバー研究」としてトップダウン方式で「照射・高線量領域の材料挙動制御のための新しいエンジニアリング」を立ち上げ、木下講師はプロジェクトリーダーの一人である。このプロジェクトでは全体を6課題に分けて日本原子力研究開発機構を幹事、東京大学を研究実施のコントロールセンターにおき、国外の3研究機関の協力も得ながら進めることになっている。大阪府立大学も拠点の一つとのことである。図4にその概要を示した。
プロジェクトではまず1980年代に見つかったウランの7%が燃焼した頃に出現する燃料セラミックス結晶の細粒化(100nm径)およびカリフラワー組織(有限フラクタル)の発生機構に着目した。フランスにおけるデータとして、高燃焼化を阻害する原因として燃料ペレットの最外周部に出現する特殊な組織(リム組織)が指摘された。この組織の特徴は結晶粒細粒化と粗大気泡の生成である。粗大気泡には高圧の核分裂生成希ガスが含まれている。細粒化した結晶内には転位は存在せず、照射に伴う損傷を修復するプロセスが自発的に生じたことを示唆している。このような顕著な組織の変化が生ずる以前に結晶表面には
図4 新クロスオーバー研究の研究計画概要
{111}積層欠陥と見られる格子欠陥とペレット内部に空洞の発生が観察された。これらの観察結果を踏まえて新クロスオーバー研究では加速器と計算科学とを組合わせ、軽水炉燃料(とくにMOX燃料)の高燃焼度化を阻害する主犯であるところの、
“UO2セラミックスの細粒化”を再現し、この“新しい方法”によって技術開発ができること(サクセスストーリー)を示そうとした。手法としては
○炉内組織変化の再現を加速器で実現すること。
加速器照射+原子スケール測定・観察+計算科学のシミュレーション技術を開発し、原子炉照射+照射後試験(HBRPなど)を代替する。これにより試験の1サイクルが、数年を要するところを、1ヶ月〜週で可能である(〜1000倍の加速)。
○計算機の中で炉内組織変化を再現する
第一原理計算+分子動力学/モンテカルロ法 で、照射下の組織変化を再現する。原子スケール欠陥(クラスター)に対応できるポテンシャルをつくる。課題としてはf電子系を第一原理で取り扱う点がある。
これらの研究にはUO2の模擬試料として結晶系などが類似しているCeO2を用いてリム組織の形成がどのような条件下で再現出来るかを調べた結果、
1.原子炉外で加速器を用い、高燃焼度燃料の細粒化(リム組織の形成メカニズム)が模擬材(CeO2)で再現出来ることが、明らかになった。
2.第一原理計算によって、UO2+X格子内で、2つの酸素原子が分子(dimer, [O2] )をつくり、その片割れはU4O9の酸素配置として知られているWillisのO2位置に対応することを発見した。
これらの成果を踏まえて、UO2での再現に挑戦中とのことである。
最後に発電現場での核燃料超長寿命化のシナリオが、加速器実験と計算科学的手法を組み合わせた材料開発により実現化されるよう努力を続けているとの決意を表わされて講演を締めくくった。
エネルギー資源に乏しい我国としては、今後、核燃料を如何に有効利用していくかは国のエネルギーセキュリティとして重要な課題であり、このような着実な手法で難題が一つずつ解決していくことを期待したいと感じた。
第5回となる今回のエキゾチックビームシリーズでも、様々なビーム利用の講演を取り上げることが出来た。これは岩瀬委員長はじめ企画部会の委員の方々のお陰である。また、交流会では遠路東京からお出でいただいた木下講師も含めてすべての講師の方に残っていただき、参加者と有意義な交流の場をもつことが出来たことを主催者として感謝したい。 (大嶋記)