2. 中性子イメージングの進展と広がる応用(会員ページ )
京都大学原子炉実験所・教授 川端 祐司
川端講師はこれまで中性子ラジオグラフィと呼ばれてきた手法をより発展させた中性子イメージングというタイトルで講演をされた。この手法は原子炉を要し、撮影にも長時間を必要とすると思い勝ちであるが、現在東海村で建設が進められているJ-PARCが稼動を始めると状況が変わるかもしれないということを感じた内容の講演であった。講演では多くの例についてX線の場合と対比しながら、中性子イメージングの最先端についてお話しを聞くことが出来た。
X線の吸収断面積が原子番号に正比例するのに対して、中性子の場合は原子番号との相関はないので、中性子イメージングではその特徴を生かした手法が使われる。特に原子番号の低い水素やボロンの検出についてはX線に比べて格段に優位である。このようなX線と中性子イメージングの概説のあと、(1)考古学分野、(2)燃料電池、(3)水素貯蔵、(4)農業分野などへの様々な応用例と新規の手法について紹介した。(1)考古学分野ではX線の場合には軽元素で構成される異物が混入していても、判別がつかない場合が多いが、中性子ではそれが可能になる場合がある。最近は単なる透過像の撮影ではなく、三次元的に撮像するCT法の進展により、更なる詳細な情報が得られるようになっている。鉄斧の例では表面のはがれ、割れなどの形状変化だけでなく酸化の進行程度も観察できた。銅製の経筒をX線と中性子で撮影した場合、X線では内容物はよく分からないが、中性子では中身の形状まで明瞭に分かる。金属製風鈴の内部に木片をはめ込んだ模擬試料を作成しX線と中性子との像の比較を行うと中性子では木片の存在がコントラスト高く見ることが出来た。古代の遺物の場合、展示用のために欠落部分をパラフィンなどで充填・修復する場合があり、そのような箇所はX線では充填されているのかどうか分からないが、中性子では金属部と修復部とのコントラストが明瞭で判別が容易である。(2)水素の観察は中性子のもっとも得意とする分野である。たとえば燃料電池の電極近傍での水素の振舞いを調べる研究がなされている。国内でも神戸大学などが原研3号炉で研究を行っているが、まだ公開出来る状況にはないということで米国NISTの報告例を示された。
燃料電池の効率には水素の供給と生成した水の流れが関係している。反応生成水が滞留すると発電効率が落ちるので、水の流れを明らかに出来る中性子イメージングは有力であるようである。(3)水素は近年クリ−ンエネルギーの代表としてとりあげられているが、気体水素は地球上には殆ど存在しておらず、大部分は水などから還元した気体を合金中に一旦貯蔵しておき、必要に応じて取り出して使用することになる。そのための水素吸蔵合金の研究が精力的に行われており、合金の表面(大気との界面)での水素の反応の知見を得るのに、中性子イメージングが使われている。また、関連したトピックスとしてエンジンの噴射ノズルからの燃料の噴射の観察例を紹介された。勿論高速の現象を連続的に観察することは出来ないので、一定のタイミングでストロボ撮像して、それを積分することにより画像を得る。様々な材質で異なる噴出孔径のノズルを作成し、キャビテーションの状況を調べエンジンの解析に使用している実例が示された。さらにキャビテーションの解析は原子炉内の燃料棒の振舞いについても応用されている。(4)植物への応用については日本の研究は非常に進んでいる。これは水の撮像が中性子の得意な点を応用して、花や葉における水の振舞いを明らかにして、その構造のみならず生物機能の知見を得る研究が多々行われているようである。
最後に、最近発展している新しい方法として@中性子位相コントラスト法、A単色中性子法、B中性子屈折法、C中性子共鳴分光法の原理と応用例を紹介された。@はすでにX線では実用化されている手法であるが、中性子では線源に点源とみなせるようなピンホールを用いて撮像するため、測定時間に長時間を要するという難点がある。しかしこの方法では輪郭部分が強調され、内部構造がよく分かるようになる。図2は中性子位相コントラスト法で撮影した蜂の画像を通常の方法で撮像した場合と比較したものである。蜂の輪郭がはっきりと撮影されていることが分かる。Aは金属結晶などに応用できる方法である。結晶に単色中性子線を入射すると、原子間隔より長い波長の場合にはブラッグ散乱をおこさない。したがってその波長の前後で中性子線の吸収に大きな差が出てコントラストがつく。通常はその波長の前後で撮像し、ピクセル毎に強度の比をとり得られた数値で像を再構成するとその領域でのコントラストを浮き立たせることが出来る。この手法では撮影部位の金属の同定が可能となる。Bは物質中を透過する中性子線の屈折効果を利用するもので、例として極冷中性子線を使ってアルミ溶接部の密度変化を明らかにした結果が示された。Cはパルス中性子を用いてTime Of Flight法による共鳴吸収スペクトルを測定して、そのピーク位置と線幅から、試料中の核種の分析とその実効温度を明らかに出来る優れた手法である。中性子共鳴吸収断面積は核種によっては非常に大きな値をとるので、小型の中性子源でも材料の特定と温度の測定が可能なユニークな手法だとのことであった。
3. 海の環境変動が魚類資源に与える影響(会員ページ )
京都大学舞鶴水産実験所・准教授
益田 玲爾
益田講師は魚類心理学という我国で最初のフィールドを立ち上げた研究者で、最近はテレビや新聞などで度々その研究内容が紹介されているので、お名前を聞かれた方もおられると思う。小さい頃から海洋学者のクストーに心酔していたとのことである。クストーは潜水用具のアクアラングの発明者であり、世界各地を自家用の調査船カリプソ号で海洋調査を続けて、自らの体験を映画などで公開するとともに海の汚染に警鐘を鳴らし続けたフランス人である。益田講師ご自身も勤務先の実験所の裏に広がる舞鶴湾や各地で一年を通じて100回以上も潜水・調査活動を続けており、今回の講演では自らが撮影した多くの魚とそれを材料にして自らが調理された魚料理の写真を使って海の環境問題を参加者に分かりやすく興味深い講演をしていただいた。
魚類は日本人にとっては古来より馴染み深い食料資源であるが、近年は世界的にその需要が増えて資源の枯渇が危惧されてきた。益田講師のお話を伺うと魚は身近な存在でありながら、未解明なことが多く残されていることが良く分かった。
地球の温暖化が問題になっているが、平均海水温も上昇している。舞鶴湾の平均水温は過去30年間で1℃程度上昇しており、これに伴って魚種にも変化が現れている。以前に舞鶴湾で見られた、ぶり、さより、まいわしなどに代わって南方系の魚種が見られるようになった。このようにちょっとした環境の変化でも生物種には大きな変化が現れることが良く分かる。例えば研究所のある舞鶴湾内長浜と若狭湾音海地区の2004年と2007年のデータでみると平均水温は長浜がそれぞれ12℃、13℃に対して音海では13.8℃、15.2℃であった。魚種は長浜では何れの年も9種、音海では21種、19種となっていて平均水温の高い音海の魚種の方が倍程度多く、南方系の魚が越冬していることが分かった。
若狭湾周辺には多くの原子力・火力発電施設があり、海の環境調査も長年にわたって行われてきているが、実際に潜水調査した結果では温排水を拠り所にしている南方系の魚が多くいるようである。また魚種によって環境に対する適応性も様々であることが研究の結果分かってきた。おなじ鯛の仲間でも黒鯛と鯛では稚魚に快晴の日に相当する紫外線を照射すると黒鯛の稚魚のほうが強い紫外線から逃避する術を備えているようで、孵化後の生存率が高いという結果がえられた。近年大きな問題になっているのが、越前くらげの大量襲来である。越前くらげはもともと東シナ海で生まれ、成長するに従い海流に乗って漂流しながら日本にやってくる。近年の中国大陸沿岸の急激な開発に伴う海の富栄養化による大量発生とともに、小さいくらげを餌にしていた魚を獲りすぎによって激減させたことが越前くらげの大量発生につながっていると考えられている。
一方、くらげと稚魚の共生も明らかになってきている。多くの鯵の稚魚が越前くらげとともに遊泳している様子が観察され、またみずくらげを使った水槽実験では鯵の稚魚の天敵である鯖から身を隠すためにみずくらげの身体を利用していることや、時にはみずくらげが集めたプランクトン類を子鯵が横取りすることも確認され、みずくらげと共生している小鯵のほうが成長が早いというデータがあるそうである。
益田講師の専門である魚類心理学では例えば魚はなぜ群れるかを科学的に解明することが課題となる。いわし、しまあじ、いかやイルカなど、多くの海にすむ生物は群れることが知られている。その理由は ○捕食者からの回避、○摂餌の効率、○繁殖、○学習、○回遊精度などが関係する。群れを形成するには同種同士がお互いに引きあう相互誘因性の発現が必要である。しまあじについてオレイン酸(OA)、エイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)を与えて飼育した稚魚の相互誘因性を調べたところ、DHA欠乏では群れをつくる能力が欠落することが明らかになった。炭素14を餌に混ぜて与えたしまあじの稚魚の脳のラジオグラフィの結果では、DHAを与えた稚魚では特に脳の視蓋の皮質が発達している様子が観察された(図3)。DHAについては脊椎動物の脳に多く、学習能力の向上に関与しているとされ、生合成出来ず、魚油中に多いことが知られている。DHAは海産の植物性プランクトンによって生産され、それを魚が捕食することで魚体に取り込まれる。オゾン層が破壊されると海上への紫外線量が増加し、植物性プランクトンの増殖に影響が出て、それらによるDHA生産が減少すると、食物連鎖により海洋生物資源の減少につながる恐れのあることを指摘して講演を終えられた。
図3 OA,EPA,DHAを与えて飼育したシマアジのDHAを投与した場合には脳の視蓋の
皮質(矢印)が発達している。
会員サロン
エルビア入り原子燃料の研究等
原子燃料工業株式会社・取締役 常松 睦生
原子燃料工業(株)は我国の原子力発電所用の燃料を製造している企業であり、同社の熊取事業所は京都大学原子炉実験所に隣接していることもあって、従来から京都大学とタイアップして一般公開なども積極的に進めている。同社は熊取と茨城県に事業所があり、熊取事業所では主に関西電力などの加圧水型原子炉(PWR)用ウラン燃料を製造している。今回は同社が進めようとしている新規の燃料研究の一端を紹介した。もともとのウラン鉱石には燃料となるウラン235は0.7%しか含まれないので、精製・濃縮して燃料棒に加工する。濃縮度は1990年以前では3.5%であったが、1990年代に入ると4.1%となり、2004年からは4.8%になっている。原子炉の運転には燃料を多く挿入して、一様出力分布、一定出力で燃え残りを少なく運転することが求められる。均一な燃焼を確保するには炉内で燃焼を制御する物質をうまく配置することが必要であり、そのためにはガドリニア添加ウラン燃料棒が使用されている。更なる高燃焼化を達成するには濃縮度5%の規制値の壁がある。これは予期せぬ臨界事故を避けるための規制値でこれを超えて濃縮度を高めようとすると様々な施設整備が必要となるので、企業としてすぐに対応は出来ない。そのために現在エルビア(酸化エルビウムEr2O3)を添加するウラン燃料が検討されている。図4は既存Gd燃料とEr燃料の特性の比較である。全燃料をEr入混合燃料にすることにより臨界安全性を保ちつつウラン濃縮度を上げ出力分布を平坦化できる可能性がある。そのため同社では京都大学、大阪大学、名古屋大学などとも協力しつつEr入燃料の開発に努めているとのことであった。
今回の研究会では過去の原子力発電所のトラブルが相次いで報道された直後で宮崎講師も調査メンバーとしてご多忙のなかで時間をとっていただき感謝している。しかしながら宮崎講師のお話を伺うと、専門家のものの見方と新聞等の報道の間には相変わらず大きな差のあることを実感した。このようなギャップを少しでも埋めるべくONSAの活動を行わなければならないと痛感した。
川端講師のお話は現在東海村に建設が進んでいる大型施設J-PARCの運用を間近にして、産業分野への一層の利用が図られている中性子線の応用の一環としての中性子イメージングについてであった。私たちには中性子ラジオグラフィという言葉が耳慣れているが、近年の進展振りを伺うとやはりイメージングの方が適切かなと感じた内容であった。ただ、中性子線の場合には常に発生装置が課題としてつきまとうので今後も大変だろうというのが正直な感想である。
益田講師の講演はこれまでもテレビや市民講座などでなれておられるのか大変分かりやすくまた楽しく海の環境問題を解説していただいた。紫外線と魚類資源との関係や炭素14による魚類の脳の調査など放射線に関する内容も講演の中で紹介された。益田講師の勤務先である京都大学舞鶴水産実験所の近辺には幾つかの原子力発電所、火力発電所が点在しており、その温排水の影響についても自らの潜水調査結果を話されたが、宮崎講師からは温排水の漁業への影響については系統的な調査がなされていて、そのデータも公表されているとのコメントがあった。ただ、益田講師の講演はご自身が潜水されて、ご自分で撮影された写真を数多く使われていたので、単なる紙のデータではない説得力があったように思う。
会員サロンでは原子力発電所用の燃料を製造している原子燃料工業(株)熊取事業所の常松取締役からお話を伺った。近年、燃料の高燃焼化を目指して様々な努力がなされているが、我国ではウラン235の濃縮度5%に法規制の壁があり、その条件をクリアしながら炉内で安定して核反応を持続させるためのエルビア燃料の実用化に向けた同社の意気込みを感じることが出来た。
研究会終了後の交流会では講師の総ての方々にご出席いただき、大変熱のこもった研究会にふさわしい一日であった。
(大嶋記)