中国学園大学現代生活部・教授 多田幹郎
多田講師は内閣府原子力委員会・食品照射専門委員会の座長として、食品照射の問題に取り組んでこられた。平成17年10月に内閣府原子力委員会は、今後の我国の原子力の研究、開発、利用に関する施策の基本的考え方を定めるものとして、「原子力政策大綱」を策定・公表し、直ちに閣議決定がなされた。従来の「長計」に代わるものである。「原子力政策大綱」の中で「食品照射」について、「食品照射のように放射線利用技術が活用できる分野において、社会への技術情報の提供や理解活動の不足等のため、なお活用が十分に進められていないことが課題として指摘されている」、「食品照射については、生産者、消費者等が科学的な根拠に基づき、具体的な取り組みの便益とリスクについて相互理解を深めていくことが必要である」、「多くの国で食品照射の実績のある食品については、関係者が科学的データ等により科学的合理性を評価し、それに基づく措置が講じられることが重要である」と課題を指摘している。このような背景をもとに原子力委員会は、「食品照射専門部会」を設置した。その目的は食品照射についての生産者、消費者等による相互理解および関係者(行政機関)による検討・措置に資するために、「食品照射に関する国内外における食品照射技術採用にかかわる動向、有用性・安全性の評価の現状などについて調査・検討を行うことである。その構成は研究者のみならず、消費者、食品産業関係者、流通業者、マスコミ関係者などの10名から成り、調査・審議は公開で行われた。審議は「食品照射とは」に始まり、「その技術利用の可能性」、「世界と日本の現状」、「便益とリスク」等について、科学的データの収集・調査・検討を行い、専門家による技術や安全性に関する講義も受けた。また、厚生労働省、農林水産省や消費者に対するヒアリングおよび東京において「ご意見を聴く会」を開催した(5月10日)。その後、7月の第9回目の部会で報告書案をとりまとめ、その報告書案についてパブリックコメントを求めるとともに8月に東京、大阪において「ご意見を聴く会」を開催した。これらの広報・公聴活動では延べ198名の人々から493件に及ぶ賛成、反対あるいは中立の立場からの多様な意見が得られた。その最終案は10月3日に原子力委員会に提出され、その後関係省庁において何らかの対応がなされるはずである。
もともと我国は世界に先駆けてじゃがいもの発芽防止処理のための放射線照射をスタートしたにもかかわらず、30年あまり経過した現在、それ以降の食品照射は認められておらず、世界的には完全に後進国となっている。食品の貯蔵、殺菌など食材の健全性を保持する手法として、放射線照射は優れた手法であることを示す膨大な科学的データが蓄積されており、多くの国々ではすでに認知されている。
このような状況のもとで、国の食品照射の規制が緩和されることを望むとともに、食品照射の社会需要性の向上に、研究会の参加者の協力をお願いするという言葉で講演を締めくくった。なお、多田講師は追加の資料として、表1に示したような世界における照射食品の許可・実用化の現状及び雑誌「婦人乃友」の最新号(2006年10月号)に掲載された里見宏氏(照射食品反対連絡会)の「カレーが危ない」の記事のコピーを出席者に配布された。記事は「進歩」というコラムに掲載されているが、その中で問題としている事項は過去にすでに膨大な実験により否定された問題点をむしかえしているだけで、一向に「進歩」がないと感じたのは筆者だけであろうか?
【会員サロン】
○弊社新製品について(ナノグレイHPへ )
ナノグレイ株式会社・
代表取締役 宮下拓
ナノグレイ(株)では、小線源を利用する様々な用途の検知器を製造している。今回紹介したのはその中の新製品についてである。多田講師の講演にあったように、我国でも香辛料への放射線照射が認可の方向に動き始めているが、そのためには検知の公定法の確立がなされねばならず、遠からず検知法が定められると考えられる。すでに多種の食品照射が認可されているEUにおいて採用されているヨーロッパ標準分析法の一つにTL(Thermoluminescence:熱蛍光)法があり、新製品はそのスペックのEN1788に対応したものである。図3に示すこの装置(TL-2000)は大容量ヒータの採用により、安定・均一な加熱が可能であり、材料研究にも応用できる優れものである。また、2005年6月に施行された放射線障害防止法において従来の密封線源の規制が大幅に見直され、新たに設計認証機器制度が設けられた。この認証をうけた機器の使用に際しては管理区域の設定や放射線取扱主任者の選任も不要となり、簡単な届出のみで使用が可能となる。ナノグレイ社ではこの新たな法令に合致した微弱小線源を使用する密度計(PM-1000)、レベル計(TH-1000)を市場に出した。従来の機器とは異なり、線源には点光源を使用し、検知器には棒状のものを採用して機器のコンパクト化を図っている。また厚さ計としてX線を用いるSX-1000を新発売した。
○小型サイクロトロンの工業利用(会員ページ )
住重試験検査株式会社
放射線利用技術部・部長 西原善明
住重試験検査(株)では、自社製の小型サイクロトロンを利用して様々な照射受託事業を行っている。今回はその一部を紹介していただいた。
現在同社が保有しているサイクロトロンの仕様は表2に示したとおりで、これらの装置で受託している事業は@放射性同位元素の製造、A核反応により生成する中性子および陽電子等の二次放射線の利用、B核反応により生成した放射性同位元素より放出する放射線測定により元素分析、C弾性散乱により生成した欠陥の利用、D励起した元素から発光した特性放射線の測定による元素分析などに大別できる。
今回のご講演ではこのうち特に半導体へのイオン打ち込みおよび中性子ラジオグラフィについて説明された。半導体特にシリコンウエファに特定のエネルギーのイオン種を打ち込み半導体特性を得る手法は従来から行われてきたが、近年大電力用のパワーデバイス・モジュールの需要が世界的に大幅に伸びており、この分野での要求が拡大している。もともとサイクロトロンビームはスポットであるので、ビームをスキャンして面内均一度を保証する必要がある。同社では自社特許による技術で打ち込み深さおよび面内均一度をモニターしながら、自動的に大量のシリコンウエファを処理できる装置を開発して需要に応えているとのことである。
同社ではまた17.7MeVプロトンビームをBeターゲットに照射して9Be(p,n)9Be反応で得られる中性子線を利用した中性子透過試験を行っている。中性子透過試験には原子炉か大型加速器が必要に思えるが、同社ではこの手法で要求に対応しているそうである。近年の課題として、撮像用のコダック製の銀塩フィルムが製造中止となり、対策を迫られているとのことであった。一般カメラが続々とディジタル化されるに伴い、各フィルム・印画紙メーカーが銀塩感光材料の製造から撤退しつつあるが、筆者の個人的見解では分解能という点からディジタルメディアはまだまだ銀塩に及ばないように感じているので残念なことである。
最近の大型カメラ店を覗いても従来の銀塩フィルムの売り場は数年前に比べて1/3以下にまで縮小されているが、産業用フィルムまでが製造中止の方向に進んでいることを知らされて産業構造の急速な変化を改めて認識させられた。
今回の研究会では最近の食品照射の動きに関係して照射の検定法に関係する内容の講演が互いに関係しあって大変有意義であった。懇親会では多田講師は別の集まりがあるとのことで、ご参加いただけなかったが、偶々奥田講師と西原講師が大学での同級生であることが分かり、中締め後も多くの方が残られて大変盛り上がった会であった。
(大嶋記)