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第28回放射線科学研究会聴講記

開催:平成17年10月14日 於:住友クラブ

 

 表記研究会は平成171014日(金)13:30から17:30まで住友クラブ(大阪市西区)において、 藪下延樹氏(非破壊検査(株)・技監)、河合潤氏(京都大学・教授)、熊田幸生氏(住友重機械梶E設計部長)、大西武雄氏(奈良県立医科大学・教授)の4名の方を講師として開催した。

 

1.コンクリート構造物の非破壊検査(会員ページ )

非破壊検査株式会社 藪下延樹

 この講演は第26回放射線科学研究会での藪下講師の「構造物の非破壊検査」の続編である。前回は主として金属材料に的を絞った内容であったが、今回はコンクリート構造物についての講演をお願いした。

 

多くの建造物に代表されるコンクリート構造物は、当初考えられていたメンテナスフリーの安全神話は崩れて、完成後の維持管理の重要性が認識されてきた。特に大規模で高品質管理下の製造工場で大量生産される鋼構造物に比して、コンクリート構造物は現場での製作が多いために、製造時の技術的な問題点が多いとされる。そのため、構造物の健全性を確保し、社会不安を除くために非破壊検査(NDTNondestructive Test)は非常に重要である。検査対象物には 橋梁、ビル、トンネル、高速道路などがあり、対象となる欠陥はコンクリ−トの割れ、剥離、鉄筋の欠損、腐食などである。

コンクリート構造物に適用されるNDTには超音波、弾性波、AEAcoustic Emission)などの振動波動を利用する“弾性波適用技術”と放射線、電磁波、赤外線などの“電磁波適用技術”の二種類がある。概して弾性波適用技術は粗探査技術として優れており、電磁波適用技術は精密探査技術として有効である。講演ではまず従来技術として放射線法、電磁波レーダ法、電磁誘導法、超音波法の原理とその応用について例示されてから、新技術への取り組みの動向について紹介があった。

コンクリート構造物の場合、まず粗探査により欠陥部を高速に抽出し、その後、必要に応じて詳細検査法を適用することが、効率的な診断として要求される。最近では内部探査結果を画像で示す画像化技術が特に求められるようになった。粗探査法としては空間の一点に打音源をおき、被検物に複数の位置標定用センサーを設置し、打撃音をそれぞれのセンサーで受けて、計算機解析をリアルタイムで実施して、二次元画像として異常部を抽出できる打音法がある。リアルタイムで結果の確認が可能であり、疑わしい場所での再打撃・再確認が効率的に行えるという特徴がある。内部可視化技術には超音波や電磁波レーダによるものがあり、近年の進歩はめざましい。

もともと超音波は骨材や鉄筋などの散乱の影響を強く受けるために、内部探査への適用は困難とされていたが、最近では散乱信号を低減化する技術が開発されて、大型コンクリート試験体を対象とする検証実験でも図1に示すような良好な検出性、再現性が確認されている。電磁波レーダ法では新規の信号処理を取り入れた手法の開発により内部欠陥の種類を判別出来る技術が検討され始めている。講演では道路トンネルにおける内部欠陥の検出、種別判定例や鉄筋配置の3D画像化例、埋設部材の長さや欠陥を探査する技術について多くの画像を示しながらの分かりやすい説明であった。

研究が終わって後、堺の金岡団地でエアコン配管のためにコンクリート壁の穿孔工事を施工した際に、多数の鉄筋まで切ってしまい、建物の強度が下がって建て替えが必要かもしれないという報道があり、最近ではマンション強度計算の偽装問題が明るみになるなど、コンクリート構造物の非破壊検査の重要性は一層増しそうである。

 

 

 

 

2.焦電・帯電式X線発生と蛍光X線分析・X線吸収分析から低温核融合まで(会員ページ )

京都大学大学院工学研究科材料工学科・教授

 河合 潤

9Vの乾電池で動作するX線発生装置が開発され、現場で手軽にX線分析を行うことが可能になってきた。その原理と応用について実物のデモも交えて河合講師にお話をしていただいた。

1960年代に当時東芝の寺澤倫孝博士(後に姫路工業大学教授、現ONSA参与)は、絶縁物の帯電によってX線が発生することを発見した。当時は一般にはあまり知られていなかったが、1990年代に入って南アフリカのグループがPIXE実験でフッ化物では異常に強いX線が発生することを報告した。CrF3ではCr単体に比して同一Cr量あたりおよそ7倍のX線のカウントが得られた。Feについても同様の傾向を示した。南アフリカのグループはその理由として従来は知られていない核反応と考えたようであるが、河合講師らは理研のグループとの研究の結果、帯電による強い電場がX線発生の原因であると結論した。その後米国で焦電結晶によるX線発生の報告があり、Amptek社から焦電結晶を用いたX線源が販売されたが、当時の製品は未完成で、50個中まともにX線が出るのは1個程度であったそうである。河合講師らの研究では結晶のおかれた真空度が極めて重要であることが分かったので、そのことをAmptek社に指摘した結果、安定したX線が得られるようになった。現在Amptek社からは焦電結晶X線源とコントローラを一体型にしたCOOL-Xという製品が市販されている。(図2

BrownridgeらはLiTaO3,LiNbO3,CsNO33種類の焦電結晶に関してX線発生の研究を行った。これらの結晶は温度を変化させることにより結晶表面に分極電荷が出現する。数10mTorrのガス中で結晶を加熱すると結晶の−z面がプラス、+z面がマイナスに帯電する結果、ガス中に存在する少数の電子が電場によって加速されガス分子と衝突し、さらに電子が生み出されて多数の電子が−z面に衝突、あるいは+z面に対向しておかれているターゲットに衝突してX線が発生する。

COOL-XX線分析装置を組み合わせると小型の蛍光X線分析装置が作製できる。うまく使えば0.1ppmの遷移金属の分析が可能とのことであった。

焦電結晶に関する新たなトピックとして、20054月に米国の研究者が重水素を含む固体に焦電結晶による高電圧を印加することによって中性子が得られたと報告した。これはヘリウム温度から常温まで昇温する過程で核融合が生じたと考えられ、低温核融合の新しいページが開かれるかもしれない。

現在世界各国で工業製品中の有害元素を規制する動きがあり、そのためにハンディーな小型X線蛍光分析装置の需要が高まってきている。このX線源には現在はミニチュアX線管が使われているが、レーザ励起X線に置き換わる動きも出てきた。

河合講師はCOOL-Xと小型サーベーメータを持参して、X線発生の実演をされた。温度の変化に伴ってX線発生の割合が変化していく様子がサーベーメータの音の変化から、よく分かって参加者の大きな注目を浴びた。

 

3.小型加速器の医学利用:PET用薬剤製造システムの紹介(会員ページ )

住友重機械蒲ハ子先端機器事業センター・部長

 熊田幸生

 早期がん検診の切り札としてPET(Positron Emission Tomography:陽電子放射断層撮影)の導入が急速に進んでいる。PETでは半減期が2110分程度の短寿命のトレーサ(11C,13N,15O,18F)を利用するので、病院でこれらを製造するための加速器が必要となる。最近では、やや寿命の長い18Fを標識とするFDG(ブドウ糖の同位体)が保険適用(2002年)となり、企業で製造した薬剤を需要に応じて配送するシステムも出来つつあり、加速器を持たなくてもカメラさえ準備すれば、一般病院でも診断が可能となってきたので、PET診断はますます増えると見込まれている。今回は加速器で最大のシアーを有するメーカーの住友重機械鰍フ熊田講師に現状のご紹介をいただいた。

住友重機械鰍ヘ総合重機メーカーであるが、長年にわたって加速器においても我国の中心企業の地位を占めてきた。加速器では小型の研究用からがん治療などに用いられる大型のサイクロトロンまで広範囲のものを製造してきた実績を有している。最近ではPETRI薬剤の製造に供されるサイクロトロンの需要が急増しており、サイクロトロンに合成装置・品質管理装置に加えて薬剤自動投与器まで含めた図3のようなPETシステムを市場に供給している。20051月現在で住友重機械製の加速器は69台の納入実績があり、一層の増加が見込まれている。PET画像の分解能は現在 23mm程度でCTMRIのそれらの1mm未満よりは劣るが、機能診断が可能であることが最大の長所で、CT,MRI画像と組み合わせることで、診断精度は大幅に向上する。PETの導入により、がんの発見率はおよそ10倍程度にあがっているそうである。また薬剤の選択によりFDDではがん、アルツハイマー症診断、15Oガスでは脳卒中、11Cメチオニンでは別のがん、13Nアンモニアでは心筋の診断と異なる症例に対応できることもPETの大きな特長である。これらのRI薬剤は次の核反応で製造される。

11C14N(p,α)11C       13N 16O(p,α)13N

15O15N(p, n)15O または 14N(d, n)15O

18F18O(p, n)18F または 20Ne(d,α)18F

上の反応から分るように加速イオンには水素または重水素が用いられるので、PET用加速器としてはそのようなイオンを加速出来る加速器が必要で、住友重機械鰍ナはそれぞれの目的に応じて小型から大型までの3種類を製造している。近年の特徴としては照射室の設置コストを下げるために、自己シールド型のサイクロトロンが製造されるようになり、設置費は大幅に下がったそうである。また、PETでは陽電子-電子対消滅時に放射される一対の511keVのγ線をシグナルとする関係で、それによる被曝は避けられない。そのため一連の作業において被曝の低減化を図るために合成装置や品質管理装置が自動制御となり、被曝量は以前の1/8程度の一日10μSv以下となったとのことであった。また、被験者に薬剤を投与する際には以前は医師がシリンジを用いて投与したため、1本につき1μSvとして一日30μSvもの被曝のおそれがあったが、自動分注化の結果一回につき1μSv程度までに低減化が実現したそうである。担当看護士においては被曝量は腹部で1/4、皮膚で1/9まで下がったとのことであるが、被曝量のさらなる低減化が今後の重要な課題である。

最近の医療の進歩は目覚しいものがあるが、それに伴う医療従事者の放射線被曝について忘れることがあってはならないとの強い印象を受けた。

 

4.がん−なりやすさ・なおりやすさ−(会員ページ )

奈良県立医科大学・教授 大西武雄

 世界一の長寿国と言われる我国では現在年間約32万人ががんで亡くなっている。がんは高齢者に多い病気であるので、今後も多くの人ががんになるおそれがあるといえる。このがんについてなりやすさ、なおりやすさの本質を大西講師独特の語り口で分りやすく講演していただいた。

最近の研究から(1)生活環境ががんを作ることがある、(2)がんになりやすい遺伝様式がある、(3)感染するがんがある、などが指摘されているが、このうちほとんどのがんは生活環境によって出来ると考えられるようになった。研究結果をふまえてがんにかかるリスクを小さくするには≪1.バランスのとれた栄養、2.繰り返し同じものをとらない、3.食べ過ぎない、4.深酒をしない、5.煙草をなるべく少なく、6.ビタミンA,C,Eを適当にとる、7.あまり熱いものはとらない、8.あまり焦げたものは食べない、9.カビのはえたものはとらない、10.紫外線にあたらない、11.働き過ぎはやめる、12.身体は清潔に保つ≫を実行すればがんの60%は防げるとのことである。このうち煙草をやめるだけでも30%防ぐ効果があるので、現在煙草をすっている人はすぐにやめなさいと忠告された。出席者の中にも耳のいたい方が何人かおられたようであった。

がんは様々な環境原因によって個体の遺伝子DNAに傷がつき、その傷が修復されないときにがん細胞が発生すると理解できる。大部分の人は両親からこの遺伝子の傷を元に戻す能力を授与されているが、稀に何万人に一人程度の確率でそれを持ち合わせていない人がいて、その場合はがんになりやすくなる。したがって、多くの人にとってはがんは生活環境に原因すると言ってもよい。遺伝子の研究の進歩によってがん関連遺伝子にはがん遺伝子(アクセル)とがん抑制遺伝子(ブレーキ)があり、それぞれに多くの遺伝子が存在することが明らかになってきた。したがって万一がんにかかった場合、その患者にがんを引き起こした遺伝子の組み合わせは患者によって異なっていると考えられる。大西講師の研究ではがん抑制遺伝子p53の遺伝子型が正常型の人はがんが治りやすく、それが変異型の人はがんが治りにくいことが分かった。このことは各個人の遺伝子情報を得ることによって、患者ごとに異なる治療法を採用するオーダーメイド治療法が可能となることを示唆している。

 

今回の研究会ではそれぞれの分野の専門の講師の方から最新の話題を提供していただき、時間の過ぎるのを忘れるほどであった。河合講師には実物までご持参いただき、こんな小さなものからかなり強いX線が放射してくるという現実に驚かされた。大西講師のお話は愛煙家にとっては大変耳の痛い内容であったと思われる。各講師の方には研究会終了後の懇親会にもご参加いただき、平成17年度最後の研究会をしめくくるにふさわしい盛り上がった内容であったと自画自賛している。(大嶋記)

 

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