第24回放射線科学研究会聴講記
表記研究会は平成16年7月16日(金)13:30より、17:00まで住友クラブ(大阪市西区)で、エキゾチックビームシリーズ第2回として川瀬洋一先生(京都大学原子炉実験所・教授)、岩瀬彰宏先生(大阪府立大学先端科学研究所・教授)、水木純一郎先生(日本原子力研究所関西研究所・放射光科学研究センター長)、石野栞先生(東京大学名誉教授)の4名の講師をお招きして開催した。
1.RIビームの生成とそれを用いた物質科学研究(会員ページ )
京都大学原子炉実験所・教授 川瀬洋一
京都大学原子炉実験所では1970年代から、原子炉内で生成される数百種類のRIの中から、目的とする短寿命不安定核を化学操作を行うことなく、オンラインで分離する図1に示すような同位体分離装置(Isotope
Separator On-Line, ISOL) の開発を行い、新同位元素を6核種発見した。本講演ではISOLとRIビームを効率よく取り出すための装置に関する説明とそれらのビームを用いた様々な物性実験についてお話していただいた。
RIビーム実験では打ち込むRIそのものがプローブ核として情報を与えるので、僅かなドープ量でバルクの性質を損なうことなく、測定が可能となる大きな利点を有する。放射性原子核をプローブとして用いる物性実験の一つに摂動核相関法があるが、実験上の様々な制約があり、実用化されている核種はあまり多くない。この講演ではISOLで得られた140Laをプローブとして行った時間微分型摂動核相関(TDPAC)の興味ある結果が報告された。まず、酸化物高温超伝導体として良く知られているYBa2Cu3O7-xにISOLから得た140Csを打ち込む。140Csはβ崩壊により140Ba、140Laを経て最終的には140Ceとなる。この過程における140Baの半減期は12.8日で、140Laの40.3時間に比べて長く、放射平衡となる。従って140LaのTDPACの測定からBa原子の周りの情報を得ることが出来る。その結果、酸素欠損状態ではBa位置で内部磁場が出現するのに対して、酸素雰囲気で熱処理した場合には磁場が消滅することを確認した。また、CaB6に少量のLaを添加すると磁性が出現するとの報告が最近なされ、140LaのTDPACを測定したところ、La濃度に依存した磁場が発生していることが分かったが、磁性の機構については今後の課題である。
2.GeVイオンによる固体内高密度励起現象とマテリアル工学への展開(会員ページ )
大阪府立大学先端科学研究所・教授 岩瀬彰宏
100MeV〜1GeVという大きなエネルギーを有する重イオンが物質中に打ち込まれると、物質中の原子と直接衝突する確率は小さいが、そのイオンの経路に沿って、電子が高密度に励起される。この励起エネルギーが格子系によって緩和される過程で様々な照射効果が発現する。その特徴として1)局所的・瞬間的エネルギー付与に起因する局所的構造変化、2)付与エネルギーに対して非線形応答、3)イオン種、エネルギーに依存する多様な事象の出現があげられる。これらの現象を材料科学に応用することによって熱平衡下では生成できないような物質の創製、あるいは新機能やナノ構造を有する新規物質の創製が可能となる。講演者らがこれまでに行ってきた実験の結果、1)高温超伝導体の臨界電流向上、2)磁性合金の磁性改質、3)異種元素界面における電子励起ミキシング、4)固体内ナノ微粒子分散制御、5)電子励起スパッタリング などの技術に応用出来ることが分かった。図2は高エネルギー重イオンをBiSrCaCuO高温超伝導体に照射して重イオンの経路に柱状の非晶質欠陥領域(常伝導)が形成され、その領域が磁束量子をピン止めすることによって、超伝導臨界温度が上昇することが明らかになった例を示している。電顕写真上で泡状に観察される領域が非晶質トラック(柱状欠陥)である。
このようにGeVイオンの照射効果は材料科学の点からも様々な注目すべき現象が観察されているが、照射に伴う高密度電子励起状態から格子系へのエネルギー緩和機構は依然として未解明であり、今後の重要な研究課題である。
3.放射光X線の非弾性散乱による物性研究(会員ページ )
日本原子力研究所 水木純一郎
(関西研究所放射光科学研究センター長)
物質にある特定のエネルギーのX線を照射すると、その構成物質(主として電子)との相互作用の結果、もとのエネルギーとは異なる散乱X線が出てくる。このような非弾性散乱してきた波を分光することにより、物質内部の情報が得られることになる。使用する波の波長は結晶中の原子間隔に近い0.1nmのものが必要となる。従来の非弾性散乱の実験にはもっぱら中性子線が用いられてきたが、その理由はこの程度の波長の中性子のエネルギーは数10mVで物質の素励起の値に近いためであった。一方、0.1nmオーダの波長のX線のエネルギーは数10keVのオーダであることから、中性子線の場合に比して遙かに高い分光技術が要求される。また中性子は電荷を持たないために、原子中の電子とは直接には相互作用しないが、X線は電子と相互作用するので、X線非弾性散乱の研究は物質中の電子の振る舞いを明らかにするうえで、非常に有効な手段である。さらに中性子散乱実験ではサイズの大きい均質な試料が必要であるのに対して、小径のビームが利用出来るX線散乱においては小さい試料ですむことも大きな利点である。近年の大型放射光設備がこのX線非弾性散乱の実験を可能にした。装置の基本構成は中性子非弾性散乱で使用される3軸回折計と同等であるが、分解能をあげ、微弱強度の非弾性X線を検出するための工夫が施してある。講演では最近の固体物理の分野において大きな関心が持たれている強相関電子系物質のなかで、巨大磁気抵抗を顕わすペロブスカイト型Mn酸化物(LaMnO3)と高温超伝導体の一つであるLaSrCuO系についての成果が紹介された。LaMnO3のMnをSrで置換していくと金属−絶縁体転移と反強磁性−強磁性転移を同時におこすことが知られている。その物性は3d電子軌道の挙動に関係すると考えられているのでMnのK吸収端近傍(〜6.55keV)の共鳴非弾性散乱実験を行い、図3のような結果を得た。入射エネルギーが吸収端より僅かに大きい6.554keVでは3eV付近に励起強度が観察され、入射エネルギーの上昇に伴ってさらに高エネルギー側に2つのピークが出現している。このピークはハバードバンド遷移に関係するもので、この物質の電子相関の定量的議論を可能とした。また高温超伝導体の実験においては試料の一端から他端にかけてSr濃度を連続的に変化させたLa2-xSrxCuO4単結晶を用いてX線非弾性散乱実験を行い、Cu-O bond stretching mode の測定に成功した。
4.原子力材料に観る特異な照射効果(会員ページ )
東京大学名誉教授 石野 栞
石野先生が著された「照射損傷」は材料科学系大学院生のテキストとして名著と言われてきたが、絶版となってしまい残念なことである。石野先生は原子力材料における照射損傷の研究について歴史的な経過を概観された後、世界各国の原子炉の発展についてお話をされた。続いて原子炉材料における照射効果の研究の現状に触れられてから、これらに観察される特異な照射効果について例示された。それらは以下のようにまとめられる。
○照射後試験と照射中の現象の違い
○核的エネルギー付与と電子的エネルギー付与
○高密度エネルギー付与による非線形的効果
○それまで見過ごされてきた効果
○高フルエンス効果
○材料の特異性に起因する効果
○複雑な照射環境下の複合効果 など
原子炉材料の研究が始まってから、すでに半世紀が経過しているが、新しい現象の発見に伴って今後、照射に伴う非線形効果や電子的エネルギー付与の最終的緩和過程やその時間構造の研究、合金系の照射効果理論の定式化、材料中に観察される多様な特異現象の解明とそれらの応用についてさらなる研究が必要であることを指摘された。
今回の研究会では内容が豊富で多岐にわたり著名な先生方に講師をお願いしたためか、学生の参加申し込みもかなりあったので、会場の後部の机を減らして椅子の数を増やして対応した。しかしながら、当事者からみれば、もっと多くの大学院生に聞いてもらえればなお良かったと思っている。講演会終了後に開かれた交流会には講師の先生方にはすべてご参加いただき、参加者と親しくご歓談いただいた。
(大嶋記)