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第23回放射線利用総合シンポジウム 聴講記

標記シンポジウムは、平成27年1月26日(月)午前9時40分から午後5時まで、大阪大学中之島センターにおいて盛大に開催された。参加者は88人であった。

最初に一般社団法人大阪ニュークリアサイエンス協会 豊松会長の挨拶が行われた。このシンポジウムは大阪府立大学地域連携研究機構と大阪ニュークリアサイエンス協会との共催ではあるが、文部科学省を始めとして多くの官学協会からの後援と協賛を受けて開催されていることへの謝辞から始まり、東日本大震災での被災者の支援の継続が必要なことは言うまでもないことであるが、原子力のリスクを正しく把握して、そのメリットも考える時期に来ているとの指摘がなされた。更に今回のシンポジウムにおける斯界の第一人者による講演への期待と、講演後の質疑応答時における参加者の活発な議論を希望する旨が述べられた。

次に、大阪府立大学 谷口良一氏、京都大学 鈴木 実氏、日本原子力研究開発機構 斎藤寛之氏、若狭湾エネルギー研究センター 峰原英介氏、京都大学名誉教授 代谷誠治氏、理化学研究所 大竹淑惠氏、大阪大学 牛尾知雄氏、東京工業大学名誉教授 中條利一郎氏の8名の講演が行われた。午前中の3件を児玉 靖司氏(大阪府立大学)、午後前半の2件を宮丸広幸氏(大阪府立大学)、後半の3件を大嶋隆一郎(大阪ニュークリアサイエンス協会)が座長を務めた。全ての講演において座長の主導により、非常に活発な質疑応答がなされた。

最後に大阪府立大学 地域連携研究機構 放射線研究センター長 奥田教授による閉会の挨拶が行われた。今回のシンポジウムが放射線利用の多岐に亘ることが分かる幅広い分野での講演であったこと、最近この分野の若い技術者や研究者が少なくなったことを憂い、その解決の一助として大阪府立大学 大学院工学研究科に量子放射線系専攻が開設されたことが説明された。最後に講師の方々への謝辞と拍手で挨拶を締めくくられた。

その後場所を替えて46名の参加による新年互礼会が盛大に行われた。講師を囲んでの講演内容に関する懇談や、会員同士での最近の放射線利用などを話題とした歓談がなされ、会員間の親睦が大いに高められた。

 

 

各講演の聴講記は以下のとおりである。

 

 

1.宇宙と放射線(会員ページ )

大阪府立大学 地域連携研究機構 放射線研究センター 教授 谷口良一

 

私たちを取り巻く環境には、自然放射線が存在することが知られている。この度の谷口講師の講演は、自然放射線の中でも宇宙放射線に着目したものであった。宇宙線による地上での被ばく線量は、年間0.3mSvと推定されているが、高度が高い場所では被ばく線量は増加する。飛行機で東京—ニューヨーク間を往復すると0.2mSvの被ばく、さらに人工衛星の宇宙飛行士は1日に1mSv被ばくすると推定されている。この宇宙放射線は、太陽を起源とする太陽風と銀河宇宙線の2つに大別される。太陽風は太陽表面から放出される放射線で、その成分の大部分は陽子と電子である。その量は絶えず変動しており、長期的には太陽活動によって増減し、太陽黒点の増加する極大期には太陽宇宙線も増加する。地球に向かって飛んでくる太陽風は地球磁場によって排斥されるが、その一部は地磁気に巻き込まれ、磁力線に沿ってらせん運動をしながらN極とS極の間を往復運動する形で閉じ込められる。これらの荷電粒子は北極と南極で最も地表に近づき、このとき大気はこれらの粒子の影響で光を発する。これが地表からオーロラとして観察される。この意味で、オーロラは、太陽からの宇宙放射線と地球大気による絶妙なハーモニーが生み出す自然の芸術と言えるかも知れない。

 一方、銀河放射線は、太陽系の外側から飛来するもので、太陽風に比べてエネルギーが高く、これらは大気の原子と反応して多数の二次宇宙線を生成する。これらの二次宇宙線がさらに大気と反応してより多数の二次宇宙線を生成し、宇宙線は数を増やしながら地上に到達することになる。この現象を宇宙線シャワーとよぶ。銀河宇宙線の起源は不明なものが多く、宇宙創生時からあるとの説、超新星爆発に由来するとの説、銀河の中心にあるブラックホールに由来するとの説等があるが、いずれも定説とはなっていない。

図2 超高感度撮像装置の試作

 

図3 アスベスト(a)と土壌(b)の放射線スペクトルの比較

 

 自然放射線を利用しようとする試みは決して多くはないが、その例を次に紹介する。最初に紹介するのは、中性子ラジオグラフィである。これは、中性子線を透過させて検査する非破壊検査法である。X線が重い元素で吸収、散乱されるのに対し、中性子は水素などの軽い元素で強く散乱される。したがって、重い金属中の水素、水等の軽元素の検査等X線では不可能な検査に適しており、ロケットの火工品、飛行機構造材の腐食検査、ガスタービンブレードの検査等に実用化されている。中性子ラジオグラフィが一般検査として普及していない理由は、中性子源が制限されているからである。そこで、谷口講師らは、弱い中性子源でも実用に耐える画像が得られる高感度の中性子画像化装置の開発を行ってきた(図2)。その結果、2次元光子計数装置と中性子有感シンチレータを組み合わせて、従来の装置の1万分の1から百万分の1の弱い中性子場においても中性子画像を得ることに成功した。現在、さらに自然放射線中の中性子を利用するラジオグラフィ装置の開発を進めているところである。将来において、鉄構造材中の水分分布、及び腐食の検査を目標にしている。

 最後に、自然放射線を利用したアスベストの検知法の開発について紹介した。アスベストは、かんらん石、角閃石等の造岩鉱物が熱水変成をうけて含水の繊維状鉱物になったものである。その成因から考えると、アスベストは熱水鉱床で産出されるレキ青ウラン鉱石などと同様にアクチニドであるウラン、トリウムを集積し、多く含むようになったものと考えられる。実際に、アスベスト試料中のウラン+トリウム放射能とK40放射能を測定するとかなり高く(3)、かんらん石などより一桁高いレベルを示した。この自然放射線を利用すればアスベストの非破壊検知法が可能となる。また、通常岩石中の自然放射線核種のU/Th比が0.10.5なのに対し、アスベストのそれは2.5を示し、ウラン系列が圧倒的に多いこともエネルギースペクトル分析から明らかになった。以上の知見をもとに、アスベスト検知装置を考案した。この装置はアスベストを直接判定するものではなく、ガンマ線を測定する。すなわち、(a)測定放射線レベルが低ければアスベストは存在しないと判断する。(b)測定放射線レベルが高くても、放射線成分のうち、トリウム成分が多ければ、アスベストは存在しないと判断する。(c) 測定放射線レベルが高く、しかも放射線成分のうち、ウラン成分が主成分であればアスベストの存在が疑われる。この場合、(c)の判定が出ても、アスベストの存在を確実にするには、別の検査が必要である。一方、(a), (b)の判定が出た場合には、かなりの確率で「アスベストは存在しない」と判断される。

 以上のように、自然放射線を利用した分析、検査はまだ数が少ないが、この分野が今後発展することを願ってやまない。

(児玉靖司 記)

 

 

2.ホウ素中性子捕捉療法の将来展望
―加速器BNCTが切り拓く癌治療―
(会員ページ )

京都大学 原子炉実験所 粒子線腫瘍学研究センター 教授 鈴木 実

 

治療法であるが、癌細胞選択的重粒子線治療という特徴を活かし、他の放射線治療で対応が困難な癌への実施が期待されている。

これまで京都大学原子炉実験所の研究炉では、500例以上のBNCTを実施しており、日本がこの分野で世界を牽引している。しかしながら、研究炉を中性子源として使用する状況下では、今後BNCT症例実施数を飛躍的に増加させることは難しい。

そこで、小型加速器を中性子源とするBNCT照射システムが開発され、治験が開始されている。本シンポジウムでは、鈴木講師が加速器BNCTの実際と将来展望について講演された。

 ホウ素中性子捕獲反応は、ホウ素原子核(10 B)が、エネルギーの低い中性子を補足し、直ちにヘリウム原子核(4He, α粒子)とリチウム原子核(7 Li)に分裂する反応である。この2つの原子核は、それぞれ10μm以下の距離しか飛ばず、全エネルギーを放出して停止することから大きな殺細胞効果が期待される。この反応が起こる場は、細胞1個の大きさ以下であることから、ホウ素を取り込んだ細胞だけに殺傷効果があり、周囲のホウ素を取り込んでいない細胞には影響が及ばないことになる。したがって、BNCTを癌細胞選択的重粒子線治療として成立させる鍵は、いかにして癌細胞にホウ素薬剤を集積させるかにかかっている。現在、BNCTの臨床研究に使用しているホウ素薬剤はボロノフェニルアラニン(BPA)というフェニルアラニンにホウ素を付加した薬剤である。癌細胞は、正常細胞より増殖に必要なアミノ酸の取り込み能力が亢進しており、BPAは癌細胞により多く集積することになる。

  

   図1 講演中の鈴木講師

 

 一方、BNCTの弱点は、まず、中性子が体内に入射されると急速に減衰してしまうために体深部に十分到達せず、したがって、皮膚から10cm以上の位置にある腫瘍への適応が困難なことである。また、ホウ素薬剤に起因する弱点として、ホウ素薬剤の不均一分布による腫瘍内のミクロな低線量照射域の存在がある。これら弱点の克服にはさらなる基礎研究が必要である。

 さて、加速器BNCTに用いる加速器はコンパクトであり、既存の病院に併設が十分可能である。サイクロトロンによって陽子を加速し、取り出した陽子ビームをベリリウムターゲットに当てて中性子を発生させ、これを中性子減速材で減速させて熱外中性子としてBNCTに用いる。BNCTの適応拡大疾患として、放射線治療後の局所再発腫瘍があげられる。例えば乳癌照射部位における局所再発は、皮膚面、あるいは皮膚直下であることからBNCTの適応が有望である。直腸癌も良い適応疾患になる可能性がある。肺癌においても、胸壁近くの局所再発にBNCTの適応があると考えられる。このように、乳癌、大腸癌、肺癌は罹患頻度が高いcommon cancerである。今後、加速器BNCT照射システムが普及することにより、BNCTcommon cancerの局所再発腫瘍に対して新規治療法として適応されることが期待される。

 

図2 悪性胸膜中皮腫へのBNCT

 

  図3 BNCTの将来展望

 

 また、通常の放射線治療は、多発肺腫瘍、多発肝腫瘍への適応は困難であるが、BNCTはホウ素薬剤を投与後に中性子線を肺、肝臓の臓器全体に照射することにより、癌細胞に対して、隣接する肺、肝臓の正常細胞より大きな線量勾配をつけて重粒子線照射を実施することが可能である。鈴木講師らは、悪性胸膜中皮腫に対してBNCTが適応可能と考えて臨床研究を実施している(図2参照)。

 このように、BNCTが適応可能な疾患群が広がりつつある。今後、原子炉物理、中性子物理、加速器工学、医学物理の研究分野、また、ホウ素化学、薬理学などの研究分野、さらに、放射線腫瘍学、核医学、放射線看護学、放射線生物学の研究分野が集結して、BNCT工学、あるいはBNCT腫瘍学ともいうべき学問分野が構築されていく必要がある。その基本的なツールとして、加速器中性子源のさらなる開発・改良は、臨床治療機器のみならず、基礎研究を推進していくためにも重要である(図3参照)。

(児玉靖司 記)

 

 [ONSA賞受賞講演]

3.放射光その場観察を利用した新しい水素貯蔵合金開発(会員ページ )

日本原子力研究開発機構 量子ビーム応用研究部門 研究副主幹 斎藤寛之

 

現在、水素エネルギー社会実現のための要素技術の開発が進められている。燃料電池自動車の実現においては、ガソリン自動車と同程度の走行距離を確保でき、かつ省スペースな貯蔵技術の開発が求められている。現在実現されている水素吸蔵合金は、LaNi5TiFeなど比較的重い元素から構成されており、より軽量の水素貯蔵材料が求められている。アルミニウムは、軽金属で、資源量も豊富、しかも人体に対して無害であり、水素吸蔵合金の材料として有望である。その一方で、アルミニウムおよびその合金は水素との反応性が極めて低く、錯体水素化物を除くと水素化物は形成しないと考えられていた。そこで、斎藤講師は新規水素化物を合成しやすい高温高圧下でアルミニウム合金から水素吸蔵合金(≡侵入型水素化物)が実現可能かどうかを調べた。

 

  図1 講演中の斎藤講師

 

 出発物質は粉末状にしたAl2Cu合金を用いた。この合金を高圧(10GPa)、高温(900℃)で水素化した。高温高圧発生には、キュービックタイプマルチアンビルプレス装置(図2)を用いた。この装置では、試料が立方体6方向から圧縮され、試料位置に超高圧が発生する。さらに、高温高圧下での水素化実験には高圧セルを用いた。このセルの中心には貫通穴があり、その中にはグラファイトヒータと通電用の電極がセットされている。ヒータの内部には、試料と試料カプセル、高温高圧下で水素を放出する固体である内部水素源と水素を閉じ込める水素封止カプセルがセットされている。内部水素源は、約400℃で水素を放出するので、400℃以上の高温下で試料が水素流体中に保持されるしくみである。試料の構造変化の様子は放射光X線回折測定でその場観察した。その結果、Al2Cuは、分解反応と逆反応を経た後に、10Pa800℃の温度圧力条件で水素化できることが分かった。その後の実験的検討と計算で決定された結晶構造から、水素がAl2 Cuの金属格子の隙間に入った侵入型水素化物、すなわち、目的とするアルミニウム基の水素吸蔵合金の合成に成功したことが判明した。

 一方、鉄は水素原子6個と結合した錯イオン[FeH6]4-からなる錯体水素化物を形成することが報告されている。そこで理論予測されるLi4FeH6が実際に合成可能か、高温高圧合成により検証を行った。LiH4と純鉄の粉末をモル比6:1で混合した粉末を出発物質として用いた。その結果、4.1GPa600℃で試料の一部が水素化し、Li4FeH6が生成することが明らかになった。反応温度を850℃まで上げても反応はほとんど進行せず、それ以上温度を上げると水素化物が分解することが分かった。そこで、さらに圧力を上げ、9.7GPaの圧力下、900℃で混合粉末を水素化したところ、図3に示すように試料全体が水素化し、理論的に予想されたLi4FeH6が実際に生成されることが分かった。温度圧力条件を変えて混合粉末試料を水素化した結果から重要なことが2点明らかとなった。1つは、反応を完全に進行させるためには、圧力にはほぼ依存せず、900℃以上の高温が必要である点である。2つめは、高圧から外挿される分解曲線から、Li4FeH6は常温常圧近傍でも熱力学的に安定に存在しうるという点である。以上の結果から、Li4FeH6の合成に本質的に必要なのは900℃以上の高温であり、高温でLi4FeH6を安定に存在させるために高圧が必要であることが分かった。

 

 

 2 マルチアンビルプレス装置      3 9.7GPa900℃でLiH4と純鉄粉末の完全な水素化に成功

 

 以上のように、放射光その場観察を高温高圧法と組み合わせることで、効率的に高温高圧合成実験を進められるようになった。今後、中性子線回折法による高温高圧その場観察が可能になると、水素やリチウムなどの軽元素の構造情報も直接観察可能になるだろう。すでに、斎藤講師らはJ-PARCの施設を利用して、高温高圧中性子線回折法によるその場観察に成功している。今後のこの分野でのさらなる研究進展が期待される。

(児玉靖司 記)

  

4.次世代放射光XFELとERLの現状(会員ページ )

若狭湾エネルギー研究センター 研究開発部

 レーザー除染チーム 嘱託研究員 峰原英介

 

レントゲンが発明したX線管から出発したX線光源は、電子線加速器を用いた各世代の技術の発展により急速に輝度を増加させている。近年における放射光の利用は学術利用のみならず、産業応用にまで広く進展している。このような放射光の利用拡大には放射光源の輝度、コヒーレンス、フェムト秒にも及ぶ時間分解能など様々な性能面での大幅な向上があったことが要因であり、その進歩は現在も続いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

講演ではこれまでの性能を大幅に上回る第4世代の放射光源として注目されているX線自由電子レーザー(XFEL)とエネルギー回収リニアック放射光源(ERL)の2つについて、その発生原理や光源の特徴が紹介された。はじめに従来の共振器型自由電子レーザーの原理の説明からXFELについての説明があり、世界で最初のXEFLであるLCLSの概要が示された。次に世界で第2番目にXFEL発振を成功させた理化学研究所のSACLAの紹介があった(図2)。

  

 

またドイツで建設中のEuropean XFELLCLSSACLAに加えた3つの光源の詳細な性能比較が行われた。European XFELについては超伝導磁石を用いており、後発なことからも、より高性能な光源を目指している印象を受けた。次にERL技術とその特徴についての説明があった。蓄積リングだと放射励起によるエミッタンスの増大に加え、エミッタンスが扁平になり集光サイズに限界があり、短パンチ生成も困難である。それに対してリニアックだと大電流動作は短時間しかできないが、基本的にフェムト秒バンチができるのに加え、フォトカソード等を用いると小さいエミッタンスが可能である。このように従来の蓄積リングとリニアックによる光源には一長一短があるが、それら双方の良さを取り入れたものがERL光源であるとのことであった。次にERLの入射器電子ビームエミッタンスの条件やERL放射光利用の質的変化について説明があった。また講演者が以前行った原研におけるERL先行研究の紹介につづき、日本におけるERL研究であるコンパクト(cERLについての紹介があった(表1参照)。

最後にXFELERL光源それぞれの特徴や用途が次のようにまとめられた。XFELは非常に高い電界など極限状態を作るのに適しており非線形実験、高強度場実験に特化しているがシングルユーザーであること、ERLはコヒーレンスがXFELと遜色ないため繰り返し性を使った実験ができ、エンドステーションが多く敷設できるメリットからユーザーが多い実験などが可能で、これまでの世代の放射光と同じような使い方ができる点が特徴である。

今回の講演は最先端の放射光源であるXFELERLについて、その特徴が比較によって分かりやすく紹介されており、放射光の利用を検討している研究者にも大変参考になるものであった。

(宮丸広幸 記)

  

5研究用原子炉は何の役に立つのか?(会員ページ )

京都大学 名誉教授 代谷誠治

 

研究用原子炉はウランの核分裂連鎖反応を利用した強力な中性子源であり、理学、工学、農学、医学等の幅広い分野の研究に利用されている。講演では主に大阪府にある3基の研究用原子炉で行われている数々の先端研究ならびに教育としての観点からの利用についての紹介と、今後の役割に関する展望が述べられた。はじめに発電用原子炉は核分裂エネルギーの利用を目的としており、研究用原子炉は中性子源として利用する違いがあり、発電用原子炉とは別の安全規制が行われることになっているとの説明があった。またわが国の運転可能な研究用原子炉について、その一覧とともに紹介された。

 現在は福島原発事故による安全対策への対応から、その全てが運転停止中であり、中でも最も早く稼働できそうな研究用原子炉が関西周辺のものであろうとのことであった。

次に強力な中性子源としての利用の具体例についての紹介があった。原子炉の利用で最も件数が多いのは中性子放射化法による微量元素分析である。また放射化による放射性同位元素の製造や中性子の散乱現象を利用した物質構造解析、中性子ラジオグラフィについても紹介があった。中性子の性質を上手に利用した特徴あるこれらの分析法は他に置き換えることができないものであり、またその実現には高線量の中性子場が必要となる。このことからも研究用原子炉の意義とその重要性を実感させるものである。また近年注目されている癌治療法である中性子捕捉療法についても世界の研究用原子炉を利用した症例数の増加と成果の蓄積により、実用化への期待が高まりつつあるということであった。

 

  

 

   次に大阪府にある近畿大学原子炉(UTR-KINKI)、京都大学研究用原子炉(KUR)及び京都大学臨界集合体実験装置(KUCA)のそれぞれの研究用原子炉の利用実績の紹介が順に行われた。UTR-KINKIは国内では民間第1号の原子炉、かつ初の大学原子炉であり、現在では全国大学共同利用施設となっている。UTR-KINKIでは様々な研究課題が行われているが、図2に示すように特に原子力に関する教育・訓練活動で大きな役割を果たしていることが示された。

KURについてはこれまでの研究を中心にその成果について紹介があった(図3参照)。KURにおける放射化分析によって、イタイイタイ病のカドミウムの特定、ノーベル賞学者の白川英樹博士が発見し開発された伝導性高分子に金属等の混入がなかったこと、小惑星探査機「はやぶさ」が持ち帰った微粒子が宇宙由来物質であることが確認されたなどの成果がもたらされた。またKURでは実験設備に絶え間ない開発や工夫を繰り返して、中性子を利用した研究に新たな展開をもたらす努力が常に行われている。具体的には世界最高レベルの多層膜スーパーミラーの製作技術、冷中性子源の設置と関連研究、重水熱中性子設備の改造によるホウ素中性子捕捉療法(BNCT)の適用などであった。KUCAについては原子炉の研究に加えて原子力専攻学生の教育訓練を行っており、外国人学生も含めて教育目的にも盛んに原子炉が活用されているということであった。

最後に研究用原子炉の役割と将来についての展望が述べられた。高濃縮燃料に関する問題は大学等では対応が困難であり、国際的な問題であることからも国が主として対応すべきとのことであった。また研究炉の後継と将来の研究炉の検討についても、原子炉の用途は様々であるため、すべての使用目的にあった1基の研究炉の設置などは難しいことや国の支援が必要であることなどが説明された。

質疑応答では、現状における研究用原子炉と発電炉の規制に対する国の姿勢について質問があった。またBNCTの利用状況やトリウム炉についての質疑応答があった。研究用原子炉は強力な中性子源として唯一無二の施設であり、将来の原子炉に関わる人材育成という観点からも重要な施設であると感じた。福島原発事故以降今日にわたり厳しい状況が続いているが、明確な将来ビジョンと共に今後のさらなる発展を期待したい。

(宮丸広幸 記)

  

6手元で使える中性子源RANSの取り組み(会員ページ )

理化学研究所 光量子工学研究領域

中性子ビーム技術開発チーム リーダー 大竹淑惠

 

RANSRiken Accelerator-driven compact Neutron Sourceの頭文字をつないだ、理研が開発した小型中性子源システムの名称で、20134月より利用が開始されている。大竹講師はこのシステムの詳細とその産業利用に関して分かりやすく紹介した。電荷を有しない中性子が英国のチャドウイックによって発見されたのは1932年であり、X線、電子線、アルファ線に較べてかなり遅い。この年にはすでに電子の反粒子である陽電子も発見されている。中性子はX線と異なりその散乱能は原子番号に依存せず、金属に対して高い透過能を示す一方で、水素、リチウム、ホウ素等の軽元素に対しても感度が高いという特徴を有する。そのため金属と軽元素を含む系に対して感度の良いプローブと言える。しかしながらこれまでの中性子源は原子炉、J-PARCなど大型施設のみで、一般の使用には敷居が高く、産業用途として手軽に使えるものではなかった。そのため理化学研究所では先端科学研究のツールとしてではなく、産業用として何処でも何時でも使用できる小型中性子源(RANS)の開発に着手した。それが実現すればやがて誰でもなるであろうと強調された。

我国では高度成長期に建設された道路、橋、トンネルなどのインフラの健全性を非破壊で診断する必要性が喫緊である。X線では厚さ30cm以上のコンクリートの内部を非破壊検査することは困難であり、ここに中性子の出番がある。理化学研究所では2011年から談話会形式の大学、企業数十人で構成される日本小型中性子源コラボレーションというグループで議論しながら実現化に向けた取り組みを始めた。RANSの目指すゴールはどこでもいつでも中性子利用のための据置型と可搬型の構築である。幸いにも日本には北海道大学の加速器駆動型中性子源に40年の歴史の優れた実績があり、それを踏まえて課題の解決に対応出来た。据置型として市販の7MeV陽子線ライナックを採用し、中性子ターゲットにはベリリウムを採用した。ベリリウムに陽子を照射し続けると通常は水素脆化により数時間程度しか使用出来ないが、理化学研究所山形豊氏が開発したBe薄膜の後に水素拡散性に優れたバナジウムを配置した構造のターゲットの採用により長寿命ターゲットが実現出来た。このシステムは遮蔽を含めても5m×15mのスペースに収まる。据置型の装置が完成した後、それを用いて様々な材料に対して企業との実用試験を行ってきた。産業の基盤材料としては圧倒的に鉄が使用されているが、鉄には錆びるという弱点がある。そこで鉄だけではなく水も見ることが出来る中性子の強みを活かして、神戸製鋼所から提供された腐食防止塗膜処理した鋼板と合金鋼について実験した結果、図2に示すように塗膜内の水の挙動や腐食過程の知見が得られることが分かった。この記事が神戸新聞に掲載された後、近畿や中国地方の企業から自社の製品を診てもらえないかとの注文が次々と舞い込んだそうである。講演では鉄鋼に対する様々な応用例が紹介された。イメージングだけでなく、回折にも応用できるのではないかと考えた。しかしながら殆どの研究者からはその強度の中性子では、まともな回折像は得られないだろうとの指摘をうけたが、実際にやってみると鋼中のオーステナイト、マルテンサイトの相の情報や、圧延に伴う集合組織(図3参照)に関しても10分オーダの撮影時間で十分に実用可能なデータが得られたとのことであった。

一方、インフラの健全性評価に利用するためには、実際に現場に持ち込みイメージング可能な可搬型の高速中性子源が必要である。現在理研で開発中のものはおよそ500kg程度の重量である。可搬型では軽量化する以外に法的な規制をクリアする必要がある。従来、中性子線を可搬型装置で非破壊検査するという概念が無かったので、X線に対する規制として4MeV以下の放射線とされている。理研の装置では、例えば橋梁の裏表を挟みこんで撮影する装置の場合、反対車線の放射線強度は0.2μSv/h程度である。

橋梁検査用X線装置は東京大学 原子力専攻の上坂教授のグループで開発されて、実地テストが行われる段階になっているが、かなり大型である。可搬型中性子源開発に関しては上坂教授のグループと共同開発を進めている。

大変迫力のあるご講演で時間のたつのも忘れそうであったが、ご持参されたPCでは会場の映写システムにうまくアクセス出来ず、やむを得ずONSAPCを使用したところ、いくつかの重要な動画のデータが映写できず甚だ残念であった。

(大嶋隆一郎 記)

  

7..ゲリラ豪雨や竜巻を瞬時に把握
―世界最高性能の気象レーダを開発―
(会員ページ )

大阪大学 大学院工学研究科 電子電気情報工学専攻 准教授 牛尾知雄

牛尾講師は国のサポートを得て東芝などと共同で大型レーダの弱点を補完する世界初の気象観測システムを開発した。その成果は最近の多くのメディアで取り上げられているが、今回はその詳細を紹介していただいた。

近年ゲリラ豪雨や竜巻などの被害が増加傾向にある。筆者が若い頃に留学していた米国中西部では竜巻(tornado)警報が時期によっては連日のように出ていた記憶があるが、当時の日本ではその気配がなかった。しかしながら、

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 ここ数年の間に日本各地で竜巻の被害がかなり報道されている。

 ゲリラ豪雨では20087月の神戸市内の六甲山系の都賀川での鉄砲水によって川遊びにきていた幼稚園児などが流されて亡くなるという事故があった。気象庁も最近になってこれらの発生原因が地球温暖化の影響であることを正式に認めた。日本では気象庁がそのホームページで全国20か所に設置した大型レーダ網で各地の降水、雷、竜巻の情報を5分毎に提供している。大阪では高安山にそのレーダが設置されている。しかしながらゲリラ豪雨のような極めて局所的かつ短時間の気象事象は精確には提供されにくい。気象庁のレーダでは4m径のパラボラアンテナを機械的に回転させることにより半径240km程度の領域の気象を監視している。このような大型レーダでは広い範囲を補償、低い仰角でのサーベイ観測を行うという利点に対して、図2に示すようにビームの拡がりによる遠距離での分解能劣化、高速スキャンニングが困難で短時間の急速な現象は不向き、地球が球形であることによる遠距離の地上付近や設置場所の真上付近の観測は構造的に苦手という欠点が避けられない。このことは雷、竜巻、マイクロバーストのような短時間で局所的ではあるが、甚大な被害を起こすような気象現象の観測は苦手ということを示している。

その対策の一つが短距離型の高速高分解能レーダを多数配置した自律分散型システムの構築である。この方式では相互のレーダをネットワークで繋ぐことによって仮想的な大型高分解能レーダとして扱うことになる。牛尾講師らが東芝と共同開発したシステム(フェーズドアレイ・ドップラー気象レーダ)ではレーダサイトを中心に15から60km程度までを三次元で、空間分解能(最小100m)、時間分解能(最短10秒、1分以下)で観測可能とのことである。この方式では幅広いビームを発射後、雲や雨粒によって後方反射してくるビームを128本のアンテナで受信しソフト的に一挙に処理することにより、処理時間を10秒程度に短縮することに成功した。ただし、時間的に短縮できても精度が伴っていなければ役にたたないので、大型レーダにひけをとらないようなシステムとして完成させるための改良を日々進めている。当面の改良点としては広い照射角でビームを放射するため、大都市のように高層ビルが並んでいるような場所ではビルからのシグナルに引っ張られて生ずる信号の信頼性の劣化の対策である。当初メーカーの東芝にその対策を頼もうとしたが、会社が大きすぎて対応が困難なようだったので、止むを得ず大学院生と議論しながら自前で改良につとめた結果、ようやく対策がみつかった。図3は従来型レーダと気象用フェーズドアレイレーダの比較である。

このレーダシステムは内外から大きな関心と注目を浴びており、政府関係者以外に多くのマスメディアで取り上げられている。平成28年度の中学の理科の教科書にも掲載されることになっている。米国の地球物理関連の学会で大学院生が得られたばかりのデータでポスター発表したところ、賞をもらってしまったとの逸話も紹介された。新たなプロジェクトの一つとして、次回の東京オリンピックの際に、気象の急変に対応してタイミング良くドーム競技場の屋根の開閉を行える装置を検討されているそうである。

(大嶋隆一郎 記)

 

8.文化財と放射線・電磁波
―透視・修復・解析―
(会員ページ )

東京工業大学 名誉教授 中條利一郎

 

文化財の分野において放射線は様々な利用がなされており、本シンポジウムにおいても過去に何度かとりあげてきた。今回も中條氏からその多様な利用法に関して興味深い講演をしていただいた。

大阪出身の同氏はまず阿武山古墳を透視に関する話題として取り上げた。関西には有馬・高槻構造線と呼ばれる活断層の存在が知られており、阿武山はその端部にある。京都大学が1930年に地震観測所を阿武山に設置したのは地震観測のためではあったが、その恒温室建設のトンネル工事の折に未知の古墳が見つかった。その中に麻布を多数重ねて漆で固めた夾紵(キョウチョ)棺が収められており、その被葬者を当時の所長であった志田順教授がX線装置を持ち込み撮影した。周辺には継体天皇陵とされている古墳が二つあるが、この被葬者は藤原鎌足という説がある。その調査は考古学に物理的手法を最初に取り入れたものと言えるが、戦前ではそのような行為は不敬にあたると考えられ、長らく伏せられていた。1982年に観測所の物置からその写真(図2)が見つかり、頭蓋骨に加えて首の周辺の金糸状の装飾品の存在が明瞭に撮られている。

続いて古文化財の絹の補修材について紹介した。絹製品は時代の経過に伴って劣化していくので、適宜補修が必要である。補修は一般に絹布を裏打ちすることによって行うが、その絹布に新しいものを使用すると機械的強度が古いものよりも高いために、却って文化財を破損させることにつながる。そのために古文化財の性状に即して劣化絹布を使用する必要がある。経時劣化絹布の入手は数量的に困難なので紫外線照射や電子線照射による絹布の劣化を試みたが、その古文化財に適した条件の絹布を得るのは容易ではない。

次の話題として古銭の解析結果を紹介した。1999年に山梨県大月市の八幡神社修復の際に古銭が出土した。一見ポリスチレン製のようにも見えるが、発見者からの分析依頼で玳瑁(タイマイ:べっ甲)製であることが、X線回折の結果判明した。その当時、偶々中国西安近郊の法門寺から出土した貨幣が「唐皇帝からの贈り物展」で展示され、それが玳瑁製であり、中国では玳瑁が貨幣の原料として使われていたことが分かった。当時、中條氏は山梨の帝京科学大学に勤務していたので、山梨日日新聞にその情報を提供したが、暫くは反応がなく、無視されたと思われたそうである。しかしながら、担当記者が国内の古銭や貨幣の研究者のもとを訪れて確認をとっていたようで、やがてそれが宋時代に流通していた青銅製の「紹聖元宝」の模造銭であることが判明し、日本では初めての玳瑁製貨幣であり、極めて珍しいと結論の記事が掲載された。

最後の話題は、奥州平泉中尊寺金色堂床下におさめられている遺体が着用している絹のNMR測定からの遺体の同定の報告であった。金色堂建立後およそ150年後の「中尊寺経蔵文書」には「金色堂は三間四面、中壇は阿弥陀の三尊、清衡の建立なり、左の壇は基衡の建立なり。右の壇は本尊同じ、秀衡の建立なり。」とあるが、この左右はどちらから見ての左右かがはっきりしない。京都は天皇が南面した位置から見ての左右であり、同様であるならば、基壇から見ての左右であり、1950年まではそのように考えられていた。ところが、1951年の調査結果以降、ある人の鶴の一声でその左右は「拝む人からの左右」となった。測定は絹の成分の一つである13Cのシグナルに注目し、測定結果は寺伝の結果を示唆したが(図3参照)、中尊寺を構成する寺院の一つの住職は、今の定説を変えるつもりはないとコメントしたそうである。

 

 

  前述のようにこのシンポジウムでは度々文化財調査のための放射線の貢献に関して講演していただいているが、共通していることは科学的同定が、しばしば多くの文系出身の考古学者に受け入れられないという現実である。これは学術の発展にとって極めて残念なことであると強く感じた。

(大嶋隆一郎 記)

 

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