日本学術会議近畿地区会議 学術講演会
「発電以外の原子力利用の課題と展望」 報告
専務理事 大嶋隆一郎
標記学術講演会が平成26年8月30日(土)午後、大阪科学技術センター8階ホールで開催された。講演会の主題にわざわざ「発電以外の」という枕詞がつけられているので、その理由を知りたくて聴講を申し込んだ。
講演会は日本学術会議近畿地区会議、日本学術会議原子力利用の将来像についての検討委員会原子力学の将来検討分科会、大阪大学の三者による主催で、協賛団体として大阪科学技術センターが加わっている。総合司会は日本学術会議会員で現在若狭湾エネルギー研究センター所長の中嶋英雄大阪大学名誉教授が務め、主催者を代表して近畿地区会議代表幹事 京都大学教授橋田充氏と、大阪大学副学長 馬場章夫氏の挨拶に続いて7人の講師による講演が行われた。一般の方々の参加がかなりあることを想定してか講演は平易な言葉遣いで大変分かりやすい内容であったし、各講師の方々が与えられた講演時間をきっちりと守られたので、ほぼ定刻に講演は終了した。加えて会場からの質問は出席者一人につき質問用紙2枚との制限があり、それに対する回答はすべて講演会後の総合討論のなかで行われたので特定の人が長々と質問を続けることはなく、大変スムーズな進行であった。最後は京都大学原子炉実験所所長の森山裕丈氏が締めくくられた。
講師のお名前(所属)、「演題」を以下に記す。
1. 家 泰弘(日本学術会議副会長・日本学術会議原子力学の将来検討分科会委員長、東京大学物性研究所教授)
「原子力学の将来検討」
2. 中西 友子(東京大学農学生命科学研究科教授・日本学術会議連携会員)
「農学・生命科学における放射線利用」
3. 米倉 義晴(日本学術会議会員・(独)放射線医学総合研究所理事長)
「加速器の医学利用」
4. 鈴木 実(京都大学原子炉実験所教授)
「ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)による難治性がんへの挑戦」
5. 河村 弘((独)日本原子力研究開発機構 福島廃炉技術安全研究所所長)
「研究用原子炉を用いた工業生産」
6. 山中 伸介(大阪大学大学院工学研究科教授)
「大阪大学における原子力人材育成」
7. 伊藤 哲夫(近畿大学原子力研究所所長)
「近畿大学における原子力人材育成」
7人の講師の顔ぶれは何れもそれぞれの分野の第一人者の方々であり、内容としては当協会が例年1月に開催する放射線利用総合シンポジウムと殆どの分野で重なっており、実際に過去のシンポジウム・研究会でご講演いただいた方も何人かおられる。
最初の家泰弘先生のご講演で弊職の疑問が解けた。原子力学という言葉はすでに国の科学研究費の科目の一つになっているが、家泰弘先生が委員長を務める原子力学の将来検討委員会では原子力学の将来を発電用とそれ以外の放射線・RI利用とに区別した二つの分科会でそれぞれ検討を行っており、今回は「原子力以外の」という枕詞がつく分科会で、意見がまとまって提言を出す段階になったとのことである。現在その提言は学術会議の中で別の委員による査読を受けている最中で、その結果を受けて修正すべきところは修正を行い、その後に一般への公開となる。今回の講演会はその提言の中に織り込まれた内容に基づいたものと個人的に理解した。
家泰弘先生の講演要旨からの引用であるが、分科会では下記のような項目に関して提言をまとめられたようである。
(1)原子力利用の多面性の周知と放射線・RIに関する科学的知識の普及
(2)放射線・RI利用研究開発の推進
(3)将来の原子力利用の諸相を俯瞰した人材育成
(4)研究用原子炉と加速器ベース量子ビーム施設の役割分担
(5)発電用原子炉と研究用原子炉の特性の違いを踏まえた合理的な安全規制と安全管理
(6)原子力研究施設の建設・運営に関する対話
個々の講演の内容は省略するが、嘗ては関東地区にもあった大学所轄の研究用原子炉が次々を廃止され、現在は関西地区での京大炉と近大炉だけになってしまった現状を心配していると感じた。しかしながら、それすら現在は停止しており、規制委員会での新基準に則った審査を待っている状態である。上記(5)にもあるように、基本的に目的も構造も全く異なる原子炉を同じ基準で論ずることはおかしいという指摘がようやく学術会議から提言されたわけで、研究用原子炉再稼働の端緒になれば良いと感じた。また、講演会では中性子利用に関する内容が多かったとの印象を受けた。筆者も中性子回折実験で利用したことのある東海JRR-3も停止されたままで、再稼働も未定で多くの研究者は韓国はじめ国外迄出かけての実験を余儀なくされている状況であり、後継者の育成という観点からも心配である。連続ビームの得られる原子炉中性子と加速器からのパルス中性子ビームとは研究内容によって棲み分けが必要であるとの指摘もなされた。
個人的に興味を持った講演では中西友子先生からの植物の成長過程のその場観察(イメージング)を挙げたい。講演後の質問状に対して、植物にシンチレーターを塗布してより詳細な成長過程を明らかにすることも考えているとの回答があったが、近い将来当協会のシンポジウムで講演して頂けたら有難いと感じた。医療関係ではガン治療・診断に役立つ個々加速器の目的に合致したコストの低い小型加速器の開発とは別に様々な医療用放射性核種の製造のための大型加速器の開発の必要性が指摘された。鈴木実先生はBNCTに関したものであったが、鈴木実先生には明年1月の当協会のシンポジウムでご講演をお願いしてあるので、ご期待頂きたい。河村弘先生は主として(独)日本原子力研究開発機構の研究用原子炉JMTRの役割として工業利用の中で、特にRIや半導体の製造について述べたが、最初のスライドのレジメに福島汚染水の処理が挙げられていたのに、講演では時間がなく触れられなかった。その点について最後の総合討論の中で質問があり、それに対して汚染水処理後のフィルターには大量90Srが含まれることから、これを加速器で照射して有用なRIを製造することを検討していると述べられた。
後半は主に人材育成に関する講演であった。上記(3)にも取り上げられているように、原子力分野での人材育成は現在のような時期にこそ喫緊であると感じている。
近大炉の伊藤所長は原子炉といえども蓋をあけて燃料の状態まで間近に見ることが出来るのはここだけでまさに人材教育にこれ以上必要な炉はないと強調された。それと共に京大炉も含めて何れも使用期間が50年を過ぎており、後継ぎ炉のことを考える必要があることも指摘された。上記(6)にもあるが、大学の研究炉についても、周辺住民の方々との密接な対話と理解が欠かせない。ONSAとしても、放射線や原子力利用に関する知識普及活動に一層努めていかねばと感じた。
最後に、当報告は全く筆者の私見で、内容に過誤のある場合には全て筆者の責任であり、講演者にはまったく責任のないことを明記しておきたい。