第54回放射線科学研究会 聴講記
標記研究会は平成26年7月25日(金)午後1時半から5時半まで住友クラブにおいて筒井 智嗣氏((公財)高輝度光科学研究センター)、石丸 学氏(九州工業大学)、喜多村 茜氏((独)日本原子力研究開発機構)、吉田 敦氏((独)理化学研究所)の4名の講師をお招きして開催した。座長は前半2件を、大嶋隆一郎(大阪ニュークリアサイエンス協会)、後半2件を岩瀬彰宏教授(大阪府立大学)が担当した。なお、講演会終了後、4名の講師の先生を囲んで技術交流会を行った。
1X線非弾性散乱を用いたフォノン物性
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(公財)高輝度光科学研究センター利用研究促進部門構造物性Uグループ 筒井 智嗣
今年は世界結晶年ということで、結晶に関する国際会議が各地で開催されている。筒井講師もまず国際結晶年の紹介をした。X線を扱ったことのある人なら誰でもラウエとブラッグの名前は知っている。ラウエがノーベル賞を授賞した年が1914年、ブラッグ親子は翌年の1915年に授賞していることから、今年はそれから100年ということで世界結晶年となったようである。
さて、結晶中の原子はその格子点の周りで熱振動している。それを量子化したフォノンは電気伝導や熱伝導と密接に関係していることから、フォノンの知見は固体の物性を理解する情報として重要である。フォノンには音響フォノンと光学フォノンがあり、音響フォノンは超音波、ブリルアン散乱、光学フォノンはラマン散乱、赤外吸収などの手法によって調べることが出来るが、これらの手法では逆格子空間での特定の位置における情報のみが得られる。それに対して逆格子空間の広い情報を得るには中性子非弾性散乱測定法が唯一の手段であった。中性子非弾性散乱実験は専ら研究用原子炉から得られる中性子を使って行われ、筆者も嘗ては東海のJRR-3や米国オークリッジ研究所で実験を行った経験がある。今回の筒井講師の講演はフォノン分散の測定をSPring-8でのX線非弾性散乱によって行った研究の紹介であった。ドイツの研究者によって20年ほど前にX線によるフォノン測定のアイディアが提案され、それに基づいてSPring-8でもフォノン測定の可能なビームラインを構築した。筒井講師の話では10年程前でも学術誌に論文を投稿すると、X線でフォノン測定が出来るはずがないというようなレフェリーコメントが返ってきて苦労したそうである。フォノンの測定には入射波のエネルギーと反射波のエネルギーを精密に測定することにより、エネルギー保存則と運動量保存則から散乱に関与するフォノンのエネルギーを決定する。フォノン分散関係の測定には結晶の格子定数程度の波長の電磁波や物質波を使用する必要がある。格子定数程度の波長の中性子(物質波)のエネルギーは格子の熱エネルギー(meV)とオーダーが同程度であるのに対して、数Åの波長のX線(電磁波)のエネルギーは1〜10keVのオーダーであり、6桁以上の差のあるmeVのフォノンのエネルギーを測定しなければならないという点に実験上の困難がある。そのためにはX線非弾性散乱においてはmeVの精度の実験を可能とする光学シシテムが要求される。これは放射光という高輝度のX線源及びモノクロメータ、分光結晶などを含めた高精度の分光システムの進歩が可能となって初めて実現出来た。現在、世界にはわずか3か所しかこの実験を行うことが出来る施設はないそうである。
図1はSPring-8に設置されているBL35XUのレイアウトを示す。
中性子非弾性散乱実験では炉室内の中性子ビーム取り出し口に接して2m程度のサイズの回折系が設置されているが、BL35XUでは光学系が極めて大きいという印象であり、これは測定精度をあげるために止むを得ないのであろう。
図1 SPring-8 BL35XUビームラインのレイアウト
X線非弾性散乱実験には中性子を利用する場合に比べて様々な利点がある。まず、微小な試料で測定可能であることは、研究者にとって大変有難い。筆者も中性子非弾性散乱実験用にcmオーダーの良質な単結晶を作成することに大変時間を費やしたが、X線ではmm以下のサイズの試料で測定できるとのことで、大きな単結晶の作成の困難な試料の観測にも道が開けたことは大きなメリットである。また、中性子の場合は、散乱能が原子番号に対して系統的に変化しない、磁気散乱が大きいなど、X線の場合とは異なる散乱の振舞いを示すことから、中性子とX線を相補的に組み合わせることにより、新たな知見が得られる可能性が期待されそうである。
講演の後半ではSPring-8でなされた成果を紹介した。
ゼーベック効果を利用して熱エネルギーを電気エネルギーに変換する熱電素子が近年注目されているが、その材料の一つに充填スクッテルダイト化合物がある。熱電材料としては@ゼーベック定数が大きい、A電気伝導度が高い、Bフォノンによる熱伝導度が低いというのが要求されている条件である。これを満たす構造として提唱されたのが、phonon-glass-electron-crystal(PGEC)モデル(熱伝導はガラス的、電気伝導は結晶的)である。充填スクッテルダイト構造はそれをみたす候補の一つであった。フォノン測定で、「フォノンによって運ばれる熱を阻害する局在振動モデルが存在するかどうか」が検証された。スクッテルダイトは元来北欧のスクッテルド地方に産するCoAs3で青色染料を得る鉱石であるが、スクッテルダイト構造はAsなどのプニクトゲン元素で構成される正20面体構造内に存在する空隙に原子を内包するものと内包しないものがあり、内包するものを充填スクッテルダイト構造と呼ぶ。中性子非弾性散乱測定ではPGECモデルが成立しているとの報告があったが、講演者らの充填スクッテルダイトSmRu4P12におけるX線非弾性散乱実験および核共鳴非弾性散乱実験では熱伝播を担う音波とそれを阻害する低エネルギー光学モードの結合が見出され、PGECモデルは簡単すぎるモデルと結論された。
X線非弾性散乱では液体のフォノンについても測定可能である。液体は長範囲の周期性を有しないのでブリルアンゾーンは定義されないが、散乱に伴う運動量変化は測定可能である。中性子ではその速度より速い音響フォノンは測定出来ないがX線ではその制約がなく、図2のような液体Mgに対するフォノン分散測定が出来た。さらにX線による測定では、試料が微小で測定出来ることから、ダイヤモンドアンビルセルを用いて超高圧、超高温下で地球内部を模擬した地球科学的研究を進めている。
講演を聞いて、中性子非弾性散乱でないと行えないと考えていた実験がX線で可能になったということに科学技術の進展を痛感した。それにしても入射X線のエネルギーをmVオーダーで変化させるためにモノクロメータのシリコン結晶の温度をmKで調節して結晶面間隔を制御していると聞いてやはり大変な実験である。SPring-8ならではの成果であろう。 (大嶋隆一郎 記)
図2 液体Mgのフォノン分散曲線
2.セラミックス材料における照射誘起準安定相の電子線構造解析(会員ページ )
九州工業大学大学院工学府物質工学専攻マテリア工学コース 教授 石丸 学
高エネルギー粒子の照射により材料は局所的に大きなエネルギーが付与され、その構造や物性は変化する。照射損傷というと劣化が主となり、好ましくない現象というイメージであるが、その現象を逆手にとり、量子ビームによる照射誘起構造変化を材料創製に用いることができる。石丸講師は熱励起では達成できない隠れた未知物質を、透過電子顕微鏡法を用いて探究しているこの分野の第一人者である。今回の講演は既に実用化されている、DVD等に用いられている相変化型記録の原理を紹介し、引き続いて
u Al2O3の照射誘起準安定相とその熱的安定性
u アモルファスAl2O3の電子線照射構造変化
u ナノ構造化によるSiCの耐照射性の向上
の3つについての成果が紹介された。
Al2O3の照射誘起準安定相とその熱的安定性については、まずベーマイドやバイヤーライトから高温において生成するγ、δ、θ、α、η相の遷移アルミナについての説明と共に、過去のイオン照射、レーザ照射、電子照射による準安定相生成についての紹介があった。
175 keVのZrイオン照射(2×1016/cm2)したAl2O3(サファイア(0001))の構造および熱処理に伴う構造変化を、X線回折測定、透過電子顕微鏡法により調べ、以下のことを明らかにした。即ち、Zrイオン照射によってα-Al2O3(コランダム)→η-Al2O3
(スピネル)の直接的な構造変化が生じた。図1はイオン照射後のX線回折プロファイルである。照射後の熱処理によって、安定相であるα-Al2O3から準安定相であるη-Al2O3へ構造相変態が起こった。Zrイオンの存在、α相中のダメージおよび界面でのひずみが、熱処理によるα→η変態の要因と考えられる。
アモルファスAl2O3の電子線照射構造変化では、アモルファスが自由体積をもつため密度が低く、高温で結晶化すると、自発的にポーラス化(ナノボイドの形成)が起こることの説明がなされた。200 keV電子線照射でも、1025 e/cm2程度の照射で結晶化とボイドが形成することを見い出した。電子顕微鏡観察下での現象観察で常に問題になるのは、電子ビームによる試料加熱の影響である。これがはっきりしないと照射損傷が原因か、単なる温度上昇が原因かが判明しない。石丸氏はこの点をインジウムを蒸着し、その粒形が電子線照射後も変化しないことから温度が上昇していないと決定している。図2は照射前後のインジウムの形状を示す。矢印の結晶粒から分かるように殆ど変化していない。これは卓越した方法である。結晶化に必要な照射量のエネルギー依存性を調べ、低エネルギー領域では電子系の励起(非弾性散乱)が原子変位の支配的なメカニズムとして寄与するが、200 keV以上では原子の弾き出し(弾性散乱)も含まれるとしている。動径分布関数に現れる構造変化の特徴として、Al-Oボンドに対応するピークの強度は,いったん増加した後に低下してブロード化する。初期の増加傾向が,結晶化前のアモルファスの構造変化を反映していることを見出している。
SiCは次世代原子炉や核融合炉の構造材料や宇宙空間での半導体デバイスとして期待されている。これらを実現するためには、耐照射性の向上が不可欠である。SiCの耐照射性の改善を目指してナノ欠陥を導入した。ナノ構造SiCは室温では図3に示すように、2 MeVのSi+の3.5 dpaまでの照射で、液体窒素温度では0.64 dpaでアモルファス化した。いずれもバルク状態よりも高く、ナノ構造化により耐照射性が向上したことが分かった。液体窒素温度においては、Siよりもナノ構造SiCの方が、耐照射性が高いことが確認された。ナノ構造SiCでは面欠陥の存在により点欠陥の移動が2次元的に制限され、これにより欠陥の消滅速度が大きくなると考えられる。そしてそれが、本物質における耐照射性の向上に寄与すると述べている。これは非常に説得力のある説明である。
(義家敏正 記)
3.高エネルギーイオンビームによるフッ素樹脂表面の三次元構造創製(会員ページ )
(独)日本原子力研究開発機構高崎量子応用研究所
放射線高度利用施設部ビーム技術開発課 喜多村 茜
フッ素樹脂は、ほぼすべての酸、アルカリに溶解せず、生体内でも安定した材料であるが、それゆえに、薬品や鋳型を用いる一般的な微細加工技術を適用することはできない。一方でこの材料は放射線分解性が高いという特徴を持つ。喜多村講師は、この性質を利用して、イオンビームを用いたフッ素樹脂表面微細構造創製を最近精力的に行っているので、その最新成果を披露していただいた。
はじめに、イオンビームによりフッ素樹脂表面の芝生状構造創製に関する紹介があった。80keVのN2+イオンを原子力機構高崎のTIARAイオン注入器により照射すると、フッ素樹脂表面に細孔と変質層が現れ、変質層のない部分がイオンにより掘り下げられることによって、高照射量では表面に芝生状の構造が形成される。変質層の形成領域はイオンのエネルギーが付与された領域とほぼ一致することから、この付与エネルギーが現象に寄与していることは明らかである。しかし、入射イオンによるエネルギー付与は、原子のはじき出し、分解ガス発生、温度上昇による熱分解など複数の効果を同時に起こす複雑なものであり、理論や計算機シミュレーションで再現することは極めて困難である。そこで、実験パラメータと現象の相関を調べることによって現象を追及することにした。まず、照射初期に現れる細孔と、イオンエネルギー、電流密度の関係であるが、孔径はイオンエネルギーの増加とともに増大する。一方、細孔密度(1cm2当たりの細孔数)は、電流密度が大きいほど大きくなる。その結果、芝生状構造は、イオンエネルギーおよび電流密度が高いほど形成されやすくなる(より低照射量で形成される)。ここで重要なのは、電流密度が重要なパラメータになっていることであり、機構解明に重要なポイントであると考えられる。イオン照射でフッ素樹脂表面に得られた芝生状構造は、細胞挙動制御基材などに用いられる可能性もあるそうで、今後の発展が楽しみである。
次に、イオンマイクロビームを用いた微小構造作成の話をしていただいた。原子力機構高崎では、マイクロビーム発生技術の開発に熱心に取り組んでいる。イオンビームをマイクロスリットやQレンズなどで絞ることにより、最小1μm径のビームが得られる。このマイクロビームを利用して、宇宙デバイス材料の研究や、マイクロPIXEによる物質分析が実施されているが、一方で高分子材料の微細加工技術への応用も行われている。PBW(proton beam writing) 技術はその1つで、マイクロビームで材料の内部を局所的に分解・架橋させた後、化学薬品で溶解・残留させることにより微細3次元構造を得ることができる。しかし、フッ素樹脂では、芝生構造創製にみたように、イオンビームによるエネルギー付与で様々な反応が起こる。そこで、これを利用して、マイクロプロトンビームによる局所エネルギー付与を用いてフッ素樹脂の微細構造創製を試みた。マイクロビーム照射はいろんな走査経路で行うことができる。3MeV のプロトンマイクロビームを、照射領域を一定(直径50μm)として、いろんな走査経路で照射した場合のフッ素樹脂表面の形状変化を図1に示す。一方方向の走査や往復での走査では、照射領域に荒れた表面が現れるだけだが、中心から螺旋状にビームを操作すると高さ250μmという、巨大タワー状の構造が現れる。しかし、同じ螺旋状走査でも、外側から内側への走査だと、この構造は得られない。この構造の高さは、操作方法だけでなく、イオン照射総量や電流密度にも大きく依存する。ある照射量までは、照射量の増加とともに高さは増大するが、照射量が大きすぎると隆起体は崩壊する。また、総照射量が同じ場合でも、電流密度が低いと高さは低くなる。
図1 プロトンマイクロビームのビーム走査経路(下段)と得られる表面のSEM像(上段)
走査経路は(a)一方向の水平走査、(b)往復の水平走査、(c)外側からの螺旋走査、(d)中心からの螺旋走査
また隆起体の内部構造を調べた結果、図2に示すように、多孔質構造を持つことが分かった。これらの実験結果を基に、なぜこのように表面が大きく隆起するのかについて、定性的な説明があった。イオンビームにより主鎖切断が起こり、分解ガスが発生することで熱の発生、それに続いて材料軟化から発泡現象が起こる結果、多孔質隆起構造が形成される、ということである。
本講演で示されたように、フッ素樹脂表面における微細構造体形成は、イオンビームによるエネルギー付与により起こり、さらに、照射量や電流密度、ビーム走査方法など、エネルギー付与プロセスに大きく依存するようである。実験結果は、各種照射パラメータと極めて系統的な相関を持っており、今後、イオンビームあるいはイオンマイクロビームを利用した有機材料の新たな微細加工技術に発展することが大いに期待される。さらに、本研究で得られた結果は、イオンビーム・物質相互作用の基礎過程を考察するうえでも大変役立つのではないかと考えられる。今後の研究の発展が楽しみである
(岩瀬彰宏 記)
図2 根元付近を折った円錐の断面及び側面(SEM像)
4.理研 RIビーム・バラエティー(産業利用まで(会員ページ )
(独)理化学研究所 仁科加速器研究センター
共用促進・産業連携部産業連携チームリーダー 吉田 敦
講師の吉田氏は、世界最大級の不安定核(RI)ビーム施設(RIBF)においてBigRIPSをはじめとするRIビーム発生の専門家であり、現在は供用促進・産業連携部の産業連携チームリーダーとして、RIBFの産業分野応用への開拓にも力を注いでおられる。
講演は、まずRIBF施設の紹介から始まった。理研・仁科加速器センターのRIBFは図1に示すような加速器群で構成される。初段入射には2基の線形加速器とAVFが、中断に3基のサイクロトロン、最終段に超伝導サイクロトロンがあり、最大エネルギーで核子あたり350MeVの重イオンビームが得られる。このうちRIビームが得られる装置は、CRIB, RIPS, BigRIPSがある。RIBF加速器群を用いた研究がいくつか紹介された。まず113番元素の発見がある。これは、GARISによる79ZnとBi209の融合反応によって得られた新元素であり、元素命名権を得られる可能性が高いと期待されているものである。また、AVF単独利用では、Zn65, Cd109 ,Y88のRI製造を行い、日本アイソトープ協会を通じて国内ユーザーに有料頒布されている。さらにAVF+RRCからの重イオンビームは、自然界で起こる突然変異を加速させ、植物育種に用いている。
図1 理研仁科加速器センター RIビームファクトリー(RIBF)全体図
次に、最大エネルギーのRIビームを供給できるBigRIPS(高エネルギーRIビーム生成分離装置)とそれを利用した天体核物理研究の紹介があった。SRCで加速された安定核重イオン1次ビームは、BigRIPSのBe円盤標的に照射される。標的中での核破砕反応により陽子と中性子がはぎとられ、RIビーム(2次ビーム)が生成される。Be標的は1次ビーム照射によって極度に発熱するため、真空中で水冷し、高速回転するなど工夫がこらされる。さらに極度の放射化に対する対策として遠隔操作台車による搬送・着脱動作ができるようになっている。宇宙では、超新星爆発における高温高密度の中性子環境下における重元素合成(r-process)によってウランまでの重元素が作られたと考えられている。BigRIPSで得られた、中性子が極端に過剰な不安定核の寿命、質量、崩壊形式に関する詳細なデータを得ることは、宇宙における元素合成のプロセスを解明するために大変重要である。
図2 RIBFの加速スキームと、産業利用ビームライン
高エネルギーRIビーム加速施設は、ドイツ(FAIR)、フランス(SPIRAL2)など、海外でも建設中であるが、高エネルギーRIビームを産業分野に応用しようとする試みはまだ殆どない。理研仁科加速器センターでは、学術研究とともに、RIBFの産業応用に近年力を入れている。講演では、そのパイオニア的な例として、機械部品のリアルタイム摩耗検査への応用について紹介いただいた。部品を直接放射化して摩耗検査に用いる方法は、今までにも行われている。従来法と、RIビーム打ち込み法の比較を図2に示す。従来法では、部品の組成に制約があり、ある程度長寿命のRIが生成可能な材料に限られる、妨害各種が生成される、放射化時の発熱や損傷による材料の劣化、などが問題であった。これに対して、高エネルギーRIビーム打ち込み法では、部品材質に制限はなく、妨害核種の生成がない、試験に適した寿命の核種が選べる、打ち込み深さを制御できる、部品への発熱、損傷が無視できる、など、従来法と比べて多くの利点を有する。さらに、装置の内部状態を稼働環境でリアルタイム測定できるという、加速器の「その場」観測ならではの大きな特徴も持つ。現在、理研では、摩耗検査に有用なRIビームとしてNa22とBe7が供給可能である
(表1参照)。RIPSからの高エネルギーRIビームは、材料中の飛程が長いので、部品内部への打ち込みが可能であり、CRIBからの低エネルギーRIビームは、飛程が短いため、部品表層に高密度でRIトレーサーを打ち込むのに適している。複数のRIビームが使えるため、たとえば、摩耗しあう部品の内壁側にNa22を、外壁にBe7を打ち込んでおいて、稼働による摩耗粉の放射能を測定することで、部品間の摩耗速度の差異をその場で評価できる。また、エネルギーの異なる異種のRIを利用することもできる。低エネルギーのBe7を浅く、エネルギーの大きいNa22 を深く材料に打ち込んでおく。潤滑油中にBe7が検出し始めると注意摩耗段階、Na22が掲出し始めると危険摩耗段階、といった具合に、深さゲージとしても応用も考えられる(図3)。以上のような方法では、しかし、RI摩耗粉を含んだ潤滑油が装置外部に取り出せる場合に限って応用可能である。そこで、閉鎖回転体でも摩耗測定ができる方法の開発も行われている。
講演を聞いて、高エネルギーRIビーム施設は、天体核物理など学術的分野での成果が大いに期待されるが、一方で、産業応用など、国民により近い分野での活用が進めば、放射線利用全般に関する国民の理解もさらに得られるだろうという思いを持った。摩耗の他にもさらなるRIビームの産業応用への発展に期待したい。 (岩瀬彰宏 記)
表1 摩耗検査に有用な、RIビームの供給実績
図3 RIビーム打込み法による高度な摩耗検査の可能性