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放射線科学研究会

新規行事

 

 

 


25周年記念講演会及び平成24年度ONSA賞授賞講演会 聴講記

平成26年5月27日

於:大阪大学中之島センター

第1部 25周年記念講演会

(1)私たちはなぜ重いか

−宇宙誕生・天地創造・万物創生、ヒッグス粒子から超重元素まで−

理化学研究所仁科加速器研究センター長

延與秀人

 

1932年に仁科芳雄博士が主任研究員となり、理化学研究所(理研)において日本における加速器科学研究が始動した。

その後、現在に至るまで、理研は世界の加速器科学の中心として、サイクロトロン加速器を用いた多くの研究成果を発信し続けている。

本講演では、延與仁科加速器研究センター長に、理研における戦後の激動の時代から、最近のRIビームファクトリー(RIBF)によって行われる物質創生、元素合成の試みまでにわたって、「物質、質量の起源」をわかりやすく語っていただいた。

まず、理研のサイクロトロン加速器の歴史の説明があった。1937年に日本で最初のサイクロトロンが仁科研究室で稼動し、その後、当時世界最大の2号サイクロトロンが1944年に完成したが、戦後まもなく、米軍により解体され東京湾に投棄された話は有名である(図1。その悲劇にも負けず、戦後、3号、4号サイクロトロンが完成し、現在も稼働中のリングサイクロトロン(5号)が1986年に完成した。

その後、1997年から2006年にかけて6−9号サイクロトロン加速器が完成し、世界最大最強のRIビームファクトリーが完成した。次に、物質の起源(ミクロの世界)を探るのにエネルギーの高い小さな粒子をぶつけることが必要だか、そのためにこのようなビッグマシンが必要であるとの説明があった。

さらに、2013年にノーベル賞受賞となったヒッグス粒子の話へと講演は進んでいった。ビッグバンにより光がもたらされたが(天地創造)、光は質量がないので止まれない。止まるためには質量が必要、というわけで、ヒッグス粒子が真空に凝縮し、素粒子に秩序を与え重さの基礎を作った(図2

しかし、これではまだクオークは軽すぎるため、第二段階として、クオーク・反クオーク対が真空中に凝縮し、残りの99%の質量を得た。こうして重くなったクオークから陽子や中性子といった粒子ができた。ここから元素の合成が始まる。宇宙の生成初期に陽子、中性子から作られたH,He、Cなど軽い元素からゆっくりとしたプロセスで元素合成が進み(slow process)、最も安定な元素である鉄に行き着く(図3)

しかし、現在の宇宙には、生命誕生にも不可欠であった鉄より重い元素も多く存在する。それらは超新星爆発によってできる。爆発途上で中性子を大量に吸収しながら、急速に元素合成が進み、エネルギー的には準安定状態である金や鉛などの重元素ができる(図4

これらの元素がそろって、ようやく生命の誕生にいたるのである。最後に、理研(和光)でのサイクロトロン加速器による元素合成の実験の紹介があり、講演を終えられた。113番元素の発見の話もされて、今ロシアと命名権競争中だが、たぶん大丈夫とのことであった。

今回の講演の主題は、質量の起源、物質の起源という大変難しいものであったが、明快なスライドや巧みな比喩を用いて、ビッグバンから素粒子の質量獲得、超重元素合成にいたるまで、ユーモアも交えながら大変わかりやすく講演いただいた。

一般聴衆の皆さんから少し本分野の知識がある人まで、楽しむことができた講演であったと思う。             (岩瀬 記)

 

  

1 米国駐留軍による理研サイクロトロン海中投棄          図2 光がとまれない

 

   

3 スロープロセスの過程                   図4 金、鉛の生成

 

 

(2)放射線利用−過去・現在・未来−

アジア原子力協力フォーラム(FNCA)日本コーディネーター・

原子力機構フェロー・

福井県若狭湾エネルギー研究所顧問

町 末男

 

1953年、アイゼンハワー米国大統領が”Atoms for Peace”国連総会演説を行ったのを契機に、原子力平和利用は、原子力発電と放射線利用の両輪として発展してきた。

本講演では、講演者が所属した原研高崎研における多くの成果を中心に、今までの放射線利用、現状、そして未来に向けての展望を語っていただいた。まず、はじめに、日本の原子力利用の経済規模において、放射線利用と原子力発電はほぼ同規模であることが内閣府のデータに基づいて示された(図5)。

これは意外に思われる方も多いと思うが、このことだけでも、放射線利用が我々の日常生活に深く貢献していることがよくわかる。

放射線利用に用いる施設だが、Co60からのガンマ線が多く用いられてきたが、供給量に限界があることや海上輸送が困難であることから、近年では、それに代わって電子線加速器が用いられるようになってきている。

次に、高分子材料の改質、放射線滅菌、農業・食糧分野、環境保護、医療分野での放射線利用の具体例が示された。高分子改質では、架橋による改質が、耐熱電線、自動車用タイヤ、創傷被覆材などへ応用されている。たとえば日本の大手タイヤ会社では、ラジアルタイヤのうち91%が放射線を用いて製造されている(図6)。

また、やけどや切り傷のハイドロゲル被覆材は、原研高崎研で開発され、ニチバンが実用化したものだが、治癒が早い、取り替えが容易で無痛である、透明で傷の状態がよく見えるなど多くの利点を持つ。

電子線照射による高分子架橋は、家具、床材の塗装や印刷技術にも応用され、無溶媒、省エネの無公害プロセスとして注目される。架橋と並んで有用な放射線反応にグラフト重合がある。

放射線グラフト法を利用して、電池用隔膜や空気清浄用フィルター材の製造が行われている。医療器具の放射線滅菌もまた重要な放射線利用の分野である。滅菌にはEOガス滅菌がよく用いられるが、放射線滅菌は、簡単で信頼性大であること、EOガスの残留がないことなどの利点があり、日本では60%が放射線法で滅菌されている。

滅菌は医療器具だけでなく、ペットボトルなどにも応用される。1分間で600本のボトルの処理が可能であり、省コスト、残留薬剤なしなどの特徴を有し、日本ですでに3基以上の電子線加速器がペットボトル滅菌に使われている(図7)

さらに、環境にやさしい持続的農業、貧困撲滅に向けての食糧増産の目的で、さまざまな品種改良が放射線を用いて行われてきた。黒班病に強い二十世紀梨、バンチトップウイルスに強いバナナなどが作られ、化学肥料や農薬を減らす環境にやさしい農業を生み出している。

食品照射利用もまた世界中で広く行われている。日本では残念ながらジャガイモの発芽抑制のための照射しかまだ認められていないが、世界では、香辛料、ビーフなどに対する照射殺菌、パパイヤ、オレンジなどの果物に対する照射殺虫などが多く行われている。

放射線不妊虫放飼法による害虫の撲滅も、特筆すべき放射線利用の1つである。この方法で沖縄におけるウリミバエやタンザニア・ザンジバル島でのツエツエバエの撲滅に成功している。環境保護への放射線利用もまた有効である。原研高崎研では、電子線照射を利用して石炭火力発電所の排ガス浄化を行うという革新的技術が開発され、ポーランドで実用化されている。

最後に、放射線利用で忘れてならないのが、医療に対する応用である。特に重イオンビームによる先端ガン治療法が放医研などで実施され、正常細胞への影響を少なくし、ガンにだけ放射線を集中させる方法として治療効果が高いことが示されている。

また放射線診断としては、陽電子を出すF18を用いたPET診断法も盛んに行われるようになってきている)。

本講演により、放射線がわれわれの身近なところで非常に多く活用されていることを再認識することができた。                (岩瀬 記)

   

     

   

 

第2部 平成24年度ONSA賞授賞講演会

オンサの顕彰事業であるオンサ賞は資金難のため、長らく中断していたが、会員からのご寄附により再開し、再開後3年目となる平成24年度は応用研究・開発部門において二人の方が授賞した。第2部で授賞講演会を開催し、座長はONSA専務理事の大嶋隆一郎が務めた。

 

(3[平成24年度ONSA賞授賞講演]

3次元蛍光X線分析装置の開発とその応用研究

   大阪市立大学大学院工学研究科

教授  辻 幸一

今回の辻幸一氏の業績は大学の研究室レベルで、SPring-8のような大型施設にひけをとらないような三次元蛍光X線分析装置を開発したことである。

X線の応用としては、一般になじみのある医療用X線撮影や空港の手荷物検査のような内部構造の知見を得る手法と励起作用を利用した元素分布の可視化による化学分析が代表的である。

元来、蛍光X線分析法(XRF)は、大気圧下(高真空を使用しない)で非破壊的(プローブによるダメージが少ない)に元素分析が可能であるというユニークな特徴を有する。これは、真空を要する電子線やイオンビームを励起プローブとする元素分析法に対しての利点である。

検出感度を高める全反射条件を利用した全反射蛍光X線分析法(TXRF)も含めて、XRF法は半導体、プラスチック材料、鉄鋼材料などの工業材料だけでなく、土壌、エアロゾルといった環境試料、プランクトンや人・動物の臓器や毛髪、血液などの生物・医学試料、美術品や考古学試料、犯罪捜査試料などきわめて広い試料への適用例が報告されている。

然しながら電磁レンズによってビームを絞ることが出来る荷電粒子線に対して、X線では適当な集光素子がなく微小領域での分析は電子線に比べて立ち遅れていた。近年になって極めて細いガラス管を数万本束ねたポリキャピラリーレンズが開発されX線でも10μ程度の集光が可能になってきた。

この集光素子を利用すれば立体角の大きい発生X線のビームを微小領域に集光が可能であり、実験室レベルで高強度のビームが得られる。さらに発生側だけでなく検出側においても同様のレンズを使用し、両者の幾何学的配置を最適化し試料の移動機器と組み合わせることで3次元の情報を得ることが可能となる。

この共焦点3次元X線分析法のアイディアは1993年に初めて発表されたが、実験が行われるようになったのは2000年以降であり、深さ方向の分析は2003年に報告された。講師の研究グループでは2008年に最初の手作りの装置を立ち上げた。

当時のビームは30μだったそうである。その後、数台の装置を研究室で試作しながら性能の向上につとめ、最近になり空間分解能15μmの世界トップクラスの性能を有する装置を完成させた。この装置の利点は微小試料片の三次元分析が可能であることである。

例示として科捜研からの依頼による自動車事故現場から採取した塗膜片の分析、マイクロSDカードの多層構造の分析(図1)を挙げたが、その他興味ある応用として界面構造の化学分析がある。反応界面での元素分布の変化の追跡は雰囲気を問わずにすむX線が有利であろうと感じた。

さらなる発展を期待したい。

(大嶋 記)

  

写真1 講演中の辻教授                図1 microSDカードの深さ方向でのCuX線強度変化

 

 

(4[平成24年度ONSA賞授賞講演]

身近にあるプラスチックによる放射線の計測

京都大学原子炉実験所

助教 中村 秀仁

中村氏の業績は私たちの身近にあるプラスチックが放射線検出器として利用できる可能性を実証し、すでに一部が実用化していることである。

19世紀末のX線の発見から始まった放射線の研究は20世紀に入って多くの研究成果が報告された。

目で直接見ることの出来ない放射線の検出には、その放射線と物質との様々な相互作用が利用される。その一つ放射線入射した際の物質からの発光を光検出器で検知するシンチレーション検出器である。

20世紀初頭にはすでにプラスチックに放射線が入射すると発光することが報告された。ただし発光域が紫外領域で目には見えない光であった。1940年代に入り、蛍光物質を添加したプラスチックシンチレータが放射線検出器の材料として開発された。

プラスチックは加工性が良いことから広く使用されるようになったが、特殊なプラスチック材料ということからメーカーの独占化、寡占化が進んだ。一方、光を検出する機器の性能も大きく発展し、今日では紫外光から赤外光までをカバーする光検出器が開発されている。

中村講師は手近にあった飲料用PET(ポリエチレンテレフタレート)ボトルの一部を切り取り光検出器の前面にそれを置き、さらにその前面にγ線源を置いたところ放射線を検出できることに気づいた。

ただし発光域は従来品のプラスチックシンチレータよりも40nm低い紫外域であった。これを発表したところ米国カリフォルニア大学での追試から始まって世界的な反響が得られ、γ線だけでなくすべての放射線に応答することが確かめられた。

しかしながら、発光量が従来品に比して1/7程度と低く発光域も紫外域という難点があることから実用材としての利用は疑問視されたようであるが、中村講師は日本で入手できる全てのペットボトル飲料素材がすべて光ることを確認し、身近にある素材が検出器材料となることに自信を得てさらなる挑戦を行った。

PETが芳香環を持つ構造であることから、類似の材料であるPEN(ポリエチレンナフタレート)を調査したところ、従来品とほぼ同じ425nmの発光が観測され、しかも発光量も従来品と同等かそれ以上の発光効率のあることが分かった。

現在世界的に応用研究が進みつつあるが、素材の良好な加工性を活かして病院のベッドやトラックの荷台ごと測定出来る大型検出器の製作が期待される。今回の成果には従来品の価格が1/5程度に下落し、価格の適正化に貢献したこともあった。

またPENをシンチレータに使った検出器では測定時間の大幅な短縮が可能となり、すでに福島原発事故周辺の放射能汚染検査に利用されているとのことであった。(図2)

(大嶋隆一郎 記)

  

写真2 講演中の中村助教        図2 PENを用いたホットスポットモニター