れからの放射線教育のありかた
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これからの放射線教育のありかた
放射線教育フォーラム
松浦辰男
はじめに


 現在ほど,広い意味での放射線教育が,学校及び社会の両方において正しく効果的に行われることが求められている時はないと思う。そ れは,エネルギーの安定供給,環境保全,それと経済成長(雇用・福祉)という,互いに関連しているが相反する要素をもつ(いわゆる「 トレード・オフ」の関係にある)3重要問題の解決のために,今後国民のコンセンサスを取りながら真剣に取り組んで行かねばならない時 代において,市民の放射線・放射能に関する正しい科学的知識が必要であるからである。現実は,世間では放射線・放射能・原子力の「安 全性」に関する,とくに放射線の人体影響に関する強い不安感に基づく誤った,不正確な考え方があたかも真理であるかのように罷り通っ ているので,それがエネルギー環境問題の解決の主役を果たすべき「原子力」に対する価値判断を大きく影響し,問題解決に困難を来して いる。現状のままに放置するならば,少なからざる人々が,本来何等心配するに足りない僅かな量の放射線被ぱくを無用に恐れ苦しみ,ま た資金が無駄に使われ,二酸化炭素の削減という国の政策遂行に支障を来たし,社会の将来に明るい展望が開けないおそれが多分にある。
 正直に言って,原子力発電所や放射性廃棄物処理施設などの立地問題は,国民に放射線・原子力に関する正しい知識が普及していればさ ほど困難なく解決されるはずである。また,放射線防護を万全にするための法的規制が厳し過ぎることにより,低レベルの放射性廃棄物の 処理に必要以上の手間と費用がかかって国費を無駄にしており,また放射線の遮蔽を充分にしすぎる結果原子力発電所などの建設コストが 高くなり,国際的競争力で日本は負けてしまっている。
 食品の放射線照射も,市民のコンセンサスを得てもっとその有用性を利用すべきである。医療における放射線被ぱくについては,「ベネフィットがあるから」という理由で法規制の対象外となっているが,その結果は,わが国の医療制度もあいまって,表1(1)に示すように ,医療による国民の被ぱく線量が年間2.25 mSv という,英国や米国にくらべて数倍も高い状態にある。
これは原子力発電やコンシューマプロダクツに起因する被ぱく線量がわが国では非常に少ないことに比べて,たいへんアンバランスな状態 である。同時に,国際線に勤務しているパイロットなどの年間の被ぱく線量が2〜3 mSv であることも周知の事実である(2)。大量の放射 線が危険であることは確かであるが,放射線はそれが天然のものであろうと人工のものであるとを問わず,この程度の被ぱく線量では遺伝 的影響やガン発生などの晩発的影響は心配する必要はない(3)ということを,原子力や放射線の関係者,航空関係者は申すに及ばず,医師 ・放射線技師・看護婦らが確信を持って患者や一般の方々に説明できることが望ましい。天然に存在する程度の少量の放射線まできびしく 規制している現在のシステムは,結果として社会に対する誤った放射線教育をおこなっていることになる。従来の放射線教育は,あとでも 述べるが,放射線の有用性よりも「放射線は少量でも人体に有害である」ということを専門家が先頭に立って一般に普及してきた傾向があ った。これからはこのようなことを改善する必要がある。
 社会教育の基礎となるものは学校教育であるので,学校における放射線・原子力教育をもっと適切に行うことが望ましい。しかし,わが 国では「理科離れ」という言葉があるように理科教育自体が危機的状況にある。理科の授業時間の減少もこの傾向を助長するとともに基礎 学力の不足を招いた。その中でもイデオロギー的にも論議が多い放射線・原子力に間する教育は,教える側ができれば避けて通りたい,と いう心理が働いてきたためであろうか,学校教育の教育課程を規制する「学習指導要領」(4)でまともに取り上げることが従来はどちらか というと避けられ,疎かにされてきた(5・6)。結果として,一部の科目でのみ「放射能と原子力の利用とその安全性にも(簡単に)ふれる こと」という指示となり,実質的には篤志の教員が自発的にカリキュラムを工夫して教育をしてきただけで,多くの一般の教員は生徒から質 問された場合などに,マスコミにおいて流布している考え方をそのまま教室で伝達するに留まっているのが現状である。学校教育における 放射線教育の重要性,現状とその改善策については,後の章で詳しく述べる。


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