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(3)日本の原子力発電施設等放射線業務従事者の疫学調査 放射練影響協会・疫学調査センター 巽 紘一 |
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1)はじめに 電離放射線が発がん作用原であることに疑う余地はない。原爆被爆者はもとより、初期の放射線科医(皮膚がん、白血病)、ウラン鉱山坑夫(肺がん)、夜光時計文字板 のラジウム蛍光塗料塗装工(骨肉腫)など多くの疫学調査結果と、マウス、ラット、ビーグル犬など小動物について行われた発がん実験の結果から、白血病はじめ種々固形がんの発生頻度は、被ばくの態様(線源、線質、線量率)に応じて、また被ばく線量の増加により有意に増加することが明らかにされてきた。一方で、われわれの意識には普段ほとんどのぼることはないものの、太古より人類は極低線量率ながらも自然放射線を浴びて生活をしてきた。では、果たして自然放射線の何倍以上の線量・線量率を被ばくすれば発がん頻度の増加がん死亡、非がん疾患が1,346例、外因死が397例であった。 SMRの点推定(95%信頼区間下限、上限)は、全死因で0.94(0.90,0.97)、非がん疾患死亡で0.86(0.82,0.91)で、いわゆる健康労働者効果(healthy worker effect)がみられた。がんに関しては全部位でも部位別でもすべて1.0をまたぎ、コホートと基準日本人男性との間に差異を認めなかった。 次に、死因毎にこの前向き観察コホートにおける線量群別内部比較を行った(表参照)。全死因については、累横線量の増加に応じたO/Eの増加傾向性は統計的に有意であった(p=0.017)。これには累積線量に対する外因死の顕著な増加傾向性(p<0.001)の寄与が大きいと考えられる。とくに100mSV以上の累積線量群における外因死は信頼区間が1をまたがない。非新生物(非がん)疾患では増加傾向性に乏しかった。まず潜伏期を設けない解析では、全部位のがんについて統計的に有意の増加傾向性はないが、部位別の検討では、食道がん(p=0.002)、胃がん(p=0.012)、多発性骨髄腫(p=0.047)に有意の増加傾向性が認められた。 50-100mSV群に見られる食道がんの増加のみ(O/E比3以上)その95%信頼区間が1をまたがなかった(表)。ただし、このO/E比3以上の増加は、従来の原爆被爆者の解析結果を踏まえれば、電離放射線単独の影響としてはなはだ考えにくい。次に潜伏期を設けた解析でも、食道がん(pく0.001)、胃がん(p=0.025)はやはり統計的に増加傾向性が有意で、これに直腸がん(p=0.024)が加わったが、全部位がんは増加傾向性が強まるものの有意ではなく(p=0.099)、多発性骨髄腫は増加傾向性が有意ではなくなった(p=0.07)。 4)交絡因子に関する調査結果 コホート調査対象者の生活習慣などの交絡因子に関する情報を解析結果の考察に役立てる目的で、平成9年10月から翌10年3月にわたって、当時原子力発電施設等で業務に従事していた対象者に第1次の生活習慣調査を行い、約4万8千名から回答を得た。このうち半数の2万人強が上述の第II期疫学調査前向き追跡集団と重なっているので、累積被ばく線量と相関する5つの特性が判明した。 (1)20代、30代、40代、50代、60才以上の各年齢区分を通じて、高線量群ほど喫煙率は高く、喫煙本数の多い人の比率も高かった。 (2)飲酒率は線量群間で差がないが、多量飲酒者の比率は高線量群に高かった。 (3)高線量群ほど紅茶飲用者の比率が小さいが、コーヒーを含め他のお茶類の飲用者については差はなかった。 (4)アスベストなどの有害業務従事歴を有する従事者の比率が高線量群に高かった。 (5)高線量群ほど上部消化管透視を受けた対象者の比率が小さかった。 以上より、生活習慣、とくに喫煙と飲酒に関して累積線量群間に差異があることが示唆された。一般に食道がんでは飲酒と喫煙が相乗的にリスクを高めることが知られて いるので、前項の食道がん死亡率の累積線量群間の差異を解釈する場合には考慮しなければならない重要な要因と思われる。 第1次の生活習慣アンケート調査は調査対象コホート全体に対して行われたものではなかった。よって死亡率解析にあたっては交絡因子情報として調整に用いることが適当でない。そこで平成15年9月から平成16年11月にかけてあらためて直接個人の住所宛に郵送する方法で第2次のアンケート調査を実施している。 5)白血病についての過剰相対リスクの推定 一般に白血病については、上記のような生活習慣関連の要因がリスク効果を示すとはされていないので、交絡因子の影響が極めて少ないものと考えられる。一方で、固形がん、全部位がんについては、被ばく線量以外の要因の効果がO/E比増加傾向に強く疑われるので、今回の第11期中間解析では単位線量あたりのリスク値を白血病についてのみ推定することとした。非被ばく群に対する各線量被ばく群のがん死亡相対リスクは、線量に対して直線的に増加すると仮定し(線形相対リスク回帰モデル)、AMFITプログラムを用いて最尤法によるポアソン解析分析を行った。線量に対する増加方向を仮定していることから片側検定が対象となるのでリスク推定値の90%信頼区間を算出した。過剰相対リスク(ERR)値(90%信頼区間下限、90%信頼区間上限)は、潜伏期2年を考慮する場合が0.01(-10.0,10.0)、考慮しない場合が-0.42(-9.7,8.9)であった。いずれも信頼区間下限がゼロをまたいでおり、過剰相対リスクはゼロと有意に異なるとは言えない。また原爆被爆者について得られている推定値4.62に比べてもERRの点推定値は極めて小さい。 6)まとめ 低線量・低線量率(もしくは多分割)放射線被ばくの人体影響について科学的知見を得ることを目的として、原子力発電施設等において放射線業務に従事した人たちを対象にコホート調査を行った。その中間解析結果(第II期)では、コホート全体としてはがんは増加しておらず、またコホート内での披ばく累積線量との関係でも、がん死亡率と線量の相関は有意ではなかった。食道がん等、一部の消化管のがんが有意の増加傾向性を示すものの、白血病以下その他のがんには増加傾向性を認めなかった。一方で外因死が明らかな増加傾向性を示し、また別に実施した生活習慣アンケートから喫煙者の比率が高線量群に高率であることなどから、食道がんと累積線量との関係には交絡因子の関与が強く疑われた。この調査の対象であるコホートは年齢も未だ若く、観察期間も短いので、がん死亡数も多くない。今後、さらに長期にわたって追跡を継続する必要がある。すなわち、統計上の検出力が不足していることと、喫煙など生活習慣の交絡を調整できていないために、紹介したコホート解析が低線量・低線量率電離放射線の人体影響、とくに発がんリスクにおけるしきい値の有無に対して直接的に解答を与えることは、現時点ではできない。
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