近藤宗平
1) 放射線は少し浴びたほうが健康によい (へつづく)
2)微量被ばくに対する生体防衛機能の働き
(平成10年年次大会「高橋信次記念講演シンポジウム」 :医療放射線防護NEWSLETTER 2000.6
No.28 から転載)
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はじめに ルネッサンス歓人には,外見的にわかるような発生異常の増加は認められなかった。しかし,重い精神発達遅延症の頻度は被ばく量1Gyの胎児では60%以上というおそるべき高頻度で祭生した(図2)。とくに妊娠8−15週に被ばくした場合がハイリスクである。しかし,このハイリスク期の被ばくでも,被ばく量が低下するとリスク激減し,20ラド以下では対照りスクと有意の差はない。(図2)。妊娠26遇以降の胎児は1Gy以上、被ばくしても精神達遅延症りスクはゼロである(図2)。 以上の事実があるにもかかわらず,9月30日の東海村のJCOのウラン臨界事故では,東海村や周辺の地区の妊娠している多くの人が深刻に胎児の異常を心配していると間いて暗然となった。チェルノブイリ事故による放射性降下物に汚染された西欧では,恐怖のあまり数万人の妊娠母親が人工流産をした1)。放射線過剰規制の弊害は放射線の害より桁違いに大きい。風評被害の事実にどう対処するか,放射線防護専従者の責任は大きい。 ![]() 被ばく細胞のアボトーシス;p53遺伝子は放射線に対する胎児の守護神 普通のマウスの妊娠中期にX線2Gy照射すると.60%が胎内死亡し,生き残った仔の50%に発生異常が起こる(図3)。p53遣伝子が欠損したノックアウトマウスは,2Gy照射しても,10匹のうち1匹しか死亡しないが,生き残った仔の殆ど(80%)が発生異常を持って生まれる(図3)。放射線に強いp53ノックアウトマウスが発生異常を普通マウスより多発するのはなぜか?これはつぎの仮説で説明できる。普通のマウスの細胞では,放射線によるDNA損傷が治らないと,p53遺伝子の生産するp53タンパク質分子がDNA損傷を見つけて自爆装置をオンに作動させるため,傷つきの不良細胞の大部分が自爆し組織から排除され,死亡率も高い。このような細胞の自爆をアポトーシスという(図4)。このアポトーシスのおかげで,放射線障害のかなりの部分が被ばく組織から排除されるので,生き残った仔の発生異常リスクは,被ばくしない場合の20%より30%多いに過ぎない(図3)。これに反し,ノックアウトマウスでは,被ばくしてもアポトーシス頻度は上昇しないので胎内死亡率は低いが,生き残った仔の殆どが発生異常を持って生まれる図3)。この仮説はつぎの実験結果で支持された。X線照射直後に被ばく胎児の組織標本を調べたところ,普通マウスでは自爆細胞が塊になって組織外に廃棄されていた。ノックアウトマウスでは,自爆細胞数はX線照射後全く増加しなかった。p53遣伝子は胎児を放射線リスクから守護してくれる。 ![]() 少しずつの長期照射の場合,放射線は発がん毒性が消えて安全である マウスにトリチウム濃度の違う飲料氷を生涯与える。高濃度トリチウムは強い胸腺腫瘍誘発毒性を示すが,低濃度にすると胸腺腫瘍の発生率はゼロになる(図5)。腫瘍リスクゼロの安全トリチウム濃度は,線量率でいえば,年間30ラド以下の場合である(図5)。 ラットにラドン濃度の違う空気を吸入させると,高濃度では肺癌が多発する。低濃度の100WL(1WL=0.01ラド/時)で全量25WLM(19ラド)を4カ月に分散して与えても発がん率が2%で,対照より有意に高いが,同じ25WLMを超低濃度の2WLで18カ月に分散して与えると,発がん率は対照区と有意差がない(図6)。 図6の実験結果は,ラドンからでるα線でさえも,線量率を下げると発がん毒性が消えることを意味する。放射線リスクの評価では,放射線によるイオン密度の大小よりも,線量率の高低のほうが重要だということである。従って,シーベルト単位でα線:γ線のリスク比を20:1に,科学的根拠なしに決めているのは,放射線リスクの正しい尺度としてはたいへん不都合である。21世紀の放射線防護のためには,この単位の厳しい再評価が必要である。シーベルト単位は一利百害の単位である。 DNA損傷の自然発生率は電離放射線によるものより桁違いに多い 表2と表3に示すように,自然に発生するDNA損傷の頻度は放射線少量照射した場合のDNA損傷率より桁違いに大きい。自然リスクの主役は活性酸素,太陽紫外線,熱エネルギーである。化学物質も多様なDNA損傷を誘発する。しかし,DNAの2本鎖切断(図7)は活性酸素や化学物質では誘発されない。DNA2本鎖切断は電離放射線特有の損傷であり,電離放射線を特別に怖がるべき科学的根拠にされ,2本鎖切断を高密度で誘発するα線のリスクをX線やγ線より20倍怖がりすぎてもよいという考えの根拠にされてきた。しかし,次節に述べる証拠によって,DNA2本鎖切断が増殖中の細胞に自然に多発することが最近発見された。 ![]() DNA修復とアポトーシスの協調作業が低線量放射線リスクをゼロにする DNAに2本鎖切断が起こっても,そばに無傷の相同DNA鎖があれば,無傷のDNAから切断部に相当する部分を移植すれば修復できる。これは組換え修復と呼ばれる(図7)。この修復では,DNA鎖の1本を相手の鎖に組み入れなければならない。これには多種多様なタンパク質分子群の共同作業が必要で,修復完了までは時間がかかる1)。この修復作業の初期に必須であるのがRad51タンパク質分子である(図7)。 ![]() Rad51遺伝子ノックアウトマウスは、受精後3日で全部死亡する。それは初期胚細胞が分裂して増えるとき,DNA2本鎖切断が自然に多発し,これを修復するのに必須のRad51タンパク質がないので,全細胞はDNA2本鎖切断損傷をぶら下げたままである。p53タンパク質がこの傷を見つけて自爆装置をオンにするので,早期胚の細胞は大部分が死滅し,胎児は早期胚の段階で死ぬ。普通の細胞では,組換え修復のほかに多種多様なDNA修復タンパク質群団が存在するので,毎日数千個のDNA損傷が自然発生しても(表4),その殆どは修復される。未修復DNA損傷は,一年間の総計でも細胞当たり数個であると考えられている。同様に,放射線よるDNA損傷も線量率が低いなら,自然のDNA損傷を修復する機能が処埋してくれるので,大部分は無傷になる。しかし,DNA修復は100%治すことはできない。微量の傷が残存する。毎日の被ばくでできる残存DNA損傷が少しであれば,この細胞が活発なp53タンパク質の活性を持っている限り,自爆装置が作動してアポトーシス死が起こり組織から消える。これがうまく働けば毎日の被ばくによるDNA損傷はその日のうちに完全排除される。従って,少しの放射線被ばくのリスクは蓄積しない。こう考えれば,自然放射線の100倍程度までなら,長期間の継続被ばくの放射線が発がん毒性もなくて安全であるという実験事実(図5,図6)が納得できる。この作業仮説は実験的検討に値す重要課題であると恩う。 むすび 電離放射線は地球上に自然に存在する。人類は地球上に誕生してから何百万年間も自然放射線のなかで暮らしてきた。自然放射線の程度が人体に危険であるはずがない。この良識を支持する科学的証拠の一部を紹介した。21世紀の放射線防護の基本課題の1つは,電離放射線の被ばく量がどの程度までなら安全であるかを科学的にきちっと査定することであろう。 引用文献 本稿の図・表と内容の大部分は文献1)からの引用である。図・表の原著も紙面の都合で省略し,文献1)にゆずった。 1)近藤宗平『人は放射線になぜ弱いか一少しの放射線は心配無用一』第3版,講談社,プルーバックス(1998) |