第25回UV/EB研究会聴講記

開催 平成15年117日 於住友クラブ

今回は水溶性高分子の放射線利用を中心テーマにして3人の講師に話して頂いた。

 

1.「電子線を利用したハイドロゲル創傷被覆材の開発」

  ニチバン株式会社、磯部一樹

一般に「傷は乾燥させて治すもの」と信じられているが、それは40年も前に間違いとされており、最近でもNHKの“ためしてガッテン”で紹介されたように、湿潤環境の方が自然治癒力が良く発揮されると言う。磯部氏らはこのいわゆる“モイストヒーリング”が可能な素材として、水分を良く含むハイドロゲルのようなものが良いと考え、水溶性の高分子であるポリビニールアルコール(PVA)などに電子線を照射して架橋させ、水中で煮沸しても溶けないゲルを得た。このゲルを膜状にして、ネズミの体表面に人為的に作った傷を覆い、さまざまな実験を行って治療効果を調べたところ、良好な結果が得られた。人の臨床例でも83%で有効の結果が得られており、特に使用直後にピリピリ感が緩和されるとのことで、これは現在、医薬品として厚生省の認可待ちとのことである。

架橋のメカニズムとしては、@ 放射線のエネルギーによって、まず、水が分解され、H原子とOHラジカルが生成する。A OHが高分子のC─H結合部分からH原子を引き抜いて、高分子上に炭素ラジカルを生成する。B 互いに異なる二つの高分子上の炭素ラジカルが結合して、より大きな分子となる。以上を一連の基本過程として、それらか大きい高分子上に、さらにいくつも重なって、全体として網目状の構造が出来、ゲル化をもたらしていると考えられる。

最後に、たまたまバイク事故で怪我をした同僚の治療について報告があり、説得力のある講演となった。

 

2.「多糖類の放射線分解および橋かけによる有効利用」

日本原子力研究所高崎研究所 久米民和

本講演は天然高分子への放射線応用の研究紹介である。天然の多糖類にはセルロース、デンプン、ペクチン、キチンなど、多数の高分子が存在している。これらは通常水に溶けない場合が多く、粉末または水溶液への分散状態で放射線を照射すると容易に分解して分子量が減少するが、条件によっては架橋もあり得ることが分かった。

まず、分解の場合、照射の程度によってさまざまな分子量の生成物が得られるが、ある範囲の分子量において抗菌、生体防御システムの増強、植物の生育促進、環境ストレスの抑制、などの性質が発現して来ると言う。それらの詳しいメカニズムは不明だが、抗菌の場合、菌を凝集させたり、細胞膜を破壊してDNAを漏出させたりする結果、分裂が抑制されたり、異常な形の細胞が現れたりするためと考えられている。植物では虫などの食害による細胞表面物質の分解生成物から危機を感知する生体の防御システムが応用出来るようだ。

これらの現象には実用面で多くの利用価値がある。例えば、10kGyほど照射したキトサンの溶液をマンゴーにコーティングすると腐敗を防ぎ、熟成を促進させるとか、海藻から採ったアルギン酸に照射したものでキャベツやニンジンの収量を増加させたなどの例が紹介された。また、照射したリグノセルロースに発酵処理をして、塩分や重金属さらには乾燥など、環境ストレスに対する耐性を与えることも出来たという。日本ではまだフィールドテストの段階であるこれらの研究成果が、東南アジアではすでに商品化ないし実用化が進められているとか。彼我の対応の大きな差は国状の違いを示しているようだ。

一方、架橋は原研が開発した新しい技術とも言えるもので、カルボキシル基などの親水基を導入して水溶性にし、濃度、線量などを加減すると可能なことが分かったと言う。

例えば水溶性セルロースの場合、その濃度が10%程度では、ゲル化によって見た架橋率が10%程に達した後、線量と共に分解するのに対し、数10%の濃度では架橋率が5070%に達し、分解も殆ど起こらない(図参照)。このことから架橋は異分子間のラジカルが結合することによると考えられる。磯部氏のPVAの場合も、まさにこのメカニズムを応用したものである。

架橋によって得られる天然高分子のハイドロゲルは褥瘡防止マットや化粧品用途、その吸湿効果を利用した砂漠の緑化材など、新しく、広い応用分野があり、また、その材料はマレーシアの椰子の幹から得られるサゴデンプンのように、豊富な資源が発展途上国に求められる点でも有用な技術と言える。

 

3.「高齢化社会に向けた繊維資材開発」

日本科学繊維協会大阪事務所 山崎義一

今回のテーマであるハイドロゲルという素材は上記のように褥瘡マットや創傷の保護など、高齢化社会が求める用途に良く添っている。山崎氏の把握する繊維の領域でも「安全で安心に暮らせる生活」をキーワードに制菌、抗菌、防臭、消臭、保温、給水、防水、難燃などの機能が求められるとしている。各合繊メーカーもこれらを目標にして、介護用素材としての用途に合うように工夫を凝らし、創傷保護・治療素材、消よう・消炎繊維、センサ機能付温湿度調整素材、神経刺激リハビリ素材、筋力支持衣料等を開発している。軽量、保温目的の中空繊維である帝人のエアロカプセル、旭化成のツインエアー、抗菌消臭目的では東レのルミマジック、クラレのシャインアップなどが紹介された。        (藤田記)