第15回放射線利用総合シンポジウム聴講記
開催日時 平成18年1月27日 場所 住友クラブ
1.ガスハイドレートを巡る最近の話題-基礎研究から天然ガス輸送・水素貯蔵技術まで-
大阪大学大学院基礎工学研究科 大垣
一成
最初の話題は最近燃える水として注目を集めているガス、特に水素(H2)、メタン、そして二酸化炭素(CO2)のハイドレートです。
まず、ハイドレートだが、これは温度、圧力のある条件を満たせば、水が水素結合によって籠構造を作り、その中にいろいろな分子を取り込む性質があると云うもので、その中で分子は単独でいるのとは違った物性を示し、安定に存在するので、いろいろな応用が考えられる。
籠の基本構造は図2のようなもので、最も小さいSケージは正5角形の12面体、水分子が20ヶからなる。○で示したところが酸素原子、稜線の中心に水素原子が位置し、内部に0.4nmほどの空間がある。これに六角形の面が二つ加わった14面体のMケージ、さらに、もう二つ加わった16面体のLケージなどがあり、実際にはこれらがいくつか組み合わさった複合構造で存在するが、いずれの構造も柔らかく、適当な温度と圧力があれば、いろいろな分子の入った状態を容易に作れる。
ガスハイドレートの存在状態を見る実験例として、SとMから成るある複合の籠構造に、あらかじめ一定割合のメタンとエチレンの混合物を入れておき、ラマンスペクトルで観察しながらエチレンを加えて行くと、エチレンがMケージで増加し、それにつれてメタンのSケージでの分布が増加してゆく様子が見られる。エチレンの代わりにもう少し大きな分子のシクロプロパンを使用すると、その増加途中に、突然、籠の複合構造が別の構造に転化する相転移現象も見られる。
最近ではより大きな基本構造も発見されているが、それらから構成される複合構造のタイプはかなり整理されている。面白い現象として、シクロオクタンのような大きな分子が、ゼノン(Xe)やメタンのような小さな分子をSケージに入れることで、より大きな籠に入り、ハイドレートを形成出来ることがある。したがって、ここでは、どこまで大きな分子が入れるかが、複合構造と関係して一つの興味ある研究対象となるが、一方、同時にメタンを詰めるための圧力が数十気圧も低下する事実が伴うため、これをメタンの貯蔵に利用する可能性があって、その面からも、有用な研究対象となっている。
メタンハイドレートについては、温度が低いほど、低い圧力で安定に存在し得ることを表す、いわゆる相図が描かれるが、−20℃付近にその曲線から大きく離れて、大気圧で寿命の永い、まだ理由が未解明な特異領域がある。この辺りの問題が理解されれば液体窒素温度で天然ガスの輸送が可能となり、中小のガス田でもペイするシステムが作れると考えられている。
ハイドレート上でCO2とH2ガスを共存させる時、H2の割合は100気圧で60%程度であるが、ここに環状エーテルのTHFと言う物質を水の5%程度加えると10〜20気圧で80パーセントを超すことが出来る。
CO2がなくても80気圧なら同じ程度の濃度が得られる。ただ、この程度では、モル数にすると水素吸蔵合金と勝負にならないが、理論的にはSケージ当たり2分子入るべきところがまだ1分子で、しかも、その20%にしか過ぎないので、例えばアミンなど、添加物を広く探索すれば改善の余地が期待される。
最後に放射線利用の点から、話題を提供すると、ハイドレートに照射して生成するラジカルの寿命は非常に長く、籠が生存する限り生存するということが分かった。この性質を利用すれば、一つ一つのラジカルを制御しながら、宇宙空間での有機物生成の謎に迫れると期待される。また、この長寿命ラジカルの分解速度を解析すると−20℃付近で活性化エネルギーが変化し、それぞれ、氷とガスおよび過冷却の水とガスに分解する値と一致するので、この辺りからハイドレートの異常な安定点への回答が得られそうだ。
これらの技術の先にはイントロダクションで紹介されたように、水素ガスの輸送や深海底へのCO2貯蔵手段としての活用があり、さらにはメタンハイドレート層に環境問題のCO2を送り込んでメタンを取り出すと言う壮大な夢もあって楽しみです。
2.近江の古代製鉄について
NFCセンター顧問 田部 善一
住友軽金属で銅やアルミの腐蝕を長年研究され、退職後に、近江の製鉄遺跡を調べておられる田部先生に、鉄と日本歴史の変遷は科学と歴史の交点、とも言える興味深い話をして頂いた。
文明には@富の偏在、A文字の成立B金属の使用と言う三つの条件が必要であると言われる。つまり、@によって非生産者階級が発生しAによって政体が整い、Bで戦いを制することで國が成立する。そこから文明が始まるのである。
鉄は、古くはBC1500〜2000年にヒッタイトが、当時アナトリア地方で盛んだった硫化銅からの銅の製錬時に偶然見つけたといわれている。つまり、 CuSとFeOの還元電位が比較的近いことから、精錬用にヘマタイトを加えた時に鉄が生じたのであろうと言う。三世紀の初めの邪馬台国に触れた魏志倭人伝には鉄の記述がないが、同世紀の後期、AD289年頃、三国志魏書の東夷伝に、朝鮮半島の弁辰(後の任那)地方に鉄を採りに行っていたらしい記述がある。
4世紀、現在大手前大学が発掘中の米原にある定納遺跡で発見された棺の内側では、頭部が朱で足部が酸化鉄のベンガラが使われている。この酸化鉄を使って鉄を作ったのは誰か。それは5世紀に大阪平野の上町台地に居を置き百舌古墳群をつくり、住之江や当時あった河内湖に港を作って活動した倭の五王の時代と考えられる。雄略とされる五王最後の武が「昔より祖禰躬ら甲冑を貫き,山川を跋渉して,寧所に遑あらず」の有名な句で先代や先々代が冑や鎧を着て平定に歩いたことを記しており、その時の武器を作ったのが橿原にある遺跡で、出土品も出ている。これは300〜900ppmの銅を含んでおり、接触交替鉱床から産する鉱石を使ったと言う意味で原料は近江の製鉄の可能性が高い。この銅を含む点が災いして後年、中世以降の刀の鍛造などには原料を中国地方や東北地方の砂鉄に移していったのであるが、いずれにしても、この後、越前から来てわずか20年で政権に就いた継体天皇が誕生したのは鉄製武器のお蔭だと言われている。
しかし、畿内政権時代、鉄鉱の産地には若江、住江など江のつく町や津のつく町が多く、鋼材は朝鮮半島からの輸入が主だったと言うのが定説で、実際に何時ごろから鉄の製錬が行われたかとなると難しい。文科系の人は弥生時代、理系の人は古墳時代などと言うが、実際には6世紀以前の製鉄遺跡は見つかっていないのである。
現在、滋賀県には近畿最多の60数ヶ所、製鉄遺跡があるがその最古の一つで鶏足寺境内のものでは酸化鉄含量が94.5%の鉱石を使いながら、鉱滓に70〜80%も残っている最悪のレベルであった。それが670年天智天皇の時代には「水碓を造りて鉄治す」との記述があり、水車を使うようになって技術が進んだようで、ロスが50〜60%と下がっている。
奈良時代に入ると湖南地方の草津に立命館大学が積極的に保存している木瓜原遺跡があり、製鉄では日本最大の野路小野山遺跡がある。前者は文化庁推薦の遺跡なので近くへ行かれたら大学に声をかけて、ぜひご覧頂きたい。後者は草津の教育委員会が発掘を進めているもので、これまで14の施設がが掘り出され、まだまだ広がっているので、これからさらにどれだけ出るか、20を超えるかも知れない。そうなるとローマを凌ぐ世界一の、国宝級の製鉄遺跡になるが、これほどの大規模なものは国家権力が介入しなければ築き得なかったと考えられ、実際、続日本紀には近江の鉄に関連する文書が数多く入っている。発掘関係者はここで‘踏みふいご’らしきものが初めて出て来たので喜んでいる。
最近、発掘に際して出て来る鉱石(磁鉄鉱)についての中性子放射化分析法によって混在している極微量の元素がppbオーダーまで測られ、とくに製錬時に金属鉄に移行する元素である砒素とアンチモンの相関性から製法や産地の同定に結びつけて考察されるようになって来た。その一つの成果として湖北の斉頼塚古墳から出て来る鉄は濃縮度が2桁もあり、意外に高い製法で作られていることが分かった。この辺りの遺跡は少なくとも5世紀以後のもので、したがってやはり、5世紀には鉄の生産が無かったと結論付けられた。年代測定に関しては炭素14の存在比を利用する方法も進んでおり、それぞれ精度が向上すれば、歴史の解釈もより深まってゆくと考えられる。
3.地球上の大異変の鍵をにぎるのは巨大分子雲との遭遇か?微量元素分析を通して仮説を検討する
京都大学名誉教授 藪下 信
これは元数学者が宇宙環境の中で地球大変動や生物絶滅の歴史を論じる壮大な話です。
数学ではいろいろな数学的手法を宇宙の現象に応用して見ることがあるが、昔、重水素を発見してノーベル賞を貰ったユーレイ博士に彗星が地球にぶつかったらどうなるかを考えて見ないかと誘われたことがある。その時は若かったので断ったのだが、後に博士が書いた、クレーターの大きさから割り出した大地の温度や海水の温度についての論文に触発されて、ハレー彗星が地球にぶつかった時のエネルギーは1メガトンの水素爆弾5億個に相当し、たまたま地球の表面積が5億平方kmであることから1平方km当たりに1個ずつ落ちるようなものだ、との計算結果を論文に書いた。そんな経験から地球上ではカタストロフィーがしばしば起きており、生物の絶滅などもそれが原因だと思うようになった。
古い論文の中で「太陽系が星間ガスの中に入ったら、星間物質が太陽に落ちて行って明るさが増すため、氷河期が来る」、「地球の温度が上がると海水の蒸発が増え、極地の氷雪が増える。それが氷河期の来る理由」などの説を読んで興味を持ったので、ある英国人と一緒に地球上の変動について考察を始め、太陽系が星間ガスに突入したことがさまざまなカタストロフィーをもたらす原因になったと言う仮説を論文にして英国のObservatory誌に投稿した。
つまり、太陽系は2億年の周期で銀河系を公転しているが、銀河系は均一ではなく、密度の濃淡がある。渦巻き模様の明るいところには1立方cmあたり 103〜105個の水素分子がある。太陽系がそんな分子雲の中に突入するとガスが太陽に引き寄せられてアクリシオン(降着増大)なる現象が起こり、その流れの中にいる地球上にも、星間ガスやチリが降り注ぐことになる。その結果、次の2つの効果が現れると言うのが骨子である。@大気中の酸素量が減少する。その結果、酸欠に弱い爬虫類や昆虫は絶滅に追い込まれたが、哺乳類は優れた肺を持っているので生き延びられたと考えられる。Aチリによって太陽光が遮られ、寒冷化が起きると共に、チリに含まれる地球に少ない元素がもたらされる。これから氷河期やイリジウムの堆積が説明される。
カタストロフィーに関係する事柄としては、生物の大絶滅、クレーターの生成頻度、火山噴火、地磁気の変動、微量元素、太陽系の運動などがあり、これらをレビューして行きながら、分子雲遭遇の結論に持って行くことになる。
実際、過去に太陽系がいた場所を計算すると、生物絶滅が起きたK/T境界や、さらに5億年前にも渦状腕の中にいたことになる。ラウス等が示したように、
6500万年前の恐竜絶滅時(白亜紀と第三紀間、K/T境界)や2億5千万年前(ペルム三畳紀間、P/T境界)と5億年前のものを代表として、いくつかの海洋生物絶滅のピークがあることは今ではよく知られている。地球上のクレーターについては、メキシコ・ユカタン半島の大クレーターの生成が恐竜の絶滅した時期にほぼ一致している。地学的には6500万年前にイリジウムの堆積があり、2億5千万年前には海で大規模な酸欠があったとされている。生物学者はこのAnoxiaが絶滅の原因と考えているが、実際、この年代に相当するクレーターは直径40kmで、とても全地球絶滅までは行きそうに無い。また、イリジウムの検出される層と大衝突の証拠とされるマイクロテクタイト微粒子層の間には30万年のずれがあり、よく言われるような因果関係はかならずしも結論されない。ただ、他にも100個以上のクレーターが発見されているが、生成した年代に周期性が認められる。
大噴火については、その規模が2百数十万立方 kmという巨大なインドのデカン高原にあるものがK/T境界に一致し、2億5千万年前にもシベリアで大きな噴火が起きている。一方、地球磁場は南北の逆転を繰り返しているが、それが全く現れないスーパークロンと言われる時期があり、それが終わってしばらくすると生物の絶滅が見られる。磁場の変動は地殻構造の変化と関係するようだが、地球が寒冷化して極地方の氷が増えると慣性能率が下がって自転速度が速まり、中心部分との速度差が生まれる。これが内外構造の境界でかく乱を引き起こす要因となってプリュームを発生させ、大規模な火山活動をもたらすメカニズムがあるかも知れない。5億年前に起きたとされる全地球凍結も、最近、米国の科学者がまさにアクリシオンによると述べている。
いずれにしても、私の仮説は、すべての学者に受け入れられてはいないかもしれないが、一応査読のある雑誌に載ったので、議論のテーブルには乗ったと考えている。今後この説は地球上で太陽系外の物質の存在を検証することで証明されるだろう。その有力候補はウランの同位対比である。つまり、超新星爆発の時に作られるU235とU238はそれぞれ異なる半減期を持つので地上における両者の平均的な比と異なる値が見つかれば、それが太陽系外物質であるとの物理的な証拠となる。現在、岐阜大学の川上紳一教授が全地球凍結の証拠が得られるアフリカのナムビアで収集した試料を分析されており、結果を楽しみに待っているところである。
4.FDG−PETおよびPET/CTによる腫瘍の画像診断
京都大学先端領域融合医学研究機構
中本 裕士
PET診断の話はこのシンポジウムでもすでに二度取り上げられ、その有用性は紹介済みだが、最近、環境も整って飛躍的に利用が延びて来た。ここではこの技術がその後どのように進化しつつあるか、現在の事情を解説して頂いた。
PET(Positron Emission Tomography)はグルコース分子の一部にポジトロン(陽電子)を出す放射性フッ素(18F)を結合させたFDGと言う名の薬剤を体内に投入し、その集まる場所を画像化して診断に利用する方法である。FDGはグルコースと同じように新陳代謝の激しい部分に集まるが、グルコースと違って代謝はされないので集まった場所が容易に見つけられる。最初は特に代謝の激しいガンの診断に良いとされて来たが、研究が進むにつれて、今では脳梗塞やアルツハイマー、心筋梗塞などの診断にも利用できることが解って応用が広がって来た。ただ、臨床に使われ出してからも10年程は施設の数もあまり伸びなかったが、2002年4月からの保険適用を受け、特に民間の医療施設が急増したため普及に拍車がかかり、その年の施設の数は2年前の実に6倍に達している。
FDGの放射能は2時間ほどで半分になるので、放射線の影響も小さく、廃棄処理も楽な物質であるが、その合成には、まず18Fを核反応によって作るサイクロトロンと、それを原料とするFDG合成装置が必要で、加えて複雑な撮影装置を合わせると10億円にも達し、導入は簡単では無い。その点、昨年、FDGの商用供給が始まり、カメラだけで検査業が出来るようになったので普及はさらに加速すると考えられる。
PETは関心領域外の病変が分かるとか、機能の昂進など形態学的な知見にプラスする情報が得られるため、医療へのインパクトは大きく、患部についての悪性度の評価、進展状況、治療効果の判定、再発の可否、さらには検診によるスクリーニングなど利用が広がっている。
一見、理想的に見えるPETのデータだが、初期に言われていたように直径わずか数ミリのがんでも発見出来る、は誤りで、そんな例もあったと言うのが正しいし、他にも膀胱、胸腺、骨格筋などへの生理的なFDG集積など、さまざまな偽陽性、偽陰性の要因がある。たとえば、検査の前に洗車をしたために肩の筋肉に集積が見られた例もあった。
一方、CTやMRIは解剖学的に詳しい情報が得られるが、確信を持って病変を指摘することがしばしば困難である。そのため、両者を併せ、比較検討する方向で応用は進んで来たのだが、別々に撮られた画像から位置の一致を判断するのは時間のかかる割りに精度の良いものでは無かった。と言うことで、最近になって両者のデータが同時に取れるPET/CT装置が開発された。商用機の第1号は2001年にアメリカで発売され、たまたま演者が留学中にその購入時に立ち会ったが、その後、診断精度が大きく向上した。
たとえば図5ではCTだけでは食道がんと分かり難いが、重ね合わせた図を見ると、がんの位置まではっきり分かる。正しい病期の診断成績を数値で見ても、単独の場合で63%、対比診断が76%にたいしPET/CTでは84%に向上している。放射線によるがん治療では照射すべき領域の大きさ決定が重要であるがCTのみで判定した場合の56%で変更が必要とされている。そのほか多くの症例で治療方針に影響を与えている。
このように融合画像のメリットは多く、検査時間が短縮出来るためスループットが大きいので、今後は検診にも威力を発揮すると考えられるが、問題点としては放射線の被爆量が大きいことと、まだ装置が高価なことがある。ちなみに後者については固定装具を使って位置決めをし、別々に測定したデータを重ね合わせて観る方法が以外に有効である。いずれにしても、融合画像による相乗効果の活用は今後ますます重要性を増して行くと考えられる。
以上、このような講演ではおなじみとなりましたが、次々にスクリーン上に現れる素人目にも一見してそれと分かる生々しい画像に圧倒されながら、医療の進歩の在り様に、しばし、時間を忘れて聞き入りました。
5.低線量放射線と生体免疫能の変化
東京理科大学薬学部 教授 小島 周二
低線量放射線の生体影響はいつも気になる話題です。今回はラジカル捕捉剤としても有効なグルタチオンを指標にして免疫系への放射線の影響を調べた興味あるお話です。
これまでに報告されている放射線抵抗性の誘導や癌転移の抑制、免疫機能の活性化などについて生理学的な機構を明らかにするために、免疫系の働きを化学的に支えていると考えられる抗酸化物質の一つ、グルタチオン(以下、GSH)が低線量放射線照射によってどのように変化するかを調べた。グルタチオンは三つのアミノ酸からなるトリペプチドで、その一つであるシステインの-SH構造に由来する強い還元活性が抗酸化作用をもたらす。
照射の意義を分かりやすくするために、最初に免疫体系のアウトラインをGell & Coombs の分類(図6)によって説明すると、異物の混入に対して最初に対処するのはヘルパーT細胞であるが、それにはマクロファージやキラー細胞に関わる細胞性免疫系のTh1とB細胞を通して抗体産生を促す体液性免疫系のTh2があり、両者の間には一定のバランスが保たれている。免疫系は異物に対して無くてはならないが、自己組織に働くといわゆるアレルギー症状を呈することになり、原因によって図6に分類されるいくつかの型がある。われわれが体験する病気の多くはこの中に含まれる。
実験としては、まず、マウスに0.5Gyの放射線を全身照射すると、脾リンパ球内のGSHは4時間後に6〜7倍に増加した。同時に、キラー細胞のリンパ腫細胞に対する殺細胞活性(NK活性)も6時間後に約2倍、外来の羊赤血球に対するマウスリンパ球の殺傷活性(ADCC活性)も約4倍程度上昇していて、照射によって免疫活性が高まっていた。照射の代わりにGSHを加えても、濃度と共にNK活性、ACDD活性が共に増加し、1.0mMの時に0.5Gy照射とほぼ同様の結果となった。これらの活性がGSHの存在に依存することはGSHの前駆体とされる物質とともにGSH生成を阻害する物質を加えて検証された。次に、固形ガンを移植したマウスに0.5Gyの放射線を4回に分けて全身に照射したところ、非照射に比べ明らかに増大化の速度が遅くなり、腫瘍免疫の活性化も確認されたことから、照射によって活性化される免疫能の要因は新しく合成されたグルタチオンの可能性が示唆され、それに伴って腫瘍免疫も確認された。
一方、ヘルパーT細胞についての上記のバランスをTh1、Th2それぞれの刺激で放出されるインターロイキンなど、いわゆるサイトカイン類の比を調べて追求したところ、放射線照射はTh1免疫系を強化する方向に傾かせ、全リンパ球に対する相対比でもB細胞の減少が見られた。
これを基に、B細胞の抗体生成に由来し、図6におけるV型に分類される重症性自己免疫病のモデルマウスについて照射の効果を調べたところ、T細胞のバランスがTh1へシフトする結果が得られると共に、蛋白尿や腎臓組織の所見など、多くの面で病態の改善が見られ、寿命も長くなった。ただ、異常細胞の見かけの量が極めて減少しており、免疫というよりは、刺激に感受性の高い異常細胞が死んだために、結果的にバランスが回復して、病体の改善にも寄与したと判断される。
つまり、放射線の生体影響は防御と傷害の効果がオーバーラップしており、 図7に示すように低線量ではプラスの効果が勝ることが期待出来る。
6.高速増殖炉の開発−「もんじゅ」改造着手にあたって−
(独)日本原子力研究開発機構
次世代原子力システム研究開発部門 中島 文明
未来を担う高速増殖炉(FBR)は実証炉「もんじゅ」の段階でナトリウム事故が発生し、10年間のブランクを余儀なくされましたが、昨年ようやく再開の目処がつきました。ここではFBRの意義と共に関連する諸事情を話して頂きました。
ウランの中で燃料としては使えない99.3%のウラン(U)238を燃料になるプルトニウム(Pu)に変えて使おうとするFBRはウランを節約することによって海外資源からの自立とエネルギーの安全確保を実現し、同時に廃棄物の発生量を少なくする可能性も併せ持っている。すなわち、高速の中性子の場合、長寿命のアクチニド(Np,Am,Cm)やその他の核分裂生成物を核燃料サイクルに組み込み、環境への排出量を低減出来る。その場合の放射性廃棄物の半減期は数万年から数百年に落とし、人間社会が把握できる範囲にする可能性がある。
昨年10月に閣議決定された原子力政策大綱では2030年以降も日本のエネルギーの原子力依存を30〜40%以上と推奨した上で、FBRを国家戦略と位置づけ、技術開発を促進して、2050年頃から商業ベースで導入することを目指すとしている。
「もんじゅ」は1983年に設置の許可が下り、始動を始めてから、94年に臨界に達し、翌年には40%の送電出力を記録したが、その年の12月にナトリウム事故が起きてしまった。原子炉本体のトラブルでは無かったが、か最初理事の不手際が不信をかって以来10年間停止し、昨年5月、ようやく改造工事の了解が得られたという状況にある。
「もんじゅ」の電気出力は28万kW、UとPu混合のMOX燃料を使用し、ナトリウム(Na)で冷却する型で、冷却系の1次、2次がNa、3次系が水である。事故は2次系に設置された温度計が折れてNaが漏れたのだが、Naは放射化していない。水とNaは激しい反応をする。この事故を教訓として、2次系の整備を進めることになった。工事許可の概要は@温度計交換(形状の変更、本数の削減など)ANa漏洩対策B水蒸気漏洩・安全対策の三点に重点が置かれ、現在図8の日程で順調に進んでいる。
今後の課題を整理すると、運転を通して技術上の信頼性向上を目指すと共に、経済性の向上を図る。そのために燃焼度を8%から15%に引き上げて、サイクルの周期を5ヵ月から10ヵ月程度に伸ばす新型燃料の開発や新技術の開発、標準化、特に分解しないで点検する検査技術の確立など多くの目標がある。また、ここを研究開発の場として人材育成や教育(シミュレーターの利用など)に活用したり、国際的な研究拠点にして行くことや、500℃の熱利用研究など、西日本の照射利用の場として地域と連携した産業の創生を図りつつ、それを通して理解の促進を図ることも重要である。それらの総合的な結果を基に2015年ごろにはFBRサイクルの技術体系を提案して行きたいと考えている。
一方、海外事情だが、まず、インドはすでに実験炉を運転しつつ、原型炉を建設中で2010年には運転を始め、さらに4〜5機に増やしたい意向である。中国はオリンピックには実験炉を動かすとしており、ロシアは実験炉、原型炉ともに運転中である。これに対しアメリカはブッシュ政権になってから核燃料サイクルの必要性を認め、地層処分も先が見えているとして政策転換のタイミングを計っているところだが、すでに研究開発レベルの予算はついて活性化しつつある。フランスはスーパーフェニックスが停止したまま、現在運転中の25万kWのフェニックスも2008年には停止の予定で、当面、水素製造につながるガス冷却炉の開発を考慮中であるが、2030年頃から始まる既存機の寿命交替期の次はNa冷却が本命だとして、それまでの間、「もんじゅ」で共同研究して行きたいと、目下、アメリカを含めた三者契約の詰めの段階に入っている。
最後にこれらの研究開発は地元の理解があって始めて安定し、成功するとの立場から、地域連合を深めるために連携大学院を作って教授を派遣したり、産業界とも特許の利用や技術相談などで連携を深めている。また、福井県が昨年より立ち上げている研究開発拠点計画に「もんじゅ」が持っているFBR技術(高速中性子、Na、高温設計、検査技術)を提供し、貢献して行きたいと考えている。
7.高温ガス炉の核熱を利用した水素製造
(独)日本原子力研究開発機構
原子力基礎工学研究部門 国富 一彦
最後の話題は近い将来の燃料電池社会に向けて必要となる水素ガスを効率よく製造する技術として原子炉の活用が注目されている高温ガス炉(HTTR)についてでした。
まず、燃料電池実用化戦略のシナリオを紹介すると、2010年には約200万kW余に相当する73億立方米の水素ガスが必要になり、その後、10年、20年の間には、そのまた5倍、10倍の需要に達するとされている。水素の製造法はいくつか考えられるが、天然ガスの水蒸気改質などでこれだけの量を作り出すことは環境面からも大きな問題で、そこにこのHTTRの有用性が位置付けられる。
HTTRは酸化ウランを四重のセラミックで覆った仁丹程の粒子を黒鉛の筒に詰めて燃料棒とし、これを集めた炉心に化学的に不活性なヘリウムを流す、いわゆるガス冷却炉である。通常は1600℃以下で運転されるが、このシステムは核分裂生成物が被覆燃料粒子内に閉じ込められ、黒鉛は3000℃まで使用が可能など、安全性は極めて高い。
ヘリウムガスは950℃と云う高温で取出されるので、カルノー効率で76%という高い値が得られるが、直接タービンを回しての発電、水素製造、海水の淡水化などを組み合わせればトータルの実行値で80%もの効率になる。したがって、発電コストではkW当たり4円と軽水炉の5.3円より安く、また、水素も改質水素より安い立方米あたり14.3円である。
この熱出力30MWの炉自身は平成10年に初臨界に達したが、昨年、世界に先駆けてようやく950℃の熱出力に達した。その間、高品質黒鉛の開発を始め、燃料製造技術、耐熱・耐食合金ハステロイXRの開発など、HTTR実用化に向けての基盤技術確立や熱出力600MWの発電システムの設計とその経済性を考慮した改良などに力を注いで来た。
一方、水素製造は平成9年に1g/hrの規模で実験に成功した後、現在、30g/hrの工業基礎実験がほぼ終了しており、最近、一週間連続運転に成功したところである。
ちなみに水が自発的に分解して水素を生成するには4000℃程の温度が必要なので、ここではヨード(I)と硫黄(S)を循環物質とし、900℃付近で反応が進行する熱化学法ISプロセスを採用している。反応式は図9の通りで、それぞれ三つの反応系を作って連結させているが、この方法で一週間連続運転を成功したのも世界で初めてである。
この後、毎時30立方米のパイロット試験に入るが、そこまでは電気加熱方式で、それが成功すればいよいよHTTRを熱源にすることになる。その場合、これまでの実験で使用して来たガラス容器はセラミックなどの工業材料に切り替えて行く必要があるため、新しい問題に遭遇する可能性もあると思われる。
2010年頃には30MWのHTTRに毎時約1000立方米の水素製造システムを接続して、実用化システムの観点から経済性を確証し、2015年以降に実用システムの設計を開始すれば、2025年頃からの水素社会へ貢献出来る予定である。
なお、この炉は増殖は出来ないが、MOXを使うことによって将来的にも図10のようにFBR燃料サイクルと整合性のある新しいサイクルを構成出来るものと考えている。
(藤田記)