物づくりと高度専門職人の養成

―金型の製作工程に必用な技術・技能―

職業能力開発総合大学校 名誉教授 田村公男

1.はじめに

  量産部品の加工に欠かせない治工具として使われてきた金型には、金型が極多種少量生産品であること、またその製作には総合的な技能・技術が必用であることなどの特徴がある。

 欧米の技能・技術を取り入れて発達してきた金型製作の技能・技術は、その後の業界努力によりノウハウの蓄積と装置産業化が進められ、これまでの追う立場から今では追われる立場へと成長してきた。さらに、現在では技術移転を行うまでとなり、このため最近は図面流出が問題視されている。この様な情勢のもと、現在の金型製作の優位性を維持するには、これからの技能・技術がどうあるべきか、またその継承をどうすべきかが大きな課題となっている。

 

2.金型製作工程の変遷

2.1  金型の種類と使用状況

  金型には、表1にも示すように、加工用途や使用対象となる業種、金型で加工され部品の大きさや精度などにより多くの種類がある。例えば、金型で成形・加工される材料の種類によりプレス用金型とプラスチック成型用金型とに分けられ、大きさによっても自動車関係業種では大物用の金型が多いのに対し、半導体関連業種では小物用の金型が使用されている。

  この様に多岐にわたる金型では、その種類や大きさによって機能・構造やその製作工程が多少異なっている。しかし、プラスチック成型用金型とダイカスト用金型では成形される材料の成形温度は異なるが機能的には類似していることから、プラスチック成型用金型がダイカスト用金型を基にして発達してきたと云うように、型の種類によっては類似点も多く見受けられる。

 したがって今回は、主としてプレス用金型なかでも最も多く使われている打抜き型など2次元金型を例に取り、金型製作に必要な技能・技術とくに技能について見ることとした。

表1  金型の種類と使用状況

◎ 多量   ○ 中量   △ 少量

 

 

用   途

機能・構造

自動車関係

家電関係

半導体関係

大物

中物

小物

大物

中物

小物

大物

中物

小物

金  型

プレス用金型

(43.6%)

簡易型

 

 

 

 

 

 

 

 

 

単能型

 

 

 

トランスファー

 

 

 

 

 

 

総抜き型

 

 

 

 

 

 

 

順送り型

 

 

 

 

プラスチック成形用金型

(38.0%)

射出成形型

 

 

 

 

圧縮成型型

 

 

 

 

 

 

 

 

トランスファー

ブロー成形型

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真空成形型

 

 

 

 

 

 

 

 

ダイカスト用金型(4.7%)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鍛造用金型

(3.3%)

冷間鍛造型

 

 

 

 

 

温間鍛造型

 

 

 

 

 

 

 

熱間鍛造型

 

 

 

 

 

 

 

 

鋳造用金型

(3.1%)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その他(ゴム成形金用型・ガラス成形用金型・粉末冶金用金型)

加工部品の大きさ     大物―両手で持つか2人以上で持つ部品

中物―片手で持つか手のひらに乗る部品

小物―手で摘むかピンセットで摘む部品

2.2 金型製作の変遷

  初期の技能集約型の時期には、ダイプレートに直接ダイホールを加工するブロックタイプの単能型が主体で、加工の約80%が手加工で占められていた。その後、成形研削盤とか放電加工機などが導入された機械集約型の時期を迎えると、分割されたダイプレートにダイホールを加工し平面研削盤で精度を出すヨークタイプの順送型が多くなり、加工機も円筒研削盤に代わり平面研削盤が主体となってきた。なお、この時期には手加工は約50%と減少している。

  機械化された加工設備のNC化が進められた装置産業化型の時期には、金型もダイホールを加工したダイボタンをダイプレートに埋め込むインサートタイプの順送型へと変化してきた。この間、金型部品の標準化も完備され、さらに標準部品を用いた金型の設計手法が確立されたことにより、今日のCAD/CAMを主体とした高度装置産業化型の時期を迎えた。この様な金型の変遷に伴い、図1に示す様に、金型部品の加工工程が大幅に短縮されてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  現在の金型加工では約80%が機械化され、仕上げ・組立とかトライ・調整などが機械化されずに残されている。しかし、機械化された技能・技術は比較的容易に技術移転ができるのに対し、機械化されない部分は短時間に容易に移転することはできない。このように考えると、今日の日本の金型産業を支えているのは、機械化されないと云うよりもむしろ機械化できない20%の部分にあると云っても過言ではないであろう。

 

3.金型製作に必要な技能・技術

  金型設計から金型加工を経てトライ・調整に至るまでの各作業で、必要とされる技能・技術を図2に示した。

  金型設計には、成形加工・材料・設計手法などについての知識が要求され、その作業には技術的要素が多い。

  金型加工では、切削加工・研削加工・放電加工・仕上げ組立の知識と実技が必要とされ、焼き入れなどの熱処理・表面処理は外注加工に頼る場合が多いがその知識は必要であろう。したがって、金型加工では技能的要素に加えてある程度の技術的知識も必要とされるであろう。 

金型で加工された製品が要求された製品仕様を満たすかどうか、金型を使用する成形現場に近い条件で行うトライ・調整には金型全般についての知識・実技に加えて成形加工についての知識と実技が要求され、高度な熟練した技能と技術的知識が必要である。しかし、このトライ・調整は金型の種類によって異なり、プレス用金型では金型製作者側で行うのに対し、プラスチック成形用金型では主として成形加工者側で行うことが多い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  また、企業規模によっても金型の生産形態が異なり、小規模企業では金型製作の一連の作業を同一の作業者で行う場合が多い。これに対して、比較的大規模の企業では金型加工に分業システムを採用している企業が多く、このため金型全般を知ってトライ・調整を行う高度な熟練技能者の継承が大きな課題となっているようである。

 

4.これからの技能者とその育成

  金型のように追われる立場にある企業ではこれからの国際競争に勝つための技能者として、複雑形状部品の高精度な加工とか的確なトライ調整などの作業がこなせる、高度な熟練技能者の活用とその育成が必要となるであろう。このことは、単に金型製作に限らずもの作りのすべての分野に共通して云えることと思われる。

この様な観点のもと、中央能力開発協会では厚生労働省の委託を受けて高度熟練技能者活用事業が進められている。この場合の高度熟練技能者を要約すると図3にも示すように、次の二つタイプの技能者が対象とされている。

Aタイプ―極めて高度な技能を有し、装置産業化された機械(汎用機を除いたNC加工機など)では加工できない、非常に複雑な形状・高精度・高品質の製品を、人間の五感を利用して加工できる技能者。

Bタイプ―技術的知識を利用して装置産業化された機械を用いたり、従来の要素技能を組合わせたりして比較的複雑な形状・高精度・高品質の製品を効率良く加工できる技能者。

 


いま、これを金型製作について見ると、Aタイプの技能者には金型の磨き、仕上げ組立があり、Bタイプには金型部品の機械加工やトライ・調整などが該当する。  なお、この高度熟練技能者の備えるべき条件につては、中央能力開発協会の高度熟練技能者資格基準にその詳細が記されている。

  さらに、図4には通常の技能者と高度熟練技能者を比較してその作業内容を示した。

  通常の技能者は、与えられた機械設備・治工具などの制約条件のもとで、マニアルに沿って固有技能に合った加工方法などを選択し、もの作りが行なわれる。これに対し、高度熟練技能者では加工方法・機械設備・治工具などを改良・考案することにより、より効率的なもの作りを行うことができる。さらに、高度熟練技能者によって改良・考案された諸結果をマニアル化し、設計サイドにフィードバックしたり加工サイドに普及せることにより、企業の技能・技術レベルは向上するものと考えられる。

  創造性が重要視される現在、これからの技能者としては、図5に示すように、高度熟練技能者に匹敵する固有の要素技能に磨きをかけた高度な技能者、複数の要素技能を身につけた技能の多能化に対応できる技能者、技能と術の融和が図れる技能者が必要となり、その育成が重要となるであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5.あとがき

  金型製作に必要な技能と技術について、金型業界の諸兄また高度熟練技能者活用事業で活躍されている諸先生のご意見に、日頃から筆者が考えていること加えてまとめてみた。

 読者の方々の参考になれば幸いと存じます。